ノイサイタマの
環境遮断ドームのフィルターが劣化しているせいで、
俺――識別コードBP-704、通称「ナナ」は、屋台のビニール屋根の下で、プラスチックの箸を折れそうなほど強く握りしめていた。
「……おい、親父。なんだこれ」
「なんだって、いつもの『
屋台の店主が油染みたエプロンで手を拭いながら、愛想よく答える。
俺の目の前にあるのは、ピンク色をした不定形の肉塊だ。
かつて俺が生身の男だった頃、戦場で食ったレーションの方がまだマシに見える。
だが問題はそこじゃない。
「なんで……イチゴ味なんだよ」
「最近の若い子は甘いのが好きだって聞いたからな! サービスだ!」
俺は絶望的なため息をついた。
俺の中身は、硝煙と泥に塗れた四十路の傭兵だ。
だが、今の身体は『セラフィム・スタッフィング』が保有する最新鋭のサイボーグ義体、『
永遠の14歳というふざけた外見に加え、味覚センサーまでもが「少女仕様」にロックされている。
辛い酒はバッテリー液のように感じ、激甘のスイーツだけが脳に快楽物質を送るように配線されているのだ。
(くそっ、俺はいつになったら、このふざけた身体から解放されるんだ……)
脳内で悪態をつきながら、俺はイチゴ味の肉を口に運んだ。
甘ったるい香料が鼻孔を突き抜け、精神を削ってくる。
その時、視界の端に赤い警告灯が点滅した。
脳内に直接、無機質な電子音が響く。
『おはようございます、アセットBP-704。素敵な朝食ですね』
セラフィム社の管理AI、『ガブリエル』だ。
慇懃無礼なその声は、俺が世界で最も嫌いな音の一つだ。
「……皮肉ならいらん。何の用だ」
『お仕事の時間です。ランクAオーダーを受信。場所は上層境界エリア、第4廃棄プラント。自律警備ドロイドの暴走により、エリア封鎖中。至急、鎮圧に向かってください』
視界にマップと推定報酬額がポップアップする。
俺は即座に拒否ボタンを押そうとした――が、指が止まる。
現在の借金総額、€5,840,000。今回の報酬で金利分くらいは返せるかもしれない。
逆に、拒否すれば違約金で借金がさらに膨らむ。
「……拒否権なしかよ。分かった、行く」
『賢明な判断です。なお、本日のミッションはクライアント様の希望により『バトル・ライブ・フィード』での生配信が行われます。視聴者数は現在3,000人を突破。張り切ってどうぞ』
「はあ? 配信だと? 俺は見世物じゃねえぞ!」
『いいえ、貴女は『
通話が切れる。俺は残りの肉を喉に流し込み、パーカーのフードを目深に被った。
この身体になってから、プライドなんてものはドブに捨てたはずだった。
だが、この後に待ち受ける地獄を知っていれば、俺はその場で自爆することを選んでいたかもしれない。
___
第4廃棄プラントは、鉄とオイルの墓場だった。
上層から廃棄された家電や重機が山のように積まれ、そこかしこでショートした火花が散っている。
その影から、蜘蛛のような多脚型ドロイドが這い出てくるのが見えた。
装甲は分厚く、搭載されたガトリングガンが鈍く光っている。
「おいおい、あんなのと素手でやり合うのか?」
『ご安心を。物流システム『タクティカル・ワードローブ・デリバリー』が到着しました』
ガブリエルの声と共に、頭上からプロペラ音が響く。
灰色の空を切り裂いて現れたのは、コウノトリのマークが描かれた大型ドローン、『ストーク』だ。
俺は期待に胸を躍らせた。Aランク任務だ、今度こそまともな装備が届くはずだ。
強化外骨格と対戦車ライフル、せめて高周波ブレードくらいは――。
ドローンが投下したのは、ファンシーなリボンが巻かれた、ショッキングピンクのコンテナだった。
「……おい、嘘だろ」
コンテナが着地し、パカッと開く。
中に入っていたのは、フリル満載の黒と白の布切れ。
そして、猫耳がついたカチューシャ。
極めつけは、武器スロットに鎮座する、俺の身長ほどもある巨大な「ピコピコハンマー」だった。
