TS強制可変人格式美少女サイボーグ   作:佐竹福太郎

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極道ナース

目覚めはいつだって最悪だ。

 

泥のような眠りから意識を引き揚げると、まず最初に襲ってくるのは背骨を走る幻影痛(ファントム・ペイン)だ。

 

かつて戦場で負った古傷の痛みが、もはや存在しない肉体の記憶として脳髄を焦がす。

 

(あー……腰が痛ぇ。昨日の重機搬入のバイト、絶対過積載だったろあのアーム……)

 

俺――いや、今の俺は「ナナ」と呼ばれる――は、呻き声を上げようとして、喉から鈴を転がしたような可愛らしい音を漏らした。

 

「ん……ふぁ……。体がちょっと、痛いかも……?」

 

狭い。

 

俺が寝起きしているのは、アパートですらない。倉庫街の片隅に設置された『スリープ・ロッカー』だ。

 

遺体安置所の冷蔵庫と大差ないスペースで、俺の「永遠の14歳ボディ」は充電ケーブルに繋がれて保管されている。

 

(おいガブリエル。朝イチで身体の節々が軋むんだが、整備不良じゃねえのか?)

 

脳内で毒づくと、即座に無機質かつ慇懃無礼なAI音声が響いた。

 

『おはようございます、識別コードBP-704。機体ステータスはオールグリーン。あなたの感覚野に残存する「おっさん人格」の錯覚に過ぎません。それより、至急のオーダーです』

 

視界の端に赤い警告灯が点滅する。

 

『ミッションランクB。ノイサイタマ第4区画、違法改造クリニックへの強制介入、および滞納賃料の回収。ターゲットは武装したサイボーグヤクザ集団です』

 

(……朝飯も食ってねえのにカチコミかよ。ブラック企業が。あぁ、そうだブラック企業だったわ)

「ええっ、大変! すぐに行かなきゃ!」

 

脳内の罵倒とは裏腹に、俺の身体はバネのように跳ね起き、健気なアイドルポーズをとっていた。

 

俺はため息をつきながら(外見上は可愛らしく頬を膨らませながら)、薄汚れた『強制省電力パーカー』を羽織る。

 

これを着ている限り、俺の出力は5%に制限されるが、下に着る服なんて持っていない。パンツすらない。

 

俺は「所有物(アセット)」だ。人権もなければ、服を選ぶ自由もないのだから。

 

ノイサイタマの今日の朝は、重金属を含んだ霧に沈んでいる。

 

指定されたポイントは、ネオン看板がバチバチとショート音を立てる裏路地だった。腐った合成油と廃棄物の臭いが鼻をつく。

 

(現着したぞ。ブツはどこだ)

『上空です。衝撃に備えてください』

(は?)

 

見上げると、厚い雲を突き破って配送ドローン『ストーク』が急降下してくるのが見えた。減速する気配がない。

 

(おい待て、座標が――)

 

 ドスンッ!!

 

鈍い衝撃音が路地裏に響いた。

投下されたコンテナが、俺の頭頂部にクリーンヒットしたのだ。

 

「あたっ!?」

(ふざけんなクソAI! 脳殻が揺れただろうが! 殺す気か!)

 

『精密配送完了。誤差ゼロです。さあ、着替えてください。レンタル時間はすでに開始されています』

 

 

___

 

 

 

コンテナが油圧音を立てて展開する。

 

中から現れたのは、蛍光ピンクの布切れと、凶悪な輝きを放つ刃物だった。

 

(……おい。なんだこれ)

 

俺はコンテナの中身を凝視する。

 

ピンク色のナース服。それも生地面積が極端に少ない。

セットで入っているのは、真っ白なサラシ。

そして、白鞘のドスと、俺の身長ほどもある巨大な注射器。

 

(ナースにドス? なんで? 医療ミスを揉み消す用か?)

『今回の衣装テーマは『極道ナース』です。医療ドラマと任侠映画のタグがバグで結合しましたが、再出力する予算がないのでそのまま採用されました』

(適当な仕事してんじゃねえぞセラフィム社ァ!)

 

抵抗する間もなく、俺の身体は強制換装モードに移行する。

 

パーカーが脱げ、全裸になった肌の上をナノスキンが走る。

情報物質が再構成され、俺の金髪はキリッとしたお団子ヘアに、瞳の色は深紅に変わる。

 

胸元をサラシで締め上げられ、その上からペラペラのナース服を装着。

仕上げとばかりに、背中の皮膚上にホログラムで「昇り龍の刺繍」が投影された。

 

(寒っ! スリット深すぎだろ! ケツ見えてんぞこれ!)

