ネオンの毒々しい光が、降りしきる酸性雨に滲んでいる。
旧日本、ノイサイタマの
腐った中華鍋の油と、違法改造された義体の排熱が混じり合ったこの街の路地裏で、俺――識別コードBP-704、通称ナナは、段ボールハウスの中で震えていた。
(クソが……。昨日のミッションで左腕の人工筋肉の疲労が限界を超えちまった。修理費で報酬が消えちまって、また素寒貧だ)
元
歴戦の傭兵。
それがかつての俺だ。
だが今は違う。
借金のカタに売り飛ばされ、悪徳人材派遣会社「セラフィム・スタッフィング」によって、全身をサイボーグに改造された。
それも、ただのサイボーグじゃない。「超高感度・可憐な美少女」型にだ。ふざけるな。
その時、頭蓋の奥にある通信インプラントがけたたましく鳴り響いた。
『
(あぁ!?今は深夜の2時だぞ!労働基準法ってのは核戦争と一緒に消滅したのかよ!)
まぁ、俺が男だった頃にもないんだが。
俺が脳内で罵倒を叫ぼうとした瞬間、上空からブーンという不快な羽音が聞こえた。
輸送ドローンだ。
それが俺の頭上にホバリングすると、コンテナを投下しやがった。
『本日の業務:CEO専属秘書。ドレスコード:セクシー・オフィスカジュアル。換装開始』
コンテナが開き、中からピンク色の布切れと、凶器のようにヒールの高い靴が飛び出してくる。
俺の意思とは無関係に、四肢のマグネットコーティングが反応し、衣服が勝手に吸着していく。
(やめろ!なんだこのブラウス!胸元が開きすぎて乳の谷間が丸見えじゃねぇか! スカートも短けぇ!スリットが深すぎて、ちょっと動いただけでパンツが見えるぞオイ!)
俺の羞恥心などお構いなしに、装備は完了した。
鏡代わりの水たまりに映っているのは、銀髪のロングヘアに、あざとい伊達メガネをかけた、ロリ巨乳の美人秘書。誰がどう見ても、夜の街のお姉ちゃんである。
『追加モジュール、インストール開始……『O-TSUBONE 2.0』起動』
(なんだそのふざけた名前のソフトは!?拒否だ!アンインストールしろ!)
視界にエラーログが流れると同時に、俺の喉が勝手に動き出した。
「準備完了でございます♡ 御社のために、粉骨砕身働かせていただきますわ、うふふっ♡」
(うふふ、じゃねぇよ! 殺すぞ!)
口から出たのは、鈴を転がすような美声と、完璧なビジネスマナーに則った(しかしどこか媚びた)敬語だった。
脳内の荒っぽいおっさん人格がどれだけ叫ぼうと、出力されるのは完璧な社畜美少女。
これが俺、ナナの呪われた日常だ。
___
俺の今日の主人は、ここのCEO、ランドルフ・カルマという男だ。
金髪をオールバックにし、無駄に白い歯を見せて笑うこの男は、典型的な「中身のない意識高い系」だった。
どうやら、いつも「使っている」秘書がメンテナンスのようで、急遽セラフィムに依頼して俺が呼ばれたというわけだった。
「いいかい、ナナちゃん。僕たちが目指すのはシナジーだ。アウフヘーベンした先にある、パラダイムシフトなんだよ」
オフィスの窓際で、夜景を見下ろしながらランドルフが得意げに語る。
俺はデスクの横で、直立不動の姿勢を取らされていた。
(何言ってんだこの馬鹿は。さっきから横文字並べてるだけで、具体的な指示が何一つねぇぞ。とっとと帰らせろ)
俺の思考とは裏腹に、ニューロ・オートコレクトが作動する。俺は伊達メガネをくいっと上げ、艶然と微笑んだ。
「おっしゃる通りですわ、社長♡ その素晴らしいヴィジョン、まさにイノベーションの夜明けですわね。感動で胸が張り裂けそうです!」
「うんうん、君は理解が早くて助かるよ。あ、そうそう。ちょっと喉が渇いたな。キリマンジャロ、淹れてくれるかな? 温度は82度、抽出時間は45秒で頼むよ」
(死ね!俺は護衛だぞ!なんで給湯室往復しなきゃなんねぇんだそれに82度だぁ?!沸騰した熱湯ぶっかけてやろうか!)
内心で毒づきながら、体は優雅にターンを決める。
その拍子に、タイトスカートのスリットが太ももの際どいところまでめくれ上がった。
『羞恥センサー反応。出力補正』
「きゃっ♡ ……もう、社長ったら。私のどこを見てらっしゃるんですか? エッチな視線、感じちゃいました……♡」
(言ってねぇよ!見てねぇよ!勝手に頬を染めるなこのポンコツボディ!)
