さくら荘は、色んな色がある。
私がこのさくら荘に来たのは多分四月、水明芸術大学付属高等学校美術科に編入する為に日本へ渡って来たわ。こっちに来るには皆から反対されたけど、リタの協力もあったからなんとか来れた。リタは友達、小さい頃から一緒に絵を描いていたわ。
こっちにやってきて、空太に出会ったのは駅の近く。私の小さい頃の写真を持って、音も無く近づいてきたから少しだけびっくりした。空太は不思議、良く分からない。いろんな国で私が描いた絵の展示会を開いて回っていたから、色んな人を見て来たけど、やっぱり良く分からない。特別整った顔をしているわけじゃないのに、どこか惹きつけられる様な魅力があった。
私を迎えに来たって言ってたから、ふと気になって何色になりたい? って聞いた。そしたら空太は考えた事も無いって言いながら、少し考えた後『色んな色』になりたいって言った。
ちょっとだけ、分かる気がした。空太はぐちゃぐちゃなの。色んな色が綺麗に配置されてるんじゃなくて、色んな色が混じり合ってぐちゃぐちゃ。凄く不安定な感じに安定してる、って感じね。
私は日本の漫画が好き。だって私の描いた絵は皆褒めてくれるけど、誰かを笑顔には出来ないもの。でも、漫画は白と黒、そして線だけで描かれたものなのに、読む人を笑顔に出来る。私の描く絵よりもずっと価値があると思う。だから、私はこの日本に漫画家になる為にきたわ。
空太は分からない。さくら荘で私の生活の介護をしてくれて、ましろ当番っていう私の介護係を引き受けてもくれた。でも、空太は優しいのか厳しいのか分からない。私は皆から良く非常識だって言われるわ、でも空太は言わない。空太は私の言うことをちゃんと受け止めて応えてくれる。バームクーヘンもくれる。
でも空太と過ごし始めてから、段々空太の色がもっと分からなくなった。ぐちゃぐちゃだった色が、段々消しゴムで消したみたいに消えていくの。そんな空太が私を見る目は、少しイヤ。だって私のことが映っていないんだもの。多分、私だけじゃなくて空太は皆の事も見てない。こっちを見てるけど、ずっと眼を逸らしてるみたい。
空太は口癖みたいに良く言うわ、「めんどくさい、やめた」って。そう言う度に空太の色はどんどん消えていくの。その内空太自身が消えてしまいそうで、少し落ち付かない気持ちになる。
空太は普通科なのに、有名。美術科でも空太の名前を出せば皆空太の事を知ってた。なんでも、皆空太に色んなところでお世話になったらしい。空太は凄いわ、私だけじゃなくて皆のお世話をしているの。そのせいかしら、初めは皆私に話しかけてこなかったのに空太の話を中心に話し掛けてくるようになった。
でも不思議と空太の事を悪く言う人はいないの。空太は元気か、とか今度お礼を言いたい、とか言ってた。空太は皆から好かれてる。私にはないモノを持ってるんだと思うわ。だって、私の周りに集まって来る人は私の絵を見に来た人だけだもの。私自身に近づいてくる人はいなかった、空太は空太自身が人を惹き付ける魅力を持ってる。
美咲が空太には夢があるって教えてくれた。空太はゲームが作りたかったんだって。でも、空太はそれを叶えようとしてない。それどころか、空太はなにもしていないわ。まるで、ずっと眼を背けて閉じこもってるみたいに。私には、なんで空太がそんなことをしているのか分からない。夢があるなら叶えればいいのに、なんでそうしないんだろう?
