TS強制可変人格式美少女サイボーグ   作:佐竹福太郎

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小学一年生

ノイサイタマの下層街区(ダスト)には、独特の腐った臭いがある。

 

酸性雨と排気ガス、それに屋台から漂う怪しげな合成油の臭いだ。

 

俺は今、高架下の吹きっさらしの屋台で、正体不明の「焼き鳥」なるものを齧っていた。見た目は肉だが、噛みごたえは完全に古タイヤだ。

 

(……クソ不味い。なんだこれは。ゴムか?俺の脳味噌は塩気の効いた本物の鶏皮と、冷えたビールを欲しているんだぞ)

 

だが、俺の舌――正確にはセラフィム社が調整した『白雪(スノーホワイト)』の義体――は、この脂っこい刺激物を拒絶していた。

 

味覚センサーが「少女の嗜好」に固定されているせいで、酒や乾き物は泥のように苦く、甘ったるい菓子しか美味しく感じないようになっている。

 

中身は歴戦の傭兵(おっさん)だというのに、身体はイチゴ味の栄養ジェルを求めて涎を垂らす。

 

この脳と身体の乖離(ディスコミュニケーション)が、俺のわずかな正気を削り取っていく。

 

その時、脳髄に直接、不快な電子音が鳴り響いた。

 

『新規オーダー受信。ランクA。識別コードBP-704、至急現場へ向かってください』

 

視界の端に赤い警告灯が点滅する。AIアシスタントの『ガブリエル』だ。相変わらず、人を備品扱いしやがって。

 

(おいおい、今は食事中だぞ。労働基準法ってのはEUにはねえのか?)

 

『BP-704に拒否権はありません。即時出動しなければ、違約金として借金が増額されます』

 

(……チッ。わかったよ、行きゃいいんだろ、行きゃ!)

 

俺は齧りかけのゴムタイヤを皿に放り出し、ブカブカのパーカーのフードを深く被った。

 

俺の名はナナ。

 

かつては戦場で名を馳せた荒くれ者だったが、今は借金漬けの「着せ替え兵器」だ。

 

 

___

 

 

 

指定された現場は、旧時代の高速道路が崩落した立体交差の下だった。

 

コンクリートの残骸が散らばるこの場所は、凶悪な武装ギャング団『マッド・バイカーズ』の縄張りだ。

 

今日も今日とて、改造バイクの爆音と、ヤクでイカれた哄笑が響いている。

 

(さて、今日の「衣装」は何だ? 前回みたいなスク水エプロンだけは勘弁してくれよ……)

 

空を引き裂く風切り音と共に、輸送ドローン『ストーク(コウノトリ)』が飛来する。

 

俺の頭上に、巨大なコンテナが投下された。

 

『本日のコーディネートをお届けします。テーマは「春の交通安全運動」です』

 

ガブリエルの慇懃無礼なアナウンスと共に、コンテナが開く。

 

中から現れたのは――

 

(は……? 黄色い帽子に、白いハイソックス……それに、このデカい赤箱はなんだ?)

 

それは、どう見ても旧時代の日本の小学一年生の通学セットだった。

 

しかも、ランドセルのサイズがおかしい。

 

(今の)俺の華奢な義体の背中を完全に覆い尽くすほどの、重厚な真紅の革製品。

 

『装着プロセス、開始』

「ちょ、待て! こんなもん背負って戦えるかボケェッ!」

 

俺の怒号は無視され、ナノスキンが瞬時に展開される。

 

着ていたパーカーが強制排除され、白いブラウスに紺色のスカート、そして白ハイソックスが俺の脚を包む。

 

最後に、ズシリと重いランドセルが背中に固定された。

 

「ぐっ、お、重っ……!」

 

総重量110kg。

 

中身は教科書なんかじゃない。ミサイルポッドと増幅バッテリーが詰まった、歩く弾薬庫だ。

 

重心を持っていかれそうになりながら、俺は必死に足を踏ん張る。

 

(ふざけんな!こんな重装備で機動戦闘ができると思ってんのか!殺すぞセラフィム!)

 

脳内ではそう叫んだはずだった。

 

だが、『予測変換(ニューロ・オートコレクト )』が俺の殺意を検閲し、喉から出た音声は――

 

「うわぁ、ピカピカのランドセルだぁ!これなら教科書がいっぱい入るね!いってきまーす!」

 

鈴を転がすような愛らしい声が、廃墟に響き渡った。

 

死にたい。今すぐ舌を噛んで死にたい。

 

 

___

 

 

 

「あァ?なんだあのガキは」

 

ギャングたちが気づいた。モヒカンにトゲ付き肩パッドという、あまりにステレオタイプな悪党どもだ。

 

俺の姿を見て、奴らは腹を抱えて笑い出した。

 

「おい見ろよ! 遠足の迷子か? ここは学校じゃねえぞオジョーチャン!」

「ヒャハハ! いいモン背負ってんじゃねえか。その赤い鞄、置いてけよ!」

 

下品な笑い声を上げながら、奴らが錆びついたアサルトライフルを構える。

 

ナメやがって。この距離なら、あいつらの眉間に風穴を開けることなんざ造作もない。

 

(上等だ。教育してやるよ。この世の厳しさってやつをな!)

