さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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別名、椎名ましろの依頼


神田空太の羞恥

 神田空太と椎名ましろが出会ってから、少しだけ時間が経った。空太がましろを迎えに行った四月五日から既に一ヵ月。

 空太もましろ当番が板について来て、もうましろの世話に関しては手慣れた物。空太以上にましろの世話を出来る人物は、さくら荘にはいなかった。

 

 だが、神田空太もましろ当番をやるに当たって随分と頭を悩ませたものだった。何故なら、一ヵ月経った現在においても椎名ましろは生活能力零であり、洗濯も着替えも起床も登校も買い物ですら何も出来ない。全て空太が世話をしていたのだ。

 

 幸い、空太の朝は日課によってとても早い。故に準備によって取られる時間は十分にあった。空太の朝の行動は、5時に起床し7時まで訓練をして、終わったら軽くシャワーを浴びて自分とましろの分の弁当を作る。7時15分頃にましろを起こして準備させ、登校出来る状態にさせる。そして7時45分には寮を出て登校、途中のコンビニでましろのおやつであるバームクーヘンを買って学校へ。

 これが空太の毎朝の行動。訓練以外はほぼ全てを椎名ましろの為に使っていた。

 

 それは、今朝もそうであり、いつものように空太はましろと一緒に登校した。だが、今日は少しだけ違う所があった。

 

 神田空太は椎名ましろがやって来てから、一人で下校した事は無い。椎名ましろの世話役として、毎日登下校を共にしているからだ。無論、椎名ましろにも諸々プライベートはある。漫画を描くに当たって彼女のサポート役として編集者が付いているので、たまに彼女はその編集者に会う為に空太と共に下校しない事もあった。

 だが、そういう時は青山七海が決まって共に下校していたので、やはり一人で下校するという事態には陥らなかった。

 

 でも、今日は違った。椎名ましろは編集者の下へ、青山七海はバイトでいなかった。つまり、久方ぶりに一人で下校する空太の姿が、そこにはあった。

 

「久しぶりだなぁ……一人で帰るのは」

 

 空太はそう呟きながら、さくら荘への帰路を歩く。

 

「さくら荘、出ていくのか……俺は。まぁそんなつもりはさらさらないけど、何も起きないなぁ……いっそ破り捨てようか、アレ」

 

 そう言いつつ、空太はさくら荘の玄関に辿り着いた。扉を開いて中に入ると、そこには大量のキャベツが栄光のキャベツロードを築いていた。平たく言えば、大量のキャベツが道に沿って置かれており、それは神田空太の先輩である三鷹仁の部屋へと延びていた。

 

「……面白いな、コレ」

 

「何が面白いもんか。全く」

 

「あぁ、仁さん。居たんですか」

 

 空太が仁の部屋の前でそう呟いていたら、背後から三鷹仁がやって来て空太に話し掛けた。空太は顔だけ仁の方へ向けて、面白そうに笑った。

 

「どうせ、美咲先輩の仕業でしょ。さしあたり、仁さんの誕生日と見た」

 

「ああ、その通りだよ」

 

「美咲先輩の事だから、今朝俺が弁当でキャベツを切ってる所を見てこんなこと思い付いたんだろうなぁ」

 

「原因はお前か」

 

 仁は空太の肩を軽く小突いて責める様な口調でそう言った。空太はその言葉が本気ではない事を分かっているので苦笑で返した。

 

「さて、開けないんですか? きっと美咲先輩全裸にリボン巻いてデッカイ箱の中に待機してますよ。多分に部屋の中もキャベツで埋まってるんじゃないですかね」

 

「なんでお前あの宇宙人の考えが読めるんだ?」

 

「実は俺心が読めるんです」

 

「なるほど。お前も宇宙人だったか」

 

「そういうことです」

 

 空太はそう言って仁の部屋の扉を開ける。仁は勝手に開けるなよと今更な言葉を吐きつつ、自室の中を見る。そこには、空太の言った通りにキャベツだらけの部屋があり、真ん中にはデカイ箱が置かれていた。

 

「ね?」

 

「……マジで宇宙人なのか、空太」

 

「そんな訳ないでしょ。何言ってんですか」

 

 空太は仁の割とマジな問いに、少々馬鹿にした様に鼻で笑ってそう言い捨てた。仁は、どっちなんだよと小さく突っ込んだ。

 

「それじゃ、俺はこれで。美咲先輩と夜までしっぽりやっててください。一応誰も来ない様に取りはからっておきますよ」

 

 空太がそう言った瞬間、仁は息を詰まらせ、箱はぴくっと動いた。

 

「まて! こんなのを放置して行くな!」

 

「えぇ~……俺はちょっと用事があるので」

 

