銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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41 総旗艦

 

 ブリュンヒルトのブリッジ。

 

 壊滅寸前のミュラー艦隊による無謀な体当たり攻撃。ラインハルトはそれを総旗艦から遠望していた。そしてほんの一瞬、普段の彼ならば決してしない表情をした。すなわち、……声を失い、唖然としたのだ。

 

「ミュラー……」

 

 そして我に返った直後、自分の艦の異変に気付いた。

 

 ……ブリュンヒルトが、回頭している? 自分の命令のないままに?

 

「ザイドリッツ艦長! 何をしている」

 

「本艦は、一旦後方に下がります」

 

「私はそのようなことは命令していない!」

 

 ラインハルトは激昂する。

 

「しかし、このままでは本艦も乱戦に巻き込まれ、全軍の指揮も困難になりましょう」

 

 ザイドリッツ艦長は冷や汗をたらしながら、しかしあくまでも冷静に答える。

 

 それは、総旗艦の艦長の判断として、たしかに一理ある。しかし状況を鑑みれば、ザイドリッツがラインハルトを戦場から逃がそうとしているのは明らかだ。

 

「ザイドリッツ! 私は逃げる訳にはいかないのだ」

 

 だからこそ、ラインハルトは旗艦の後退を認められない。彼は、自分がヒルダに言ったことを忘れていない。自分の地位は不敗であることに由来する、彼は彼の中でそう決めているのだ。

 

 だが、ザイドリッツ艦長も引き下がるつもりはない。このままではミュラー艦隊につづきラインハルトの本隊も壊滅する。ブリュンヒルトも撃沈される。ミュラー提督の決死の行為を無駄にするわけにはいかない。

 

 そもそも厳罰をうけることは覚悟の上での抗命だ。おそらく自分は艦長職を解任されるだろう。それ以上の処罰をうける可能性も高い。それでもその瞬間まで、彼は可能な限りラインハルトを戦場から引き離すつもりだった。

 

 しかし、彼は解任されることはなかった。ブリュンヒルトのブリッジに、彼を庇う者がいたのだ。

 

「……閣下、艦の行動に関する限り、指揮権はザイドリッツ艦長に帰するものです」

 

 つめたく言い放ったのは、オーベルシュタインだ。

 

 それは、かつてブリュンヒルト前艦長だったシュタインメッツ提督がラインハルトの命令を拒否した際の理屈と同じだった。当時、戦闘中にそのように指摘されたラインハルトは自分の非を認め、シュタインメッツにわびている。

 

 ラインハルトは一瞬黙らざるをえない。オーベルシュタインがたたみ掛ける。

 

「小官はザイドリッツ艦長の指示が的確であると考えます。このままでは敵の分艦隊とミュラー艦隊の乱戦に本艦も巻き込まれかねません。さらに敵後方から迫るヤン・ウェンリーの本隊と一騎討ちに望むためにも、ミュラー提督が稼いだ時間で直衛艦隊を立て直すべきでしょう」

 

 誰の立場から見ても正論である。ブリッジの中が静まりかえる。ラインハルトも従わないわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 沈黙は意外な形で破られた。

 

「艦隊規模のワープアウトを検知しました。……ロイエンタール艦隊です!」

 

 ブリッジのオペレータが叫んだのだ。

 

 ミュラー提督につづいてロイエンタール提督が来てくれた!

 

 ブリュンヒルトのブリッジの空気が一気に明るくなる。ほとんどの者が、本人は意識しないまま微妙に表情をほころばせる。露骨に一息つく者もいる。

 

 数少ない例外のひとりがラインハルトだ。鉄面皮のまま、他者に内心をはからせることはない。彼は総司令官だ。……総司令官たる者、自分自身で決着をつけられなかった無念さを表に表すことはない。

 

 そしてもうひとりの表情が変わらない者、オーベルシュタインがザイドリッツ艦長に命じる。

 

「ザイドリッツ艦長、旗艦の後退を続けるのだ」

 

 ザイドリッツにとって、それは意外な命令だった。無傷のロイエンタール艦隊が来援したのだ。もはや旗艦が逃げる必要はないのではないか?

