_____ゲヘナ食堂、午後8時。
この時間は学生はあらかた帰ってる頃合いだが、残っている生徒もいる。
「すまない、海鮮そば一つ」
「どちらにします?」
「暖かい方を。イロハは?」
「私はこっちのかき揚げそばを」
「はーい」
最近はシャーレの先生のおかげで色々な学園と交流する機会も増えたのか、忙しい生徒が増えた。変わってないのはそもそもが忙しい風紀委員会か、常に横暴かます美食研究会やら温泉開発部やら……ん?これではあまり変わってないではないか。
そういった状況なので、こういった立ち食い蕎麦屋を併設してサービスしているところも多い。事実役に立っているので、ゲヘナの実質的な生徒委員会である万魔殿も資金援助するほどだ。おかげで安くて早い、をもっと突き詰めれている。
「最近は珍しく忙しそうにしてますけど、何か?」
「イロハも知っていると思うがゲヘナもゲヘナで色々しなければならないからな。そう、例えばトリニティとの境界近くの開発はそれはもうかなり揉める。時間が経っても歴史になるまではいかないからな。アリウスの問題も解決したばかりだというのにな」
「あっちの方が羨ましいとは思う時がありますね」
「それはサボれるから?」
「当たり前ではないですか。煩雑な作業は部下に丸投げ、自分たちは優雅にお茶会。最近に至っては色々な代表も積極的な政治活動しているのですから負担が減ってきている、先生もいる、いいなあって思うくらいしますよ」
「まるで私が無能みたいな言い方だな」
「無能みたいなというか無能というか。せめてアドルフ・ヒトラーくらいのカリスマがあったらなあ」
「ゲッペルスになりたいのか?」
「あなたの後追いだけはしたくないですね」
「先生だったら?」
静かになるイロハ。
「大人になったらゲッペルスまっしぐらだな」
「まるで私が先生に心酔するような」
「イロハだけじゃない、大体の生徒がそうだ。先生に酔っているから、誰もが助けを求める。わが学園は才能あるとはいえ一部民主制を導入しているのに、私がそれに酔い続けるのは恥だ。トリニティが先生ありきじゃないと上手くいかないのはそこが原因だ」
「お待たせしました〜」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
二人はそばを受け取って、啜る。
ゲヘナは過激な少女たちの巣窟、暴れるだけ暴れるせいで塩分も足りない。故にゲヘナで作られる蕎麦は関東風の濃く塩分が聞いてるものになっている。
「美味しいですね」
「ああ」
ある程度舌鼓を打ってから、話を続ける。
「貴族の血ってそれだけ縛りが大きいものなのですかね?」
「そもそも血統というもの自体が科学の発展していない時代の保証書代わりにすぎない。時代が少しでも進めばあまり意味のないものになるのは自明の理。もっと言っていいなら、封建制度を持続させるための言い訳だ」
それを科学が発展した時代、おまけに自校と同じ規模かつ科学に対するスペシャリストないしその卵が多く存在するミレニアムという学園がある時代でありながら貴族制度を守っていることに彼女は唾棄しているようだ。
「あまり権力を集中させるということは、よろしくないんだ。色々なところがあって、その数だけある分野のコントロールの基幹がある。それが一番素晴らしいんだぞ。自分の住んでる家の配電盤が他人の手にあるのは嫌だろう?」
「それはそうですね」
天ぷらを齧る。
魚介の味は、砂や海に浸った年数の思い出とも言える。それをもっと美味しく、物語として仕立て上げるのが料理というものだろう。
それを彼女たちの舌に理解してもらおうとしているような味。
「アリウスの……えっと、誰だったか忘れたが、ロイヤルブラッドなんてあったな。あれも国家に力がある、みんなを幸せに出来ると吹聴して心の配電盤を奪って管理する行為だ。もっと言えば、そう言った行為を行うための言い訳に過ぎない」
「そう考えたら少しばかりお労しいところはあるかもしれませんね」
「そうだな」
マコトは己がまだ残っている丼を見て、つゆの面に映る自分の顔を見た。
彼女らはおそらくこのおいしさも知らんのだろう、と思うと少しばかり同意した感情も湧く。
「権力者、つまり管理人が下民に真実を隠してそれを崇めれば真実だと思い込む。ベアトリーチェは神秘の研究で実際にその少女を守るためのチームを結成したが、それも『紛争を終わらせた大人さえも認める』って箔がついたんだろう」
「ベアトリーチェも大人だった、ということでしょうか」
「その行動が道徳、いや、法律的にどうだったかは置いておいてもちゃんとした大人でさえ効くものを抜かりなく子供にやってた事については理解度と行動力に関して言えば間違いなく大人であった。あれは流石にお手上げだ、私にはできん」
「へー、議長でも?」
「ああ」
頷く。
「そもそもそういうのが効くような土地ではないがな。私はそこまで管理する理由も気力もない。どっかで飽きる、自分のやりたいことを全て体裁の維持に回すようなこと、ごめん被るからな」
「そこは私と同じなんですね」
「キキッ、それを理解できるのが他にイロハしか居ないからな」
「そのバーバパパのキャラクターみたいな笑い方さえなんとかなれば美人なんですけどね」
「んぐっ……!口を慎んでもらおうかっ」
イロハに自分のげそ天を掴んで食わせようとするマコト。
「え?」
「喰えっ」
「い、いや……」
「同性同士で何を考える必要がある」
「じゃ、じゃあ」
その誘いを受けた赤い少女は小さな口でそれを食べた。
「美味しい」
「そうだろう。このクオリティを出せるやつが多いから、金を出しているんだぞ」
イロハを黙らせる事に成功し、彼女が口つけたものをマコトは食べる。
「んー、これいいな。太いところが入っているからなかなか噛みごたえがある。よく噛むからこそカラッとしている衣をよく味わえるし、染み込んだつゆと手打ちそばの風味がより美味しくさせて啜らせる」
「確かに美味しいですね。すみません、私の分は全部食べたので」
「それでいい。もとより奢っているわけでもないからな」
従業員の生徒が笑顔なのもまた気分が良い。
互いにつゆまで飲み干して、ネギ一つ切れた蕎麦ひとつもないほどの完食。
「ご馳走様」
「ご馳走様でした」
二人で返却口に丼を返してから、挨拶して出た。
「ありがとうございましたー!」
「また来る」
食堂の外に出ると廊下は電気がついてるが外は暗い。
「これからどうするんですか?」
「私は作業があるからな。忍者と極道でも見ながら、仕事をしよう。一番面白いと先生に勧められたがまた見ていなくてな」
「では、私は自分の仕事が終わっているからこれで」
「ああ。おやすみ、イロハ」
「おやすみなさい」
二人は別れた。
この夜は長くなっている。
冬の夜は、どうしても星の傾きで自分たちの面はそっぽ向かせたいせいで凍える思いをしなければならないらしい。
「ふう、仕事が山積みとは考えただけでも気が滅入るな」
とは言っても、トップである以上はそういうものからは逃れられない定めなのは、マコト自身が一番理解していた。
「仲間とは得ようと思っては得難いものだが、得ずにも一人でと思った時にはたくさん候補がやってくる」
人生思い通りにいかないものだな、とアリウスに言及したからか面白い髪型になった時のことを思い出したようだ。
「せめてイブキが元気に過ごせるようにはしないとな」
本心か、ただ口に出ただけか。
ジャケットのポケットに手を入れて彼女は廊下を歩いて戻って行った。