銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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09 シミュレータ

 

「なぜ、あたらない!!」

 

 ユリアン・ミンツ軍曹は、おもわず叫ぶ。彼は今、スパルタニアンのコックピットと全く同じにつくられたシミュレータ筐体の中にいる。

 

(……自分は落ちついているはずだ! 決して相手を侮ってなどいない。索敵、機動、照準、そしてビーム砲の発射まで、すべて教本通りに行っている)

 

 シミュレータで行われているのは、一対一の模擬空中戦だ。ポプランに言われたとおり、ユリアンは初陣のつもりで本気で戦っている。

 

「なのになぜ、あの敵にはあたらない!?」

 

 

 

 ユリアンは、イゼルローン要塞の第一空戦隊長であり、自他共に認める同盟軍最高の撃墜王、オリビエ・ポプラン少佐の一番弟子を自認している。実戦の経験こそまだないものの、すでに必要な資格はすべて満たしており、とりあえずの配属先としてアッテンボロー提督の分艦隊に世話になることも決まっている。分艦隊と帝国軍との遭遇戦でもあれば、出撃を命じられるだろう。

 

 いま、イゼルローン要塞には、ユリアンと同世代の新兵が数多くいる。弱体化著しい同盟軍においては、新兵の補充が急ピッチで進められており、それは最前線であるイゼルローン要塞も例外ではない。ユリアンは、そんな同期ともいえる若いパイロット候補の中では、抜群の成績を収めている。

 

 空戦技術に関してはおそらく銀河系でも最高の指導者のひとりであろうポプランから、公私の区別無くマンツーマンで教えを得られるという恵まれた立場は、彼の保護者であるヤン・ウェンリー司令官が口をきいてくれた結果である。だが、シミュレータ以外を含めたあらゆる課程においてトップの成績をおさめているのは、ユリアンの実力だ。

 

 一方、対戦中の相手は決して優秀なパイロットでは無い。機体の動きがどこかぎこちなく、スパルタニアンの操縦にはあまり慣れていないようにも見える。戦闘機動の基本的な教程すら、理解しているか怪しいくらいだ。なのに、それにもかかわらず、こちらの攻撃はまったくあたらない。ユリアンが必殺のタイミングで放ったビーム砲も、ひらりひらりとかわされてしまう。

 

 まるで、こちらの意志を読んでいるようだ。

 

 ユリアンの脳裏に、シミュレータに搭乗する直前、ポプランに紹介された模擬戦の相手の姿がうかぶ。

 

 パイロット用の戦闘服すら身につけてはいない。ジャケットにスラックスの普通の軍服に、ちょこんと乗ったベレー帽からはみ出した、ふわふわきらきらの金髪がやけに目立つ小柄で華奢な体。とてもパイロットには、いや軍人にすら見えない女の子。

 

 ユリアンは、彼女を見たことがある。要塞司令室でヤン提督とともに紹介された、メルカッツ提督といっしょに亡命してきた従卒の少女。ここ数日、ポプラン少佐とコーネフ少佐が、勤務時間外につきっきりで操縦を教えている相手がいるという噂をきいたが、それが彼女だったのか。

 

 ポプランによれば、彼女は帝国でパイロットの経験があるらしい。スパルタニアンの操縦について簡易教程が終了したばかりで、腕試しをしてやってほしいとのことだった。

 

 ユリアンは、ポプランのあまりに軽いノリにさそわれて、つい軽い気持ちでオッケーしてしまった。ポプランに対して一番弟子の実力を見て欲しいという思いが、ついでに自分よりも年下の少女に対して格好いいところを見せてやりたいという気持ちも、ちょっとだけあったかもしれない。だが、……。

 

 遊ばれているのか?

 

 敵は、ユリアンの攻撃をかわすばかりで、決して反撃してこない。チャンスはいくらでもあるはずなのに、こちらに向けて発砲しない。のらりくらりと、まるでユリアンの必死の攻撃などないものとして、仮想空間上を楽しげにとび回っている。

 

 ユリアンは、唇をかむ。あたまに血が上るのが自分でわかる。ひとつ深呼吸して、もういちど操縦桿を握り直す。

 

 このままで、おわってたまるものか!

 

 

 

 

「……まいったな。ユリアンに相手をさせたのは、間違いだったかな」

 

 シミュレータの動きをモニタしながら、ポプランがため息をつく。彼にしてみれば、単なる余興のつもりだったのだ。ユリアンは、司令官のお使いで空戦隊に来ただけだ。たまたまそのとき、エリザベートはシミュレータの中におり、ポプランとコーネフからスパルタニアンの操縦を教えられていたのだ。

 

 お友達がいない帝国出身の美少女パイロットと、同盟軍いち将来性豊かな純真の若者が、これを機会に仲良くなれば……などとお節介をポプランが思いついたのは、ほんの気まぐれでしかなかった。

 