俺は自分の可愛さに絶望しながら、給湯室へと向かった。
だが、その時だ。
俺の視覚センサーに、
『敵性反応感知。推定:武装サイボーグ一個分隊、ビル外壁を登攀中。総数15機』
(やっと仕事か……! お茶汲みよりはマシだぜ!)
俺は給湯室のポットを置き、スカートのポケットから今回の支給武器を取り出した。
――『ガトリング・ハンコ・ランチャー』
見た目は巨大な決裁印だが、印面が六つの銃身になっており、回転しながら弾丸をばら撒く極悪兵器だ。
なんでこんなもん開発したんだよ。
「社長!アポイントメントのないお客様がいらっしゃったようです!」
俺が叫ぶと同時に、オフィスの強化ガラスが粉々に砕け散った。
___
ズドォォォン!!
爆音と共に、ラペリング降下してきた重武装のサイボーグたちがオフィスに雪崩れ込んでくる。
全身を黒いタクティカルスーツに包み、手にはサブマシンガン。
どう見ても交渉に来たわけじゃない、完全な殺し屋軍団だ。
「ターゲット確認! CEOを確保、秘書は排除しろ!」
(排除できるもんならやってみな、ヒヨッコどもが!)
俺はハイヒールで床を蹴り、社長のデスクを飛び越えた。
空中で体を捻った瞬間、またしてもあの忌々しいスカートが重力に負ける。
『パンチラ警報。恥じらいモーションを実行します』
「いやぁん♡ 見ないでぇ!」
俺は空中で内股になり、片手でスカートの裾を押さえるという、極めて戦闘に不向きなポーズを取らされた。
だが、もう片方の手にはガトリング・ハンコ・ランチャーが握られている。
(この体勢、撃ちにくすぎんだろクソがぁッ!!)
トリガーを引く。
キュイィィィィン……ガガガガガガガガッ!!
六連装の印面が高速回転し、マズルフラッシュの代わりに朱肉のような赤い光を撒き散らす。
発射されたのは、チタン合金製の特殊弾頭。その先端には、鏡文字で『却下』と刻まれている。
「ぐわぁっ!?」
「な、なんだこの弾は!額に……『却下』の文字が!?」
先頭にいたサイボーグたちのヘルメットを、『却下』弾が次々と貫通していく。
あるいは装甲の表面に、真っ赤な『却下』の烙印を叩き込んで衝撃で吹き飛ばす。
「申し訳ございませぇぇん!!アポ無しの面会は、コンプライアンス的にNGなんですぅぅぅッ!!」
口では謝罪しながら、俺は着地と同時に回転し、ハイヒールの踵でスパイの顎を蹴り上げた。
ヒールの鋭利な先端が装甲の隙間に食い込む。
(よし、手応えあり!次は右だ!)
「ひぃッ!ば、化け物かこの女!」
残りのサイボーグたちが一斉射撃を開始する。
俺は社長の高級なマホガニー製デスクを蹴り飛ばし、それを盾にした。
「な、な、ナナちゃん!?僕のイタリア製デスクが!」
机の下でランドルフ社長が情けない声を上げる。
「社長!頭を下げて!稟議が通るまで待機です!」
(黙ってろ能無し!お前の頭に風穴空いたほうが世のためなんだよ!)
その時、オフィスの電話が鳴り響いた。
敵の増援が迫る中、俺の『O-TSUBONE 2.0』モジュールが強制的に優先順位を書き換える。
『優先業務:電話対応。3コール以内に出ること』
(はぁ!?銃撃戦の最中だぞ!?ふざけんな!)
だが、体は止まらない。
俺は弾丸が飛び交う中、匍匐前進で電話機のもとへ滑り込んだ。
胸元のブラウスが擦れてボタンが一つ弾け飛ぶ。
「キャッ♡ ……あ、お電話ありがとうございます!サイバー・ロータス・インダストリーでございます!」
左手で受話器を持ち、右手でガトリング・ハンコ・ランチャーを構える。
「はい……はい、ランドルフはただいま、席を外しております……(物理的に机の下にな!)」
ズダダダダダッ!
