さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

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別名、神田空太の恋愛


神田空太の焦燥

 神田空太はましろ当番である。ましろ当番とは椎名ましろのお世話係であり、介護役。

 椎名ましろは絶望的なまでに生活能力の無い人間である。故に、洗濯や食事、果ては自分の着る服や下着まで誰かが面倒を見なければならない。

 

 この二人は持ちつ持たれつの関係ではなく、片や一方的に持ち、片や一方的に持たれる関係だ。無論、神田空太が持ち、椎名ましろが持たれる関係。

 そんな二人が最近行なった事といえば、椎名ましろの夢である漫画を描く事に必要であるという事で、空太が上半身裸になってましろを抱きしめるという行為。

 

 実体験は未体験時より精密に絵を描くことが出来る。それが椎名ましろにとって必要な事だったのだ。

 

「空太」

 

「なんだ?」

 

 そんな体験をして来た二人は、今日も椎名ましろによって新たな体験を始めようとしていた。

 

「付き合って」

 

 そんなましろの言葉に、神田空太は冷静に対応した。下手すれば告白にも聞こえるこの言葉だが、神田空太は椎名ましろに対して彼女が恋愛に目覚めたなんて思わなかった。彼女にあるのは漫画と絵位の物だ。

 

「何処にだ」

 

「今度の日曜日、行きたい場所があるの」

 

「なるほど……」

 

 空太はそう言って自分の予定を思い出す。次の日曜日は、空太に予定があった。それは、商店街の店のバイト。となると、彼女に付き合うのは少し難しいだろう。

 

「悪い、その日は忙しい。仁さんにでも頼んでくれ」

 

 この時、空太はちゃんと行く場所を聞いておくべきだった。聞けば、空太はバイトをぶっちぎってましろに付き合っただろう。

 

「……分かったわ」

 

「おう」

 

 そうして、椎名ましろは神田空太に背を向けて去っていく。神田空太はこの時、胸の中で少しだけ黒い渦の様な不安を抱いた。嫌な予感、虫の知らせ、そんな言葉が合う様な不穏な感情が、空太の中で渦巻いたのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 日曜日

 

 そんなこんなで、神田空太は嫌な予感がしつつも日曜日を迎えた。学校も休みで、バイトをするべく商店街に向かう為に準備をしていたら、不意に電話が鳴った。

 

「はい。ああ島田さん、今からそちらに向かう所で……え?」

 

 その電話の相手は空太が今日バイトに行く先の店長。そして空太に告げられたのはその店長が風邪をひいた事による臨時休業。つまり、バイトのキャンセルだ。

 それにより、空太は今日の予定を失ってしまった。

 

「はい、分かりました。お大事に……さて」

 

 電話を切って、一息吐く。そしてとりあえず部屋を出ようとしたその時、勢いよくドアが開いた。ドアを開けた本人は上井草美咲。その様子はかなり慌ただしかった。

 

「こーはい君こーはい君! 大変だよ! 仁とましろんが!」

 

「どうしたんですか?」

 

「ラブホテルに向かったんだよ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、空太はバイトの為に準備を終えていた自分の携帯と財布を持ち、上井草美咲を押しのけて部屋を出た。その表情に浮かんでいたのは、神田空太には珍しい―――

 

 ――――焦りの感情だった

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 空太は迅速にさくら荘の住人である赤坂龍之介の作りあげた発信機を利用して仁とましろの位置を探知、その鍛えられた脚力と体力をフル活用して追い掛けた。

 

「こーはいくんっ……は、速いよ……!」

 

 その後ろから追いかけて来たのは、上井草美咲。彼女は仁の事で追い掛けて来たのだ。だが、空太はそんな彼女を見て冷静になり、どうにか表情をいつもの空太に戻した。

 

「美咲先輩、仁さんと椎名の場所は分かってます。とりあえず追い掛けましょう」

 

「ふぅ……うん!」

 

 空太と美咲は頷いて発信機を利用して仁とましろの居場所へと向かう。そして、その二人は存外早く見つける事が出来た。

 ましろと仁はラブホテルに向かうと言いつつも、こんな明るい内に向かう訳では無かったようで、一緒に買い物をしていた。

 

「……椎名」

 

 不意に、空太がそう漏らした。美咲はその言葉を聞いて、空太の顔を覗き見る。その横顔から垣間見えたのは苦しそうな空太。そして、その気持ちを美咲は良く知っていた。

 故に、声を掛けてやることが出来ない。いつものように元気に空太を元気づけてやりたいのに、出来ない。何故なら、美咲自身がその気持ちをどう抑えればいいのか分かっていないからだ。

 

 自分でも良く分かっていない感情を抱いている相手を元気づけるなんて、誰にも出来ないのだ。

 

「こーはい君。仁とましろん……どう見える?」

 

