安酒の匂いがする。
「……
俺の口から漏れたのは、鈴を転がすような可憐な少女の声だった。
だが、俺の
(クソが! なんで俺がこんな雨ざらしの屋根の上で、パンツも履かずに待機しなきゃなんねえんだ! おまけに今日のターゲットはヤクザ・クランの武器庫だぞ? 早く装備をよこしやがれ!)
俺、識別コードBP-704こと「ナナ」は、パーカーのフードを深く被り直し、ガタガタと震えていた。
元は歴戦のクローン兵だった俺の意識は今、この『
所属はセラフィム・スタッフィング。
身分は社員ですらなく、消耗品の「
『BP-704、現着確認。これよりタクティカル・ワードローブ・デリバリーを開始します』
セラフィム社の管理AI『ガブリエル』が、事務的かつ慇懃無礼な声で告げる。
夜空を切り裂き、配送ドローン『ストーク』が飛来した。
俺にとっては、補給線であり、絶望の運び屋でもある。
ドスンッ!
「いッ!?」
投下されたコンテナが、寸分の狂いもなく俺の脳天を直撃した。
(狙ってやってんのか、あのポンコツ空輸機!)
『誤差修正範囲内です。速やかに換装してください。敵の巡回が接近中』
俺は文句を飲み込み、コンテナを開けた。
そこに入っていたのは、武器と衣装。
だが、俺はその中身を見て、二秒ほど思考停止した。
「……は?」
そこにあったのは、布面積が極端に少ない、黒光りするラテックス製の『くノ一装束』だった。
背中もお尻も丸出し。重要部位だけを申し訳程度に隠すボンテージ・スタイル。
しかも、ご丁寧に「狐耳カチューシャ」までついている。
(おいガブリエル! ここは極東の古風な屋敷だぞ? なんでSMクラブの衣装なんだよ!)
『クライアントの要望です。テーマは「サイバー・カワイイ・ニンジャ」。拒否権はありません』
(畜生! 着りゃいいんだろ、着りゃ!)
俺はブカブカのパーカーを脱ぎ捨て、雨に濡れた肌にピチピチのラテックスを通した。
冷たい素材が肌に吸い付き、俺の『超感度』センサーがゾワゾワと反応してしまう。
「んっ……き、きつい……」
(声を出すな! 気持ち悪い!)
着替えを終え、俺は武器を手に取った。
そこにあったのは、ビニール袋から飛び出しているような、立派な太さの『長ネギ』だった。
(……で? 武器は?)
『それが武器です。高周波振動ブレード『カモネギ・マークII』。鉄骨もバターのように切断可能です』
(ふざけんな! 敵の前でネギ振り回せってか!?)
だが、俺の口から出た言葉は、
「わあ、新鮮お野菜ですねっ! これで悪者さんをお料理しちゃいますっ♡」
という、脳が腐りそうなアイドルボイスだった。
俺の脳内の殺意を勝手に「可愛さ」に変換する『ニューロ・オートコレクト』機能。
こいつのせいで、俺の威厳は常にマイナスを突破している。
___
屋敷の庭園に降り立った俺は、ネギを背中のホルダー(ただの輪ゴム)に差した。
今回の任務は、屋敷の奥にあるサーバーへのハッキングと破壊。
(よし、まずは身を隠す。この衣装、見た目はアレだが、最新鋭なら光学迷彩くらいついてるはずだ)
俺は衣装の首元にあるスイッチを押した。
ガブリエルが補足する。
『ステルスモード、起動』
その瞬間だった。
ブォン!!
俺の全身――ラテックスの縁取りや、狐耳、太もものガーターベルト部分が、
「!?」
(な、なんだこれ!? めちゃくちゃ光ってんじゃねえか!)
赤、青、緑、紫。
ゲーミングPCのキーボードのように、俺の体は闇夜で激しく点滅している。
『仕様です。EU製ゲーミング・デバイスの流用パーツのため、
(ステルスの意味知ってんのか設計者はァ!!)
