銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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05 逃亡

 

 ガイエスブルグ要塞から、そしてラインハルトの艦隊から逃走するシャトルの中、エリザベートがシュナイダーに尋ねる。

 

「私たちは、どこへ逃げるのでしょう?」

 

「私の上官であるメルカッツ提督の旗艦です。この宇宙でもっとも安全なところです」

 

 エリザベートは、社交界において以前からメルカッツとは面識があった。だが、彼女からみて、提督は頑固そうなおじいさんという印象しかない。しかし、シュナイダーがメルカッツの名を出す際の表情をみれば、彼が上官を心の底から信頼しているのがわかる。

 

 実のところ、シュナイダーがエリザベートをメルカッツの元に連れて行こうと計るのは、親に見捨てられた不幸な少女を救いたいというメルカッツやアンスバッハの意志に従っただけではない。彼の心中には、命令以上の理由があった。

 

 シュナイダーが最も恐れているのは、責任感が強いメルカッツが貴族連合に殉じ、自ら死を選ぶことであった。不幸な少女がメルカッツを頼ることになれば、彼は少女のために生き延びることを選んでくれるのではないか。シュナイダーはそう考えたのだ。

 

 一方エリザベートは、シュナイダーを信用しきっている。彼女は体の力を抜き、シャトルを操縦するシュナイダーの後ろ姿に視線を定める。数回の短距離ワープでメルカッツの艦にたどり着くという彼の言葉を聞きながら、いつのまにか軽い寝息をたてはじめる。

 

 

 

 突如、シャトル内に警報が鳴り響く。後方警戒用のレーダーの中に、複数の機影が見える。

 

「ワルキューレ! ローエングラム公の追っ手か?」

 

 帝国軍の単座戦闘艇ワルキューレが3機、いつの間にか後方に展開している。それは、あきらかにシャトルを攻撃する意志をもっている。

 

「えっ!」

 

 エリザベートも反射的に目を覚ます。とっさに周りを見渡しながら、そっとよだれをふく。この状況で深く眠れるわけもなく、何が起こったのかは一瞬にして把握することができた。

 

「そっ、そんな! ローエングラム元帥は、ガイエスブルグ要塞までの安全を保障すると言っていたのに……」

 

「我々の行き先は要塞ではありませんからね。それに、あなたが知ってしまったヴェスターラントの件は、ローエングラム公にとってまずい情報なのでしょう」

 

「でっ、では、どうするのですか?」

 

「彼が本気で追っ手をだしたのなら、投降しても無駄でしょう。この場で闇に葬られるだけです。ここは逃げの一手。シートベルトをしっかり締めて下さい」

 

 ワルキューレの編隊がシャトルに接近し、中央の一機が真後ろからビームを放とうとした瞬間、シュナイダーは操縦桿を倒しシャトルを急旋回させた。

 

「非武装のシャトルに対して、無警告で発砲するとはな!」

 

 危機的な状況であるにもかかわらず、シュナイダーの声はあかるかった。彼は操縦桿を握り直すと、あらゆる操縦テクニックを駆使し、帝国軍が誇る戦闘艇の襲撃から逃げ回る。

 

 戦闘艇のパイロットは本職ではないが、士官学校で一通りの課程はこなしている。それに、さすがは門閥貴族の中でも盟主のためにつくられた最高級のシャトルだ。通常空間の機動性だけなら、ワルキューレにもひけをとらない。

 

 シュナイダーは、自らの血が騒ぐのを感じた。いま自分は、戦艦の中から命令を下すのではなく、自分の力だけを頼りに敵と戦っている。艦隊司令官の副官という立場では通常はありえない状況に、彼は興奮していた。多勢に無勢で徐々に追い詰められていることを自覚していてもなお、彼は上機嫌だった。うしろにエリザベートがいなければ、操縦桿を握りながら歌い出していたかもしれない。

 