 

 そうおもうザイドリッツ艦長に、オーベルシュタインが言い放つ。

 

「ブリュンヒルトがこの位置にいる限り、ロイエンタール提督はこの総旗艦の守備につかざるをえないだろう。すなわち、ヤン・ウェンリーの本隊をたたくことができないのだ」

 

 オーベルシュタインの冷たい口調。ラインハルトが鉄面皮のまま問い返す。

 

「オーベルシュタイン。卿は、私がこの位置にとどまることが、ロイエンタールの邪魔になると言いたいのか?」

 

「御意。いまこの瞬間こそ、無傷のロイエンタール艦隊をもって一気にヤン・ウェンリーを屠る最大の好機かと、小官にはおもわれます」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、ラインハルトは何かを口にしようして、飲み込んだ。そして静かに、別のことを口にする。

 

「……わかった。卿の言うとおりだ。敵国領を横断して急遽反転してきた部下に手柄をたてさせてやろう。ブリュンヒルトを後退させるのだ」

 

 実のところ、オーベルシュタインがラインハルトにこう進言する前から、ロイエンタールは総旗艦を護るつもりなどさらさらなかった。彼の眼には、ヤン・ウェンリーの本隊しか見えていなかった。ちょくせつ口に出しこそしなかったものの、ラインハルトに対して『自分の身は自分でまもれ』との姿勢を隠さず、実際にそのように自分の艦隊を動かしていた。それは、主君の命よりも自らの手柄を優先したととらえられても仕方が無い行為だったかもしれない。

 

 ブリュンヒルトの後退とロイエンタール艦隊の前進は、ほぼ同時のタイミングでおこなわれた。第三者の視点からは、主君と臣下の阿吽の呼吸にみえた。結果論であるが、ブリュンヒルトが後退したことにより、そんなロイエンタールの動きは正当化された。ラインハルトを後退させたオーベルシュタインによって、ロイエンタールは誰からも非難されることがなくなったのだ。

 

 後世の歴史家の中には、オーベルシュタインはロイエンタールがそうすることをあらかじめ予期していた、そのううえで戦後に帝国軍に生じたかもしれない不和の芽をあらかじめ摘んだのだ、と論じる者もいる。しかし、本人が真相を語ることは、決してなかった。

 

 

 

 

 

 

 エリザはロイエンタール艦隊を突破した。

 

 ほぼ被害を受けていない完全な一個艦隊。戦場に現れたばかりのロイエンタール艦隊は、エリザの目にはまるで壁のように見えた。一糸乱れぬ艦列。完全に統制された猛烈な対空砲火。

 

 しかし、だからこそ対空砲火を避けやすい。さらに、そもそもロイエンタール艦隊は、エリザ達スーパースパルタニアンなど眼中にはなかった。ロイエンタール提督が狙っているのは、はじめからヤン艦隊本隊のみだ。それを感じ取ることができるエリザにとって、力尽くで突破するのは難しいことではなかった。

 

 そして、ロイエンタール艦隊の艦列を突破した途端、……エリザの周辺の空域が一変した。

 

 そこは、まるで別世界。アッテンボロー艦隊とミュラー艦隊の生き残り、そしてラインハルト直衛部隊の戦いは、文字通り『乱戦』としか言いようがない状況だった。

 

 そこでおこなわれているのは、銀河帝国と自由惑星同盟という人類文明を二分する国家同士の、その命運をかけた一大決戦のはずだ。だが、決着をつけるべく切り札としてエリザが突入したその戦場に、……秩序はなかった。統制もない。お互いの艦が無秩序に入り乱れ、個々の艦がバラバラな方向に勝手なタイミングで大火力主砲を撃ちまくる。巨大な戦艦同士が激突し、あるいは散発的に自爆すら行われている。膨大な数の光と爆発が視界の全てを埋め尽くす。

 

 すぐ外側で行われている、ロイエンタール艦隊とヤンの本隊の秩序だった総力戦と比較して、それはあまりにも異質な戦場だった。

 

 しかし、エリザは感じている。そこに秩序はなくても、人々の意思に満ちている。それは、戦う意思。とてつもなく強い勝利をもとめる意思。敵旗艦にむけてひたすら突進しようとする意思と、それを命を賭けても阻もうとする意思。

 

 エリザ達の戦闘艇に気づいた敵艦から、対空砲火がうちあがる。数は決して多くないが、絶対に突破させないという意思にみちた火線がはしる。

 

 それを避けながら、エリザも気づく。ここにいる味方は、アッテンボロー提督の分艦隊だ。しかも、酷い状態だ。それを理解した瞬間、エリザの意識は戦闘から離れる。本能的に探してしまう。

 

 と、トリグラフは健在? ……アッテンボロー提督は、ご無事?

 

 

 

 

 

 あっ、あれは?

 

 入り乱れた多数の戦艦の群の中。必死に捜すエリザの目に入ったのは、異様な光景だった。

 

 まさかっ!

