浅上怜士異世界未帰還録 ――置いてかれるとか聞いてない。―― 作:出落ち
俺は勝った。それは辛く、苦しい戦いだった。
そう、二日酔いだった。たぶん。……
明日から頑張るとか二人に言っておいてこの様である。
「ふあ゛ぁ゛ぁ゛……顔洗お。あと歯も」
そう言って木で出来たカップと歯ブラシ、顔を拭くための麻布を持って部屋を出る。
昨日の頭痛が嘘みたいに消えている。幸せ。
俺は今、ギルドが冒険者相手に貸し出している宿舎の一室に住んでいる。
こっちに来た時にこの国の偉い人、王様やらお姫様やら大臣さんやらが色々と手を回してくれて助かった。流石にクラス全員は無理なので他のところにも話を持っていったらしい。
「担任含めた他の奴、皆居ねえけどな」
そんなことを呟いて宿舎の裏庭にある井戸から桶で水を汲み持ってきたカッップに水を注ぐ。そして桶に残った水で顔を洗う。
「……ちべたい」
夏場なんかはむしろこの冷たさが気持ち良いくらいだが、流石に春先にこの冷たさは肌に凍みる。
「間違ってもこの時期に、頭からこの水を被るなんてことにはなりたくないなあ」
麻布で顔の水を拭きとり、歯ブラシを口に突っ込んだ。
意外なことにこっちにも歯ブラシがあった。木と馬やら豚やらの家畜の毛で出来ている。そういえば、あっちにも動物の毛を使った歯ブラシがあるらしい。
「動物の毛を使った歯ブラシもあるんですよ?ただ、普通の歯ブラシとちがって、乾き辛いのでしっかり水気を飛ばさないといけなかったり使用後のケアが大事らしいです」
先に帰った委員長が言っていた。
シャコシャコと歯を磨く音と小鳥の鳴き声が見馴れた裏庭に響く。
この五年で見馴れた景色。井戸と流し台。鍛練用の木人形。あと木。てか林。林越えて森。……ごめん嘘。森は盛った。
カップの水を口に含みゆすぐ。それを流し台の中へ吐き出す。さらにそれを桶に残った水で流す。外に置いてあって、井戸も隣にあるからか蛇口付いてないんだよね。ここの流し台。
こっちの世界に来て驚いたのは、意外にも中世のヨーロッパの様に窓から捨てるなんてことはしなかったことだった。下水道とかしっかりあった。トイレも水洗だし、風呂もあったしキッチンもあった。現代の日本程ではないにしろ、下水の除染はしっかりやっているらしい。魔法やら魔物、魔獣なんかもいる世界なので、その手の不思議パワーでなんとかなるのだとか。
歯ブラシの水気を飛ばしながら、そんなことを思い出す。
そろそろ十分だろうと準備の為に部屋へと戻った。
今日は、日帰りで行ける範囲の依頼を受けるつもりなので、嵩張る様な荷物は持っていかない。
精々がウエストポーチに入るくらいの応急手当て用の道具や水、干し肉等の軽い食糧程度。
出来るだけ隙間がない様に荷物を詰めていく。机の上は多少、道具で散らかっているがご愛敬だ。
荷物も詰め終わり、ベッドに腰を掛ける。ここからが憂鬱だ。
ベッドの脇、床が汚れない様に大きな布の上に纏められているそれらを見るとため息が出そうになる。
「…………はぁ……やるか」
というか出た。布ごと手元に手繰り寄せ、覚悟を決める。
最初は脚元から装備を整えていく。脛当てとかグリーブとかそういう感じの。それをズボンの上から靴、脛、膝、太股、腰周りと片足約二.五キロ。両脚約五キロの合計で六キロ弱の装備をカチャカチャと装着していく。その後、一度立ち上がり音がならないかの確認を挟む。
重なる部位は仕方がないにしろ、そうじゃない部位の留め具が弛んでいて戦闘の最中に外れでもしたらと思うと恐ろしい。
次は肌着を着て、鎖帷子もしくはチェーンメイルと呼ばれる物を着込みその上からフードの付いた服を着る。更にその上から胸部だけの部分鎧を身に着け、留め具が弛んでいないか確認する。その後に腰へ剣が納められた鞘を結び着ける。籠手付けた後から腰に結ぶとか無理よ。出来なくはないけど手間がかかりすぎる。
そして籠手を両腕に着けてる。剣の重さを抜いたトータルで七キロ強。今回は着けていかないが、ここに兜を合わせると九キロいかないくらいになる。……はず。
冒険者を始めた頃は、ここまで準備に手間がかかるのなら、しっかりと身体を守れる全身鎧にしてしまえばいいのにと思った。しかし、なぜ全身鎧にしないのか。それは、そういう全身鎧は国に仕える人が身に着けられる物だから。つまるところ軍人。騎士様だけが身に着けられるって理由。警察官の制服と一緒。身分やら職業やら所属やらを示しているわけだ。
…………誰に説明しているんだ?
そして最後に鞘の上からポーチを腰に巻き着け、準備完了。
「行ってきます」
誰も居ない部屋に一言告げてドアを閉めた。
ホント、五千文字とかよく書けるよ。尊敬する。