当然、そんな派手なイルミネーションが動いていれば、警備員が気づかないはずがない。
「曲者だ! 庭に……なんだあれは? 光る痴女か?」
「ネギを持ってるぞ!」
一瞬でサーチライトが俺を照らす。
隠密任務、開始五秒で失敗。
(クソッ、こうなったら強行突破だ! ガブリエル、援護射撃を……)
ズドン!!
上空で爆音が響く。
見上げれば、俺の補給物資を運んでくるはずのドローン『ストーク』が、屋敷の対空砲火を浴びて火を噴きながら墜落していくところだった。
『ドローン、撃墜されました。以降の補給および回収は不可能です』
(……詰んだ)
俺は七色に発光しながら、右手にネギを握りしめた。
「もうっ、見つかっちゃいましたね! 派手にいきまーす☆」
(死に晒せぇぇぇぇ!!)
口と心の乖離にめまいを覚えながら、俺は敵陣へ突っ込んだ。
___
「
現れたのは、装甲車のような巨体を持つ『スモウ・ドロイド』の群れだった。
まわし一丁の無骨なロボットたちが、四股を踏んで地響きを立てる。
(デカい! だが、動きは鈍いはずだ!)
俺はRGBの光の残像を引きながら加速した。
眼前のドロイドが巨大な掌底――張り手を繰り出してくる。
「シッ!」
俺は身を低くし、スライディングで股下を潜り抜ける。
同時に『振動長ネギ』を一閃。
キュィィン! という高周波音と共に、ドロイドの片足が切断され、巨体が崩れ落ちる。
(いける! このネギ、見た目に反して切れ味だけは本物だ!)
だが、敵は一体ではなかった。
左右から挟み撃つように、二体のスモウ・ドロイドが迫る。
「
「ぐっ!?」
回避しようとした俺の背中に、ドロイドの太い腕が絡みついた。
ベアハグ。いや、これは『鯖折り』だ。
ギリギリギリ……!
「あぐっ……!」
強烈な締め付けに、義体の骨格がきしむ音がする。
だが、それ以上にマズいのが、俺の肌に食い込むラテックス衣装と、敵の無骨な金属装甲の摩擦だ。
索敵のために極限まで感度を高めた俺の皮膚は、撫でられるだけで電流が走るほどの『超感度』になっている。
「あ……んっ、くぅ……!」
(やめろ! 変な所を圧迫するんじゃねえ!)
『警告。装甲破損。衣装の耐久値が限界です』
ビリッ!!
鈍い音と共に、胸元のラテックスが裂けた。
剥き出しになった柔肌に、冷たい夜風とドロイドの熱排気が当たる。
「ひゃぅっ!?」
俺の口から、情けない嬌声が漏れた。
戦場を駆けた男の魂が、少女の悲鳴に塗り潰されていく。
「
ドロイドは俺を拘束したまま、その巨大な顔を近づけてきた。
ただの締め付け攻撃ではない。
こいつら、俺の
「離せ……離せよ……!」
抵抗しようとする俺の脳内で、『苦痛反転《アゴニー・コンバーター》』が作動し始めた。
背骨が折れそうな激痛が、脳に届く直前で、とろけるような「甘い痺れ」に変換される。
(だめだ……意識が……溶け……)
力が抜ける。ネギを取り落としそうになる。
俺は今、七色に光る破けたボンテージ姿で、相撲ロボットに抱きすくめられ、快楽に震えている。
配信を見ている富裕層のクライアントたちは、さぞかし大喜びだろう。
____
「ガハハ! どうした、威勢がいいのは最初だけか?」
屋敷の奥から、親方らしき人間――いや、全身サイボーグの男が現れた。
奴は抵抗できずに震える俺を見て、下卑た笑いを浮かべた。
「我々を狙っている間者がいると聞いていたが……所詮は夜の相手をするためのオモチャか。感度だけは一丁前のようだな」
オモチャ。
その言葉が、朦朧としていた俺の意識を殴りつけた。
(オモチャ……だ……?)
