TS強制可変人格式美少女サイボーグ   作:佐竹福太郎

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チアリーダー

ノイサイタマの空は、今日も腐ったドブ川のような色をしていた。

 

降りしきる酸性雨が、スラム街「ダスト」の錆びついたトタン屋根を叩く。

 

俺――いや、今の俺の登録名はナナだ――は、廃業したコインランドリーの軒下で、うずくまるようにして昼食を摂っていた。

 

手にあるのは、配給品の『高カロリー・ジェル』。

 

パッケージにはファンシーなイチゴのイラストが描かれているが、中身はピンク色のヘドロだ。

 

(……クソが。なんで仕事上がりの一杯が、こんな子供だましの砂糖水なんだよ)

 

俺の脳は、焦げ付くような安酒と、脂の乗った焼き鳥を渇望している。

 

だが、俺の今の身体――セラフィム社製の『白雪(スノーホワイト)』とかいうふざけた名前の美少女義体――は、甘いものとフルーツ以外を受け付けない。

 

前に一度、屋台の密造酒を飲もうとしたら、義体の拒絶反応で三日三晩、嘔吐し続けて死にかけた。

 

「はぁ……」

 

ため息をつくと、ピンク色の唇から、鈴を転がすような可愛らしい音が漏れた。

 

その時だ。

脳内の通信回線に、無機質なノイズが走った。

 

『業務連絡。識別コードBP-704、休憩時間は終了です』

 

AIアシスタント、ガブリエルの冷徹な声。

 

俺の頭蓋骨の中で直接響く、逃れられない上司の声だ。

 

「……まだ5分しか休んでねえぞ」

 

『稼働効率が低下しています。借金返済プランに遅れが生じますよ? 新規オーダー受信。ランクB。至急、座標ポイントへ急行してください』

 

視界の端に、赤いマーカーが点灯する。

 

場所はここから三ブロック先の再開発エリア。旧時代の地下鉄工事現場だ。

 

(へいへい、分かりましたよ。どうせまた、ドブさらいみたいな仕事だろ)

 

俺はパーカーのフードを深く被り直し、泥濘(ぬかるみ)の中へと駆け出した。

 

その背中は小さく、華奢で、どこからどう見ても家出少女にしか見えなかった。

 

 

___

 

 

 

現場は酷い有様だった。

 

重金属を含んだ泥が広がり、視界の悪い霧の中で、暴走した土木作業用サイボーグたちが暴れまわっている。

 

ショベルアームを振り回し、周囲のバラック小屋を破壊する鉄の塊ども。

 

(おいガブリエル! 敵は重機型だぞ! 対物ライフルかパイルバンカーを寄越せ!)

 

俺は廃ビルの影に滑り込みながら叫んだ。

 

スラムの汚泥が、大事なパーカーの裾を汚す。

 

このパーカーは唯一の私服であり、俺の精神安定剤(セーフティ・ブランケット)だ。

『了解。戦術支援ドローン“ストーク”、現時刻をもって投下します』

 

頭上の霧が晴れ、重低音と共に大型ドローンが飛来する。

 

次の瞬間。

 

ドゴォッ!!

 

「ぐえっ!?」

 

物理的な衝撃が脳天を直撃した。

 

ドローンが投下したコンテナが、俺の頭にピンポイントで着弾したのだ。

 

(てめぇ……! 座標計算くらいちゃんとやっとけ!)

『迅速な納品です。さあ、着替えてください。敵が見ていますよ』

 

コンテナが展開する。

 

中から現れたのは、重火器でもパワードスーツでもなかった。

 

そこにあったのは、純白。

 

目が痛くなるほどの、鮮烈な白。

 

「……は?」

 

俺は絶句した。

 

泥だらけの工事現場。油と錆の臭いが充満する戦場。

 

そこに届けられたのは、『高機動応援装甲(チアリーダー衣装)』。

 

面積のほとんどないノースリーブのトップスに、動くたびに中が見えそうなマイクロミニのプリーツスカート。

 

そして、両手に持つための巨大なポンポン。

 

(おい、嘘だろ……? ここは泥沼だぞ? こんな真っ白な服で戦えってのか!?)

 

『今回のクライアントの要望です。即座に換装作業を始めてください』

 

(ふざけんな! 俺は傭兵だぞ! アイドルじゃねえんだ!)