 人工重力発生装置を備え、慣性制御すら可能な超高級シャトルといえども、設計限界を超えた激しい機動をおこなえば、内部の人間に大きなGがかかることは避けられない。エリザベートは、シートに必死にしがみつき、間断なくあらゆる方向にかかる加速度に耐える。それでも、操縦席のシュナイダーの背中からは目を離さない。彼の背中越しにみえる正面のモニタには、色とりどりの美しいマークがいくつも輝き、それぞれがめまぐるしく移動している。

 

 一瞬、画面の真ん中に真っ赤なマークが点滅。詳しい意味はわからないが、派手な彩色の文字が躍る。

 

 きれい。

 

 エリザベートが見とれた瞬間、耳をつんざくような爆発音がシャトル内部に響き渡った。激しい振動。鳴り響く何種類もの警報音。数秒後、エリザベートが恐る恐る目を開けると、正面にいるはずのシュナイダーの背中がみえない。

 

 ……いや、彼はいる。上半身が、操縦卓に突っ伏しているのだ。

 

 エリザベートは、シートベルトを外る。シュナイダーのもとに走る。

 

「シュナイダー少佐! 大丈夫ですか?」

 

 右腕と脇腹に、血が滲んでいる。

 

「……大丈夫で、……す。ミサイルの直撃をくらいましたが、キャビンは無事です。破片がいくつかここまで飛び込んできただけでしょう」

 

 シュナイダーはいちど頭をふり、コンソールを操作しようとした。だが、右腕がまったく動かない。

 

 くそ、調子に乗りすぎたか。よろよろと左腕をのばし、いくかのスイッチを操作する。画面をクリックし、表示される文字を読み取っていく。

 

「生命維持装置に異常はないようです。破壊されたのは、……ワープエンジンだけ。他の通常航行用のエンジンは無事です」

 

「シュナイダー少佐。ちっ、血が! 血がこんなにたくさん!!」

 

 シュナイダーは、改めて自分の脇腹を見る。軍服に穴が開き、真っ赤な血が床に流れ落ちている。破片が貫通してしまったようだ。

 

 まずいな。操縦系統は無事といっても、自分が操縦できなければ意味がない。どうやって時間を稼ぐか……。

 

 

 

 

「お嬢様。手を、貸して下さい」

 

「はっ、はい」

 

 エリザベートはハンカチをとりだすと、シュナイダーの傷口をふさごうとした。きれいなドレスに彼の血がべっとりとつくが、まったく気にしない。

 

「ちがいます!」

 

 シュナイダーの大声に、エリザベートは硬直する。

 

「私の右手のかわりをして下さい」

 

 エリザベートは意味がわからず、彼の顔をのぞき込んだまま停止している。

 

「私の膝の上に座り、私が指示するとおりに操縦桿を操作するのです」

 

「えっ、あっあの、でも、私には、その……、できません」

 

「……あなたを無事に届けるのが私の任務です。このままでは、撃墜されるだけです。お願いです、言うことをきいてください」

 

 シュナイダーの顔色は、どんどん蒼白になっていく。エリザベートは、シュナイダーの膝に数秒視線を固定した後、意を決した。彼の顔をみないまま、おずおずと膝の上に腰を下ろした。もちろん、家族以外の男の膝の上に座るなど、うまれて初めての経験である。心臓の鼓動が自分でも信じられないくらい激しい。それをシュナイダーに気づかれないかが、なによりも気になる。

 

 直後、ふたたび警報が鳴り響く。第二波の攻撃が始まったのだ。

 

「右手で操縦桿を握って、そう。……今です。つよく引いてください」

 

 耳元でささやくように響く低い声に反応し、エリザベートはわけもわからず言われたとおりにする。機体が急上昇し、ワルキューレの攻撃を間一髪でかわす。Gに圧迫され、エリザベートの体はシュナイダーに密着する。

 

