さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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青山さんが越して来ましたー。皆様空太君の筋書き通りに踊る彼女の様子をどうぞ温かい眼で見守って下さい。


神田空太の意地

 メロンパンをましろが食べ終わったのを皮切りに、空太達は各々部屋に戻ることになった。だが、空太が語った予想は思った以上に早く実現し始める。そう、上井草美咲の暴走が既に動き出していたのだ。

 彼女はさくら荘へ青山七海が越してくることを知るが否や、引っ越しセンターに連絡し、青山七海の住まう一般寮に乗りこみ、青山七海の部屋の荷物を全て『勝手』にさくら荘へと移動させたのだ。当然、それに気がついた青山七海は消えた荷物の移動先として真っ先にさくら荘を思い浮かべ、確かめに来る。

 

 空太はそうしてさくら荘へやってきた青山七海と、玄関で鉢合わせしたのだ。

 

「青山、何しに来たんだ?」

「一般寮から私の荷物が消えてて……こっちにきてない?」

「多分来てんじゃね?」

「多分って何よ多分って!」

「うちにはそういうことを身勝手にやる宇宙人な先輩がいるからな」

「……はぁ……流石はさくら荘だね……じゃあちょっと上がらせてもらうね」

「ああ、どうぞ二階へ」

 

 空太は、また美咲先輩かーと思いながら半分適当に青山七海を迎え入れた。靴を脱いで、すたすたと二階へ上がっていく青山の後ろを付いて行く空太、そういえばましろの洗濯物を取り込まないとなぁという普段通りの行動だ。青山七海の部屋はましろの隣、203号室だ。当然、途中までは一緒だ。

 

「………神田君、なんで付いてくるの?」

「なんで止まるんだ、後が閊えてるぞ。さっさと進めよ青山」

「いや……二階は男子禁制でしょ? 神田君は男子でしょ?」

「俺は特例で認められてるんだ」

「どんな特例よ!? どんな理由があろうと女子の部屋に男子が無断で立ち入って良い筈ないでしょ!」

「別に青山の部屋に行こうとしてる訳じゃない、俺はましろの部屋に行くんだよ」

「………何しに?」

「使用済みのパンツとかブラウスとか靴下とかブラとかを回収しに」

「尚更あかんわ! この変態!!」

 

 階段の途中で青山七海は神田空太に振り返り、両手を広げてとおせんぼする。当然の反応、だと空太は思った。事情も知らない者からすれば、椎名ましろの使用済み下着や服を狙う変態だ。同性として、ましてや生真面目な青山七海なら尚更の対応。空太という変態を行かせる訳にはいかないのだろう。

 

「知ってるか青山」

「なによ、変態」

「男子って基本変態なんだぜ」

「神田君はオープン過ぎなの!! 少しは慎みを持って!!」

「ああ、心配するなよ青山」

「何が!?」

「俺は童貞だ」

「知らんわぁぁああああ!!!!」

 

 関西弁に戻った青山七海は、階段の途中にも関わらず拳を振りかぶり、空太の顔面へと打ち込んだ。だが此処は階段、当然のごとく青山の体勢は崩れ、拳は空を切る。そして階段から足を踏み外し、空太の身体へと身体から落ちた。普段から鍛えている空太はダイエット中でろくに何も食べていない青山の身体を軽々と受け止める。

 結果的に、空太と青山が抱き合うような体勢になる。

 

「っ………な、ななななな!!」

「何してんだ? 空太……」

「仁さん、俺女子に抱き着かれたの初めてです。こういうときってどうすればいいんですか?」

「抱きしめ返してやれ☆」

「ウィッス」

 

 騒ぎを聞きつけてやってきた仁と空太は、一瞬で息を合わせてそこからさらに畳みかけた。仁のアドバイスに従い、空太は青山の身体を優しく抱きしめ返す。すると、青山七海は真っ赤な顔を更に紅潮させ、あわあわと慌てだす。最早何が何だか理解できていないのは明らかだった。