 

俺の怒号は無視され、義体の『表面定義(SDS)』システムが強制的に起動する。

 

ナノマシンが俺のパーカーを分解し、瞬時にチアリーダー衣装へと再構成していく。

 

ブカブカのフードが消え、冷たい雨が素肌を叩く。

髪型まで勝手にツインテールに結い上げられた。

 

『装着完了。兵装名称“ソニック・ポンポン”。さあ、お仕事の時間です』

(くっそおおおおお! 覚えてやがれセラフィム!!)

 

俺は泥水の中に、純白のチアリーダーとして降り立った。

 

その姿は、地獄に咲いた一輪の狂った花だった。

 

 

___

 

 

 

(オラァッ! 鉄くず共! 解体してやるから覚悟しやがれ!)

 

俺は目の前の暴走サイボーグに向かって突撃した。

 

脳内の殺意は明確だ。

 

右手のポンポンに内蔵された音響兵器の出力を最大にし、敵の顔面を粉砕するイメージを構築する。

 

だが、俺の口から出た言葉は違った。

 

「Go! Go! Let's Go! お兄さんたち、頑張ってぇーッ!♡」

 

俺の思考とは裏腹に、身体が勝手にステップを踏んだ。

 

泥水を跳ね上げながら、完璧なY字バランスを決める。

 

『ニューロ・オートコレクト、正常稼働中。敵性存在への敵対的言動を、好意的な応援(エール)に変換しました』

 

(余計なことすんじゃねえ! 殺す気なんだよ俺は!!)

 

俺はポンポンを敵のボディに叩きつける。

 

ズドン! という衝撃波と共に、サイボーグの装甲が凹む。

 

しかし、ポンポンからは「フレッ! フレッ!」という間の抜けた効果音が響き渡り、俺の口は止まらない。

 

「L・O・V・E! ラブリー! もっと熱くなって!♡」

 

敵の暴走サイボーグが、一瞬動きを止めた気がした。

 

あろうことか、奴のモノアイが赤く明滅し、回転数が上がったのだ。

 

『敵個体、士気高揚を確認。攻撃力が上昇しました』

(なんでだよッ!!)

 

マジでこの機能、余計なことしかしねぇ。

さっさと解除してくれ。

 

(なんで俺が敵を応援してバフかけてんだよ! 死ね! 死ねってば!)

「負けないで! もっと輝けるよ! キラキラのアタック見せてぇ!☆」

 

地獄だ。

 

俺は涙目でステップを踏み続けた。

 

この『高機動応援装甲』とかいうふざけた衣装は、止まると防御フィールドが消滅する欠陥仕様なのだ。

 

泥だらけの地面で、俺はラインダンスを踊りながら、寄ってくる敵を音波で殴り飛ばす。

 

(うおおおおお!)

「きゃははっ!」

 

殴るたびに敵が元気になる。

 

元気になった敵が襲ってくる。

 

それを応援しながら殴り返す。

 

終わりのないマッチポンプ。

 

その時、敵のリーダー格である重機型が、巨大な鉄骨を放り投げた。

 

(危ねっ……!)

 

俺はバック転で回避しようとした。

 

だが、足元の泥がそれを許さなかった。

 

ズルッ。

 

「あっ」

 

無様に足が滑り、俺は泥の海へと転倒した。

 

ビチャアッ! という音と共に、純白の衣装が汚泥にまみれる。

 

そして、不吉な音が響いた。

 

ビリィッ!!

 

「……あ?」

 

スカートが、裂けた。

 

 

___

 

 

 

『装甲損耗率、40%超過。補給ドローン、敵対空砲火により撃墜』

 

ガブリエルの無慈悲なアナウンス。

 

俺は泥の中に這いつくばったまま、凍り付いた。

 

スカートが裂け、太ももの素肌が外気に晒されている。そこへ、冷たく、ザラザラした泥水が容赦なく侵入してくる。

 

「ひゃぅッ!?」

 

自分の口から出たとは思えない、情けない悲鳴が漏れた。

 

索敵のために極限まで感度を上げられた肌は、泥の粒子一つ一つを過敏に感じ取る。

 

(寒い、冷たい、気持ち悪い……いや、なんだこれ?)

 

ゾクゾクするような悪寒が背筋を走り、力が抜けていく。

 

苦痛反転(アゴニー・コンバーター)』。

 

過度なストレスや苦痛を、脳がショック死しないように「快楽」へと変換するセーフティ機能。

 

それが、泥の不快感に対して誤作動を起こし始めていた。

 

(く、ぅ……やめ……変な感じに、なんじゃねえ……!)