「嘘付け。どうせ部屋に戻って寛ぐくらいしかないんだろ」

 

「重要な用事じゃないですか」

 

「まずはその重要さに付いて俺を納得させてみろ」

 

 仁はそう言って空太の腕をつかんで離さない。空太としては何時でも振りほどける様な力だったのだが、面白そうだったので仕方ないという風にその場に留まった。

 

「あーあ、このヘタレのせいで美咲先輩の思惑は失敗かぁ……このヘタレのせいで」

 

「ヘタレ言うな」

 

「種馬?」

 

「種馬言うな!」

 

 空太がそう言って仁をからかう中、箱がガタガタと動きだし、仁へと何かが跳びかかる。それは、空太の予想通り、上井草美咲だった。しかも、裸にリボンを巻いている所まで空太の想像通り。仁はその跳びかかりに瞬時に判断した。

 

「やっぱり宇宙人か空太てめぇええええ!!!?」

 

「そんな訳ないでしょっとぉ!」

 

 仁は空太を押して美咲の跳びかかる盾にした。だが、空太は跳びかかって来た美咲の脇の下に手を入れて、逃げた仁の方へと流れるように投げ飛ばした。

 

「げっ!?」

 

「ナイスだよ! こーはい君! じーーーーーん!!」

 

「それじゃあ、ごゆっくり」

 

 空太はそう言って、部屋を出て扉を閉めた。追撃とばかりに扉があかない様にその場に何故かあったガムテープで扉をこれでもかという位に塞いでやった。

 

「さて……部屋に戻ろうかな」

 

 空太はそう呟いて部屋に戻る。後ろの方で響き渡る仁と美咲のじたばたする物音が聞こえてきたのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「空太」

 

「椎名か、どうした?」

 

 仁の部屋から戻る途中で、空太は椎名ましろに遭遇した。彼女は空太に様があった様で、空太はましろの目の前で立ち止まり、言葉の続きを待った。

 

「お願いがあるの」

 

「へぇ……まぁいいよ。どうすればいい?」

 

「私の部屋に来て」

 

 そう言うと、椎名ましろは自分の部屋へと歩いて行ってしまった。空太は嘆息して二階に上がり、扉を開けて待っていた椎名ましろに付いて彼女の部屋へと入って行った。

 

「脱いで」

 

「分かった」

 

 空太はましろの変なお願いにも従順に従った、空太はこの一ヵ月に椎名ましろという人物をいろんな面で観察し、知った。

 彼女の行動理念は大抵一つ。漫画を描く事だ。故に、何か変なお願いをするときは漫画を描く為に必要だと思ったから頼んでいるのだと、空太は知っていた。

 

 故に、空太は服を脱げという一歩間違えれば変態な頼みにも従った。しかし、最低限の羞恥心は空太だって持っている。上半身裸になった所で空太は脱ぐを止めた。

 

「流石に俺が恥ずかしいから上半身だけで勘弁してくれ」

 

「……分かったわ」

 

 ましろは少し残念そうに言って、空太をベッドに座らせた。そして、空太の肌に触れ始める。その身体は、日々鍛えられてきた無駄のない肉体。引き締まった筋肉、無駄な肉の無いスマートなスタイルは、まさしく肉体美であった。

 椎名ましろは、芸術家という視点でも漫画家という視点でも、その魅力に目を見開き、しばらく見惚れた。触れれば押し返してくる張り詰めた筋肉は、ずっと触って痛いほどたくましく、見た目からは分からない空太の努力の結晶がそこにはあった。

 

「―――空太」

 

「ん?」

 

「抱いて」

 

「……抱きしめる、であってる?」

 

「うん」

 

 空太はましろの腰に手を回して、力強く抱きしめた。ましろはその身体から伝わる温かさと、肉体の強靭さに若干癒される様な感覚を味わった。

 また、それは出来る事なら少しでも長くそうして欲しいと思う位の物だった。

 

「もう………いいわ」

 

「おう」

 

 空太はましろを放して、若干赤くなった顔を熱を覚ます様に手でパタパタと仰ぐ。正直に言ってしまえば、女子を抱き締めるなんて初めてやったのだ。いくら空太でも無反応ではいられない。

 

「はぁ……椎名。漫画、描けそうか?」

 

「……」

 

 椎名ましろはその問いに答えずに漫画を描き続ける。空太は苦笑して服を着ようとした。そしてそのまま部屋に戻ろうとしていた。

 

 だが、それは椎名ましろが許さなかった。

 

「駄目よ。まだ付き合って貰う」

 

「……一回じゃ足りないのか?」

 

「そうよ。今夜は寝かさないわ」

 

「そいつはまぁ……一回は言われたい言葉だね」

 

 空太はそう言って、手に取ったシャツをその辺に投げ捨てたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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