TS強制可変人格式美少女サイボーグ   作:佐竹福太郎

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スク水エプロン

俺の口の中には、鉄錆と腐った水の味が広がっていた。

 

ノイサイタマの下層、通称「ダスト」。

 

陽の光が届かないこのスラム街の路地裏で、俺はうずくまりながら、露店で買った『工業用冷却氷』をかじっている。

 

……ガリッ、ボリッ

 

硬い。とにかく硬い。

 

本来は配管を冷やすための、ろ過漏れの不純物が混じった氷塊だ。

 

かつてクローン兵だった頃、夏の演習終わりに日本軍から特別に提供された青色の氷の記憶が脳裏をよぎる。

 

あれは美味かった。安っぽくて、甘くて、頭がキーンとして。

 

だが、今の俺の舌——セラフィム社製・美少女義体『白雪(スノーホワイト)』の高性能味覚センサーは、この氷を「有害物質を含む汚染水」と認識し、強烈な不快信号を脳に送り続けている。

 

それでも、義体の火照った回路を冷やすにはこれしかなかった。

金がないからだ。

 

『警告。義体内部温度の上昇を確認。推奨:直ちに摂取を中止し、正規の冷却剤を使用してください』

 

脳内に響く無機質な声。セラフィム社の管理AI、ガブリエルだ。

 

(うるせえ。誰のせいで金がないと思ってるんだ。前回の戦闘で「看板を壊した」とか言って、報酬の9割を持っていきやがって)

 

俺が脳内で毒づくと、ガブリエルは慇懃無礼なトーンで即答した。

 

『借金返済は資産(アセット)としての義務です。──新規オーダーを受信。ランクS。至急、指定座標へ移動してください』

 

(ランクS? またヤバいテロリストの相手か?)

 

俺は残りの氷をバリバリと噛み砕き、パーカーのフードを深く被った。

 

このブカブカのパーカーだけが、今の俺に残された最後の「男としての防壁」だ。

 

『いいえ。今回は戦闘ではありません。種別:【VIP警護・接待】。クライアントはEU産業振興局、クラウス・トイフェル局長です』

 

その名前を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。

 

クラウス。EUとその経済特区で、俺たちのような「TS強制人格可変式サイボーグ」を合法化し、人権を剥奪する法案を推し進めた張本人。

 

「美少女サイボーグ産業の父」と呼ばれる、諸悪の根源だ。

 

(……あいつか。俺をこんな身体にしやがった元凶が、何の用だ)

 

『座標転送。上層(ヘヴン)、第3人工リゾートビーチ。遅刻した場合、ペナルティとして今月の電気供給を停止します』

 

俺は吐き捨てたかった。

だが、口から出たのは鈴を転がすような可憐な溜め息だけだった。

 

「……はぁ。わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」

 

自動予測変換(ニューロ・オートコレクト )

 

俺の荒んだ思考を、勝手に「従順な美少女」の言動に書き換える呪いのシステムだ。

 

俺は自分の意思とは裏腹に、小鳥のように軽やかに立ち上がった。

 

 

___

 

 

 

上層(ヘヴン)は眩しかった。

 

ドーム天井に設置された人工太陽が、白砂のビーチと青いプールを照らし出している。

 

汚染された本物の海なんて見ることもない富裕層たちが、カクテル片手に優雅な時間を過ごしていた。

 

そんな楽園のど真ん中に、薄汚いパーカー姿の俺が立っている。場違い感が半端じゃない。

 

「おい、あれ見ろよ」

「スラムのドブネズミが迷い込んだのか?」

「いや、あれはセラフィム社の『備品』だろ」

 

冷ややかな視線が突き刺さる。その時、空から聞き覚えのある駆動音が近づいてきた。

 

配送ドローン『ストーク(コウノトリ)』だ。

俺の「衣装」を運んでくる、忌まわしい運び屋。

 

『アセットBP-704、現着確認。ミッション用装備を投下します』

 

ドローンのスピーカーが大音量でアナウンスし、俺の頭上にコンテナを投下した。

ドスン、と砂煙が上がる。

 

周囲の客が注目する中、コンテナが展開する。

中に入っていたのは、武器でも装甲服でもなかった。

 

――紺色の『スクール水着』。

――そして、純白の『フリフリのエプロン』。

 

(……は?)

 

俺は思考停止した。

 

スク水に、エプロン? 意味がわからない。

 

海に来てまでなぜエプロンが必要なんだ?

しかも、なぜこの組み合わせなんだ?

 

『クライアントからの要望です。テーマは【新妻とのハネムーン・イン・サマー】。直ちに着替えてください』

 

(ふざけんな! ここは公衆の面前だぞ!? こんな変態装備に着替えられるか!)