 

俺は右手に送られてきた武器を構えた。

 

……縦笛(リコーダー)だった。

 

どう見てもプラスチック製のリコーダーだ。

 

だが、内部には高出力ビーム発振器が組み込まれている『リコーダー・ライフル』だ。

 

(クソが! やってやるよ!)

 

俺は笛の裏穴 (トリガー)に指をかけ、敵に向かって走り出そうとした。

 

その瞬間。

 

『警告。交通安全プロトコル発動。前方、赤信号です』

 

ガブリエルの警告音と共に、俺の両足がコンクリートに縫い付けられたように動かなくなった。

 

(は? 何言ってやがる!)

 

目の前で、ギャングのマズルフラッシュが光った。

 

奴らが撃ってきたのは、安物の曳光弾(トレーサー)。その光の色は――赤。

 

『赤色の発光体を確認。停止してください』

(ふざけんな!弾だぞ!止まったら死ぬだろがッ!!)

 

だが、身体はピクリとも動かない。

 

アセットを交通事故から守るための安全機能が、あろうことか敵の攻撃を「信号機」と誤認していやがる!

 

「ヒャッハー! ビビって動けねえのか!? ハチの巣にしてやるぜぇ!」

 

無数の銃弾が俺に迫る。回避行動が取れない。

 

俺はとっさに、背中のランドセルを敵に向け、カメのようにうずくまるしかなかった。

 

ガガガガガッ!

 

着弾の衝撃が背中を叩く。

 

だが、さすがは軍用コンテナを革で包んだだけのことはある。

 

110kgの装甲は、小銃弾程度では傷ひとつ付かない。

 

(い、痛ぁ……くない!けど重い!重いんだよクソッ!)

「ランドセルさん、守ってくれてありがとう!とっても丈夫だね!」

 

勝手に感謝するな俺の口。

 

 

___

 

 

 

防戦一方の俺に、ギャングの一人がプラズマガンを持ち出してきた。

 

「チッ、硬えガキだ。これで黒焦げにしてやる!」

 

銃口に青白い光が収束していく。

 

青い光。

 

……青?

 

(今だ!)

『青信号を確認。進行可能です』

 

ロックが解除された瞬間、俺は爆発的な加速で飛び出した。

「白雪」の義体が持つ脚力は、一瞬で距離を詰める。

 

「なっ、速ッ……!?」

 

驚愕するギャングの目の前、道路(射線)の真ん中で、俺は急停止した。

そして、直立不動の姿勢をとる。

 

『横断歩道ルール適用。左右確認を行ってください』

 

俺の意思とは無関係に、首が猛スピードで左右に振られる。

右、左、右。よし!

 

(隙だらけなんだよ、ボケが!)

 

俺は右手を高々と天に突き上げた。

 

小学生が横断歩道を渡る時の、あの模範的な挙手だ。

 

「みぎよし、ひだりよし! わたります!」

 

その可愛らしい号令がトリガーだった。

 

俺が挙げた右手に連動し、背中のランドセルの側面パネルがパカりと展開。

 

内蔵されたマイクロミサイルポッドが火を噴いた。

 

 

シュババババッ!

 

 

十数発の小型ミサイルが、デタラメな軌道を描いてギャングたちに殺到する。

 

爆炎。悲鳴。吹き飛ぶバイク。

 

「ぎゃあああ!なんだこりゃあ!」

「ミ、ミサイルだ!このガキ、軍用機かよ!?」

 

逃げ惑う敵に対し、俺はリコーダーを口にくわえた。

 

この武器は、正確な運指と息の吹き込み量で出力を制御する。

 

高威力のビームを撃つためには、特定のメロディを奏でる必要がある。

 

(なんで殺し合いの最中に演奏会しなきゃなんねえんだ!)

 

俺の指は高速で動き、リコーダーから間の抜けた音が響く。

 

ピー、ピ、ピー、ピ、ピ、ピ、ロッ♪

 

「さ~い~た~♪」

 

歌詞に合わせた完璧なビブラートと共に、リコーダーの先端から極太のレーザーが発射された。

 

ズドォォォン!!

 

ギャングのリーダー格が隠れていた廃車が、一撃で蒸発する。

 

「さ~い~た~♪」

 

ズドォォン!!