電話対応の合間に、顔を出したサイボーグに向けて制圧射撃。
『承認』と刻まれた弾丸が、敵のショルダーパッドを粉砕する。
「ええ、折り返しご連絡させますわ……失礼いたします♡」
ガチャン、と受話器を置くと同時に、俺は立ち上がった。
弾切れだ。リロードが必要だ。
俺は太もものガーターベルトに挟んでいた予備マガジン(見た目は巨大なインクカートリッジ)を抜き取る。
「
カチャリと装填。
その隙を突いて、敵のリーダー格が
「もらったぁ!そのふざけた格好ごと切り刻んでやる!」
間合いが近い。
ガトリングの回転が間に合わない。
俺は咄嗟に、自身の「か弱さ」を利用した。
敵の剣閃をギリギリでかわし、わざとバランスを崩して、相手の胸元に飛び込む。
『超感度モード発動:ドジっ子タックル』
「ああんっ、つまづいちゃいましたぁ~!」
俺の柔らかい豊満なボディが、敵の硬い装甲に密着する。
普通のタックルではない。
全身の駆動系を瞬間的にオーバードライブさせ、数百キロの質量衝撃を「柔らかく」叩き込む、対サイボーグ格闘術だ。
ドゴォォォォォン!!
「がはっ……!?な、なんて重い……愛……!?」
敵リーダーはわけのわからないことを口走りながら、オフィスの壁をぶち抜いて吹き飛んでいった。
俺はその反動で尻餅をつく。
パラリ、と眼鏡がずり落ちる演出付きだ。
「……てへっ♡ またやっちゃいました……始末書、書かなきゃダメですか?」
上目遣いで周囲を見渡す。
残ったサイボーグたちは、今の理不尽な暴力と、あまりの可愛さのギャップに戦意を喪失していた。
「て、撤退だ!この秘書、ヤバイぞ!」
「コンプライアンスが服着て歩いてやがる!」
サイボーグたちは蜘蛛の子を散らすように逃走していった。
静寂が戻ったオフィスに、破壊された備品の破片がパラパラと落ちる。
「……ふぅ。フィックスしましたわ、社長♡」
俺は立ち上がり、スカートの埃を払いながら、ガタガタ震えるランドルフに最高の営業スマイルを向けた。
(終わった……。マジで死ぬかと思った。ヒールで踏ん張ったせいで足首の関節がギシギシいってやがる。さっさと帰って寝てぇ)
___
「素晴らしい!まさに圧倒的ソリューションだね、ナナちゃん!」
ランドルフは瓦礫の山から這い出すと、俺の手を握りしめてきた。
「君のような有能な資産(アセット )を持てて、僕は幸運だよ。これぞウィンウィンの関係だ!」
「もったいないお言葉ですわ♡ 社長のリーダーシップがあったからこそです♡」
(触るな手脂がつく。さっさと報酬よこせ)
数時間後。
事後処理を終えた俺の視界に、セラフィム・スタッフィングからの精算書が表示された。
『ミッション・コンプリート。報酬明細を出力します』
基本報酬:50,000 €
特別危険手当:10,000 €
【控除】オフィス備品破損費(デスク、窓ガラス等):-35,000 €
【控除】衣装クリーニング代(ブラウス破損含む):-5,000 €
【控除】弾薬費(インク代):-15,000 €
【控除】O-TSUBONE 2.0 ライセンス使用料:-4,500 €
『差引支給額:500 € 』
「……はぁ」
俺の口から、可愛くない素の声が漏れた。
500ユーロ?
いや、別に少なくはない。
少なくはないが、結局のところ報酬が仕事に見合っていないのはいつものことだ。
大体は
(おい、ガブリエル。これ、計算間違いではないんだよな?)
『計算は正確です。なお、次回の衣装は「くノ一」になります』
「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇッ!!!」
俺の絶叫は、ニューロ・オートコレクトによって「やる気が出てきましたぁぁん♡」という歓喜の声に変換され、ノイサイタマの夜空に吸い込まれていった。
___
下層区域、場末の屋台バー。
俺は元のブカブカのパーカーで、屋台の席に不貞腐れていた。
目の前には、工業用アルコールを薄めただけの安酒のコップがある。
「……親父、もう一杯」
「おう、嬢ちゃん。今日は一段と荒れてるな。男か?」
店主の親父がニヤニヤしながら、ドロリとした液体を注ぐ。
俺は伊達フードを深く被って、カウンターに突っ伏した。
(男じゃねぇよ。仕事だよ。人生だよ……)
グラスに映る自分の顔は、憎たらしいほど可愛い。
撫でられれば力が抜け、怒れば愛嬌を振りまく。
このふざけた身体にあるのは、莫大な借金と、終わりのない労働だけだ。
「……明日も、早いんだよ」
俺はジェルのような酒を一気に煽った。
喉が焼けるような感覚だけが、俺がまだ生きていることを実感させてくれる。
ガトリング・ハンコのインクが、指先にまだ少し残っていた。
それはまるで、俺の人生に押された『却下』の烙印のように見えた。
(次はくノ一か……。下着はつけさせてくれ……ないよな)
俺は小さくため息をつき、おっさんのような仕草で、合成するめを齧った。
夜明けはまだ遠い。
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