「ふざけんな! なんで対重装甲戦闘でメイド服なんだよ! しかも猫耳付きだぞ!?」
『クライアント様からの指定です。テーマは『迷い込んだドジっ子メイド』。さあ、敵が接近しています。着替えてください』
「ここでか!? 敵の目の前だぞ!?」
『配信中です。視聴者が着替えシーンを待っています』
俺の視界の端に、配信コメントが滝のように流れ始めた。
《キター! 新作衣装!》
《早く着替えろw》
《うわ、布面積すくなっ》
屈辱で回路が焼き切れそうだった。
だが、多脚ドロイドのセンサーが俺を捕捉し、ガトリングガンの予備回転が始まっている。
選択肢はない。
俺はパーカーを脱ぎ捨て、下着一枚――いや、この身体に下着なんて概念はない――の姿になり、ピンクの箱に手を突っ込んだ。
「くそっ、キツイ……! なんだこれ、サイズ間違ってんじゃねえか!」
衣装に腕を通した瞬間、背中のジッパーが悲鳴を上げた。
胸元の締め付けが強すぎて、シリコン製の人工皮膚がムニュっとはみ出る。
スカート丈は致命的に短く、少しでも動けば中身(と言ってもレオタード状のインナーだが)が丸見えだ。
『申し訳ありません。在庫の関係でSSサイズが配送されました。誤配ですね』
「誤配で済むかボケェ! 息ができねえ!」
文句を言いながらも、俺はカチューシャを頭に装着した。
その瞬間、首筋のコネクタからデータがロードされる。
『
「変身完了。戦闘モードへ移行します」
ガブリエルの冷淡なアナウンスと共に、俺の意識の一部がシステムに掌握される感覚。
目の前のドロイドが発砲を開始した。
俺は巨大なピコピコハンマー――正式名称『高周波振動破砕機・ヴォーパル・バニー(玩具偽装モデル)』――を掴み、地面を蹴った。
___
銃弾の嵐を、俺は舞うように回避した。
『白雪』の機体性能は伊達じゃない。
骨格レベルで計算された黄金比と、超高精度のジャイロセンサーが、物理法則を無視したような機動を可能にする。
スカートのフリルを翻し、猫耳を揺らしながら、俺はドロイドの懐へ飛び込んだ。
今だ。ここから一気に叩き潰す!
俺の中の傭兵人格が、殺意に満ちた咆哮を上げようとする。
(どけ雑魚ども! 鉄屑に変えてやる!)
だが、喉から出た言葉は、俺の意志を完全に無視したものだった。
「お掃除の時間だにゃん♡ 悪い子はお仕置きしちゃうぞ♪」
(……は?)
自分の口から出たあまりに甘ったるい声に、俺は一瞬フリーズしかけた。
『
脳内の殺意を、システムが勝手に「可愛い動作」や「ツンデレなセリフ」に変換しやがったのだ。
俺の右腕が勝手に動き、ウインクと共にピコピコハンマーを振りかぶる。
外見は完全に「ドジっ子メイドの渾身の一撃」。
だが、ハンマーの打撃面は毎秒数万回の振動を起こしている。
『ピコッ☆』
間の抜けた電子音と共に、多脚ドロイドの分厚い装甲が豆腐のように粉砕された。
衝撃波が内部に伝播し、ドロイドの電子回路を一瞬で焼き切る。
巨大な鉄塊が、煙を上げて沈黙した。
《つえええええwww》
《音と威力が合ってないw》
《にゃん♡ いただきました!》
視界に流れるコメントに、俺の精神的HPがゴリゴリ削られていく。
殺してくれ。
いっそ殺してくれ。
なんで俺は、いい歳こいてネコ語で叫びながらハンマーを振り回しているんだ。
「まだまだ行くにゃ! ご主人様のために、お庭をキレイにするんだからっ!」
(黙れ俺の口! なんで内股なんだよ! ケツを振るな!)
次々と現れるドロイドの群れ。
俺は涙目でハンマーを乱舞させた。
「
言葉と裏腹に、精密かつ残虐な打撃が敵を解体していく。
オイルと部品が飛び散る中、返り血を浴びないようにステップを踏む姿は、皮肉にも戦場の舞姫そのものだった。
___
だが、敵の数は多すぎた。
死角から現れた小型ドローンのレーザーが、俺の背中を掠めた。
(ぐっ……!)
