TS強制可変人格式美少女サイボーグ   作:佐竹福太郎

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清純派アイドル

ノイサイタマの下層(ダスト)、その空気は常に湿っていて、錆と廃油と、どこかの屋台が焦がした合成肉の臭いが混ざり合っている。

 

俺――いや、今の俺はナナ(BP-704)だ――は、路地裏のドラム缶に腰掛け、プラスチックのトレーに乗った「合成イカ焼き」を睨みつけていた。

 

(クソッ……腹は減ってるのに、喉が通りやがらねえ)

 

俺の脳みそは、かつて戦場を這いずり回っていた四十路の傭兵だ。身体が欲しているのは、安酒と、塩辛い乾き物と、脂ぎった肉。

 

だが、このセラフィム社製の完全義体『白雪(スノーホワイト)』の舌ときたら、あいも変わらず「オッサン臭い」栄養素を断固として拒絶しやがる。

 

試しにイカ焼きを一切れ口に放り込む。

 

途端、舌の上で「生臭さ」と「塩気」が過剰に増幅され、脳髄に警告信号が走った。

 

「うぇぇ……まっずいぃ……」

 

反射的に吐き出してしまった。少女の可憐な唇から、咀嚼された物体が地面に落ちる。

 

これだ。この身体は、果実由来の糖分や、見た目の良いスイーツしか「美味しい」と感じないように味覚センサーが固定されている。

 

だが、そんな高級品を買う金が、万年借金まみれの俺にあるわけがない。精々、感触が気持ち悪い合成ジェルが関の山だ。

 

俺はブカブカの『強制省電力パーカー』のフードを深く被り直し、空腹を紛らわすためにため息をついた。このパーカーもずっと曲者だ。

 

着ている間は出力が5%に制限される拘束具。脱げば強くなるが、脱いだら下着も着けていない素っ裸という、究極の二択を強いられている。

 

その時、脳内にあの忌々しい電子音が響いた。

 

『――緊急。緊急。アセットBP-704、応答してください』

 

AIアシスタント、ガブリエルの事務的な声だ。俺は眉間の皺を寄せようとしたが、ナノスキンが勝手に表情筋を緩和させ、アンニュイな美少女の表情を作ってしまう。

 

(今は飯――いや、餌の時間だぞ。なんだってんだ)

 

俺は脳内で毒づく。だが、ガブリエルは俺の思考などお構いなしに続ける。

 

『緊急オーダーです。ランクB。場所は第4ブロック、旧野外音楽堂。敵勢力は音響ギャング『デシベル・ジャンキーズ』。周辺住民より「騒音で眠れない」「ベース音が不整脈を誘発する」との苦情が殺到しています』

 

(知ったことか。警察に行けよ)

 

『警察権限は下層には及びません。それに、これは命令であり相談ではありません。拒否すれば、借金総額にペナルティとして15%が上乗せされます』

 

「……ッ!」

 

借金。その単語が出た瞬間、俺の反抗心は萎びた風船のようにしぼんだ。

 

今の借金総額は……考えたくもない。これ以上増えたら、本当に脳殻を取り出されて、下水処理施設の制御チップに転用されかねない。

 

『現地まで3分。遅刻した場合は、分給から天引きとなります』

「あーもう! 行きゃあいいんだろ、行きゃあ!」

 

俺は立ち上がり、パーカーの裾を翻して駆け出した。華奢な脚が泥水を蹴る。

 

ああ、畜生。今日も地獄のギグ・ワークが始まる。

 

 

___

 

 

 

現場である旧野外音楽堂は、すでに地獄絵図だった。

 

朽ちたコンクリートの観客席を、重低音が物理的な暴力となって叩いている。

 

ステージを占拠しているのは、全身に改造スピーカーやウーファーを埋め込んだサイバーパンクな集団、『デシベル・ジャンキーズ』だ。

 

「ヒャハハハ! 内臓揺らしてハイになろうぜぇええ!!」

 

リーダー格と思しき男が、背負った巨大スピーカーから爆音を撒き散らしている。

 

俺は会場の隅、瓦礫の影に滑り込んだ。

まだパーカー姿だ。戦うための装備は何一つない。

 

(おいガブリエル、現着したぞ。武器と衣装はどこだ!)

 

『上空を確認してください』

 

俺が見上げると同時に、夜霧を切り裂いてドローン『ストーク(コウノトリ)』が飛来した。

 

プロペラ音が響く。

それはあろうことか、敵のど真ん中、ステージの中央上空でホバリングを開始した。

 

(あ?)

