さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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別名、三鷹仁の言及


神田空太の内心

 翌日

 

 結局、神田空太は椎名ましろによって本当に夜を起きたまま過ごす事になった。空太の身体に触れては漫画を描き続けるましろは、まるで機械の様にずっと起きていて、スイッチが切れたかのように急に眠った。

 最終的に、空太が解放されたのは朝の5時。空太の起床時間を過ぎていたので、空太は今更寝るのもなぁと思いつつ、普段の日課をこなす為に庭へと足を向けていた。

 

 だが、庭に出るに当たって水分補給のための飲み物とタオルを取りにダイニングへ入った空太。入り口に差し掛かった所で空太は足を止めた。

 何故なら、そこには先客がおり、先輩である三鷹仁がいたからだ。なにやら深刻な雰囲気で携帯電話を耳に当てていた。会話の内容から、電話の相手はおそらく上井草美咲のアニメーションに魅せられた会社の地位の高い者だろう。

 脚本家としてそこそこ才能を持つ三鷹仁だが、その才能は上井草美咲に大きく劣る。故に、彼女のアニメーション演出の前に、彼の脚本作品は霞んで消えてしまう程良くは無い作品だった。

 

「―――俺は美咲のマネージャーでも何でもないので、そういう話なら美咲に直接持っていってください。それでは」

 

 仁はそう言って携帯の通話モードを切って一息吐く。空太を見つけて苦笑すると、仁は椅子に座って空太に話し掛けてきた。

 内容は、おそらく空太が聞きたいであろうと推測した電話の内容と相手の事。

 

「アニメ会社のプロデューサーだよ。美咲にはもっと良い脚本で作品を作って欲しいんだとさ。まぁ自分の作品で代表作を出して欲しいっていう魂胆見え見えだけどな」

 

「美咲先輩はモテますね。良い人からも悪い人からも、あと……仁さんからもね」

 

「! はぁ……空太には敵わないな。本当に心でも読めるんじゃないのか?」

 

「心が読めたらさくら荘にはいないし、椎名の事で四苦八苦しませんよ」

 

 そりゃそうだ、と仁は首を振って嘆息する。

 

「空太はなんでまたこんな朝早くから?」

 

「椎名の奴が寝かせてくれなくて。寝るのも面倒なので日課をこなそうかと思いまして」

 

「日課?」

 

 三鷹仁は神田空太の日課を知らない。彼は普段から朝帰りなんて日常的に行なうのだが、空太が日課を行なう場所は、玄関からは丁度見えない場所にある故に知らないのだ。

 ほんの少しの気まぐれで空太の日課を知ることが出来たが、これまで知られなかったのは偶然の生み出した結果と言って良い。

 

「はい。まぁ惰性で続けてる様な意味もなく、才もない唯の日課ですよ。それ以上でも以下でもなく、可もなく不可もなく、ただ続けてきた俺の平凡な日課です」

 

 そう言って、空太は水筒にお茶を注いでタオルを持ち、ガラス戸から庭へと出た。

 空太の格好はタンクトップに膝下程までの短パン。寝間着のままの格好だが、寝汗や洗濯の関係から空太は普段からこの格好で日課を行なう。

 

「日課って……一体何の――――!?」

 

 仁は空太の後を追う様にゆっくりと庭へと通じるガラス戸へと出る。そして、そこから庭を視界に入れた瞬間、言葉を失った。

 

 

「ふっ――――!」

 

 

 何故なら三鷹仁は、一瞬で集中状態に入ってその四肢を一切ブレさせずに綺麗に軌跡を描かせる空太の動きに魅了されたのだ。

 神田空太の一挙手一投足に込められた空太の気迫が仁の肌を通り抜け、鳥肌を立たせた。空太の瞳に映るのは、自身の動きを投影させた同等の相手。動きながら自身の動きを観察し、見定め、改良していく。ひとつ前の動きより鋭く、一つ前の動きより美しく、その四肢を振るう。

 

「………すげぇな」

 

 三鷹仁のそんな呟きは返事もなく、仁の視線はただ空太に釘づけになった。

 

 二人の間に生まれた騒々しい沈黙は、空太の日課が終わってタオルを手に取る二時間後まで続いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……凄いな、空太は」

 

「何がですか?」

 