 

次はドラム缶のバリケードが粉砕される。

 

「チューリップの、はなが~♪」

 

ピーロピロピロ♪ という牧歌的な電子音と、凄惨な破壊音が交互に響く地獄絵図。

 

俺の視界には、敵が血飛沫になって消える光景が広がっているが、ARフィルター『メルヘン・レイヤー』のせいで、奴らはキラキラした星になって空へ昇っていくように見えている。

 

(クソッ、血が見えねえから弾着確認がしづらい! もっとリアルに死ね!)

 

 

___

 

 

 

ミサイルとビームの嵐が過ぎ去った後、まだ息のある奴が一人いた。

 

マッド・バイカーズのボスだ。全身煤だらけになりながら、血走った目で俺を睨んでいる。

 

「ふ、ふざけやがって……!お前みたいな化け物が、この世にいてたまるかぁッ!」

 

ボスは隠し持っていたコンバットナイフを抜き、最後の力を振り絞って突っ込んできた。

 

距離は5メートル。リコーダーのチャージは間に合わない。ミサイルは弾切れだ。

 

(チッ、白兵戦かよ!)

 

俺はリコーダーを捨て、腰のナイフを抜こうと――

しなかった。手が動かない。

 

『不審者接近。防犯モード、スタンバイ』

 

ガブリエルの冷徹な声。

 

俺の小さな手は、ナイフではなく、ランドセルの肩紐に付いている「黄色いタグ」を握りしめていた。

 

防犯ブザーだ。

 

(おい、まさか。やめろ。俺はナイフでアイツの喉を掻き切りたいんだ。こんな玩具に頼りたくねえ!)

 

だが、ボスの刃が俺の鼻先に迫った瞬間、俺の身体は恐怖に震えるかのように縮こまり、その紐を勢いよく引き抜いた。

 

「た、たすけてぇ~!しらないおじさんがぁー!!」

 

俺の口から放たれたのは、可憐な助けを求める叫び声。

 

だが、ブザーから放たれたのは、そんな生易しいものではなかった。

 

 

キィィィィィィィィィン!!!!!!

 

 

指向性の超高周波音波。

 

ガラスを粉砕し、人の三半規管を破壊し、脳漿をシェイクする、音の暴力。

 

「ガアアアアアアッ!?耳が、耳がぁぁぁ!!」

 

ボスはナイフを取り落とし、両手で耳を押さえてのたうち回る。目と鼻から血が吹き出し、白目を剥いて泡を吹き始めた。

 

周囲の瓦礫が共振で震え、高架橋のコンクリートにヒビが入る。

 

(おっさん)の殺意が、ブザーの増幅回路を通じて、物理的な破壊力へと変換されていた。

 

数秒後。ボスはピクリとも動かなくなった。

 

 

___

 

 

 

戦闘終了。

 

静寂が戻った廃墟に、俺の荒い息遣いだけが響く。

 

『ミッション・コンプリート。敵勢力の無力化を確認しました』

 

空からストークが降りてくる。回収の時間だ。

 

(はぁ、はぁ……終わったか。さっさとこのふざけた格好を解除しろ)

 

俺はドローンの前に立つ。

 

アームが伸びてきて、まずはあの忌々しい110kgのランドセルが回収された。背中が軽くなる。

 

続いて、ナノスキンの解除コードが送信されるはずだ。

 

『衣装および装備を回収します……エラー。ネットワーク障害により、一部の装備ロックが解除できません』

 

(は?)

 

ブラウスとスカートが粒子となって消え、いつものブカブカパーカーが生成される……はずだった。

 

だが、パーカーは生成されなかった。

 

それどころか、ブラウスとスカートだけが消滅し――

 

残ったのは、頭の「黄色い通学帽」と、足元の「白いハイソックス」。

 

そして、生まれたままの姿(全裸)の俺。

 

(……おい。ちょっと待て。嘘だろ?)

 

『通信エラー発生。再接続まで待機してください。なお、現在の気温は摂氏4度です。風邪をひかないようご注意を』

 

ドローンは無慈悲に上昇していく。

 

「ま、待て!おいガブリエル!服!服を返せ!これじゃただの変態じゃねえか!!」

 

全裸に帽子と靴下。

 

これは、どの角度から見ても、事案だ。

 

その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。ノイサイタマ市警のパトロール・ドローンだ。

 

珍しく騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。

 

「あ、あうぅ……。おまわりさん、ちがうの……わたし、あやしくないの……!」

 

必死の弁明も、全裸に帽子というビジュアルの前では説得力ゼロだった。

 

俺は涙目で、股間を隠しながら路地裏へと走り出した。

 

(畜生! 覚えてろセラフィム! 次こそは本社ごと爆破してやるからなあああ!!)

 

心の中の咆哮は、誰にも届かない。

 

ただ、霧の立ち込めるノイサイタマの夜に、白く輝く少女の尻と、黄色い帽子が揺れて消えていった。

属性アンケート

  • チャイナドレス
  • レースクイーン
  • ロリータ
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