さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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今回でさくら荘は終わりです。
明日からは禁書更新に戻ります。


神田空太の笑顔

 プレゼンテーションの会場で、空太は自分の番を待っていた。今日ここでプレゼンをする人は自分だけでは無い、あのゲーム作ろうぜの参加募集にエントリーし、一次審査を突破してきた者が此処にいるのだ。故に、空太以外にもゲームのプレゼンをする者がいる。

 

 空太は待合室のソファーに座り、ましろ達から貰ったお守りを握り締めていた。きっと出来る、今の自分は何でも出来ると言い聞かせ、緊張を解す。すると、幾分か身体の固さが取れたようだ。

 プレゼンの資料は持ってきた、練習だってした、やれることは全部やった。あとはそれをここでも見せれば良いだけだ。

 

「神田空太さん」

「はい」

 

 呼ばれた。空太は立ち上がり、呼びに来た職員の後ろに付いてプレゼンの部屋へと入った。

 中には、四人の審査員がいた。年配の男性や、若い女性職員、そしてなにより空太の眼に留まったのは、ゲーム作ろうぜのトップページにも顔が乗っていた人気ゲームクリエイター、藤沢数希。

 眼鏡を掛けて、優しげな表情を浮かべた若い男だが、その全身からクリエイターとしての気配を感じた。

 

 だが、それで臆する空太ではない。自分は誰かに臆する為に此処に来たのではないのだから。

 

 背筋を伸ばし、何も問題はないかのように自分のプレゼン位置へと足を踏み入れた。その姿を見て、審査員からほぉ、という感心した様な息遣いが聞こえる。だが、感心するのはまだ先だ。

 空太は資料を取り出し、数秒眼を閉じる。そして、日課でいつも入っているあの自分だけの世界、それを視界の中に捉えた。

 

 極限の集中力

 

 今の空太には、何も邪魔する要素はない。精神は酷く穏やかで、広く広く広がる自分の世界があるだけだ。それでいて、周囲の声はしっかり聞こえている。

 

「それでは、神田空太さん……始めてください」

 

 そんな声が聞こえた。故に、空太はゆっくり丁寧に頭を下げて、数秒の後頭を上げる。そして審査員を見据えて言った。

 

 

「―――よろしくおねがいします」

 

 

 すると、あの藤沢数希が手を上げていた。なんだろうかと思う空太だが、審査員である彼の意思は無視出来ない。視線を送ると、彼はニコッとほほ笑みながら出来るだけ優しく問いかけて来た。

 

「一つだけ、聞かせてもらえますか?」

「なんですか?」

 

 空太はそれに応える。問いがあるのなら、聞こうじゃないか。すると彼は、笑みを浮かべながらも空太を見抜く様な鋭い視線で、問いを放つ。

 

 

「クリエイターになるには、どうしたらいいと思いますか?」

 

 

 それは、空太にとっては難しくもなんともない問いだった。だから、空太は答えた、失礼とも思ったが、それでも答えた。

 

 

「挑戦しなきゃなれない」

 

 

 空太が、いままでずっと避けていたこと。挑戦する事を放棄していたから、空太は夢を叶えることは出来なかった。だから良く分かる、空太にとって、挑戦する事が全ての始まりで、第一歩なのだ。何をしようにも、最初に踏み出さなければ何も始まらない。

 ゲームを作ることにも、空太は勇気が必要だった。何故出来ないのかなんて、最初から分かっていた。

 

「挑まなきゃ始まらない。始めないと始まらない。何もしない奴に、夢が振って来るわけがない」

「……」

「だから俺はここにいるんです」

 

 藤沢数希は空太の言葉を受け止め、頷いた。空太の瞳の中に、何かを見た様な顔だった。

 

「うん……分かりました。すいません、それでは始めてください」

「はい」

 

 空太はパソコンの電源を入れて、スクリーンにプレゼンの為に用意した映像を出す。そして資料を手に持ち、改めて審査員を見た。

 

 ここからは、俺が主役の舞台だ。審査員は観客、見せて魅せて、何が何でも惹きつけてやる。

 

 

「それでは――――始めます」

 

 

 空太はそう言って、もう一度丁寧に頭を下げた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 プレゼンが終わった。

 

 空太はさくら荘へと帰る道を歩いていた。

 

「……」

 

 言葉はない、表情にも大して変化はない。商店街を通り、街路を通り、そしてさくら荘の前へと辿り着く。見上げれば、いつもと変わらぬさくら荘が空太を見下ろしていた。

 空太は一つ息を吐くと、門を潜ってさくら荘のベランダに入った。すっかり疲れた様に、縁側にどさっと力なく座った。そして、夕焼け色に染まった空を見上げて笑みを浮かべる。

 

 それを、リビングから見つけたましろが空太の後ろへと歩み寄った。空太の後ろ姿からは喜びも悲しみも感じられない。結果がどうだったのかも予想出来ない。

 

「空太」

 

 話しかけるましろ。空太はその言葉に肩を少し揺らし、ゆっくり振り返った。

 

「……よ、ましろ。ただいま」

「……おかえり」

「はぁ……なぁましろ」

「何……?」

 

 空太は溜め息を吐きながらまた空を見上げた。そして、背中を見せながらましろに話し掛ける。

 

「疲れた」

「……うん」

「すっげぇ疲れた」

「……うん」

「でも、悪い気分じゃないな……全力だして、本気でやって、真剣に取り組んだから、楽しかったし何でもやれるような気がしてた」

 

 空太は言う、出し切ったと。日課の後以上に、身体の中の力が全部抜け出た様な気すらする。肉体的疲労ではなく、魂の一滴まで絞り出した様な気がする。

 

「ましろ、これありがとう」

 

 空太はましろに後ろ手でお守りを見せた。

 

「うん」

 

 そして、空太は立ち上がり、ましろの方を向いて笑顔を見せた。それは、今まで空太が見せた事のないような、心の底からの笑顔、満面の笑み、満足感を感じさせる笑顔。ましろの、初めて見る笑顔。夕焼けに晒されて、それはとても綺麗に見えた。美少年という感じの綺麗さではない、これは頑張っている者の美しさだ。ましろは思った、この光景は自分でも絵に表現する事が出来ないと。

 

 

 

「通ったよ、二次審査」

 

 

 

 空太はそう言った。やったよと、全力出して、本気を出して、頑張って、なんとか成功を掴んだよと。

 

「ありがとうましろ、俺の背中を押してくれて」

 

 その時、ましろは自分の胸の中に温かい何かが生まれたのを感じた。じんわりと広がる熱い感情を感じた。ドキドキと速まる心臓の鼓動が聞こえた。締め付けられるような、胸の苦しみを感じた。空太の笑顔に、むずむずと動きだしたい想いを感じた。

 ましろはそれがどういうものなのかを知っている。これは恋だ。ドキドキして、きゅんとして、胸がせつなくなる、特別な感情だ。

 

 ましろはそれを理解する前に動きだした。空太の下へ駆け寄って、やりたいままに空太の胸に飛び込んだ。

 

「ま、ましろ?」

「空太……おめでとう」

「……ああ、ありがとう」

 

 空太はましろを抱き締めて、そう言った。

 

 

 

 神田空太の挑戦は、世の中の扉を一つ抉じ開けたのだった。

 

 

 




空太君、成功を掴みました。今回でさくら荘は終わりです。

明日からは禁書更新です。

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