さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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なんだか面倒なことばかり起こり始めます


神田空太の悩み

 それから、神田空太による様々な生活習慣の矯正が始まった。あくまでさりげなく、誰にも気付かれないような暗躍さ加減で始まった。青山七海がどのような生活をしているのか把握してはいないが、それでも栄養のある食事を用意し、当番の仕事の負担が減るよう日々掃除洗濯料理買い出し等々を随時短いスパンで何度も行った。

 結果、最近の青山七海はかなり体調が良さそうだ。少なくとも、表面上は。

 

 空太はそんな青山のサポートを続けつつ、残り数日にまで迫った青山の発表会を待っていた。無論ゲーム作りも順調だ、最近ではそこそこ見れる程度には絵も上達し、どんな人がどのように何をしているのか等、きちんと一目で判断出来る絵になってきた。とはいえそれでもましろや美咲に比べれば天と地の差であるのは変わりないし、クラスにいる様なちょっと絵の上手い奴にだって負けるクオリティだが。

 それでもゲームの出来が上がっているのが分かるというのは、空太にとって制作活動が楽しいと思える要因となった。

 

 何もかも順調だった。だが、この日その良い傾向が崩れた。

 

 

 発端は、やはり青山七海だった。

 発表会まで残り僅かという時期に、最近表情が浮かないものになっていた。体調は悪くない、そこは空太がばっちりサポートしているのだから大丈夫だ。しかし、発表会への緊張とプレッシャー、ましろを相手にする疲労感、そして学業やバイト、課題等で潰される睡眠時間が、青山を精神的に追い詰めていたのだ。

 肉体ならいくらでもサポート出来る。だが、精神面とくれば話は別だ。空太は今の青山の様子を見て、このままではやはり倒れてしまう気がしてならなかった。

 

 だが、問題はこれだけではない。

 

 空太が青山のことで少し頭を悩ましている中、三鷹仁が空太に話してきたのだ。自分の進路について。

 何故自分に話してきたかと聞けば、空太には色々世話になったからと返ってきた。内容はこうだ、元々空太達の通う水明芸術大学付属高等学校は、一定の成績さえ取れていれば水明大学へとエスカレーターで登ることが出来る。空太としては、美咲も仁もそうして水明大学へと行くのだと思っていた。

 だが、仁はエスカレーターを蹴ったらしい。大阪の芸術大学を受験するとの意向だ。

 

「……空太は、どう思う?」

「え、知らないですよ。そうすればいいじゃないですか」

「……空太は聞かないんだな。美咲のことはどうするのかって」

「それこそマジどうでもいいんですけど。仁さんの事だから何か考えがあってのことでしょ? 俺じゃまだ、美咲の隣に立つには相応しくないんだ……! 的な」

「ははは、空太は本当に宇宙人なんじゃないかって思うときがあるよ。うん、何か話してみてすっきりした、ありがとう」

「それはどうも」

 

 だが、空太はこんな感じでその話を適当に流した。ぶっちゃけ、空太にとって仁と美咲の関係は彼らだけの問題であって、自分が介入する気はさらさらないのだ。二人の関係が破滅に向かおうが、幸福を掴もうが、どちらにせよ空太はそれなりの反応しかしない。

 受験する学校は人の自由、そこに誰かの想いは関係無いのだ。

 

「ただ、一つだけ言っときます。美咲先輩にはちゃんと言っといた方が良いですよ、まぁ今すぐってわけじゃないですが」

「……ああ、美咲には俺の口からちゃんと言うよ。それ位のけじめは付けないとな」

「精々頑張ってください」

「生意気な後輩め」

 

 何処かすっきりした様子で部屋から出ていく仁。言い忘れていたが、此処は空太の部屋だ。ゲーム作りの途中で仁が入ってきたから作業を中断していたのだが、空太は話が終わると直ぐに作業を再開した。

 

「ですって、美咲先輩」

 

 空太がそう言うと、空太のベッドの下からのそのそと力なく上井草美咲が出て来た。彼女は仁が来る少しまでに空太の部屋を訪れ、仁が来たと同時にベッドの下に隠れたのだ。本当は仁を驚かせようとしたのだが、案外シリアスな話をしていたので出ていけなかったのだ。

 しかも、その話は自分にとっても重要なものだった。

 

「……こーはい君、私どうすればいいかな」

「何が?」

「仁が……遠くへ行っちゃう」

「それで?」

「私……仁と離れたくない」

「美咲先輩は仁先輩とどうなりたいんですか?」

「ちゅーしたい……デートしたり、ぎゅってしてもらったり、したい」

「へー頑張れ」

 

 空太はそう言って作業に戻った。カタカタとキーボードを叩く音が響く。美咲は空太の短い言葉にえっと顔を上げた。そんな簡単に切り上げちゃうの? という視線を空太の背中に送りながら言葉を紡ぐ。

 

「え、えっとそれでね? 私どうすればいいのかなって……」

「俺が知る筈ないじゃないですか」

「っ……」

 

 空太が手を止め、美咲の方へと身体を向けた。

 

「あのですね、人間の感情ってのは複雑なようで案外単純です。あの人が好きだ、だから恋人になりたい、これだけです。美咲先輩だってそうでしょう? 仁さんを好きになった過程はどうあれ、仁さんが好き、だから恋人になりたい。そういうわけだ」

「う、うん」

「でも、単純だから上手くいかない。誰かを好きになるのは簡単だ、誰にだって出来る。でも、誰かに好きになって貰うのは難しい……誰にでも出来ることであって、誰にでも出来る事じゃない。恋人になる、文字にすればたったの五文字のことを成し遂げるには、今までの関係を『全く違うモノへ』変化させるってことだからです。しかも、失敗すれば好きなのに近づけない関係へと変化する……だから皆勇気が出ない、今の美咲先輩の様に」

「………」

「どうすればいいか、そんなの人それぞれ。好きになった自分と相手によって常に変化する……仁先輩の事を俺より知ってる美咲先輩なら分かると思いますよ。さしあたってまずは、仁先輩がどうしたいのか……良く考えてみる事です。勿論、仁先輩に直接聞くのは駄目です……それは、仁先輩の決意に対する侮辱ですからね」

 

 空太の言葉に、美咲は俯いた。長々と語ったが、とどのつまり空太は美咲を助けるつもりもフォローするつもりもないのだ。一言でまとめるのなら、

 

 

 ―――自分で考えろ

 

 

 空太は美咲の悩みを切り捨てた。真剣に考えた訳ではない、ただただ空太にとってそういう人間関係のもつれが、酷く面倒だっただけだ。

 美咲は少しだけ考えたあと、空太に礼を言って部屋を出ていった。

 

「……はぁ、面倒なことになってきた。止めてぇ………」

 

 空太はそう言って、これまた大きな溜め息を吐いた。

 

 

 だが、これ以外にもまだ問題は残っていた。それは、空太に大きな衝撃を与えるものとなる。

 

 

 

 




さくら荘の皆様がネガティブムードになってきました。

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