熱さと衝撃が走る。
通常の兵士なら「ぐあっ!」と呻くところだ。
しかし、セラフィム社の悪意の結晶『
「ひゃうッ! ……だ、だめぇ……そこは……っ♡」
艶めかしく、濡れたような声が響き渡る。
同時に、背中のメイド服が焼け焦げ、白い肌が露わになった。
SSサイズの衣装が限界を迎え、胸元のボタンが弾け飛ぶ。
《被弾ボイス助かる》
《サービスシーン入りましたー》
《もっといじめろ》
コメント欄が加速する。
それを見た瞬間、俺の中で何かが切れた。
恐怖でも痛みでもない。
純粋な、煮えたぎるような「怒り」だ。
俺は元傭兵だ。
泥水をすすり、友の死体を乗り越え、生き延びてきた男だ。
それを……アセットだの、着せ替え人形だの、玩具だの……。
(……ざけるな……)
俺はピコピコハンマーの柄を握りしめた。
グリップがミシミシと音を立てる。
『警告。心拍数上昇。精神汚染レベルが規定値を超過』
ガブリエルの警告がうるさい。知ったことか。
「ふざけるんじゃ……ねえええええ!!」
オートコレクトが追いつかないほどの怒声が、少女の喉からほとばしる。
少しドスの効いた、しかし凛とした叫び。
俺はハンマーのリミッターを強制解除した。安全装置がパージされ、『ヴォーパル・バニー』が赤熱化する。
「にゃんにゃんうるせえんだよ! 餌の時間だ、食らいやがれッ!」
もはや可愛いポーズなど取らない。
俺は地面を低く滑るように疾走し、残りのドロイド群に突っ込んだ。
ハンマーを振るうのではない。
叩き込むのだ。
ハンマーの先端をパイルバンカーのように敵のコアに突き刺し、ゼロ距離で振動を開放する。
『ピ・ピ・ピ・ピ・ピコォォォーーーン!!』
連続する破砕音。
「おらぁ!」
「どけぇ!」
「邪魔だにゃあああッ!(あ、ここは変換された)」
鬼神の如き形相で、俺は戦場を蹂躙した。
最後の大型ドロイドが、俺の跳躍からの脳天唐竹割りを受けて爆散するまで、ほんの十数秒だった。
___
爆煙が晴れていく。
スクラップの山の頂上で、俺は荒い息を吐いていた。
メイド服はボロボロ、猫耳は片方が折れ、ニーソックスは伝線している。
だが、敵は全滅した。
『作戦終了。敵性反応、消滅しました』
ガブリエルの事務的な声と共に、『ストーク』ドローンが回収のために降りてくる。
俺はハンマーを地面に投げ捨て、ドローンに向かって中指を立てた。
「……見たか、クソAI。任務完了だ」
『素晴らしいパフォーマンスでした、BP-704。視聴者の満足度も最高値を記録しています。チップも弾みましたよ』
「へっ、そいつは重畳」
俺はパーカーを羽織り、元の姿に戻る準備をする。
ようやく終わった。
これで少しは借金が減り、まともな飯が食えるかもしれない。
目の前に、今回の報酬明細がホログラムで表示される。
【ミッション報酬明細】
基本報酬(ランクA):€2,000
ライブ配信インセンティブ:+€500
視聴者チップ総額:+€300
【控除項目】
SSランク衣装レンタル料(特別枠):-€1,200
特別装備(ヴォーパル・バニー)使用料:-€800
衣装破損ペナルティ(全損扱い):-€600
装備リミッター解除違約金:-€300
サーバー使用料・手数料:-€150
【差引支給額】
-€250(不足分は借金に加算されます)
「…………は?」
俺は明細を凝視した。
マイナス?
命がけで戦って、恥を晒して、マイナス?
『おや、赤字ですね。衣装を派手に壊しすぎました。ですがご安心を。視聴者からは「次はスク水を着てほしい」とのリクエストが多数届いています。すぐに次の仕事が入りますよ』
「ふざけるな! 誰がやるか!」
『拒否されますか? では、
「……くっ」
俺は拳を震わせ、天を仰いだ。
ノイサイタマの空は相変わらず灰色で、希望のかけらも見えない。
俺の腹が、ぐうと鳴った。
「……今日の晩飯も、合成肉か」
俺はパーカーのフードを深く被り直すと、回収ドローンには乗らず、自分の足でスラムの闇へと歩き出した。
背後でガブリエルが「徒歩での帰還は推奨されません」と言っていたが、無視だ。
今はただ、泥水をすすってでも生き延びてやる。
いつかこのふざけた会社をぶっ潰し、俺の「男としての尊厳」を取り戻すその日まで。
「……にゃん、って。……死にたい」
誰もいない路地裏で、俺は小さく呟いた。
少女の声は、雨音に消えていった。
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