さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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神田空太がプレゼンに出発する話。


神田空太の挑戦

 それからというもの、空太はプレゼンに備えて資料作りに勤しんでいた。元々、赤坂龍之介から一次審査が通るお墨付きをもらっていたことで、事前に多少資料作りを始めていたこともあり、資料作りは早々に終わった。そしてそれを仁達さくら荘の面々に発表、指摘を貰い、資料を修正、その繰り返しだ。

 空太の作ったプレゼン資料と、その内容を分かりやすく説明する発表術は修正するまでもなく良かった。分かりやすく、要点がまとまっていて、ちゃんと伝わってくる。だから、指摘自体は本当に細かい点だったが、それでも空太は資料を何度も見直した。誰も分からなかった悪点を見つけ、一つ一つ潰していった。

 

 そして最後はプレゼン時間を10分程に縮めながら、ゲームの全容がすべからく全員の頭の中に浮かぶようなプレゼンが完成した。

 

「―――となっています。以上」

「凄まじいな……今なら俺も他人にそのゲームを詳しく説明出来そうだよ」

「すっごいねこーはいくん! こーはいくんのイメージがぎゅぎゅぎゅーんと私の中に流れ込んで来たよ!」

「うん、少なくとも私には完璧に思えた」

 

 空太のプレゼンを聞いて、仁、美咲、青山がそう感想を漏らした。それもその筈だ、何せ空太はこのプレゼンにおいて『椎名ましろでも理解出来るプレゼン』を目指してやってたりする。椎名ましろが理解出来るのに、他の人が理解出来ない筈が無い。寧ろより一層理解を深めたことだろう。

 

「ましろ、分かったか?」

「うん、面白かった」

「そいつは良かった、ましろに分かるプレゼンってのはやっぱり難しかったぜ」

 

 空太は遠い目をしながら資料を置いた。とはいえこれでなんとかプレゼンも上手くいきそうだ、後はまぁゲーム自体を面白いととってくれるかどうかだ。審査員達は仁達ではないのだ、素直に面白いと思ってくれても、客層、売上、人材価値、等々を評価して、採用してくれるかどうかは全く分からない。不確定で、予想不可能、どうなっても不自然ではない。

 

「ふー……まぁ明日のプレゼンに間にあったからいいか」

「空太……頑張ってね」

「ああ、頑張るよ……約束だからな。ましろも明日編集者との会談で連載について話し合うんだろう? しっかりやってこいよ?」

「うん……頑張る」

 

 さくら荘に住まう一人の天才と、天才の様な凡人が、来る明日に世間へ自分を公開する。それが吉と出るか、凶と出るかは誰も分からない。

 ただ、そうだったとしても、この二人に『負ける』つもりは欠片も無かった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 翌日。空太は龍之介の助言に従い、スーツを着ていつになく真剣な表情を浮かべながら自身の部屋を出た。その瞳はやけに静かで、集中しているというよりは研ぎ澄まされていると言った方がいいほど、鋭かった。何者の干渉も許さないと言えるほど、今の空太は圧倒的な気配を漂わせている。

 あの青山の一件いらい、さくら荘の面々は空太を別人のように感じていた。勿論良い意味でだが、空太から漲る活力と自信、そして余裕ある雰囲気が漂う様子は、大空の様な果てしない存在感を表現していたのだ。

 

 だが、今の空太は違う。まるでこれまでの空太はずっと力を溜めていて、今の空太はその力を解放した状態なのだと思う程だ。

 

「空太、今日はなんか違うな……」

「そうだね……なんか張り詰めた糸みたい……緊張感が伝わってくる」

 

 リビングに現れたそんな空太を見て、仁達はそんな感想を漏らした。これが、本当に意味で本気の、全力になった空太の姿。いままでは噛み合っていなかった精神と肉体、そして全力だと思っていた過負荷が取り除かれた、神田空太という凡人の正しい本気。

 今の空太は、天才の領域に凡人でありながら強引に踏み込んでいた。開き直って、何もかも投げ出して、無気力だと思いながら、十数年ずっと続いていた全力以上の頑張り、その努力は確実に成果を出していた。

 

「―――ふぅ……仁さん、美咲先輩」

「ん?」

「なに?」

「俺、頑張りますから。良い報告を持って帰って来ます」

「……ああ、頑張れよ」

「応援しているぞこーはいくん! もし失敗しても気にするな! こーはいくんならきっと出来るよ!!」

 

 空太の言葉に、二人は笑みを浮かべてそう応援した。空太も、その言葉だけでふと笑みを浮かべる。

 そして、空太は軽く朝食をとったあと、玄関へと向かった。

 

「……っと……」

 

 靴を履き、立ち上がる。

 

 そ、そこへ

 

「空太」

 

 声が掛かった。聞きなれた、鈴の様な声。振り向けば、そこには椎名ましろが立っていた。となりには、青山七海もいる。二人とも、空太を真っすぐに見ていた。

 

「ああ、ましろ……青山」

「これ……」

「これは……」

 

 ましろがおもむろに差し出してきたのは、お守りだった。神社で買える様な、しっかりと刺繍が施されているお守り。

 

「ましろがね、神田君の為に何かしたいって言うから……一緒に買ってきたんだ」

「そう、なのか……」

 

 空太は青山の言葉を聞いて、ましろの顔を見た。

 

「空太……いってらっしゃい」

 

 ましろの、いつになく強い声。その言葉は、空太の背中を強く押しているようにも思えた。それだけで、胸がいっぱいになる。笑みが浮かぶ。

 だから空太はお守りを胸ポケットに入れて、玄関の扉を開ける。そして、顔だけ振り返って一言だけ、こう言った。

 

「いってきます」

 

 空太の本気が、世の中にどれほど通用するか、それを試す為に。

 

 




行ってらっしゃい! 次はプレゼンの話。

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