青山七海がさくら荘に越してくるのは、一週間後になった所で、さくら荘の問題児とその世話役である空太とましろは会議を行っていた。
その内容は、『ましろ当番』という役職とその内容が青山七海に受け入れられないであろうということについてだ。彼女は良くも悪くも生真面目で学級委員的な性格の人物だ、パンツを男子が選んで女子に穿かせるとか、女子の服を男子が洗って干しているとか、年頃の女子の生活全てを年頃の男子が見ているという現実はどう考えても受け入れてもらえないだろう。不純異性交遊として徹底して禁止してくる筈だ。
それを考えれば、ましろ当番というものを青山七海に知られてはいけないことは明白。これはそれをどうするかの会議である。
「でだ、ましろ」
「……なにかしら」
「俺の説明を最後まで聞いたら橋本ベーカリーの究極メロンパンを買って来てやる」
「聞くわ」
実はもう買ってきてはいるが、けしてましろには見せない。見せれば確実に視線がそっちに行き、話はまともに進まないからだ。空太はましろ限定で交渉術に長けていた。
「きっと青山はましろ当番のことを知ったら、まず改善しようとするだろう」
「なんで?」
「そういう奴だからだ」
「そう……大変ね」
「大変なのはお前だ。何故なら改善する方針として最初に、ましろが『一人で』生活出来るように指導しようとするからだ」
「空太、七海のこと良く知ってるのね」
「そういう奴だからだ」
「そう……大変ね」
とりあえず、理由は漠然とした答えを返すことでましろなりの解釈をさせておく空太。重要なのは此方の話を聞かせること、それ以外のことは適当に納得させておけばいいのだ。
「でも、多分ましろを生活指導することは不可能。となればましろ当番の俺が今まで通りに世話するしかない」
「そうね」
「だが、それが許せない青山は『ましろ当番』を俺から奪い取るだろう」
「空太のを奪うのね」
「そうだ、俺のを奪うんだ。そして、それを持て余すことになるだろう」
「空太のなのに」
「青山は声優の養成所と一緒にバイトを幾つか掛け持ちしている、学校の課題もあるだろうから、既にいっぱいいっぱいの筈、加えて『ましろ当番』をやるなんてまず無理だ。きっと重要な場面で体調を崩すとかやって泣きをみることになる」
「空太」
「なんだ?」
「空太は未来が見えるのね」
「仁さん曰く俺は宇宙人らしいぞ」
空太はとても正確な予測をしていた。青山七海は生真面目で責任感の強い少女だ。だが、裏を返せばなんでも自分で抱えこんで、失敗すれば人一倍責任を感じる少女ということ。そして肉体は精神に大きく影響される、責任に押し潰され弱った精神状態、かつ疲労した肉体は簡単に体調を崩すだろう。最も定番なのは風邪である。
前も言ったが、神田空太は青山七海が苦手だ。だが、苦手だからこそ分かるのだ。何故なら、彼女は以前の自分と同じなのだから。
「それで、空太はどうするんだ?」
「さり気なくいないものとして扱ってたのに急に出てきましたね、仁さん」
「お前俺の扱い酷くない?」
「まぁ、どうもしません。ましろに隠しごとをしろって言っても無理でしょうし、作戦を立てた所でやり遂げられる奴でもないですから。無駄に何か対策立てるより、普段通りでいいでしょう」
「でもそうしたらその……青山さんは風邪で倒れるんだろう? 可能性の話だけど」
「はい、風邪でなくとも放っておけば疲労で倒れます。でもそうなれば『ましろ当番』はまた俺に戻ってきますよ。青山もそれで反省しないほど真面目馬鹿じゃないですから」
酷い奴だなぁ、と苦笑する仁。だが、空太の話からなんとなく青山七海という人物の性格を掴んだ仁は、そういう人物には何を言ったとしても無駄である事を知っていた。そしてましろに作戦云々の話は根本から無理である事も分かっている。空太の案が一番妥当である事は日の目を見るより明らかだ。
そういうときは自業自得、他人の忠告を聞かない奴が全部悪い。責任感が強いのは結構、だが抱え込みすぎる奴はいつかどこかで破滅する。一番大事な場面で全てを台無しにしてしまうのだ。
「だからましろ、お前はいつも通りに過ごせ。強いて言うなら、青山が越してきたら仲良くしてやれ。女子同士、色々通じる者もあるだろうからな。どうせ、俺の予想じゃ青山が越してきたら二階は男子禁制が厳しくなるだろうし……まぁ時間が経てばどうせ美咲先輩が色々やって元に戻るさ」
「……分かったわ」
「空太が言うなら、そうなんだろ」
「それじゃましろ、食って良いぞ」
「メロンパン……!」
空太はそこで話は終わったとばかりにメロンパンを取り出し、袋を開けてましろに手渡した。ましろは見た目では分からないが若干目を輝かせてメロンパンに食いついた。空太は椅子の背もたれに身を任せて天井を見る。
「あーあ、めんどくさい」
呟いて、若干にやけた笑みを浮かべたのだった。
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