 同じ年頃の異性だ。しかも、美男美女。模擬戦とはいえ、命をかけた訓練をともに行い、シミュレータの中でいい汗をかけば、特別な感情もわくかもしれない。いささか色気のない出会いではあるが、純情なユリアン君にはこうでもしないと彼女なんてできそうもない。なんといっても、あの銀河一の朴念仁であるヤン司令官の薫陶あつい被保護者だからな……。

 

 だが、ポプランのもくろみは、あっけなく崩れ去った。エリザベート嬢は、少なくともコックピットの中では、ユリアンなどまじめに相手にする気はないようだ。眼中にない、あるいは歯牙にもかけられない、という言葉は、今のユリアンのためにある。

 

 このイゼルローン要塞に亡命してきてから、おそらくはじめて自分の能力を発揮する機会に恵まれたのだろう。エリザベートは、実にいきいきと楽しそうに、空中戦を楽しんでいる。

 

 

 

 先日、ポプランとコーネフによって食事に誘われたエリザベート嬢は、深い深い悩みを抱えている様子だった。多くの新人パイロットを育て上げ、悩み多き少年少女の扱いには慣れているとの自負があるポプランとしては、そんな彼女を放ってはおけなかった。

 

 彼は、この年頃の若者が抱きがちな悩みを、大きく二つに分類していた。ひとつは、自分の全能性を信じてやまず、それを理解しない世の中に不満を持ち暴走するタイプ。もうひとつは、自分の無力感に絶望し、コンプレックスにまみれたあげく、この世の全てを自分から拒否するタイプ。

 

 このお嬢ちゃんの悩みは、どうやら後者のようだ。生い立ちについては決して具体的に語らないが、自分は世の中でなんの役にも立たない人間だと思い込んでいるようだ。さらに、他人を傷つけること、他人から傷つけられることを極度に恐れ、他人と関わることを極力避けようとしている。

 

 ならば、もっとも手っ取り早い解決法は、自分に自信を持たせてやることだ。なにか特別な能力があるのなら、それを自分の長所だと認識させればよい。

 

 さいわい、彼女はパイロットの経験があるらしい。同盟軍のパイロット資格を取れば、これからの人生にいろいろと役に立つかもしれないぞ。……ということで、まずはスパルタニアンの操縦を経験させてみようかと、手近にあったシミュレータに乗せてみたのだ。もちろん、無理矢理にではない。メルカッツ提督や、受け入れてくれたヤン艦隊のみなさんのお役に立てるかもと、彼女なりに考えた結果、彼女自身が決めたのだ。ポプランが帝国軍の女性パイロットの腕に強い興味があったというのは、否定できないが。

 

 

 

「単純な操縦教程では平均点そこそこだったはずだが……。人間を相手にしたとたん、いきいきしてきたな」

 

 ポプランのつぶやきに、コーネフが相づちをうつ。

 

「信じられん。あの機動は、敵の動きを……、いや敵の意思をすべて先読みしているということか?」

 

「オレにもそうみえる。そうとしか考えられない」

 

「たしかにユリアンの機動は素直で教本通りだから、読みやすいのかもしれないが……。おまえ、勝てるか? 彼女に。敵の意思をすべて先読みできる相手に」

 

 ポプランは小さく首をふる。そして、口の中だけで答える。

 

「今は負けないさ。いくら先読みが出来るといっても、操縦技術も経験もまったくもって足りないヒヨッコだ。だが、彼女がスパルタニアンの操縦に慣れたらどうなるかわからない。正直なところ、……対戦するのがこわいな」

 

 コーネフも、だまってうなずく。

 

「……そうだな」

 

 

 

 360度、まわりはすべて闇。輝くのはいくつかの計器だけ。エリザベートはいま、仮想の宇宙空間の中にいる。

 

 全天周モニタに映るのは、人工的に投影された銀河、星、銀色に輝くイゼルローン要塞、そして後ろから追う敵。

 

 スパルタニアンの操縦には、やっと少しだけ慣れてきた。帝国の民生用シャトルとは比べものにならないシンプルで合理的なコックピット。ただ戦うため、敵を倒すためだけに作られた、あまりにも機能的で美しい機体。パイロットであるエリザベートの意志にのみ従う、忠実なしもべ。彼女に対して、敵意も悪意も、決してむけることのない仲間。これに乗っている限り、暗黒の宇宙の中でも、彼女は孤独ではない。そして、こうして飛んでいる間、彼女は自由だ。他人の意志に脅える必要はない。

 

 そんな彼女の自由な飛行を邪魔する存在。彼女を墜とすべく、敵意をむける相手。そう、ユリアンは敵だ。エリザベートは、ユリアンが自分に向けて発する強烈な敵意を感じている。だが、ここは宮廷ではない。ブラウンシュバイク家でもない。ひとりでスパルタニアンに乗っている限り、彼女は自分に向けられている敵意から、自分の力で逃れることができる。

 

 見た目の第一印象のとおり、ユリアンの意志はとても素直なものだった。まっすぐにエリザベートに突き刺さる敵意は、帝国で追われたワルキューレのパイロットのそれよりも、よほど理解しやすいものだ。ユリアンが進路を向ける方向も、引き金を引くタイミングも、すべてが手に取るようにわかる。避けるのは簡単だ。攻撃をぎりぎりで避けた瞬間の、ユリアンの驚きと悔しさにまみれた表情まで、目に見えるようだ。自分から攻撃するのがイヤだったわけではない。ただ、逃げているのが楽しかったのだ。

