「よく来てくれた」
「わざわざ呼びつけるなんて……何か?」
万魔殿所有のロビー。
必要もないのに拵えた玉座に座っているマコトに、やってきたのは風紀委員の火宮チナツ。
「ご足労感謝する、少し話をしたいと思ってな」
「ああ、あれのことですか」
「そうだ。他のメンバーは少しとっつきにくいか仕事しすぎて疲れているからな_____」
「常にヒナ委員長を労ってもらえれば嬉しいのですけど」
「そうだな。政治劇に付き合ってくれて感謝しておこう」
ゲヘナの奴らが暴れているのは大体彼女らと関係のない組織。嫌がらせだけは軽く謝り、本題に入る。
「お前に見てもらった、アリウスのメンバーは今どうしている?」
「先生がアリウスまで送り返しました。現在はアリウススクワッドの側で勉強中らしいです、一応政治犯としての厳しい処罰は要求しましたが却下されたので致し方なく」
「それでいい。先生は法的拘束力を持つ様になったからな、体裁上はちゃんと委員会……いや、政治家としての義務を果たしている。誰も咎めることはないだろう、私も責めるつもりはない」
「ありがとうございます」
「そもそも処理を押し付けたのはこっちの方だ、助かったぞ。火宮チナツ」
「どういたしまして」
ゲヘナらしいストレートな話で、礼をするマコト。
「一応聞いておくが、暴れたりして怪我したとかはないか?そう言ったものがあったら必要経費として請求してくれて構わない」
「おとなしかったので無駄金は払わずに済みましたよ」
「そうか。ならいい」
アリウスの方は当面大丈夫そうだ。
余韻に浸る間もなく、二人は次の会話をする。
「あ、そういえば議長」
「なんだ」
「トリニティとの国境線上で新たに非武装地帯と称したアリウスの援助施設を作ると聞いたのですが」
「ああ、そうだな」
「一体何が?」
トリニティとの国境で色々建物を作る計画を前々から進めていた彼女だったが、ついにアリウスからの刺客の対処を得てそれを口実に国境にアリウスの生徒を支援する施設を建設することで尚更互いに攻めづらくすると防壁を作るところまで持って来れた。
「あれはアリウスの援助を口実とした監視装置兼国境警護用の防壁だ。アリウスをあそこに集めることによって場合によっては挟み撃ちができるし、もしあっちが裏切ったとしても国際非難とその援助をこっちのものに出来るからな。そのために推し進めた」
「そうだったんですねえ。大丈夫なんですかそれ」
「これに関してはある程度の利益を言うことで納得してもらうしかない。彼女らにちゃんとした戸籍を与えること、これがどれだけ大きいことかをな。それに今はまだ未承認国家に等しい状態、アブハジアの様だ」
マンモス校のうち二校が、正式な学園として認めるべきだという声明を出すことは大きな変化をもたらす。少なくともトリニティの後始末に付き合うギリはないのだが、恩売って先手も打つのがマコト流、と言ったところだろうか。
「少なくともバイトするのに必要なものを揃えるだけでも相当生きやすさは変わる。桐藤ナギサもそれが分かっているから手を出した訳で、そういった先駆者を犠牲に考えた結果自分達もその事業に参加する理由が出来た。口実もあったしな」
「なるほど……なんで嫌がらせの時はその抜け目のなさが抜けるんですか?」
「んぐっ……!ひどいこと言うなっ!」
文句を言っても変わる訳ではない。
「そうだったんですね。でもそれだと風紀委員会も大忙しになりそうですね、本当に過労死してしまいますよ?」
「流石にあっちの警備はちゃんと警護体制を組むし、イロハがしっかりと戦車を中心としたチームを作っている最中だ。安心してくれ……って言っても安心はそうそう出来ないか」
「よく分かってるじゃないですか。まあ、ちゃんとやっているなら抗議する必要もなさそうですね」
「そうしてくれると助かる」
互いに頷く。
この話もここで終わりだ。進まないと話しようがない。
そろそろ終わりか、と言うところでまたチナツが口をひらく。
「最後にもう一ついいですか?」
「なんだ?」