 

俺の拒絶も虚しく、身体は勝手に動き出した。強制換装プロトコルが起動する。

 

衆人環視の中、俺の手はパーカーを脱ぎ捨て、全裸を晒す――間もなく、ナノスキンが瞬時に展開して恥部を隠し、コンテナから射出されたスク水が肌に吸い付くように装着された。

 

締め付けられる胸と股間。

その上から、無駄にリボンがでかいエプロンを装着。

最後に、カチューシャが頭にセットされて完了だ。

 

「……完成したわよ」

 

俺は真っ赤な顔で、太ももをモジモジと擦り合わせた。

周りの海水浴客から「おお……」というどよめきと、下品な口笛が飛ぶ。

 

(殺す……。全員殺して、俺も死ぬ……!)

 

俺の殺意がピークに達した時、パラソルの下から一人の男が歩み寄ってきた。

 

銀髪を撫で付けた、穏やかな笑顔の紳士。EU産業振興局局長、クラウス・トイフェルだ。

 

「素晴らしい。実に素晴らしいよ、ナナ」

 

彼は俺の目の前で立ち止まり、品定めするように全身を舐め回した。

 

その視線は、美術館で彫刻を見るようでありながら、どこか粘着質な欲望を含んでいる。

 

「初めまして、君の『生みの親』の一人、クラウスだ。実物はデータ以上に……(そそ)るね」

 

俺は拳を握りしめた。

こいつだ。

こいつが俺たちを「モノ」として定義したんだ。

 

俺の脳内で怒号が響く。

 

(てめえか! よくも俺をこんな目に合わせやがったな! 金輪際てめえの顔なんか見たくねえ、失せろハゲ!)

 

俺は精一杯の殺意を込めて睨みつけた。

 

だが、今回のミッションのためにセラフィムが適用していたのは、最悪のパッチ『ツンデレ・罵倒モード 』だった。

 

「ふん! あんたが局長? もっと偉そうなハゲ親父かと思ったら、ただの変態じゃない! ……ジロジロ見ないでよ、気持ち悪い」

 

口から出たのは、挑発的で小生意気な美少女ボイス。

 

しかも、言葉とは裏腹に、俺の身体は上目遣いで彼を見つめ、あえてエプロンの紐をいじるような「隙」のあるポーズを取っている。

 

「……ッ!」

 

クラウスの表情が、一瞬でとろけた。

 

「いい。すごくいいぞ。『心からの拒絶』と『プログラムされた媚態』の不協和音(ハーモニー)……これこそが、私が求めていた芸術だ!」

 

こいつ、本物だ。本物の変態だ。

 

俺は戦慄した。

だが、地獄はここからが本番だった。

 

 

___

 

 

 

「さて、仕事に取り掛かってもらおうか。まずは私の背中にサンオイルを塗ってくれ」

 

クラウスは水着姿にデッキチェアにうつ伏せになった。

 

俺は震える手でオイルのボトルを手に取る。

 

(なんで俺が、こんなおっさんの背中を……)

 

俺の手は、ヌルヌルとしたオイルを彼の背中に塗り広げた。

 

加齢臭と高級コロンが混ざった臭いが鼻をつく。

 

しかし、俺の指先は『ホスピタリティ・モード』の補正により、プロのエステティシャンのような絶妙な指圧を行っていた。

 

「ああ……そこだ……君の指は機械とは思えないほど繊細だね」

 

クラウスが満足げに呻く。

屈辱だ。敵を粉砕するための指で、宿敵を癒やしている。

 

だが、本当の地獄はその後だった。

 

「よし、交代だ。次は私が君に塗ってあげよう」

「は……?」

 

クラウスが起き上がり、テラテラと光る手で俺に迫る。

 

(ふざけんな! お断りだ! 絶対に触らせねえ!)

「や、やめてよ! 変態! 近寄らないでってば!」

 

俺は叫んで後ずさりしようとする。だが、足が動かない。

 

『業務命令:抵抗の禁止』。システムが俺の身体をその場に縫い止める。

 

クラウスの大きな手が、俺の肩に触れた。

 

「ひゃうッ!?」

 

俺の口から、情けない悲鳴が漏れた。

 

超感度(ハイパーセンシティブ)』。

 

索敵のために過敏化された皮膚感覚が、ただ撫でられただけの刺激を、脳髄を痺れさせる電流のように変換してしまう。

 

「ほほう、敏感なんだねえ。ここはどうかな?」

 

クラウスの手が、スク水の肩紐の下に滑り込む。

 

(やめろ! そこは! あああああ!)