『投下します』

 

ドローンから投下されたのは、(いつもの)ピンク色の可愛らしいコンテナだった。

 

それがステージの中央に「ドン!」と着地する。敵の音が止まった。ギャングたちが「なんだァ?」と怪訝な顔でコンテナを見つめる。

 

(おい、馬鹿かお前! あんな敵の目の前で受け取れるわけねえだろ!)

 

『アセットの座標指定ミスです。速やかに装備を回収し、換装してください。なお、今回のクライアントは「臨場感」を求めています。ステージ上での換装が配信の視聴率を最大化します』

 

(ふざけんな! 俺に見世物になれって言うのか!)

 

『今回はライブ配信です。現在、同接数上昇中。投げ銭ボーナスのチャンスですよ? 借金を返したくないのですか?』

 

「くっ……殺すぞ、このポンコツAIが……!」

 

俺は奥歯を噛み締め、パーカーを脱ぎ捨ててステージへと飛び出した。

 

一糸まとわぬ白磁の肌が、夜気に晒される。だが、羞恥心を感じている暇はない。俺は全速力でコンテナへ走り、緊急用の認証コードを叩き込んだ。

 

「早く開け、クソ箱!」

 

プシュゥウウ、と蒸気を吐いてコンテナが開く。

 

中に入っていたのは――純白のフリルとレースが幾重にも重なった、どう見ても戦場には不釣り合いな『清純派アイドルドレス』だった。

 

(はあ!? なんだこのヒラヒラは! 俺にこれを着ろってか!?相手は音響兵器だぞ!普通は対ショックスーツだろ?!)

 

『素材は「フォノン・シルク」。音圧を防御力に変換する最新素材です。今回の敵には最適解と判断しました』

 

敵のギャングたちが、裸の少女が飛び出してきて、あろうことかアイドル衣装を手に取ったのを見て、下卑た笑い声を上げ始めた。

 

「おい見ろよ! サービスタイムだぜ!」

「いい身体してんじゃねえか、嬢ちゃん!」

 

無数の視線が俺の肌を舐め回す。羞恥心で顔から火が出そうだ。

 

俺は涙目になりながら、そのふざけたドレスに袖を通した。

 

ファスナーを上げ、リボンを結び、頭に馬鹿でかいヘッドドレスを装着する。

 

その間、敵は攻撃してこない。呆気に取られているのと、ニヤニヤ眺めているのと半々だ。それが余計に腹が立つ。

 

『換装完了。表面定義(SDS)、アイドルモードへ移行』

 

ナノスキンが走り、俺の銀髪がふわりとボリュームを増し、瞳がキラキラしたピンク色に発光する。

 

最後にコンテナの底から転がり出てきたのは、ピンクのリボンでぐるぐる巻きにされたマイクスタンドだった。

 

「……で、どうしろってんだよ」

 

俺がマイクスタンドを握りしめた瞬間、ステージの照明が一斉に俺を照らし出した。

 

 

___

 

 

 

「おいおい、どこの地下アイドルか知らねえが、俺たちのステージを邪魔する気かァ?」

 

ギャングのリーダーが、スピーカーの出力を上げながら凄んでくる。

 

重低音が空気を震わせ、俺のドレスのスカートがバタバタと揺れる。だが、不思議と衝撃は来ない。『フォノン・シルク』が音を吸収し、淡い光のバリアに変換しているのだ。

 

(よし、防御はなんとかなる。あとは……こいつでブン殴ればいいのか?)

 

俺はマイクスタンドを構えた。

 

見た目はファンシーだが、ずっしりと重い。軍用合金の芯が入っている手応えだ。

 

俺は大きく息を吸い込み、腹の底からドス黒い殺意を込めて怒鳴りつけた。

 

(消え失せろ、この社会のゴミカス共がァアアアッ!!)

 

俺の脳から発せられたその罵倒は、喉を通る瞬間に『ニューロ・オートコレクト』によって検閲・置換された。

 

「みんなぁ~! こんばんはっ! 迷惑かけちゃダメだよっ、メッ☆」

 

スピーカーから響き渡ったのは、脳が溶けるような甘ったるいアニメ声だった。

 

同時に、マイクの先端からピンク色の衝撃波が発射される。

 

 

ドォォォォォン!!

 

 

「ぐわぁっ!?」

 

最前列にいたモヒカンの男たちが、見えない巨人の拳で殴られたように吹き飛んだ。

 

(な、なんだこれ!?前の防犯ブザーか?!)

 

『武器名『ラブリー・マイクスタンド』。使用者の感情エネルギーを指向性音響衝撃に変換します。なお、外部出力音声はすべて「アイドルソング」風に補正されます』

 

なるほど、俺がキレればキレるほど、攻撃力が上がるってわけか。

 

なら話は早い。俺は心の中に渦巻く、この理不尽な世界への怨嗟を全て叩きつける!