 

 みまちがいようのないユニークでグラマラスな戦艦。彼女の母艦であり、アッテンボロー提督がのっているトリグラフが、……敵の戦艦と激突している。敵艦につきささっている?

 

 エリザは一瞬絶句。そして、悲鳴をあげた。

 

「アッテンボロー提督!」

 

 その瞬間、エリザの呼吸がとまった。

 

 脳みそが真っ白になった。

 

 心拍すらも止まっていたかもしれない。

 

 そして、意識の中からトリグラフ以外のすべてが消えた。

 

 周囲の何も見えない。聞こえない。戦闘のことなど、すべて忘れた。

 

 反射的に操縦桿を引く。本能が機首の方向をかえる。スロットル全開。

 

 そして叫ぶ。

 

「提督! 提督! アッテンボロー提督!!」

 

 

 

 

 

 

 トリグラフが存在するのは、無秩序な戦場の中でももっとも両軍の戦艦の密度が高い宙域だ。エリザのスーパースパルタニアンはそこにむかう。まったく迷いなく。一直線に。

 

 あの、ばか。

 

 ポプランも叫ぶ。

 

「ま、まて、エリザ!」

 

 人間が操るものとは思えない、とてつもない機動。常軌を逸したエリザの操縦に、さすがのポプランもまったくついていけない。必死に叫ぶ。

 

「おちつけ!」

 

「だ、だって、中佐、トリグラフが! 私達のトリグラフが! ア、ア、アッテンボロー提督が!!」

 

「おちつけって言ってるだろ!」 

 

 たのむ、俺の話に耳を傾けてくれ。

 

「エリザ、よくみろ。トリグラフは無事だ。ソバカス提督は、あんな状態でも敵総旗艦にむけて突進している」

 

 えっ?

 

 

 

 

 

 そう、トリグラフの機関は動いている。敵艦を物理的にひきづりながら、それでも自慢の推力を全開、敵主力の方向に疾走している。それはまるでアッテンボローの強い意志を具現化しているかのように。

 

「おもいだせ! オレ達がいまやるべきことを!」

 

 ポプランは叫ぶ。叫ぶことしかできない。

 

 私のやるべき事……。

 

 そうだ、コーネフ中佐が教えてくれた。私はこの戦争を終わらせなきゃならない。そして、まもらなきゃならない。

 

「あ、……わ、わたし、つい……」

 

「正気に戻ったか。まぁ、新兵にはよくあることだ、気にするな。……まだ、いけるな?」

 

「は、はい。すいません」

 

 エリザが進路をかえる。本来の敵総旗艦をめざすコースに機首を向ける。

 

 ポプランが息を吐く。

 

 やれやれ。とりあえず、エリザにはトリグラフのブリッジと直接通信させてやれば、おちつくだろうか。

 

 ポプランは一瞬だけそんなことを考えた。

 

 ……そこに油断があったわけではない。ないが、その瞬間、ポプランの全ての神経がエリザにのみ集中していたのは確かだ。

 

 ポプランが被弾したのは、エリザが我を取り戻したのと同じ瞬間だった。

 

 それはスーパースパルタニアンの後部のエンジン。帝国軍戦艦のビームの強力なエネルギーの前では、単座戦闘艇の装甲などボール紙と同じだ。わずかにかすめただけで、機体に似つかわしくない巨大なノズルが吹き飛んだ。

 

「ポプラン中佐!」

 

 くそ! この俺様が。

 

 大きさだけならば巡航艦並みのエンジンブロックが、強烈な閃光と共に火を吹いた。

 

「中佐!!!」

 

 ポプランは、躊躇することなくエンジンブロックをパージ。爆煙の中から、身軽になったスパルタニアンが現れる。

 

「だ、大丈夫だ! やられたのは追加エンジンユニットだけだ」

 

「よかった。わ、わたしのせいで……」

 

「エリザ、先に行け。敵旗艦は後退しつつある。逃がすな! 俺もトリグラフと共にあとからいくが、 ……この戦争を終わらせられるのはお前だけだ」

 

「で、で、でも……」

 

「いいからいけ! お前の仕事をするんだ!」

 

「は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリュンヒルトはさがる。戦場全体を見渡せる位置へ。

 

 ミュラー艦隊はアッテンボロー艦隊により突破されつつあるが、すでに敵の数は決して多くはない。ここまで下がれば、敵の手が届くことはないだろう。

 

 さらにその向こう。ヤン艦隊の本隊は、ロイエンタール艦隊の猛攻により押しまくられている。すでに半包囲の状態だ。ヤン・ウェンリーの旗艦が砲火に捕らえられるのも時間の問題だろう。

 

 勝てる。だが、……これは、勝利といえるのか?