 しかも、今の空太は学校から帰ってきてブレザーを脱いでいる。つまり、Yシャツ一枚にネクタイ、学校指定のズボンといった格好だ。つまり、青山には薄いYシャツの布越しに空太の鍛え上げられた肉体の感触が鮮明に伝わるのだ。

 

(あわわわ……か、神田君って意外と逞しい身体してるんや………って違う違う! え、なにこの状況!? だ、男子に抱きしめられるって、は、初めてや……! どないしよ!? あ、でもなんか……落ち付くなぁ………)

 

 青山は空太の逞しい肉体の持つ包容力になんだか安心感を感じて落ち付くも、内心では心臓がバクバクと動いている。安心感と羞恥心の鬩ぎ合いの中で、青山は動かなくなった。

 

「青山?」

「はふぅ……」

「ありゃ……ちょっとやりすぎたか?」

「どうします? 仁さん」

 

 空太は腕の中でなんだか幸せそうな表情で動かない青山を見て、仁にそう問いかける。

 とりあえず青山の部屋のベッドに寝かせておこうということになって、空太はそのまま青山七海を御姫様抱っこで青山のベッドまで運んだのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その後、空太はましろの洗濯物を取り込み、ある程度ましろの部屋の掃除をした後自室へと戻った。やることといえばゲーム制作位なので、ましろが何か起こさない限りは部屋にいることにした。

 

「時間は……まぁまだ夕飯の準備には早いか……」

 

 空太は時刻を確認して、呟く。恐らく青山七海が我に帰るまではまだ掛かるだろうし、どうしたものかと考える。

 ゲーム制作は順調だ、とりあえずは全年齢層が出来るシンプルな操作のゲームを考えている。簡単に言えば操作は決まったボタンを押すだけであり、他は全て自動で画面が動いてくれるというもの。敢えて決まったゴールを設置しないことで飽きさせないようにしており、BGMの効果を最大限利用した一種の音ゲーとRPGの混合のようなゲームだ。

 

 今は資料本や解説書を見ながら幾つかBGMを自作しているといったところだ。締めきりまではまだ時間がある、ゲーム作りも佳境を迎えて中々好調な様子だ。

 

「うーん……やっぱグラフィックやメインキャラのデザインに問題があるよなー……俺は絵心無いから、こんなぐちゃぐちゃなキャラクターじゃ誰も見てくれない……か」

 

 新人の作るゲームが売れる為には、まずは消費者の目を惹かなければならない。その為の宣伝効果として役立つのが、派手で遠目からでも目を惹くキャラクターやそのパッケージ、メディアを利用したCM等々があげられる。そしてその効果を最大限伸ばす為には、高いクオリティのグラフィックや個性的なキャラクターが最も効果的、これらを用意出来るかどうかで宣伝効果も変わって来るのだ。

 大御所のゲームクリエイター達ならば、過去の功績やその名前だけでも十分な宣伝になるし、有名なイラストレーター達の力を借りる事も容易いだろう。だが、空太はまだ無名の新人、キャラクターやグラフィックの質は追々専門家に頼むとしても、最低限必要なレベルのものを用意出来なければ話にならない。

 

 空太の作品を審査するのは、『プロ』のクリエイター達なのだから。

 

「ましろか美咲先輩に頼む……ってのが一番手っ取り早いんだが……」

 

 そう、審査するのはプロのクリエイター。しかし、空太の周囲には頼めば快く作業を引き受けてくれそうな『プロ以上の天才』がいる。椎名ましろと上井草美咲、この二人はイラストやグラフィック関連でいればプロ顔負けの作品を幾らでも仕上げてくれる筈だ。

 

 だが

 

 それは空太の意地が許さなかった。全力を出す、といったのに天才に重要な部分をやってもらうというのが、許せなかった。誰かに頼るのはいい、全てを一人でやれる人間などいない、それは空太も分かっている。

 しかし、これで空太が落選した場合―――確実に『天才の仕事』は目を付けられる。例えて言うのなら、

 

 

 ―――このグラフィックやイラストを描いた人を紹介してくれませんか?

