青山七海の歓迎感は
何故か空太に対して羞恥心混じりに尊敬の念を送る青山七海の態度に、空太は若干戸惑いを隠せずにいたが、さくら荘に来た以上は空太の継続する才能と現在は自身の夢に挑戦する姿を見ることになるのだ、ましろ達天才が認めている以上秀才である七海が認めない訳にはいかないのだろう。
というわけで、その翌日。空太は日課をこなしたあと、風呂掃除をしていた。今週はましろの当番なのだが、ましろが風呂掃除をすると洗剤を排水溝に流しこんだり水が出しっぱなしになって風呂場や廊下が水浸しになったり、そのせいで床に置いておいた電子機器がショートしたりした経験があるので空太がやっている。ましろ当番の、空太がやっている。
「はぁ……次は弁当と朝食を作るか」
シャワーを止めて、風呂場が輝いて見えるほどに洗浄した空太は呟く。掃除のエキスパートにまで成長した原因が駄目人間の世話のせいとは如何ほどかと思う。
風呂場から出る空太。すると、そこに
「あれ? 神田君、おはよう」
「ああ、おはよう青山」
青山七海が入ってきた。おそらく顔を洗いに来たのだろう。
「お風呂掃除?」
「ああ」
「……今日は椎名さんの当番だったとおもうんだけど……椎名さんは?」
「今日もネーム原稿を書いてて徹夜だと思うから、多分寝てんじゃね?」
「……そういうの駄目だと思う」
ああ、やっぱりこうなるかと空太は溜め息を吐いた。青山七海が不機嫌顔でましろを起こしに行くのを見送りながら、自分の顔を洗う。
生真面目な青山からすれば、自分の担当する仕事はきちんと自分でやらないといけないという正論を貫くので、こうなることは分かっていたのだが、どうも予想以上に真面目でお固い様だ。責任感が強いのはいいのだが、それを他人にも押し付けようとする行動はあまり褒められるものではないだろう。無責任な者に仕事をやらせるのなら、強要よりもずっと良い別の方法があるはずなのだから。
「まぁ……ましろはそう簡単に言うことを聞く生物じゃないけどな」
空太はそう言って、二階から聞こえて来た青山七海の悲鳴にくすっと笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「説明して神田君! 椎名さんは何なの!?」
「なんなのって言われても、珍獣としか言いようがないな。もしくは天然記念物だよ」
「そういうことじゃない! あの散らかった部屋と、椎名さんの非常識さと、生活能力の皆無さについて!」
「そういうことだ、ましろには自分の身の回りのことに付いて一切の生活能力がない。絵を書く事と漫画に関わる事以外は何も出来ないぞ」
「なっ……!?」
ましろと青山の間に色々とやり取りがあったようで、青山はげっそりした様子で空太に詰め寄ってきた。空太は予想通りとばかりにお茶まで用意して待っていたので、青山は空太が知ってて放っておいたことを察した。
「だからこそのましろ当番だ」
「……ってことは、昨日椎名さんの使用済み衣服を回収するって言ったのは……」
「洗濯物の取り込みだ」
「……椎名さんが神田君を飼い主って言ったのは……」
「俺がましろの世話役だからだ」
「……全ての謎が解けた感覚……でもすっきりしないわ……」
がっくり肩を落とす青山に、空太は苦笑する。自分も初めてましろの非常識さを知った時は内心大慌てだったなぁと感慨深い気分になる。説明するのも面倒なので、自分からは何も言わないことにした。
「でも、納得できない! だって男子禁制の二階に神田君が上がるのはおかしいし、女子の部屋に男子が入るのもおかしい! 自分の事は自分でやらないと……」
「じゃ、ましろ当番やってみるか? お前さんが」
「うん、神田君の代わりにこれからは私がましろ当番を担当します!」
「大丈夫なのか? バイトとか養成所とか色々あるんだろう? 疲れて倒れても知らないぜ?」
「そのときは自分の責任だから、神田君が気にしなくてもいいよ」
「へぇ……まぁどうしても無理なようなら俺がましろ当番に戻るよ」
「それはないから安心して」
青山七海は強情に空太から『ましろ当番』を奪い取った。そう、空太の予想通りになった。多少手順は違ったが、それでも空太の言った通りになった。空太はやる気満々に両手を握っている青山七海を見ながら、お茶を飲んだ。
どれくらい持つか、気になる所ではあるが、倒れる前に手助けはしようと思ったのだった。
神田空太が無職になりました。青山七海さんがましろ当番に就きました。
空太君の予想通りに進んでいます。