 一旦シャワーを浴びて制服に着替えた空太に仁はそう言った。現在は仁と空太の二人で軽い朝食を食べていた。現時刻は6時40分。空太の日課は仁もいる事から何時もより少し早く終わったのだ。

 

「なんというか……才能もあるし、空気も読めるしさ」

 

「仁さん」

 

「なん……なんだ?」

 

 仁は俯かせていた顔を空太に向けて、一瞬言葉に詰まり、もう一度聞きなおした。何故なら、空太の表情が何時になく真面目だったから。その言葉は間違っていると、雰囲気からそう言っているのが理解出来た。

 

「まず、最初に言っておきます。俺には、特筆した才能なんてありません。凄い、という言葉は椎名ましろ見たいな天才が向けられる言葉です」

 

「……」

 

 仁は、空太の言葉に同様に真剣な表情を浮かべた。神田空太より2年ほど多く人生での経験を積んでいる三鷹仁。

 彼は、その空太の言葉を聞いて、ある感情がふつふつと湧いてきた。結果、空太に向けて仁は自分勝手な八つ当たりの言葉を吐いた。

 

「空太。お前さくら荘出ろ」

 

「………椎名と猫がいるんで無理です」

 

「なら、猫もましろちゃんも俺が引きとる。これで残る理由は無くなっただろ?」

 

「……」

 

「空太、人のせいにするなよ」

 

 三鷹仁の心に浮かんだのは、嫉妬と苛立ち。空太に才能があると思っている仁にとっては、空太の才能を馬鹿にするような言葉に怒りを覚えたのだ。また、彼の才能に対する嫉妬もあった。

 その感情は、幼い頃より空太が抱いてきた感情だった

 

 故に、空太には目の前で仁が自分に投げつけてくる言葉に込められた感情がなんなのかをすぐに察した。

 

「人のせい、ですか」

 

「空太の気持ちはよく分かる。他人に理由を求めて、逃げ道を作って安心してる。敗北が怖いから負けた時に自分に責任が来ない様にしたい、そうだろ?」

 

 その通りだった。空太がさくら荘に入ってからこれまで一番良く話していたのは仁だ。故に、仁には空太の人となりが良く分かっていた。

 本来の人間性とは少し違うが、空太は才能がある癖に憶病な性格をしているのだと、そう考えていた。

 

「空太が出ていくなら、俺は猫もましろちゃんも引き取る。これは嘘じゃない」

 

「……へぇ」

 

「自分の居場所位、自分で決めろ。出ていく詐欺なら、もう飽きたぞ」

 

 仁はおそらく、これが空太へのトドメになるだろうと思う言葉を容赦なく吐いた。空太はその言葉に俯くでもなく、仁の視線から自身の視線を外さなかった。

 そして、空太はその言葉に対して――――笑った。

 

「?」

 

「あーあ、やっと来た。何時まで経っても来ないからそろそろ止めようかと思ってたんですけど」

 

 空太はそう言って、自分の部屋へと戻り、『脱・さくら荘!』の文字が書かれた半紙を持ってきた。仁はそんな空太に困惑し、何も言えないでいる。

 

 

「悪いですが、仁さん。俺はこのさくら荘を出ていく気はありません」

 

 

 そう言って、空太は手に持った半紙を縦に引き裂いた。

 

「なっ……!」

 

「俺は、さくら荘が好きです。こんなに面白い場所、出ていく訳が無い。それに、なにより今は此処に……椎名ましろがいる」

 

「ましろちゃん……?」

 

「そうです。俺はさくら荘を出ていく気は無いし、ましろ当番を止めるつもりもないです」

 

 空太は仁の言葉を一つ一つ潰していく様に否定していく。

 

「俺が他人に理由を求めて、逃げ道を作って安心してる? 敗北が怖いから負けた時に自分に責任が来ない様にしたいって? そんなの、俺が一番分かってますよ」

 

 そう、分かっているのだ。神田空太は自身の人間性を良く分かっている。敗北は怖いし、責任を問われるのは嫌だし、逃げ道があれば安心する。

 負ける勝負は逃げればいいし、逃げられないなら手を抜くなりして負けたのは本当の実力じゃないと自身に言い聞かせればいい。

 

 そうして生きて来たのだから。それでも、空太は笑って過ごしている。何故なら、神田空太は既に―――

 

 

「俺は全部投げ出したんだから」

 

 

 ―――開き直っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 


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