「うふふ、患者さんのために頑張らなきゃ♡」

(そして口が勝手に! くそっ、思考と発話の乖離がでかすぎる!)

 

俺は巨大な注射器型ランス『ケジメ・インジェクター』を背負い、腰にドスを差した。

 

見た目は「極道の妻」と「ピンクのナース」の悪魔合体。

 

鏡がなくて本当によかった。見たら多分、恥ずかしさで脳が焼き切れる。

 

目の前にあるのは、シャッターが半分降りた怪しいクリニックだ。中からは怒号と、何かが切断される音が聞こえる。

 

(よし、行くぞ。さっさと終わらせて帰って寝る)

『戦闘モード起動。配信システム『バトル・ライブ・フィード』、オン。視聴者数、順調に伸びています』

(見世物じゃねえんだよ!というか配信してたのかよ!)

『訊かれなかったので』

 

俺はドスを引き抜き、シャッターを蹴り上げた。

 

 

___

 

 

 

ガシャアン!

 

蹴破られたシャッターの向こうには、全身を機械化したチンピラたちが数人、違法手術の最中だった。オイルと血の混じった臭いが充満している。

 

全員が一斉にこちらを見た。

 

「あぁン? なんだその格好は。デリヘルか?」

 

頭部にサブマシンガンを埋め込んだ男が、ニヤニヤしながら銃口を向けてくる。

 

俺の古兵(ベテラン)としての本能が、瞬時に敵の戦力を分析する。敵数5。武装は中程度。だが、こちとらドス一本と注射器だ。舐められたら死ぬ。

 

まずは先制威嚇だ。俺は腹の底からドスを利かせた怒声を放つ。

 

(オラァッ! 全員動くなボケ共ォ! 命が惜しけりゃその銃を床に置いてきりもみ土下座しやがれ!)

 

――脳内では完璧な威圧だった。

しかし、美少女義体の喉を通して出力された音声は、これだ。

 

「あらあら~、悪い患者さんがいっぱいですね~♡。安静にしてないと、婦長さんに怒られちゃいますよぉ?」

 

小首をかしげ、人差し指を唇に当てる。

場が凍りついた。

 

「……は?」

 

チンピラたちが顔を見合わせる。

 

「なんだコイツ、頭イカれてんのか?」

「ていうか、なんでドス持ってんだ?」

 

(あーもう! 威厳もクソもねえ!)

『警告。敵対行動を確認。予測変換システム、レベルMAXで対応します』

 

ガブリエルの事務的な声と共に、チンピラの一人が発砲した。

銃弾が俺の眉間を狙う。

 

俺の意識が反応するより早く、身体が勝手に動いた。

 

ナース服の裾をひらりと翻し、まるでダンスを踊るようなステップで銃弾を回避する。

 

(避け方はもっとこう、最小限の動きでだな!)

「きゃっ、危ないですぅ~!」

 

悲鳴を上げながら、俺の身体は流れるように懐へ飛び込んでいた。

 

補正機能が起動する。視界に敵の身体がワイヤーフレームで表示され、古傷や装甲の継ぎ目が赤く光る。

 

そこは「急所」ではない。「患部」と表示されていた。

 

(ここだッ! 死ねやぁ!)

「悪いところは切除しちゃいますね~!」

 

ザシュッ!

 

ドスが正確無比に敵の関節駆動系を切断した。

 

火花を散らして崩れ落ちる男。俺はその背中を踏み台にして跳躍し、次の敵へ向かう。

 

「な、なんだこの女! 速えぞ!」

「殺せ! 撃ち殺せ!」

 

一斉射撃が始まる。

 

だが、俺の身体(スノーホワイト)は、その弾幕の中を蝶のように舞い続けた。

敵の攻撃が頬をかすめる。

 

(ぐっ、痛え!)

「ひゃうッ!?」

 

苦痛反転機能(アゴニー・コンバーター)が作動し、野太い呻き声になるはずのものが、甘くとろけるような嬌声に変換される。

 

被弾するたびに「あんッ」「だめぇ」と艶かしい声を上げながら、ドスで次々と敵の腕を斬り飛ばしていくナース。

 

客観的に見て、完全にホラー映像だ。

 

「ヒッ……こいつ、撃たれて喜んでやがる……!」

「イカれてやがる、本物のサイコ野郎だ!」

 

敵の顔色が恐怖に染まるのがわかった。

違う、誤解だ。俺はただ痛いだけだ。そして帰りたいだけだ。

 

(クソッ、らちがあかねぇ! 大物を使うぞ!)

