さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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別名、神田空太の本心


神田空太の全力

 神田空太と椎名ましろがラブホテルに入った日の数日後。結局、あの後空太達がした事といえばラブホテルの一室で設備の見学やスケッチをして、シャワーを浴びて寝ただけ。

 ちなみに、三鷹仁と上井草美咲は後々聞いたところによると三鷹仁が逃走し、上井草美咲は結局仁を取り逃がしてしまったらしい。

 そして現在、神田空太はいつも通り適当に学校へ行って適当に日々を過ごしていた。

 

 だが

 

 神田空太の開き直りは、たった一人の少女の純粋な言葉で強制的に前を向かされることになる。神田空太の一目惚れの相手、絵画の天才にして漫画家を目指してひたむきな少女、椎名ましろによって。

 

「空太」

 

「どうした、ましろ」

 

 学校の玄関で、椎名ましろは神田空太に話し掛ける。その口調はどこか重々しい。

 

「空太は何をしてるの?」

 

「何って……別に何も」

 

 空太はなんでそんな事を聞いてくるのか分からなかった。椎名ましろは神田空太の事を何も知らないし、どんな過去を持っているのかも知らない。

 

「なんでそんな事聞くんだ?」

 

「美咲が言ってたの」

 

「なんて?」

 

「空太には夢があるって」

 

 それは、たった一度だけ空太が口を滑らせた事のある相手。上井草美咲に話した事のある、ゲームクリエイターになりたいという夢の話。この事を聞いて、空太は失敗したと思った。

 椎名ましろは常人とは違う。その事に何も触れない空太に対して気を遣う一般人とは違い、どストレートに言ってくる人物だ。

 

「……ああ、まぁあったよ。でもそれは椎名には関係ない事だ」

 

「……空太には才能があるのに残念だって美咲が言ってた」

 

「あの人だけじゃないけど、皆勘違いしてる。俺には特筆した才能は無い」

 

「…そんなことない」

 

「あるんだよ」

 

 尚も食い下がる椎名ましろの表情は、どこか不満気だった。駄々をこねる子供の様に、かたくなに認めようとしない。空太はそんなましろにいらだちを覚えた。

 幾ら好きな人だとしても、空太の琴線に触れる話題だったのだ。

 

「……なんでお前はそこまで……」

 

「逃げちゃ駄目よ」

 

「―――っ」

 

「空太は今、何色?」

 

 椎名ましろの言葉は、最初に言った言葉を思い出させた。椎名ましろの何色になりたい? という質問に空太はいろんな色になりたいと言った。

 だが、今の空太は椎名ましろから見ても自分から見ても……無色だった。色など無く、面白みもなく、中身がからっぽ。空太はその現実を逸らせない。開き直ろうとしても、椎名ましろの真っ直ぐな瞳がそれを許さない。

 

「(なんだ、なんだ、なんでいきなりこんな……なんで……)」

 

 目の前にいる、才能に満ち溢れた少女が自分自身からも逃げた少年に言っている。逃げるな、と。空太自身、何から逃げるなと言っているのか分かっている。自身から、才能から、周囲の人間から、いろんな物から逃げるなと言っているのだ。

 

「空太」

 

「なん……だよ」

 

「立ち止まっては駄目よ。前はそっちじゃないわ」

 

 普段の椎名ましろからは、出もしない様な言葉。常識は無いのに、彼女には高い人間性があった。故に核心をつく。神田空太が夢から逃げてると知って、逃げるのは負けだと本能的に悟ったから、空太に逃げないように言った。純粋で純粋な彼女だからこそ、空太の気持ちなんて考えない。空太が逃げているから、逃げないようにしただけの事なのだ。

 

「……」

 

 神田空太はその言葉で、完全に前を向かされた。開き直る事は椎名ましろが許さない。数年間、開き直って来た神田空太の閉じ籠っていた本心が、剥き出しになった。

 

「――――はぁ」

 

「?」

 

「ましろ。お前は酷い奴だな……だから嫌だったんだ。才能と向き合うのは」

 

 空太の言葉は今までの空太とは違い、何か削ぎ落された様な身軽さがあった。

 

「分かったよ……一度だけ、もう一度だけ……本気になって見るよ……それでいいだろ?」

 

「……うん」

 

 空太はましろの眼を見てそう言った。ましろはそんな空太の眼を見て、こくりと頷いた。神田空太は椎名ましろによって前を向かされた。今一度、小学生時代までは全力で生きていたあの時の様に、本気を出す事になった。

 

 そしてその事実は、神田空太に大きな変化と驚愕を齎す事になった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 さくら荘に帰って来て、神田空太はまず初めにさくら荘の住人であり、天才プログラマーの赤坂龍之介の部屋の前に立った。そして、その手を拳の形に握って腰を低く構える。神田空太もまさかこんなことに今までの日課の成果を使うとは思いもしなかった。

 

「すぅ……はぁ……さて、赤坂。今から俺はお前の扉をぶっ壊して中に入ろうと思う。目的は取り敢えずお前に質問があるからだ。嫌なら出て来い。正直言って、今の俺は本気を出さないといけない状況にあるからさ……手加減出来ないぞ?」

 

「待て待て待て、今開ける」

 

 空太が一種の脅しを仕掛けると、中から凄い勢いで赤坂龍之介が出てきた。その顔には焦りの表情が浮かんでおり、その理由はドアを壊された場合機材が壊れる可能性を考慮してだ。

 

「で、何の用だ。神田」

 

「ゲームクリエイターになりたい。とりあえずその為に何をすればいいのか一から説明してくれ」

 

「……そんな事で僕の部屋を荒らそうとしたのか? 全く、無茶苦茶な奴だ」

 

「いいから教えてくれ。俺にはもう手を抜く余裕は無いんだ」

 

 空太は今だけは全力だった。ゲームを作る為のノウハウを知って、すぐにでも作成に取り掛かるつもりだからだ。

 

「……何があったかは知らんが。いいだろう、この書物をやる。僕にはもう必要ない物だからな」

 

「ありがとう赤坂。とりあえずは本気で取り組むとするさ」

 

「……まぁなんだ。頑張れ」

 

 赤坂はそう言って部屋の中に入って行った、空太は赤坂から貰った書物を抱えて部屋に戻る。廊下を歩く途中から既に本を読み始めていた。読む速度は速い。赤坂の部屋から自分の部屋に戻るまでの短い距離で既に10ページは読み終えていた。

 空太は生まれつき理解力と読解力が高い。故に、赤坂から貰った本程度なら速読することが可能。一冊10分そこらで読み終える事が出来る。

 

「……」

 

 部屋に入り、ベッドに座りつつ読むのを止めない。その表情は稀に見る本気の表情であり、空太の全力が今その真価を発揮していた。

 才能が無いと思っている空太は日課を初めとして様々な物に手を出す内に随分と多くの技術を手に入れている。無意識な努力という行為を空太はかなり行なって来たのだ。速読や格闘術もその一つ。

 

「……オッケイ。それじゃあいっちょ本気でゲーム……創ってみますか」

 

 空太はそう呟き、自身のパソコンを起動させる。本は全て読み終わった。掛かった時間は45分ほど。そしてその内容の8割方は空太でも理解出来た。後は読み返しながらゲームを作っていく。アイデアだけならこの夢を持った中学時代から多くのアイデアが浮かんでは消えている。その数はとても多い。ネタには困らない。

 

「とりあえずはコンセプトから詰めていきますか」

 

 空太はそう言って、起動したパソコンを操作し始めた。

 




空太は開き直るのを止めて一度だけ本気を出すようです。
一応他のイベントも同時進行ですよ。

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