神田空太は、三鷹仁とのやり取りを終えて、学校へやって来ていた。さくら荘を出る気は無い、そう言い放った後の三鷹仁の様子は黙り込んでしまっただけだった。神田空太はけして全てにおいて才能が皆無な男じゃない。確かに、もち得る技術の中には才能人に匹敵、もしくはそれ以上の物を持っている。
生まれ持った才能は無い、が後天的に得た才能ならある。それが神田空太の気付いていない【継続する才能】。形ある才能とは違って、どう誇ればいいのかは分からない才能だが、それでも確かに空太はその継続力で得た武芸をもって三鷹仁を魅了してみせた。
これはどうとらえても才能だろう。
だが、神田空太は椎名ましろという生まれながらの才能人で生まれてなお努力し続けた天才を知っている。そしてその努力が他の誰でもない神田空太のやってきた事と同等の価値を持っているという事は知らない。
それを知っているのは、神田空太の武芸を垣間見た三鷹仁唯一人。さくら荘の誰もが思っている神田空太が高い才能をもっているという事実。それはもはや勘違いでは済まない所まで来ていた。
「空太」
「どうした椎名」
「さくら荘、出ていくの?」
「仁さんの会話聞いてたのか?」
「途中まで」
「なるほど」
学校へはいつも、椎名ましろと登校している空太。当然、教室へ向かう際に分かれる所までは一緒に居る。そんな中、椎名ましろは神田空太にそう聞いた。
「出ていかないよ」
「本当に?」
「ああ、椎名もいるし。俺はさくら荘が嫌いじゃないしな」
「そう」
椎名ましろはそう言って、自身の教室へ向かって行った。振り返る際に見えた椎名ましろの口元は微笑んで見えたが、神田空太は気付かなかった。
背中合わせでそれぞれの教室へ向かう二人。神田空太は教室の前で一瞬だけ立ち止まり、ドアを開けながら呟いた。
「椎名がいるのに、離れる訳もない」
神田空太の頬は少しだけ、赤かった。
◇ ◇ ◇
神田空太は、商店街だけに留まらず学校内外でかなり顔が広い。この高校に入って早々から、神田空太は猫を拾ってさくら荘へと移り住んだのだが、そのせいで神田空太の名前は学校中に広がった。それだけさくら荘と言うのは認知度が高いのだ。勿論悪い意味でだ。
そうして上がった知名度をどうしようかと神田空太は5分程の時間で考え、結論を出した。ここまで来たらもっと知名度上げてしまえと。
次の日から神田空太は積極的に様々な行動を取り始めた。教師陣の手伝いを率先して行い、上級生との交流として何でも屋的なポジションを気付いて運動部や文化部関係無くマネージャーの様に準備や備品整備の手伝いを行ない、誰もやらない様な窓ガラスの拭き掃除や雑草の草むしり、体育倉庫の整理や寮や体育館などの学校施設の掃除及び備品整理等々色々だ。
時には生徒会の手伝いも行なったし、生徒に知られても良い範囲で教師の仕事を手伝ったりもした。校長先生とは休み時間を利用してたまに雑談しにいったりマッサージをしたりと交流を持ったし、校外でも商店街の掃除やボランティア活動、保育園や小学校へは読み聞かせや子供達の世話をしにいったり、こづかい稼ぎ感覚で商店街のお店を時々アルバイトしたりもする。
そうしていると、自然と神田空太の顔はさくら荘と言う知名度を抑え込んで良い方面で有名になっていった。教師達からは随分と慕われ、校長からは孫の様に慕われ、生徒からは普通科や美術科の分け隔てなく顔が知れており、すれ違う生徒一人一人が神田空太へ挨拶したり声を掛けたりする。
もはや神田空太はこの高校の中で知らない生徒は一人もおらず、神田空太を嫌っている生徒を見つける事の方が難しかった。
「神田先輩、こんにちは!」
「おう、こんにちは」
そんなこんなで、神田空太は一年生の時間の殆どをそう言った活動へと注ぎ込み、二年生へと進級した。今もちょくちょく掃除をしたり、ボランティアをしたりと活動を続けているが、ましろ当番故に最近はあまりやれていない。
それでも、神田空太への様々な信頼と慕っている人々の気持ちは全く揺らがない所を見れば、三鷹仁の言う神田空太の人に好かれる才能と言うのも、あながち間違いではないだろう。
「空太」
「ん?」
「お弁当」
「ああ、そういや渡してなかったっけ?」
椎名ましろは神田空太の所へお弁当を受け取りに来ていた。最初は椎名ましろが空太の教室へ来ると、教室中でざわめきが起こったのだが、今ではこれも日常と化している。
それは、椎名ましろの知名度と神田空太の知名度が大きい事から来ている。
「ほい」
「……」
「どうした?」
「空太も、一緒に食べる」
「なるほど、そいつは嬉しいお誘いだ。でも悪いな、俺この後用事があるんだ。今度埋め合わせするから今日の所はいつも通り美術科で食べてくれ」
「……分かった」
椎名ましろはそう言って元来た道を帰って行った。神田空太はそんな椎名ましろの後ろ姿を見送りながら微笑し、自分の席へ戻る。
用事というのは、担任の教師の手伝いだ。活動があまり出来ていないとはいえ、学校に居る間は良く教師から手伝ってくれないかと言葉が掛かる。
とはいっても、別に単なるお手伝い係扱いされている訳ではない。代わりにいろんな教師から駄賃としてお菓子を貰ったり、図書カードを貰ったり、生徒大勢でやる進路ガイダンスより細かく質疑応答出来る個人面談の機会を貰ったり、食事に連れて行ってもらったりと等価交換でのやり取りとなっている。
故に、空太はパシリに使われる事は無いし、寧ろお互いの為に何かをしあう様な関係が築かれているのだ。
「さて、それじゃあ行くとしますか」
神田空太はそう言って、食べ終わった弁当箱を仕舞い、教員室へと足を向けたのだった。
今回は時間が無いので短め。