「んぅ……あうぅ……ひうっ?!」

 

立ち上がろうとするが、膝が笑って力が入らない。

 

そこへ、暴走サイボーグたちが集まってくる。

 

言葉は通じないはずだが、奴らのカメラアイが、泥に濡れた俺の太ももを執拗にスキャンしているのが分かった。

 

「ガガ……イイ、コ……エ……」

 

機械音声が漏れる。

 

重機のアームが伸び、俺の手から武器であるポンポンをもぎ取った。

 

「あ……」

 

武器を失った俺は、ただの無力な美少女だ。

 

巨大な鉄の指が、俺の裂けた衣装の隙間に触れる。

 

「ひぁっ! そこ、だめ……っ!」

 

泥だらけの指たちが、トップスどころか下までもを触ろうと這い回ってくる。

 

(触んなクソ野郎! その指へし折って溶鉱炉に沈めてやる!)

「やぁ……くすぐったいよぉ……お兄さん、えっち……♡」

 

絶望した。

 

俺の意思とは無関係に、身体は艶かしく身をよじり、口は誘うようなセリフを吐く。

 

おっさんとしての尊厳が、音を立てて崩れ去っていく。

 

(俺は……俺は歴戦の兵士だ……こんな、こんなところで……!)

 

屈辱。

 

泥と油にまみれ、敵に見下され、自分の身体に裏切られる屈辱。

 

その感情が、沸点に達した。

 

マグマのような怒りが、腹の底から湧き上がる。

 

「……るな」

「ガ?」

 

「アセットだからって……見た目が可愛いからって……なめんじゃ……ねえええええええッ!!」

 

俺は吠えた。

 

喉が張り裂けんばかりの咆哮。

 

だが、その殺意の塊は、喉を通る瞬間にニューロ・オートコレクトによって変換され――そして、バグった。

 

あまりに強すぎる「拒絶」と「殺意」に対し、システムが選んだ最適解は、「究極の萌えボイス」だった。

 

「ナナのこと……いじめないでぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

その瞬間。

 

俺の感情エネルギーに呼応し、敵が奪い取っていた『ソニック・ポンポン』が共振(ハウリング)を起こした。

 

キィィィィィィィィィン!!

 

「ガ、ガガガ!?」

 

俺の「悲痛な叫び」が、致死性の超音波となって周囲に炸裂する。

 

それは応援歌(エール)ではない。

断末魔のシンフォニーだ。

 

(消えろぉぉぉぉぉッ!)

「ごめんなさぁぁぁい!」

 

ドォォォォォン!!

 

俺を中心に、衝撃波がドーム状に広がった。

 

暴走サイボーグたちの電子脳が、あまりに高周波な「萌えボイス」の直撃を受け、次々とショートしていく。

 

装甲が弾け飛び、オイルを撒き散らしながら、奴らは一斉に活動を停止した。

 

 

___

 

 

 

静寂が戻った。

 

雨音だけが、廃墟に響いている。

 

俺は泥の海に座り込んだまま、肩で息をしていた。

 

周囲には、スクラップと化した敵の残骸が転がっている。

 

(……勝った、のか?)

 

ボロボロだ。

 

純白だった衣装は見る影もなく茶色に染まり、スカートは破れ、ツインテールは片方が解けて幽霊のようになっている。

 

『ミッション・コンプリート。お疲れ様でした、BP-704』

 

ガブリエルの声。

 

俺は泥だらけの手で顔を覆った。

 

「……帰る。もう帰る。パーカー返せ」

『ええ、回収ドローンを回します。ですがその前に、今回の収支報告です』

 

視界に請求書がポップアップする。

 

【本日の収支】

基本報酬:800 €

レンタル衣装(破損・重度汚損): -300 €

オプション兵器破損弁償: -200 €

特別ペナルティ(利敵行為): -500 €

詳細:戦闘中に敵対勢力を応援し、士気を向上させたため

 

【合計】: -200 € (借金残高に加算)

 

「…………」

俺は天を仰いだ。

 

雨が目に入り、涙のように頬を伝った。

 

「応援したくて……したんじゃないよ……バカ野郎……」

 

スラムの闇に、俺の嗚咽だけが虚しく響いた。

 

明日の飯も、イチゴ味のジェルになりそうだ。

属性アンケート

  • チャイナドレス
  • レースクイーン
  • ロリータ
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