「……不味い。なんだこれは、またイチゴ味かよ」
ネオンの光が毒々しく反射する水たまり。
その脇にしゃがみ込み、俺――いや、今の俺は「ナナ」などというふざけた名前で呼ばれている――は、チューブに入ったピンク色の粘体を啜っていた。
舌の上で広がるのは、脳が溶けるような甘ったるい人工甘味料の味だ。
俺の脳みそは、塩気の効いたスルメと、安っぽい合成焼酎の焦げ付くような刺激を求めている。
だが、この身体は違う。
『セラフィム・スタッフィング』が作り上げた最高級の美少女義体『
酒や脂っこいものを口にすれば、即座に嘔吐するようにプログラミングされている。
俺は元々、硝煙と泥にまみれた戦場を這いずり回るクローン兵だった。
それが今や、借金のカタに性転換手術と全身サイボーグ化を施され、こんなスラムの路地裏で「可愛いエネルギー」を補給させられている。
「クソが……」
吐き捨てた言葉は、しかし喉元のボイスチェンジャーを通ることで、「もう、ぷんぷんですよぉ」という鈴を転がしたような声に変換された。
これだ。
この『
俺の殺意は「可愛げ」に、激怒は「ツンデレ」に、すべてリアルタイムで書き換えられる。
『ピロン♪ 新規オーダーを受信しました。識別コードBP-704、
脳内に直接、無機質な声が響いた。
管理AIのガブリエルだ。
(うるせえな、まだ飯の途中だろうが!)
『業務命令です。ランクB。ノイサイタマ第4セクター、廃棄倉庫街にて武装強盗団の反応あり。至急、鎮圧に向かってください』
拒否権はない。
俺は社員ですらなく、この会社の「
逆らえばペナルティで借金が増え、最悪の場合はスクラップ処分が待っている。
俺が立ち上がると同時に、頭上の曇天を引き裂いて、ドローンが飛来した。
配送ドローン『ストーク』。
俺の
だが、今日のコンテナは妙に小さい。
嫌な予感が背筋を走る。
(おい待て、今日の装備は何だ? 装甲板が一枚も入ってねえサイズだぞ!?)
『本日のテーマは「交通安全週間」です。現地の治安維持および、啓蒙活動を行ってください』
(はあ!? 強盗相手に交通安全だと!?)
ドローンから投下された箱が、足元で展開する。
中から現れたのは、布面積がハンカチ程度しかない、光沢のある黒い布切れだった。
――『極小マイクロミニ・ポリス服』。
加えて、オプション装備として『犬耳付きポリス帽』と『手錠型ガーターベルト』が転がり出る。
(ふざけんな! 股下が3センチしかねえぞ! 警察舐めてんのか!)
俺は心の中で絶叫しながら、身体はテキパキと動かざるを得ない。
着替えなければ任務開始にならず、レンタル料だけが加算されていくからだ。
ブカブカの『強制省電力パーカー』を脱ぎ捨てる。
パーカーは俺の出力を制限する拘束具であり、これを脱いだ瞬間、義体『白雪』のフルパワーが解放される。
同時に、ナノスキンが起動。
俺の肌の上を光の粒子が走り、認証データに合わせて髪型や瞳の色を書き換えていく。
無骨な黒髪は、シルクのようなプラチナブロンドのツインテールへ。
傷跡があった肌は、陶磁器のように白く滑らかなものへ。
冷たい夜風が、ほぼ剥き出しの太腿と腹を撫でる。
そのわずかな刺激だけで、『超感度』設定された皮膚がピクリと反応し、背筋に甘い痺れが走った。
「ひゃぅっ……(ちくしょう、風ごときで反応してんじゃねえ!)」
俺は赤面し、スカートの裾(そんなものがあればだが)を押さえるように内股になった。
ガーターベルトが食い込む感触に、屈辱で涙目になる。
準備完了だ。
俺は地獄のギグ・ワークへと足を踏み出した。
___
現場である廃棄倉庫の扉を蹴破る。
中には、改造銃や違法サイバーウェアで武装した男たちが十数人、たむろしていた。
合成麻薬の煙が充満し、鼻をつく。
「ああん? なんだぁ? 迷子の嬢ちゃんか?」
「へへ、風俗のデリバリーにしちゃあ上玉だな。どこの店だ?」
男たちが下卑た笑い声を上げ、ジロジロと俺の肢体を舐め回すように見る。
俺の中の「おっさん」が、血管が千切れるほどの怒りで咆哮した。
(全員動くな! 貴様らの腐った根性、俺が叩き直してやる! 抵抗するなら即座に射殺するぞ!)