 

 ラインハルトは口の中だけで独語する。

 

『これはまぎれもなく帝国軍の勝利です、ラインハルト様』

 

 もし隣にキルヒアイスがいたならば、朗らかな顔でそう言い放つだろう。

 

 それを素直に受け入れられない俺は、キルヒアイス以外にはけっして聞かせられない愚痴を垂れるのだ。『ロイエンタールはずるい、美味しいところだけさらっていくつもりか』と。

 

 キルヒアイスはそれさえも笑顔でうけとめてくれるに違いない。そして言うのだ、『ラインハルト様、子供のようにすねるのは、私の前だけにしてくださいね』。

 

 『お前の前だからこそ、拗ねているのだ』『信頼いただき、ありがとうございます』

 

 キルヒアイスは笑う。オレの前だけで、オレにしか見せない笑顔で。

 

 そして『しかし、まずはロイエンタール提督やミュラー提督、他の部下達に感謝し報いるべきですね』と言うだろう。

 

 

 

 

 ……いや、そもそもキルヒアイスがいたならば、このような酷い状況になるはずもない。もっと楽に勝てているに違いない、か。

 

 ラインハルトは首をふる。

 

(なぁ、キルヒアイス。もうすぐオレ達にとって最強の敵を打ち倒せる。なのに、おまえはなぜここにいない。俺とお前は、なぜこの状況を共有していないのだ? これは、俺に対する罰なのか?)

 

 しかし……。

 

 

 

 

「こ、高速物体、接近。敵戦闘艇、本艦に向けて突っ込んできます!」

 

 静まりかえったブリッジの沈黙を破り、オペレータが叫ぶ。

 

「動揺するな。この状況で戦闘艇になにができる。おちついて対処すればよい」

 

 ラインハルトの凛とした声。指示に従い直衛部隊がうごく。旗艦に向かう戦闘艇の進路を身を挺して塞ぐ。猛烈な対空砲火が撃ち上がる。

 

 だが、……戦闘艇は止まらない。生き残っている直衛艦隊の対空砲火などまったく障害にならない。

 

 それは、突き進む。まるで宇宙を切り裂くように。とてつもない速度で。真っ直ぐに。一点だけを目指して。

 

 生き残っているわずかな直衛艦隊は慌てふためく。直前まで勝利を確信していた彼らは、一気に大混乱に陥った。

 

 たった一機の戦闘艇に翻弄される。それは、ひらりひらりと対空砲火をかわす。まるで彼らをあざわらうかのように。

 

「と、とまりません! 敵戦闘艇の未来予想位置、当艦と重なります。衝突まで、……30秒」

 

 なに?

 

 ラインハルトは視線を向ける。モニタ越しに、正面の宇宙を。

 

 ブリッジ正面。まるで崩れかけた積み木細工用のな不格好な戦闘艇。凄まじい速度で迫るそれが、瞳に映る。

 

 直衛艦が一撃で吹き飛ぶ。なんという馬鹿げた火力。戦闘艇とは思えない巨大な主砲。

 

「急速回頭! 右舷だ。機関全速、いそげ!!」

 

 ザイドリッツ艦長が指示をとばす。だが、絶対に間に合わないことは誰の目にもあきらかだった。またひとつ、盾になった艦が閃光にかわる。

 

 

 

 

 ブリュンヒルトのブリッジ。帝国軍全軍を率いる動く大本営にむけ、一直線にせまる一筋のひかり。白く巨大で不細工な機体。

 

 座標が重なる。

 

 その瞬間、そこにいる全員が息をのんだ。名だたる領袖が、みな死を覚悟した。

 

 まるでスローモーションのような数秒が経過する。だが、……衝撃はこない。

 

 ラインハルトは、目を閉じなかった。彼を庇うため立ちはだかろうとする親衛隊長や総参謀長の身体ごし、自分を殺しにきた敵戦闘艇を睨みつけていた。だから見えた。

 

 同盟軍の戦闘艇は、ブリュンヒルトに相対速度をあわせると、ブリッジの正面にピタリと静止した。

 

 そして、巨大な主砲をこちらに向けている。ひと目でわかる。パイロットが引き金を引いた瞬間、その主砲はブリュンヒルトのブリッジを貫くのだ。

 

 

 

 

「い、いつでも撃てます。命令を」

 

 

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