だから、リタに聞いてみた。電話をして、リタに空太の事を言った。
「リタ」
『どうしたんですか? ましろ』
「空太が分からないの」
『えーと……ちょっと私にも分からないです。空太っていうのは……?』
「さくら荘の、私の飼い主よ」
『なるほど、その方が日本のましろ当番なんですね……それで?』
「空太には夢があるの。でも、空太は何もしないわ……夢があるなら頑張れば良いのに、なんで閉じこもってるの?」
『………』
リタは黙った。少しだけ様子がおかしかった。
「リタ?」
『……ましろ、夢があるからといって必ずそれを叶えられる人ばかりではありません』
「どういうこと?」
『その空太という方は、きっと怖いんです。失敗する事が』
「どうして?」
『誰もかれもがましろみたいではないってことです……それじゃ、これから用事があるので切りますね』
リタはそう言って電話を切った。なんだかリタの様子がいつもと違う感じがしたけど、やっぱり分からない。結局、リタに聞いても空太の事は分からなかった。夢に向かって頑張ることがなんで出来ないんだろう? リタは何か知っているみたいだったけど、私にはどうしても分からない。
でも、夢があるなら頑張った方が良いに決まってるもの。空太は凄いから、きっと面倒なだけなんだわ。いつも言っているから、きっとそう。
だから私は空太に言った。
「空太は何をしているの?」
空太は首を傾げながら別に何もしてないって言った。
「なんでそんな事聞くんだ?」
「美咲が言ってたの」
「なんて?」
「空太には夢があるって」
そう言ったら、空太は困った様な顔をした。溜め息をついて、面倒臭そうに頭を掻いて私を見た。
「……ああ、まぁあったよ。でもそれは椎名には関係ない事だ」
「……空太には才能があるのに残念だって美咲が言ってた」
「あの人だけじゃないけど、皆勘違いしてる。俺には特筆した才能は無い」
「…そんなことない」
「あるんだよ」
空太は私の言葉を遮って否定した。空太には私にはない魅力があるもの、そうじゃないとあんなに人が集まって来るわけがないんだから。でも、空太はそれを認めない。空太はやればきっと出来る、ゲーム作りだって出来るわ。だから、私はそんな空太を見つめ返した。
「……なんでお前はそこまで……」
空太は私が譲らないことに怒ったふうだった。でも、夢を叶えようとしないで諦める事が間違っている事くらい、私だって分かることだもの。
「逃げちゃ駄目よ」
「―――っ」
「空太は今、何色?」
私はそう言った。空太の色は、もう見えないくらい透明になってた。今の空太は透明で、空っぽ。夢から逃げるなんて、何の意味も無いわ。だってそんなことをしても何も生まれないもの。
そうしたら空太は一回だけ頑張ってみるって言った。空太が夢を叶える為に頑張るってなったから、少しだけ達成感があった。良いことをしたわ。
それからしばらくして、空太は凄く頑張っているわ。ゲーム作りの為に色んな本を読んだり、パソコンの前にずっと座って作業をしてる。ましろ当番をしながらだから、あまり進行具合は良くないみたい。だから自分のことをちょっと頑張ってみようとしたら、部屋は水浸しになって、服もちゃんと着れなかった。空太に怒られたわ。
私も漫画を書いて漫画賞に応募した。初めて描いた漫画だから落ち付かない気分だけど、空太や美咲達も応援してくれたからちょっと落ち付いた。
でも、綾乃からの電話で落選って言われた。ショックだったけど、空太は励ますでも慰めるでもなく、これからどうするのかって言った。だから、私はまた書くわ。当選出来なかったのは残念だけど、まだチャンスはあるもの。空太はやっぱり凄いわ、空太が応援してくれると、他の人の応援よりもちょっとだけ嬉しい。もっと頑張れる気がするわ。
そうしたら次の日、綾乃からの電話でデビューの知らせが来たって空太が教えてくれた。空太は無理矢理作った様な笑顔でおめでとうって言ってくれた。どうしたのって聞いたけど何でもないって言ってたからきっと大丈夫。
美咲達に言ったらデビューのお祝いをしてくれるって大騒ぎをしてた。
そういえば、空太のゲーム作りはどうなのかしら? 空太は大丈夫って言ってたけど、私も応援してもらったから何かしてあげたい。後で美咲に聞いてみようかしら。
ましろ、やはり空太の気持ちを何も分かってない。天才、凡人の心知らず。