俺は兵士だ。
泥水をすすり、友の屍を越え、地獄を生き抜いてきた兵士だ。
こんな、ネギとふざけた衣装を押し付けられ、見世物にされても……俺の魂まで売り渡した覚えはねえ!!
(ふざ……けるな……!)
怒りが沸騰する。
『苦痛反転』による快楽の波を、俺は強靭な精神力でねじ伏せた。
快感を燃料にくべるように、怒りの炎を燃え上がらせる。
「……さい……」
俺は顔を上げた。
ニューロ・オートコレクトが、俺の殺意を全力で「萌え」に変換して出力する。
頬は紅潮し、瞳には涙が浮かび、声は震えている。
だが、その眼光だけは、獲物を狙う獣のものだ。
「……めっ、だもん……! こんなの……ぜったいに、ゆるさないんだからぁぁっ!!」
(ブッ殺してやるあぁぁぁぁぁ!!)
「なっ、拘束を解いただと!?」
俺は鯖折りの体勢から、関節をあえて外し、無理やりドロイドの腕をすり抜けた。
激痛が走るが、今の俺にはそれすらも
___
「食らえっ! 必殺・ネギ・スラッシュ☆」
(死ねえええええ!!)
俺は地面に落ちる寸前のネギを蹴り上げ、空中でキャッチした。
ゲーミング発光機能を最大出力に固定。
俺の体はもはや、直視できないほどの光の塊《フラッシュバン》となっていた。
「目が! 目がああ!」
親方とドロイドたちが視界を遮られる。
その隙を見逃す俺ではない。
キュィィィィィン!!
ネギの振動音が最高潮に達する。
俺は七色の軌跡を描きながら、踊るように、舞うように、敵陣の中を駆け抜けた。
一閃。
ドロイドの首が飛ぶ。
二閃。
親方のサイボーグ義手が宙を舞う。
三閃。
ついでに屋敷の金庫の扉も、中のサーバーごと十文字に切り刻んだ。
「……フィニッシュですっ♡」
俺は残心と共に、ボロボロになったネギを振り抜いた。
背後で、スモウ・ドロイドたちが一斉に爆発四散する。
「
爆風が、俺の破けたラテックス衣装をさらに煽った。
ほとんど全裸に近い姿で、俺は勝利のダブルピースを強制的に取らされた。
___
戦闘終了後、俺は屋敷の跡地で立ち尽くしていた。
ドローンは撃墜されたため、帰りの足も着替えもない。
雨は降り続き、破けた衣装の隙間から容赦なく体温を奪っていく。
『ミッション完了。お疲れ様でした、BP-704』
ガブリエルの声が響く。
『本日の報酬計算です。基本給から、以下の項目が天引きされます。
・レンタル衣装の全損破損費
・支給武器(ネギ)の摩耗代
・屋敷の美術品損壊による賠償金
・撃墜されたドローンの補填費(一部負担)』
目の前にホログラムで表示された収支表。
一番下の「振込額」の欄には、スラムの子供の小遣い程度の金額しか残っていなかった。
「……うそ……でしょ……」
(ふざけんなよ! 命がけで戦って、これだけかよ! 修理費すら出ねえじゃねえか!)
俺は膝から崩れ落ちた。
唯一手元に残ったのは、非常食用の高カロリー・ジェル(イチゴ味)ひとつだけ。
俺の脳は、仕事終わりのビールと焼き鳥を渇望しているのに、この美少女ボディは甘ったるい化学合成物質しか受け付けない。
俺はパーカーの残骸をマントのように羽織り、雨に打たれながらジェルをちゅーちゅーと啜った。
「……おいちい……」
口からは可愛い感想が出るが、目からは一筋の涙がこぼれた。
遠くでサイレンの音が聞こえる。
俺は七色にバグって明滅し続ける衣装を引きずりながら、トボトボと闇の中へ歩き出した。
明日は、まともな服が届きますように。
……いや、届くわけねえか。
属性アンケート
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