「あっ、んんっ……! ダメ、そこっ……汚い手で触らないでぇ……♡」

 

脳内は恐怖と嫌悪で一杯なのに、声は甘く蕩けていく。

 

身体が勝手に背中を反らし、もっと触れてほしいと言わんばかりに胸を突き出してしまう。

 

スク水とエプロンの隙間から、彼の手が背中へ、そして腰へと這い回る。

 

ヌルヌルとしたオイルの感触と、熱い掌の感触が、俺の男としての尊厳をガリガリと削り取っていく。

 

「いい肌だ。この吸い付くような人工皮膚……これの開発には予算を惜しまなかった甲斐がある」

「くっ、殺す……離せ……!」

「そう、その目だ。涙目で睨みながら、身体は正直に反応している。君は最高の『玩具』だよ」

 

クラウスの指が、太ももの内側をなぞった瞬間、俺の理性が限界を迎えた。

 

(もう我慢できねえ! 任務失敗でもいい、こいつをぶっ飛ばす!)

 

俺は思考入力でウェポン・システムを解錠した。

 

普段なら対戦車ライフルやチェーンソーを使うが、手元にそんなものはない。

 

『ウェポン換装:金属製デッキブラシ 』

 

俺が手に取ったのは、このふざけた衣装と共に配給されていた、先端に無数のシリコン突起がついた謎の機械だった。

 

(マジでこれ本当に何なんだよ。いつになったら俺にはまともな装備が渡されるんだろうか)

 

「おや、肩たたき機かな? 気が利くね」

 

クラウスが呑気に笑う。

俺はヤケクソでその機械を振り上げた。叩き潰してやる!

 

(死ねえええええ!)

 

ドガガガガガガ!

 

高速振動するブラシ部分がクラウスの背中に直撃する。

だが、骨を砕く音はしなかった。

 

『BP-704の敵対行動を予測:ホスピタリティ・モードを再適用します 』

「……は?」

 

「ウィイイイーン」という快調なモーター音と共に、超高速タッピングマッサージが始まったのだ。

 

「おおっ!? ああ、そこだ! そこが凝っていたんだ! ああ〜、効く〜!」

(なんでだよおおおおお!!)

 

俺は涙目になりながら、仇敵の背中を全力でマッサージし続けた。

 

クラウスは昇天寸前の顔でよだれを垂らし、俺は「変態! バカ!」と罵りながら、彼を極上のリラックス状態へと導いていく。

 

ビーチの観客たちは、そのシュールな光景をドン引きしながら見守っていた。

 

 

___

 

 

 

夕暮れ時。

 

身も心もボロボロになった俺は、ビーチの隅で膝を抱えていた。

 

クラウスは「最高の休日だった」と言い残し、迎えのリムジンで去っていった。

去り際に俺の尻を思い切り揉んで、「また指名するよ」とウインクを残して。

 

『ミッション・コンプリート。お疲れ様でした、BP-704』

 

ガブリエルの声と共に、視界の端に報酬額が表示される。

 

……多い。

 

いつもの戦闘任務の十倍。

 

しかも、普段なら「衣装レンタル代」「弾薬費」「空気清浄税」などと難癖をつけて引かれる控除が、一切ない。

 

全額支給。

 

それは、俺の莫大な借金を一回で半分近く返済できるほどの大金だった。

 

(……はは。なんだこれ)

 

俺はスラムへ戻る貨物エレベーターの中で、震える手を見つめた。

オイルでベタベタする手。

 

この金は、俺が命を懸けて戦って得たものじゃない。

俺が男としての誇りを捨て、変態親父に媚び、身体を弄ばせて手に入れた「対価」だ。

 

「……安いもんだな、俺の魂なんて」

 

ノイサイタマの下層に戻ってきた俺は、屋台で一番高い酒を買った。

 

といっても、合成アルコールに砂糖と着色料をぶち込んだだけの、甘ったるいシロップ水だ。

 

俺の味覚センサーは「甘くて美味しい」と反応している。

 

でも、脳みそが欲しているのは、もっと苦くて、喉が焼けるような安酒なんだ。

 

「うめぇ……うめぇよ、畜生……」

 

俺は甘い酒を煽りながら、俺の寝床である『スリープロッカー』の前で声を殺して泣いた。

 

手元には大金。

身体には高級オイルの残り香。

 

そして心には、一生消えない敗北感だけが残っていた。

 

パーカーの裾を握りしめ、俺は夜の闇に溶けていく。

次回の出動まで、あと何時間あるだろうか。

属性アンケート

  • チャイナドレス
  • レースクイーン
  • ロリータ
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