 

(死ね! クソ会社! クソ借金! クソ客! 全員地獄に落ちろオオオオ!)

 

「届け! この想い! ラブ・ラブ・ビームっ!!☆」

「ハートを狙い撃ちしちゃうぞっ! バキュン☆」

 

ズドン!!

ドガァァン!!

 

俺がマイクを振り回し、ステップを踏むたびに、可憐な歌声と共に衝撃波が乱れ飛ぶ。

 

ギャングたちが次々と宙を舞い、機材の山に激突する。

 

視界の端に表示される配信コメント欄が、ものすごい勢いで流れていく。

 

『ナナちゃん今日も天使!』

『かわいすぎワロタ』

『そのマイクさばき、ガチ勢だろw』

『50ユーロチャリーン!』

 

(見世物じゃねえぞコラ! 50ユーロで俺の尊厳が買えると思ってんのか!)

 

心の中では中指を立てているが、身体は勝手にウインクをして投げキッスを飛ばしている。

 

地獄だ。ここは地獄だ。

 

 

___

 

 

 

 

俺が調子に乗って敵を蹴散らしていた時だった。

 

リーダーの男が、血を吐きながらミキサー卓にしがみつき、ニヤリと笑った。

 

「へっ……調子に乗るなよ、アマちゃんが……! この周波数ならどうだッ!!」

 

彼がフェーダーを一気にスライドさせる。

 

ズゥウウウゥン……という重低音ではなく、今度は耳をつんざくような「キィイイイイイイイ!!」という超高周波ノイズが会場を包んだ。

 

瞬間、俺のドレスが悲鳴を上げた。

 

バチッ、バチバチッ!!

 

(な、なんだ!?)

『警告。敵の攻撃周波数が『フォノン・シルク』の結合限界を超えています。素材の分解が始まります』

(はあぁ!?)

 

次の瞬間、俺のフリルスカートの裾が、キラキラした光の粒子になってサラサラと崩れ去った。

 

ふわり、と太ももが露わになる。

 

続いて袖が弾け飛び、肩が露出する。

 

(ちょ、待て、待て待て待て!! 消えるな! 俺の服ッ!!)

「え、あ、あれれ?!あれ?!」

 

俺は慌てて残った布地を押さえようとするが、高周波を浴びるたびに、防御力となっていたドレスが物理的に「蒸発」していく。

 

あっという間に、胸元と腰回りを辛うじて隠すだけの、ビキニアーマー以下の面積になってしまった。

 

「ひゃっ……!?」

 

しかも、防御力が消えたことで、高周波の振動が直接肌に当たる。

 

この機体は索敵のために皮膚感覚が過敏化されている。そこに音波振動が直撃するというのは、全身を微弱電流で愛撫されているに等しい。

 

「く、うぅ……! やめ、音が、中に入って……っ!」

 

俺はその場に膝をつき、マイクスタンドに縋り付いた。

 

脳内のおっさん人格は「ふざけんな、寒いし気持ち悪いし最悪だ!」と叫んでいるのに、口から漏れるのは艶めかしい吐息だ。

 

「あぁんっ……ダメぇ、そんな高い音……響いちゃうぅ……♡」

『同接数、爆発的に増加。過去最高値を記録しました』

(黙れガブリエル! 殺すぞ!!)

 

リーダーの男が、勝ったと言わんばかりに笑いながら近づいてくる。

 

「ハハハ! いい声で鳴くじゃねえか。そのツラ、もっと近くで拝ませてもらうぜ。小娘風情が粋がった罰だ、たっぷりと可愛がってやるよ」

 

男の手が、俺の震える顎に伸びる。

 

屈辱。

というかキモい。

 

かつて最強の傭兵と呼ばれた俺が、こんなチンピラに、こんな格好で、辱められる。

 

恐怖よりも先に、沸騰するような怒りと嫌悪感が脳髄を焼き尽くした。

 

 

___

 

 

 

俺の手が、マイクスタンドを握りしめる。ミシミシと金属が軋む音がした。

 

(俺は……俺はなあ!!)