俺は大きく息を吸い込み、ドスの効いた声で威嚇――したつもりだった。
しかし勿論、唇から紡ぎ出されたのは、甘ったるいアイドルボイスだ。
「そこの悪い子たち〜! 駐・車・禁・止♡ ここに停めると、メッ!ですよ?」
俺はビシッと敬礼ポーズを決め、ウインクまで飛ばしていた。
脳内と思考の乖離に、毎度のことながら目眩がする。
「はあ? 駐車禁止ぃ? ここは俺らのシマだぞ」
「ナメてんのかアマ!」
男の一人が、鉄パイプを振り上げて襲いかかってくる。
遅い。
EU軍の最新鋭義体を上回る性能を持つ『白雪』にとって、スラムのチンピラの動きなど止まって見える。
俺は腰のホルダーから武器を抜いた。
それは、どう見ても工事現場で振る『交通安全誘導灯』だった。
赤く点滅する、ただの棒だ。
(死ねぇぇっ!)
俺は殺意を込めて、そのオモチャを男の鉄パイプごと胴体へ薙ぎ払う。
スイッチが入ると同時に、「ピ・ピ・ピ!」という情けない電子音が鳴り響き――。
『と・ま・れ♡』
誘導灯から愛らしい音声アナウンスが流れた瞬間、棒の先端から超高出力のプラズマ刃が展開された。
ジュッ、という音と共に、鉄パイプが飴細工のように溶断される。
男の着ていた強化繊維ジャケットもバターのように切り裂かれ、衝撃で男は後方へ吹き飛んだ。
「は、はあ!?」
男たちが凍りつく。
俺は「ピ・ピ・ピ!」と点滅する誘導灯を構え、ニッコリと微笑んだ(引きつっているだけだが)。
(次はどいつだ。全員まとめてスクラップにしてやる)
「今の信号は……赤、でしたねっ☆ 守らない子は、逮捕しちゃうぞ?」
____
「や、野郎ッ! こいつ人間じゃねえ! 撃て! 蜂の巣にしろ!」
リーダー格の男が叫び、一斉にアサルトライフルの銃口が俺に向けられる。
その瞬間、俺の頭上を旋回していた支援ドローンが、けたたましい音を立てた。
『ウ〜ウ〜ウ〜ウ〜!!』
パトカーのサイレン音だ。
それも、鼓膜が破れそうなほどの大音量。
さらにドローンからホログラムが投影され、倉庫内が赤色灯の光で埋め尽くされる。
隠密行動など不可能。
俺の位置は、まるでステージ上の主役のようにライトアップされた。
(目立ちすぎなんだよクソバード! 弾除けくらいしろ!)
だが、この
ドローンが展開した簡易偏向シールドが、俺に迫る銃弾をことごとく弾き飛ばす。
火花が散る中、俺はステップを踏むように前進した。
オートコレクトが戦闘機動すらも「ダンス」に変換していく。
銃弾をくぐり抜け、懐に飛び込む。
強烈なローキックを叩き込む――はずが、俺の身体は軽やかにジャンプし、敵の肩に「ぴょんッ」と飛び乗っていた。
(首をへし折ってやる!)
「肩車〜っ♡」
俺は敵の頭を太腿で挟み込む。
『超感度』の太腿に男の体温が伝わり、背筋にゾクゾクするような電流が走る。「ひゃうっ!」と情けない声が漏れるが、それすらも敵には「ご褒美」に見えたらしい。
男が鼻の下を伸ばした隙に、俺は遠心力を使って身体をひねり、フランケンシュタイナーの要領で男を地面に叩きつけた。
ズドン!