 

 本物のスパルタニアンに乗りたい。そして、自分の能力を活かしたい。

 

 エリザベートは、心の底からそう思った。だが、この時の彼女は、パイロットの本分を忘れている。パイロットの任務は、逃げることではない。敵を殺すことなのだ。

 

 

 

「お二人さん、そろそろ時間だ。終わりにしよう。エリザ、逃げてばかりいないで、最後に攻撃も練習してみないか」

 

 通信機からポプランの声がきこえる。知らぬ間に、時間がたっていたらしい。

 

「はっ、はい。了解です。攻撃します」

 

 我に返ったエリザベートは、ポプランの指示に従うことにした。

 

 これまで何度もそうしてきたとおり、背後から必死にくらいついてくるユリアンの攻撃を、ぎりぎりのタイミングで避ける。ビームを発射した直後、ユリアンは一瞬こちらを見失っている。その瞬間、エリザベートは進路はそのままで機首のみを180度まわし、あっという間にユリアンの機体に照準をさだめた。

 

 突如、ロックオンの警報がコックピットの中に鳴り響く。ユリアンは自らの敗北を悟った。同時に、彼の心の中は激しい感情に満たされる。ふがいない自分に対する憤り。自分をばかにしているとしか思えないエリザベートに対する怒り。そして、このまま為す術無く負けてしまった後、自分の自尊心が完膚無きまでに破壊されてしまうのではないかという本能的な恐怖。普段は冷静でおだやかなユリアンだからこそ、本気であつくなってしまった時、その感情は自分でも驚くほど激しいものになった。

 

「バカにするな!!!!」

 

 ユリアンの叫びと、その激しい感情が、エリザベートの脳髄に突き刺さる。

 

 ひっっ

 

 エリザベートは、息を飲む。声にならない悲鳴をあげる。ユリアンの激しい怒りと恐怖の感情が彼女の前に立ちふさがり、鎖のように彼女の体をしばりつける。

 

 エリザベートは、引き金を引くことができなかった。

 

 

 

 

 結局、ふたりの模擬戦は、決着がつかないまま終了した。しかし、この勝負に関わった各人には、今後大きな影響を与えることになる。

 

「ユリアンには、……まぁ良い薬になっただろう。挫折を知らない優等生だからな。……実戦で生き残るためには、たまには完膚無きまでに負けることも必要さ、だろ?」

 

 エリザベートを送って帰った後、ポプランがコーネフに話しかける。やはりユリアンに悪いことをしたと思っているのか、いつものように歯切れよく言葉がでてこない。模擬戦の後、ユリアンは放心状態のまま帰って行ったのだ。あとでフォローが必要かもしれない。

 

 「ユリアンは大丈夫だろ。あの程度でショックをうけて再起不能になるようなたまじゃあるまい。……それよりも、エリザベートはどうするんだ? 本気でパイロットにするつもりか? あの少女を、危険きわまりない実戦に放りこむつもりなのか? まさか、あのバカげた新型機にのせるつもりじゃあるまいな」

 

 コーネフには、そちらの方が気にかかる。自分の同僚が、自分の興味と野望だけで若者の才能を弄ぶような男ではないことは知っている。だが、彼女はヤバイ。ポプランが本気であるならばなおのこと、あの化け物じみた才能を御しきれるのか? うまくいかなければ、同盟軍の空戦隊全体に悪影響を及ぼす可能性もある。いや、そんなくだらない事よりも、彼女自身にとってそれは良いことなのか?

 

「エリザ自身が悩んだ結果、パイロットになって同盟軍の役に立ちたいと言っているんだ。なんとかしてやるのが俺たち大人の役目だろう。それに、メルカッツ提督と共に戦艦のブリッジにいるよりも、新型機に乗っている方が安全かもしらんぞ、彼女の場合」

 

 それは理屈では理解できる。理解できるのだが。 ……しかし、おそらく彼女は、実戦では撃てない。敵を殺せない。

 

 コーネフは、のどまで出かかったこの反論を飲み込んだ。ポプランがなんと言うのかわかっているからだ。

 

 敵を殺せないのなら、殺せるように、殺しても平気な顔が出来るように無理矢理教育するのが大人の仕事だ。経緯はどうあれ、彼女が軍人という職業を選んでしまった以上、それは仕方がない。

 

 パイロットとそれ以外の軍人の差は、直接引き金を引くのか、間接的に人殺しを命じるかの違いでしかないのだ。居所がコックピットであろうと戦艦のブリッジであろうと、あるいは要塞の司令室であっても同じ事だ。

 

「なに、今すぐってわけじゃない。ゆっくりと教育していけばいいさ。まずは、メルカッツ提督とヤン司令官を説得しなけりゃならんがね。こちらの方が骨が折れそうだ」

 

 

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