さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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夏休み入り


神田空太の休日

 神田空太達は、各々夢に向かって動き出している夢追い人である。

 だがそれ以前に彼らは高校生、青春時代の絶頂期の最中にいる者たちだ。当然、学校という環境下にいる限り校則というルールによってその行動は制限される。そういったルールを布かれた環境下で、学力、知識、社交性、協調性、を学びながら成長していくのだ。だが、そんな彼らにも休日はある。社会で生きる全ての者に当然のごとく与えられる基本的な権利だ。

 

 まぁ何が言いたいのかといえば、神田空太を含む全ての小中高校生は夏休みという長期休暇期間に突入した訳だ。

 だが、夏休みの長期休暇に突入したからと言って神田空太の立ち位置になんら変化がある訳ではない。ましろ当番である神田空太の日常はやはり、椎名ましろの介護を軸として回っている。朝起きて、日課をこなし、椎名ましろの朝食を作り、椎名ましろを起こし、着替えさせる。最近では手慣れたもので、この一連の流れを最初は1時間掛けていた所、10分にまで短縮させている。しかも、椎名ましろの成長は全くないままにだ。

 

 現在も椎名ましろは一人で着替えられない、一人でご飯が食べられない、勉強も出来ない、というか漫画を書く以外何も出来ない。徹底的なまでに駄目人間である。それ故に、神田空太の椎名ましろへの扱いは奇妙なものへと変貌していた。

 知っての通り神田空太は椎名ましろに一目惚れしている。本人もそれを認めており、本人以外ではましろ以外のさくら荘のメンバー全員の知る所にある。

 

 だが、神田空太は椎名ましろのパンツが落ちていても何とも思わない。神田空太は椎名ましろが裸で寝ていても何とも思わない。神田空太は椎名ましろが思わせぶりな発言をしても正しく勘違いしない。

 椎名ましろのことを知っているから。椎名ましろのことを見ているから。椎名ましろのことを世話しているから。椎名ましろの漫画への真剣さを知っているから。そしてなにより、椎名ましろが好きだから。神田空太は椎名ましろを正しく世話する。椎名ましろの扱いを間違えない。彼女の心が読めているかのように、彼女の考えと意思を汲み取ってみせる。

 現在の神田空太はきっと、椎名ましろの両親、友人であるリタという少女以上に、椎名ましろの事を理解する人間だ。椎名ましろは一番の理解者である神田空太を無意識に信頼している。二人はある意味、一心同体というよりも一方的な以心伝心な関係といえよう。空太はましろを知っていて、ましろは空太が分からない。

 

 まとめるのなら現在の二人の関係は近いのに遠いということだ。そこには身体的な意味と精神的な意味が関わって来る。身体的に言えば授業以外常に一緒にいるような存在、なのに精神的にはどちらもお互いを遠く感じている。真っ白なましろとぐちゃぐちゃな空太は相容れないということだろうか。

 

 さて、そんな空太とましろは夏休みの初日。空太は一学期終盤に行われた期末テストで、全教科白点というある種の偉業を達成したましろの再試テストの勉強を見ていた。ちなみに白点というのは白紙のテストから因んで0点の答案の事を言う。赤点よりも性質が悪い。

 

「で、なんで全部0点なんだ?」

「空太が教えてくれなかった」

「勉強は教えただろう」

「教えてもらった、でもどこで使えば良いのか分からなかったわ」

「お前はテストの起源から知りたいのか?」

「別に知りたくはないわ」

「あっはっはー頭ん中空っぽかお前ー」

 

 ましろに勉強を教えるということは、東大や芸大に現役合格すること並に難しいようだ。空太は窓の外を眺めながら遠くを見る眼で乾いた笑い声を出した。ましろはそれを首を傾げながら見つめている。

 だが、空太はまだまだ諦めない。ましろにはちゃんと再試で合格して貰う必要がある。そうでないと空太も夏休みを返上してましろの補修に付き合わないといけないと、千石千尋に言われたからだ。その際、空太は理不尽な言葉に色々言い返して千石千尋を叩きのめしたのだが、それは別の話。

 

「まぁ再試突破位どうにでも出来るけどさ……ましろさんましろさん」

「何?」

「美術科の再試問題は期末テストの問題がそのまま出題されます。模範解答は貰いましたよね?」

「此処にあるわ」

「それ覚えろ」

「…………覚えたわ」

「それじゃ、それを次の再試でそっくりそのまま解答を入れること……それで何とでもなる」

「分かったわ」

 

 椎名ましろは模範解答数枚を数秒見て、すぐに全部覚えた。それはその模範解答を絵だと思えば覚えられるという滅茶苦茶な言い分であったため、空太は敢えて突っ込む事をしなかったのだった。

 

「さて……それじゃまぁ俺はゲームを作りを再開するよ」

「空太」

「なんだ?」

「空太の部屋、行っても良い?」

「別に良いけど?」

 

 空太とましろは共に部屋を出て、一階の空太の部屋へと移動した。空太はパソコンの前に座り、電源を付けて起動を待つ。その間にましろを自身のベッドに座らせた。

 

「で、俺の部屋に来て何をするつもりだ?」

「絵を書くの」

「俺のか?」

「そう……参考資料」

「ふーん、それはゲーム制作をしてても良いのか?」

「大丈夫よ」

 

 空太はましろの視線を見返して、そうかと言うと、起動したパソコンを操作してゲーム作りを再開した。すると、空太の部屋にはキーボードを叩く音とましろの絵を書く音だけが響くようになった。言葉はない、お互いが作業に没頭し、凄まじい集中力を発揮する。神田空太は凡人だ、しかしその集中力は天才の領域に踏み込んでいた。作業以外のことは意識に入っていない。見る者全てが一瞬たじろぐほどの集中力、それを発揮している者が二人同じ部屋にいるのだ。張り詰めた空気が部屋を満たしていた。

 

「………」

「………」

 

 そんな空間で、椎名ましろの瞳だけが神田空太を見ていた。彼女の視界の中には神田空太以外の余計なものは一切介入していない。そしてその手は瞳が移した神田空太を、本物以上に本物らしくスケッチブックへと顕現させる。ペンは止まらない、キーボードを叩く音も止まらない。作業は続く。

 一流のスポーツ選手はその卓越した才能と鍛え上げた能力から、集中力の臨界点を超えた時、『ゾーン』と呼ばれる一種の集中状態に入ることがある。その状態になった時、その意識には余計なことは何一つ介入せず、その思考速度は普段の倍近く速くなり、その意識は普段の倍近く集中する。結果、最良以上に最高の結果を叩きだすことが出来る。空太達は芸術系能力ではあるが『ゾーン』に入っていた。

 

 ましろはその天賦の芸術的才能と元々持っていた卓越した集中力から、空太は日課によって鋭敏化されてきた集中力の成果だ。

 

「……」

「……」

 

 この沈黙の中進む作業はこの一時間後、上井草美咲がハイテンションでゲームの誘いをしてくる時まで続いた。

 

 さくら荘の夏休みはこうして幕を上げた。

 

 

 




そろそろ青山さんを関わらせていきたいね。

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