「おじさんの手、臭いんだよ……(震え声)」

 

オートコレクトがまだ可愛こぶろうとしている。だが、俺の怒りのボルテージは、ついにシステムの処理能力を突破しようとしていた。

 

「てめえみたいな三下が……俺を見下ろしてんじゃねえええええ!!」

 

ブツンッ。

 

脳内で何かのリミッターが切れる音がした。

 

ガブリエルの『エラー:感情値オーバーフロー。ジャンル補正を維持できません』という警告音が遠くに聞こえる。

 

俺はガバッと顔を上げた。

涙で濡れた瞳が、赤黒く発光する。

 

可愛らしいアイドルモードから、強引にカテゴリを変更する。

ジャンルは――デスメタルだ。

 

俺はマイクを口元に叩きつけ、義体の出力を使ってありったけの肺活量で叫んだ。

 

「GRRRRAAAAAAAHHHHH!!!!!!」

 

それはもう、歌声ではなかった。

 

圧縮された空気の塊、純粋な破壊の波動。

 

可愛い「キャー」という悲鳴ではなく、地獄の底から響くようなデスボイスの咆哮が、指向性を持ってリーダーの男に叩きつけられた。

 

「ごふぁっ!?」

 

男は悲鳴を上げる間もなく、巨大なスピーカーごと後方へ吹き飛んだ。

 

背後の壁に激突し、コンクリートに亀裂が入る。

周囲の窓ガラスが一斉に粉砕した。

 

DIE! DIE! DIE! SCUM!!(死ね! 死ね! 死ね! カス共!!)

 

俺は半裸のままマイクスタンドを振り回し、獣のように吠え猛った。

 

残党たちが逃げようとするが、俺のシャウトが衝撃波となって彼らの鼓膜と三半規管を破壊する。

 

もはやオートコレクトも「激しいシャウト」と解釈して、音響兵器としての出力を最大化させているようだ。

 

「ひ、ひぃぃぃ! バケモノかよ!」

「アイドルじゃなかったのかよぉぉぉ!」

 

最後の男が泡を吹いて倒れた時、ステージには静寂が戻った。

 

俺の荒い息遣いと、破壊された機材から上がる火花、そして完全に崩壊してボロ雑巾のようになったドレスの残骸だけが残された。

 

 

___

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

戦闘終了。俺はマイクスタンドを杖にして、ふらふらと立ち尽くしていた。

 

寒い。とにかく寒い。

 

『フォノン・シルク』は完全に機能を停止し、今はただの、ところどころ焦げた布切れが肌に張り付いているだけだ。ほぼ全裸と言っていい。

 

そこに、どこからともなく『ストーク』が戻ってきて、俺の周りを旋回し始めた。

 

(……やっと迎えに来たか。おい、替えの服はあるんだろうな)

 

『お疲れ様でした、BP-704。素晴らしいパフォーマンスでした。特に最後のシャウトは、一部のコアな層から絶大な支持を得ています』

 

ガブリエルの声は相変わらず平坦だ。

 

『しかし、残念ながら予備の衣装はありません。そのまま帰投してください。なお、ドローンへの搭乗は許可されていませんので、徒歩でお願いします』

 

(はあ!? この格好でスラムを歩いて帰れってか!?)

 

『それが嫌なら、追加の有料オプションで「緊急搬送」を申請することも可能ですが……現在の残高では推奨しません』

 

嫌な予感がした。

俺の視界に、今回の報酬明細がポップアップ表示される。

 

【本次報酬明細】

* 基本ミッション報酬:2,000 €

* 視聴数ボーナス:+500 €

* 投げ銭総額:+300 €

計:2,800 €

(おっ、悪くねえじゃねえか!)

 

【控除項目】

* 衣装破損弁償(フォノン・シルク全損):-1,800 €

* 機材使用料(マイクスタンド摩耗):-200 €

* 現場復旧費(会場破壊・迷惑料):-500 €

* 配信システム利用手数料(30%):-840 €

* 借金返済充当(強制):-1,000 €

【手取り額】

-1,540 € (赤字・借金加算)

 

「…………は?」

 

俺は明細を凝視した。

 

赤字。命がけで戦って、恥を晒して、喉を潰すほど叫んで、結果がこれだ。というか今までの仕事の中で断トツに結果が酷い。

マイナス1540ユーロ???

 

借金が減るどころか、増えている。

 

「ふざっ……ふざけるなよオオオオオ!!」

 

検閲を貫通した俺の絶叫が夜空に虚しく響く。

 

だが、マイクの電源はもう切れているので、ただのか細い少女の悲鳴にしか聞こえなかった。

 

『文句があるなら、次はもっと綺麗に勝ってくださいね。それでは、おやすみなさい』

 

ドローンは無慈悲にも飛び去っていく。

 

俺はボロボロの布切れをかき集めて身を隠しながら、凍えるようなノイサイタマの風の中、トボトボと歩き出した。

 

(畜生……覚えてろよ……いつか絶対、本当に、あの本社ビルを爆破してやる……)

 

涙で滲む視界の先、ネオンサインが嘲笑うように点滅していた。

俺の明日は、どっちだ。

 

(あ、パーカー回収しなきゃ)

 

属性アンケート

  • チャイナドレス
  • レースクイーン
  • ロリータ
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