コンクリートの床にヒビが入る。
「ぐはっ……!」
「はい、確保完了ですっ♪」
俺は流れるような動作で、手錠型ガーターベルトから手錠を外し、男の手首を拘束する。
残りの敵が恐怖に顔を引きつらせて後退る。
「な、なんだこいつ……! 棒一本で俺たちの部隊を……!」
「来るな! 来るな化け物!」
俺は『と・ま・れ♡ と・ま・れ♡』と連呼しながら誘導灯をバトンのようにくるくると回し、じりじりと距離を詰める。
ガブリエルが、法規プログラムをロードした。
憲法違反OSパッチ『ミランダ警告・リミックス』が起動する。
(貴様らには黙秘権がある。弁護士を呼ぶ権利もある。だが、俺が許すまでは息をする権利もねえと思え!)
俺の心の叫びは、極上のアイドルソングとなって倉庫に響き渡った。
「あなたには〜、だんまりする権利がありまちゅ! でも私のハートは盗めませんよ? 逮捕しちゃうぞ☆」
ウインク一閃。
俺は床を蹴った。
プラズマ誘導灯が赤い軌跡を描く。
トリッキーな動きで敵の腕を絡め取り、足を払い、次々と「駐・車・禁・止」の山を築き上げていく。
圧倒的な性能差。
そして、見た目のふざけ具合と凶悪な戦闘力のギャップ。
最後のボスが、ガタガタと震えながら失禁してへたり込んだ頃には、倉庫内は壊滅状態だった。
「ひ、ひぃぃ……警察なんて呼んでないぞ……」
(呼んでなくても来るのが警察だ、ボケが)
「お呼びじゃなくても、参上っ! ノイサイタマの平和は、私が守ります♡」
俺はボスの額に、ドローンから射出された「駐禁ステッカー型・爆発性タグ」をペタリと貼り付けた。
フィニッシュだ。
___
戦闘終了。
倉庫の外には、騒ぎを聞きつけた野次馬や、本物の警察(の到着を待つ下請け警備員たち)が集まってきていた。
俺はボロボロになった強盗団を背に、瓦礫の山の上でポーズを決める。
完璧な勝利だ。これなら査定も悪くないはずだ。
『ミッション・コンプリート。お疲れ様でした、BP-704』
ガブリエルの事務的な声が脳内に響く。
『次の現場への移動オーダーが入りました。現在の衣装は、このエリアの環境保全規定により持ち出しが禁止されています。直ちに返却してください』
(あ? 返却って、お前、今ここでか?)
嫌な予感がする。
いや、予感ではない。いつものことだ。
『回収プロセスを開始します』
俺の意思確認など待たずに、ポリス服のナノマシン結合が解除された。
シュゥゥゥ……という音と共に、極小のマイクロミニスカートが、光の粒子となって分解されていく。
犬耳帽子も、手錠も、ガーターベルトも。
(おい! 待て! 待てって! 私服! パーカー返せよ!!)
俺は慌てて身体を隠そうとするが、手元には誘導灯もない。
野次馬たちの視線が、俺の白雪のような肌に集中する。
カメラのフラッシュが焚かれる。
配信システム『バトル・ライブ・フィード』の視聴者数が爆上がりしているのが視界の端に見えた。
「きゃあああっ!?」
俺は乙女の悲鳴(オートコレクト済み)を上げ、全速力で路地裏の大型ゴミ箱へとダイブした。
ガシャン! という音と共に、生ゴミとスクラップの山に埋もれる。
『衣装回収完了。未返却パーツなし』
暗闇の中で、俺は膝を抱えて震えた。
元歴戦の兵士としてのプライドは、今や生ゴミ以下の扱いだ。
(……ガブリエル。今回の報酬は?)
『計算します。
基本報酬:500ユーロ
レンタル衣装代:-150ユーロ
ドローン支援特別料金:-100ユーロ
プラズマ誘導灯エネルギーチャージ料:-50ユーロ
公然わいせつ罰金(代行納付):-180ユーロ
合計:20ユーロです』
(20ユーロだぁ!? 命がけで戦って、駄菓子代かよ!!)
20ユーロ。
スラム換算で大金ではあるが、それでもやったことに対しては小遣いレベルだ。
俺の絶叫は、ゴミ箱の中で反響し、虚しく夜空へと吸い込まれていった。
「もう……お嫁にいけないぃ……」
オートコレクトが吐き出した捨て台詞だけが、ノイサイタマの闇に可愛らしく響いた。
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