「いえ、大した事ではないのですが」
彼女は、マコトに近づく。
マコトは動かず、待つ。
チナツはすでに玉座に若干乗り上げる形で、マコトの膝の上に自分の右膝を乗せて、相手の顎を指で持ち上げた。
「私たちの委員長を弄んでる人の顔を拝んでおこう、と思って」
「すべてはシビリアン・コントロールの名の下に行っている。嫌がらせは、それを分かりやすくする手段に過ぎない?」
「どこが、明瞭で分かりやすいのですか?」
「男女二元論的なことは言わないように心がけているが、まあ言うなら……いくら幼かろうが女は女、突出したやつ、憧れの異性に近いやつにいい印象は抱かない。それが常日頃自分達をぶちのめしている奴らならな。すべては建前だ」
「汚らしい」
互いの顔から笑顔が消える。
「あれでも守っているつもりだ。空崎ヒナが実権を握っても、
口角が上がるマコト。
「なんですって?」
「彼女は強い、そして真面目だ。だがゲヘナとは真反対の性格だろう、そして今国際的な緊張がほぐれてきていると言ってもその糸は張り詰めたまま、もっと言うならトリニティ相手は何一つとして良くなってはいないんだ」
チナツの膝がもっと奥へ、相手の下腹にさえ食い込みかねないほどの深さまできた。
答えによっては今ここで痛い目に合わせる、といった意志が取れる。
「今もトリニティ排除論は盛り上がっている。その上で、ヒナが正しい選択……先生を軸に不必要な差別をなくす事にしよう。そしたらゲヘナの生徒が敵になる、排除しなければどのみちカオスになるから彼女は排除するだろう。見たことのない良いやつの為にな」
「それのどこが」
「悪いことかって?いいや、その時のヒナも正しいだろう。邪智暴虐を野放しにし続けることはいい事ではないからな。だがやった後、暁のホルスと同格の少女が、話し合いをする事なく征服行為に出たという事実が残るわけだ。キヴォトスの歴史にな」
それはかつて独裁を敷いた、雷帝とほぼ同じ道を辿る事になる。
力で征服することはゲヘナの”信念”からは正しいが、人民からすれば正しいかどうかは決めかねること。
「無論、嫌がらせが良いと言う話でもない。が、それ以外の方法で他の一般生徒が理解できる管理方法もない。人は賢くも愚かでもない、それは後世しか判断ができない」
目を背けようとした瞬間だ。
バチン。
マコトの頬に、平手打ち。
「ふざけないでください」
「ああ……?」
「確かに貴女のそれは正しいのかもしれません、政治家として。でも、貴女が兵器扱いしているヒナ委員長は人間なんです、小鳥遊ホシノだって、なんなら他のゲヘナ生徒もです」
顔が近づき、互いの吐息が唇を撫でる。
「貴女は悪魔でありすぎる、そんな存在が弄び続けることもあれと一緒ではないですか」
互いに口を閉じる。
マコトは身動きが取れないが、まだ腕は動く。
彼女の胸元にそっと手を当て、優しく押した。
「私が
「何を」
チナツが離れようとしないために、いっそのことと首に手をやり抱き寄せた。
「きゃっ」
彼女の耳を自分の口元に近づけたマコトは、意地悪いように囁く。
「お前の様な人間が居てくれるから、私はこうして人間で居られるんだぞ?」
反対意見"も"ちゃんと盛んに出る、その意見、主張を”自分で考えた上”で忠を尽くす。
まるで目の前の少女が愛してくれてると同義、そんな言葉を残した。
「っ…!」
チナツはパッと離れて、下がる。
「そんな気持ち悪い人とは思いませんでした」
「気持ち悪くて結構、元から人は全員を愛することなどできない」
ため息をついたマコトは、最後に付け加えた。
「ただ、忠告は受け取っておこう。嫌がらせに該当しそうなことはしない、と」
「……絶対ですからね」
「ああ」
そうして、二人は別れた。
チナツは風紀委員会の部屋に戻り、マコトは玉座から離れる。
「誰かのために怒れる人間ほど、強く美しいものだ」
天井を見上げても荘厳、単純、ないし黒。
人の強い意志に色をつけるなら、単色か、果たして多色か。
その答えを求めることなく、彼女もゲヘナの奥へと下がっていった。