 だから、彼女が空太に掛けてやれる言葉は元気づけるどころか現実を押しつけるような言葉。そんな自分が嫌になったが、それしか出来なかった。

 

「デートに見えますね」

 

 空太はそう言った。

 だが、その表情からは先程までの苦しさが消えていた。美咲は力強くそう言った空太の顔をもう一度覗き見る。

 空太の横顔からは苦しさではなく、決意が見えた。

 

「こーはい君、どうしたの?」

 

「何がですか?」

 

「なんか、やる気に満ち溢れてる感じがする」

 

「ああ……俺は椎名に対して、多分少なからず好意を抱いています。それはまぁ仲良くなりたいだとか、一緒にいたいだとか、そういう類の物です。美咲先輩が仁さんに抱いている感情と、多分一緒ですよ」

 

 それが意味するのは、神田空太が椎名ましろに対して恋をしている事。だが、美咲はそうなるきっかけが今まで有っただろうかと首を捻る。

 

「こーはい君は、ましろんを何時好きになったの?」

 

「最初に会った時からです」

 

 一目惚れ。それが空太の恋の始まり。

 

「なるほど」

 

「俺、決めました。仁さんに、椎名ましろは渡さない」

 

 神田空太のその言葉に、美咲は眼を見開いた。

 

「美咲先輩。俺はどうしようもなくアイツが好きになってしまったんですよ。だから、待たない。恋愛は相手が告白してくれるのを待つ物じゃない。相手をどれだけ自分の思いを伝えて手に入れるかです」

 

 神田空太はそう言って、椎名ましろと仁を追う。美咲はそんな空太の後ろ姿を眩しそうに見ながら、追い掛けた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 時間は経ち、ましろと仁は聞いていた通りにラブホテルに向かった。空が茜色に染まる中、椎名ましろと三鷹仁がラブホテルの前でなんだか入るか入らないか争っている。

 

「こーはい君……私」

 

「美咲先輩。逃がしませんよ」

 

「え?」

 

 ここまで、空太達はましろと仁を追ってきた。何故ラブホテルに向かうのかを知りたかったが故に、尾行することにしたのだ。

 だが、見れば見る程美咲の不安は募り、耐えきれなくなったようだった。それでも空太はまだ、諦めていない。

 

「先輩には仁さんを捕まえて貰わないといけないので」

 

「それってどういう……」

 

「ふぅ……先輩。ちゃんと仁さんを捕まえてくださいよ?」

 

 空太はそう言い、美咲が言葉を紡ぐ前に跳びだした。ましろの手を引いてラブホテルに入ろうとする三鷹仁を睨みつけ、地面を蹴る。

 椎名ましろの手を放して空太を見る仁に、空太は怒りの表情を浮かべて近づく。拳を握って、仁の顔をしっかりと捉えた。

 

「ましろを――――放せ!」

 

 空太はそう言って、仁の顔を殴り飛ばした。ぐしゃっと響く鈍い音と共に吹っ飛び地面を転がる仁に対して、空太はましろに声を掛けた。

 

「ましろ」

 

「空太……名前」

 

 椎名ましろは、空太がましろの事を名前で呼んでいる事に気付いた。

 

「お前、なんでラブホテルに来たんだ?」

 

「漫画を描く為に必要だから」

 

「……そうか」

 

 神田空太はその言葉を聞いて、地面にへたりこむ。安心感から力が抜けたのだ。

 正直にいえば、空太はそうだろうとは思っていた。でも、行き先が行き先で相手が相手だ。不安にもなる。もしかしたら本当にそういう目的で行くつもりなんじゃないかと不安もあったのだ。

 

「いってて……空太、お前本気で殴り過ぎだろ……」

 

「仁さん」

 

 そこへ、殴り飛ばされた仁が近寄ってくる。頬を押さえてフラフラとした足取りからはかなりのダメージがある事が見て取れた。

 

「悪かったですよ。でも、俺は堪え性がないんです」

 

「それはましろちゃんに関することだけだr―――!?」

 

「そうそう、仁さん……こんなことをしでかした責任はちゃんと払ってくださいよ?」

 

 仁は背後から羽交い締めにされた。後ろにいたのは、上井草美咲。仁は美咲の姿を確認すると、顔を青ざめた。

 

「美咲……!?」

 

「仁、逃がさないよ!」

 

「空太、お前……!」

 

It is my revenge(私からの仕返しだ)

 

 そう言った瞬間、仁は真っ青だった顔を白くして美咲に連れ去られて行った。

 

「……さて、ましろ」

 

「何、空太」

 

「必要なんだろ? 入ろうぜ、ラブホテル」

 

「分かったわ」

 

 空太はそう言って、ましろとラブホテルに入った。

 

 その後、仁によって仕組まれた事だと知った空太は、あの仕返しはやりすぎたかなと思っていたのだが、やって良かったと思い直すのだった。

 

 

 


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