 シュナイダーの怪我をしていない左手はコンソールに伸びており、いくつものスイッチやボタンの間を激しく動き回っている。彼の肘が動くたび、彼女の脇腹がやさしくくすぐられる。シュナイダーの両脚がフットペダルを操作するたびに、その微妙な振動がエリザベートにまで伝わる。シュナイダーが息をするたびに、エリザベートの首筋にあつい感覚が走る。脳髄がしびれ、体の芯があつくなる。

 

「あっ、あの、少佐……」

 

 エリザベートが真っ赤な顔で何か言おうとしたのを、シュナイダーは無視する。ワルキューレの攻撃を避けるためには、余計な事を考える暇はないのだ。

 

「操縦桿を左に倒して。もっと強く! 次、逆に、ちょっとだけ。そう、……そして前!」

 

 何度目かの攻撃をかわした頃、シュナイダーは感嘆した。

 

 ……おどろいたな。自分が指示したこととはいえ、苦し紛れの策が、これほどまでに上手くいくとは思わなかった。このお嬢様は、俺の意図するとおり、極めて正確に操縦桿を操っている。俺の意志を読み取っているとしか思えない。これならば、……逃げ切れるかもしれない。

 

 シュナイダーの気持ちに余裕が生まれる。正面のモニタに固定されていた視線を下げ、膝に座り必死に操縦桿を操作している少女を肩の上から見下ろす。よい香りが鼻腔をくすぐる。さらさらの金髪。白く滑らかなうなじのライン。ドレスの胸元がひろくあいている。ふむ、もう少し体に凹凸がほしいところだが……。

 

「しょっ、しょっしょ少佐!」

 

 エリザベートが唐突にさけぶ。声が裏返っている。空いている左手で、胸元を隠す。いつのまにか、うなじから首まで真っ赤になっている。

 

「へへへ、へんなこと、へんなことを考えないで、ちゃんと前をみてください!!!」

 

 シュナイダーは我に返る。

 

 あれ? 俺はいつのまにか思ったことを声に出していたのか?

 

 とっさに浮かんだ疑問を押し殺しながら、慌てて視線を正面に戻す。

 

 だが、モニタが見えない。シュナイダーは、自らの体の異常に気づいた。焦点があわない。視界がぼやけている。さらに、いつのまにか左手も思うように動かない。

 

 まずい。判断力があきらかに鈍っている。口が回らない。エリザベートに指示が出せない。

 

 出血多量による血圧低下だ。戦闘による極度の興奮状態のため気づかなかったが、ついに肉体が限界を超えたのだろう。全身の力が抜けていく。

 

「少佐! 少佐! 少佐! しっかりしてください少佐!!」

 

 エリザベートはとっさに操縦桿から手を離し、振り向く。シュナイダーの顔を見上げる。

 

 だめだ、エリザベート。まだ攻撃は続いている。前を見ろ。そして操縦するんだ。……そうしなければ、二人そろって宇宙の塵になってしまう。

 

 シュナイダーの心の声を聞き、エリザベートは唇をかみしめる。そして前を向く。

 

 機体を右に倒せ。そうだ、……今度は左の敵が撃ってくるぞ、上昇してよけるんだ! 

 

 シュナイダーが心の中で思うだけで、エリザベートが機体を動かしている。左腕の操作パネルも、フットペダルすらも、いつのまにか操作しているのはエリザベートだ。

 

 ……こいつはすごい。俺が頭の中で考えたことを、お嬢様はそのまま読みとって実行してやがる。

 

 エリザベートは、生まれて初めて自分の能力に感謝していた。彼女は、シャトルの操縦などまったく経験がない。だが、包み込むように座るシュナイダーの肉体から、彼の思考が激しい奔流となり彼女の中に流れ込む。たとえ操縦の経験などなくても、流れ込む彼の思いの通りに体を動かすだけでよいのだ。今や彼女は、シュナイダーと一体化していると言っても良い。彼の知識も、経験も、すべてはエリザベートのものだ。

 

 エリザベートは自分の五感を周りの空間すべてに開放する。シュナイダーだけではなく、敵の意志を読み取るために。

 

 

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