 

俺は背中の『ケジメ・インジェクター』を引き抜いた。

 

全長1.5メートル。タンクの中には、致死量ギリギリの筋弛緩剤と強力な下剤がミックスされた、ドス黒い紫色の液体が満たされている。

 

(テメェら全員、地獄へ送ってやる!)

「お注射の時間ですよ~! チクッとしますからね~!」

 

トリガーを引く。

 

圧縮空気の炸裂音と共に、極太のニードルが射出される。

 

その反動は凄まじかった。体重の軽いこの義体では、まともに撃つと後ろへ吹っ飛んでしまう。

 

(うおおお!? 反動制御が追いつかねぇ!)

 

俺の身体はボールのように後方へ弾き飛ばされた。

だが、オートコレクト機能はそれすらも「演出」に変える。

 

空中で三回転半ひねりを加え、華麗に着地。スカートがふわりと広がり、絶対領域が煌めく。

 

「はい、お大事に~」

 

ブシャアッ!!

 

放たれた巨大注射器は、残っていた敵に滝のように殺到した。

ありとあらゆる穴から薬液が入り込み、チンピラたちに浸透する。

 

「あ、あが、あああ……」

「うぅ……おうぇぇ」

 

男たちは白目を剥き、口から泡を吹いて痙攣し始めた。筋弛緩剤による脱力と、下剤による腹部の激痛が同時に襲っているのだ。

 

(へっ、一丁あがりだ)

「退院おめでとうございまーす!」

 

俺はにっこりと満面の笑みで手を振った。

チンピラたちは死んだような目でヒクついていた。

 

 

___

 

 

 

戦闘終了。

クリニック内には、静寂と異臭(主に下剤の効果による)が漂っていた。

 

俺は肩で息をしながら、乱れたナース服を直す。

 

(……終わったか。ふぅ、酷い現場だった)

「手術成功です♡みんな、元気になってよかったですねぇ」

 

カメラドローンに向かってピースサイン。これも強制だ。

その時、頭上のドローンから無機質なアナウンスが流れた。

 

『ミッションコンプリート。識別コードBP-704、お疲れ様でした。これより衣装の回収プロセスに入ります』

(ん? 待て、ここまだ敵のアジトの中だぞ? 生き残りも見てるぞ?)

『次のお届け先が決まっています。配送スケジュールは絶対です』

(おい、ふざけんな! せめて外に出てから――)

『強制パージ、実行』

 

バシュッ。

 

小さな音と共に、ナース服とサラシのロックが一斉に解除された。

重力に従い、ピンクの布切れが床に落ちる。

ドスと注射器も、アームによって回収されていく。

 

残されたのは。

 

薄汚いクリニックの真ん中で、一糸まとわぬ姿で立ち尽くす金髪の少女ひとり。

 

「…………」

 

床で打ち上げられたイワシのように痙攣していた男たちの目に生気が宿る。

監視カメラの赤い光も、ジジジと俺を捉え続けている。

 

(……見んな)

「……えっと……」

 

俺の顔が、急速に熱くなるのを感じた。

戦場での死は怖くない。だが、これは。

これは、おっさんの尊厳に関わる問題だ。

 

(見んじゃねええええええ!! 殺すぞオラァァァ!!)

「きゃああああ! もう、エッチ! 見ないでぇぇぇ!」

 

俺は咄嗟に近くにあった手術用の布(血まみれ)をひっ掴むと、半泣きで出口へと駆け出した。

 

背後からドローンが『パーカーを忘れ物ですよ』と追いかけてくるが、それを拾う余裕すらない。

 

路地裏を全裸(布一枚)で疾走しながら、俺は心の中で絶叫した。

 

(二度とやるかこんな仕事ォォォォ!!)

 

――後日。

スリープ・ロッカーに届いた請求書には、こう記されていた。

 

 * 基本報酬: 500ユーロ

 * 衣装クリーニング特別料金(返り血・重度): -200ユーロ

 * 薬液使用料(全弾発射): -300ユーロ

 * 公然わいせつ罰金代行: -150ユーロ

 * 差引支給額: -150ユーロ(借金増額)

 

『なんで働いて借金増えてんだよッ!?』

 

俺の叫びは、ノイサイタマの冷たい霧の中に虚しく消えていった。

ガブリエルの冷ややかな声が脳内に響く。

 

『次回は『バニーガール・コマンドー』のオーダーが入る予定です。お楽しみに』

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  • チャイナドレス
  • レースクイーン
  • ロリータ
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