泥酔日記 作:肴さかな
【11/22 23:30】
酔うのが今日は随分早い。日付が変わらない。
今日は、一つだけ良いことがあった。それは、明日にもっと良いことがあったとしても良いことであり続ける、絶対的なものだ。あるいは、悪い結果に終わったとしても!
昨日書いた、同期と会えた。普段出勤は早くしているから、誰がいつ頃来るかは何となく分かる。それでも、ドンピシャで当てられたのは奇跡だろう。
彼女は元気そうだった。
「辞めると決めたら元気になった」
「ここでの仕事がこれ以上できるとは思えない」
まあ、結果は駄目だった。うん。どうせもう覆せやしない。それで、お酒を飲んでいる。
暗い話はやめよう。苦しんでいる人を見て、苦しくなる人間は存在する。例えば私みたいに。それはあまりにも哀れだね。
そう、今日は冬至だ。カボチャこそ食べなかったが、スーパーで柚子を買って、湯船に投げた。オーバースローで投げ入れてしまって、後悔した。
急な話だが、私は小さな贅沢が好きだ。一人暮らしの身でありながら、冬至にはゆず湯を入れ、餃子を焼くときは水溶き小麦粉で羽根をつける。こうした贅沢は、いつか私を支えてくれる。
さて、そんな贅沢人間たる私だが、同時にケチである。吝嗇家だ。そんな吝嗇家たる私が、たかだか私一人の湯船につけただけの柚子を捨てられるだろうか。答えは否だ。今、私の目の前には柚子がある。
私は柑橘が好きだ。唐揚げにはレモン、ブリは醤油とレモン、サンマにはスダチ、好きな柑橘は金柑だ。特に酸っぱいやつ。けれど、けれど、一度風呂に使った、浸かった柚子を食べるとは、どうにも倫理に反していないだろうか。道徳、或いは衛生観念に背いている気がする。
いや眠たいことを言うべきじゃない。どうせ捨てられぬ。食おう。どうせ倫理などと言える身でない。
切った柚子のの馥郁たる香り。馥郁たるなど言えるうちは酔っていないな。不幸には酔ってる?アッハッハ。
これを眼前のソーダ割にでも入れてみよう。宮崎で製造されてそうな焼酎だ。
おお、謎の味。……旨い、かもしれない。ちょっと真面目にレビューしよう。
元のソーダ割は、焼酎のガツンと来る飲み応えと、甘さと、後味のキリッと感が揃った美味しいソーダ割だった。これに柚子を入れた結果、飲む前の香りが柚子になり、飲み応えが無くなった、言い換えれば飲みやすくなった。若干芋っぽい後味はあるが、これは凄いかもしれない。
重大な欠点に気がついた。焼酎の良さを殺しきっている。これ焼酎の意味が無いな。いや、兎に角味変の一種として覚えておこう。
まあ。同期を一人失った人間の生活ではない。涙の一つも流してやれない。彼女は涙を流されることを望まないだろうか。なら、これで良い。
失う段になって初めて惜しくなる。いや、失う事が嫌なのだ。永久不変の中にいたい。彼女が元気になったことは嬉しい。ベンサムも喜んでいるさ。私の悲しさを悲しむ人間より、彼女の幸せを歓ぶ人間の方が多い。
では、悲しむ張本人になったら?幸福の総量を追求できるだろうか。嗚呼、でも、確かに。「幸福の総量が増える」は、悲しむ人間に言い訳を与えてくれる!
【酔っているとは言え見ていられない発言だったため、消しています。】
不幸に酔ってる。痛くて見てられないね。アハハ。書くのをやめます。