起き上がった空太は、まず青山七海の部屋へと向かった。彼女も空太同様熱を出して体調を崩していたのだ、おそらく仁や美咲が看病をしたのだろうが、熱が引いたとしても病み上がりなのだからぶりかえしていても仕方が無い。とりあえず具合を見ておこうと判断したのだ。
起きてからの空太は、なんだから今までずっと重い枷を付けていた付けていて、それを脱ぎ去った様な身軽な気分だった。身体的にではなく、精神的にだ。
なんとなく、今なら何でも出来るとすら思えた。自分の中の歯車が上手く噛み合った様な、そんな感覚。
二階に上がって、青山の部屋の扉を開けた。ノックを忘れた気がするけど気のせいだ!
「青山、起きてるか?」
「――――あっ……!」
扉を開けた先、そこには
「ナイスパンツ! 俺好きだぜ縞々!」
「出ていけぇえええ!!」
着替え中の青山が下着姿で立っていた。思わずサムズアップした空太は、顔を真っ赤にした青山七海の見事な張り手によって部屋を追いだされた。勿論ちゃんと躱した。躱した上で自ら部屋を出たのだ。
扉を背に、空太は青山の荒い呼吸の音を聞いていた。
「青山」
『な、なに!?』
「悪かったな、色々……もうちょっと体調気に掛けてやってれば良かったんだけど」
『……そんなことない……神田君はずっと私のことを気に掛けてくれてたって聞いた、神田君が謝ることなんて一個もないよ。全部無理をした私のせい……だから、ありがとう……神田君』
空太は扉越しに、青山へと謝った。いざという時に体調を崩すなど、空太のマネジメントが足りていなかったのだろうと反省しているのだ。
だが、扉の向こうから聞こえて来たのは、青山の感謝だった。神田空太は頼まれてもいないのに良くやってくれた、感謝してもし切れない程のことをしてくれた。体調を崩してそれを台無しにしたのに、自分を抱えて発表会の会場まで運んでくれた。自分も倒れそうな程苦しんでいたというのに、たった一人で頑張っていた。寧ろ謝るのは自分達の方だとおもった。
「そっか、じゃ全部青山のせいってことで。ましろ当番は返してもらうぞ」
「え!?」
「だって今そう言ったじゃん。これから二学期も始まって来るし、ましろ当番は正直酷だろう? これからは青山のお守をしなくてもいいからな、ましろ当番は俺に返せ」
「う………そう、だけど……はぁ……じゃあよろしく、椎名さんに変なことしたら許さないからね?」
「青山になら変なことしても良いのか?」
「そういうことじゃない!!」
「ははは! 分かってるよ、まぁ……元気になったようで良かった、それじゃ」
空太はそう言って、扉から背を離す。そして、階段を下りようとした。
すると、背後で扉が勢いよく開く。出て来たのは青山だ。
「神田君!」
「!」
「―――今回のこと、ありがとう……本当に……ありがとう!!」
青山は深く頭を下げてそう言った。大きな声で、そう言った。全力の感謝を、今はこういう形でしか表せないから、そうした。
空太はそんな青山のことを見て、ふと笑う。そして、人差し指で上を指差しながら、真っすぐな瞳で返した。
「じゃ、さっさと声優になってテレビから青山の声を聞かせてくれ。それが一番、俺は嬉しいよ」
「! ………うん! 頑張るから! しっかり見ててね、神田君!」
「おう」
空太は短くそう言って、階段を下りて行く。もう心配はいらない、空太も青山も、今回のことを通じて一歩だけ前に進んだ。自分の実力を知ることが出来た。今はそれだけでいい、あとは本人次第だ。
◇
空太は青山と別れてから、リビングに向かった。そこにはましろ、仁、美咲の三人がいて、此方を見ていた。空太の顔がすっきりとした表情をしていたからか、それともましろが何か言ったのか、三人とも空太の方を見て笑みを浮かべた。
「もういいのか? 空太」
「ええ、おかげ様で」
「こーはいくん復活なんだもーん! もう倒れちゃ駄目だよ! こーはいくんにはあたしの遊び相手をする重要な使命があるんだからね!」
「反省してないなアンタ」
「反省したよ! でも更生はしないんだもーん!!」
「ま、その方が美咲先輩らしいっちゃらしいですか……」
空太は冷蔵庫に掛けられた小さな掲示板に近づいて、ましろ当番と書かれた磁石を青山七海の場所から神田空太の場所へと移行する。
そして、そのまま空太は冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに入れた。そして、三人が座っているテーブルに自分も着く。
「仁さん、美咲先輩、俺もう少し頑張らないことにしました。心配かけましたね」
「そうか……いいんじゃないか、空太には結構プレッシャー掛けちまったし、それ位が丁度いいだろ」
「うんうん、こーはいくんも復活したことだし! さくら荘一同! もっともっと楽しんで行こう!!」
美咲がそう言って立ち上がる。仁も空太も、いつものさくら荘が帰ってきた感じがして苦笑する。これがさくら荘、人の迷惑なんて顧みず、楽しく青春を謳歌している問題児達の集団。少し躓いたとしても、全員が力を合わせて乗り越えられるのだ。
「空太」
「ん?」
美咲が騒いでいて、仁がその相手をしているという光景を見ながら、ましろは空太に話しかけた。空太もましろに目を向けないまま対応する。
「教えて欲しいことがあるの」
「へぇ……言ってみろ」
空太は珍しくましろが知的好奇心を露わにしたので、少々びっくりしながらも聞き返した。すると、ましろは真っすぐな瞳のまま、空太にしか聞こえない様な微かな声音で、こう言った。
―――"恋"を教えて
恋を教えて! でもその前にゲーム作ろうぜの結果発表だ!次回だけど!