 

 

 

 少し違うかもしれないが、これに類する言葉が確実に空太に振りかかるだろう。空太にはその確信があった。だから、空太はましろや美咲(天才達)を頼ることを良しとしなかった。そうした方が当選の可能性が上がるのに、どうしてもそうしたくなかった。自分の挑戦が、別の天才(だれか)の成功で終わるのが怖かった。

 

「……時間はある……出来る限り努力してみるか」

 

 空太は一旦プログラミングの資料を脇に置いて、作画やイラストの描き方などの資料を読み漁り始める。そして読みながら、描く。絵を描く、ひたすら描き続けた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 青山七海は、動かなくなってからおおよそ2時間後に我に返った。気がつけば自分のベッドに転がっていて、起き上がりながら何があったのかを思い出して悶え転がった。神田空太に抱きしめられて石化していたのだ。しかも、こうして部屋にいるということは、神田空太に部屋に入られたということ。二重で羞恥心の大爆発だった。

 

「ああもうっ……! 全部神田君のせいや……!」

 

 大分顔の熱が引いて来て、恥ずかしさを紛らわすようにそう呟く青山。

 とりあえず神田空太を含むさくら荘の面々にまだ挨拶もしていないこともあって、部屋を出ることにした。ましろの部屋はノックをしても返答が無かったので、後回し。階段を下りて、空太の部屋の前に立った。

 

「………なんかまた恥ずかしくなってきた……」

 

 また紅潮してきた頬を両手で押さえ、ぶんぶんと顔を振った。まずはドアをノックする。

 

「…………あれ?」

 

 返答はなかった。自分の部屋の時計は18時ちょっとを指していた、この時間帯なら部屋にいてもおかしくはないと思う。椎名ましろの返答が無かったこともあって、少し怪訝に思った青山は失礼だと思いつつも扉のノブに手を掛けた。

 

「か、神田君……?」

 

 鍵は掛かっておらず、扉は簡単に開いた。眉をひそめながら扉を開けると、中には信じられない光景があった。

 まるで別世界、神田空太は机に向かってひたすらにシャーペンを動かしていた。その横顔からは凄まじい集中力が感じられ、室内なのに強風に吹かれたような錯覚すら覚えた。話しかけることも気が引ける。しかも、部屋の床には所狭しと足の踏み場もないくらいに大量の紙が散らばっていた。

 

「これ……は……」

 

 入り口に立つ青山の足下にも落ちている紙を、一枚拾いあげて見る。そこには下手くそな絵で何かのキャラクターが描かれていた。様々なポーズをとっているが、全て同じキャラクターだ。青山は他の紙も拾ってみるが、一枚一枚、少しづつだが上手くなっていた。下手な事には変わりがないが、それでもほんの少しづつ上手くなっているのが分かる。

 

「下手な絵………でも……」

 

 笑えなかった。下手くそだからといって、青山にはこの絵を笑うことが出来なかった。空太の集中力と真剣さがそれを許さなかった。

 

 

 ―――少しでも、上手く

 

 

 そんな意思が感じられた。下手な絵を少しでも、少しだけでもマシになるように、努力していた。

 

「………凄い……」

 

 無意識に、そう呟いていた。神田空太は青山七海が入って来た事に気が付いていない。それほどまでの没頭している。資料を読み、その内容を再現出来るようにペンを動かす。見れば、資料本は擦り切れてボロボロだった。

 

 

 それから一息ついた空太が青山七海に気がつき、作業を中断するまでは10分ほど要したのだった。

 

 




空太君のイラストは本当に下手なものを想像して下さい。

頭でっかちで肩は切り落とした様にすとーんと落ちて、手足は指が四本だったり五本だったり、等身は3,4等身ほどで、目鼻口の位置はごちゃごちゃ、髪の毛は下手なカツラのように乗せている感がある、性別や年齢すら判断出来ない人間……そんな感じの絵です。

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