これはイブとクリスマスの間の夜の話。
イブキが寝て、一緒に寝たサツキとチアキ。これ幸いにとサンタコスをしたマコトは、手編みマフラーから始まったいろんなプレゼントを詰めた箱をイブキの枕元に置いて、そそくさとリビングに帰ってきていつもの服に着替えた。
マコトが一生懸命用意した料理は全員で綺麗に食べてしまったし、明日はケーキを主軸とした甘いものパーティーだが、それでもローストビーフくらいはあったほうがいいだろうということで夜中、彼女は仕込みをやっていた。
「仕込み自体は毎年やっているからな、全然余裕だ」
そう言いながら、ニンニクをすりおろしたりお高めの岩塩をちょっと砕いでまぶしたりしている。
「あれ、議長」
「イロハじゃないか」
そんなキッチンに乱入してきたのはイロハだ。
「寝なくていいのか?」
「それはこっちのセリフですよ。議長寝なくていいんですか、明日仕事は休みですけど色々準備をしてたんでしょう?」
「なにしろ明日の準備もちゃんとしておきたいからな、こだわりにこだわり抜いたスープとお肉はクリスマスの思い出にはぴったりだ」
「ローストビーフってそんな前日から仕込むものなんです?」
「肉に味をつけるのなら前日からやらなくていいが、旨みを強くするには前日から仕込んだっていい。そのために少し多めに香辛料をつけているんだからな」
考えなしに料理するマコトではなかったようだ。
安心したイロハは、そのまま見守ることにした。
「他にすることはあったりしますか?」
「んいや、ないな。私はこれで作業を終えるぞ」
「そうですか」
そこから先は、しばらく言葉を交わすこともない。
手際がいい彼女はそのまま肉の処理を軽く済ませ、鉄板の上に馴染ませた牛モモブロックを置き、ラップをかけてから冷蔵庫へ。
一仕事を終えたら手を洗い、マコトはリビングへ戻る。
大きなテレビ、大きなソファ、綺麗なガラスのテーブル。高級感溢れるものだ。
「ふぅ」
マコトはグラスいっぱいのコーラを片手に戻って座る。
「えい」
「あ」
そしてそれに座るように、イロハもやってきた。
「どうしたんだイロハ」
「いいじゃないですか、議長の上で休んでも」
「私は構わないが……その、この時間でこうしているとなんだかいかがわしい事をやってるような感じがしてソワソワするんだ」
「普段サツキとあんなことやっているのに?」
「そういう風に言うなよ……」
「密着してマフラー編んでいたのも見てましたからね、こっそり」
「お前なあ」
イロハとの話はいつも、腐れ縁のようになるようだ。
しかし、それゆえに互いに気兼ねなく話せる。立場以外に違いはない。
「それでうつつ抜かして無能ってわけじゃないから、ちょっと羨ましいというか」
「私に惚れたか?」
「いや、それはないです。結局ずっとかっこいいわけじゃないから」
「そうか」
マコトは、微笑みながらコーラを流し込む。
温かいものを飲むのもいいな、と思ったもののパーティーではしゃいで明日の準備をしているからか体が熱くなっていて、冷たいものの方がいいらしい。
「最近、マコト議長がどこ見てるのか分かんなくなる時があります」
「私が?変わらずゲヘナを見ているぞ、議長だからな」
「違います。展望と言いますか、どこを目指しているんだろうって」
「言わなかったか?私はゲヘナのためにって」
「ゲヘナの何のために、ですか」
「……」
国家、規範、つまり枠組みの話ではない。
誰のために働いているのか、それを知りたいようだ。
「真意、と言っては俗っぽいですが……誰のために、という言葉を使わせてください」
お互いに向き合う形。
マコトと向き合い、赤い髪を彼女の膝に被せ、その中からか細く可愛い腕を伸ばし、巻き付くように引き寄せるイロハ。
「誰のために、頑張っているのですか」
「ゲヘナの学生全員のために、だ」
「それから先は無いのですか」
「ない。そこには万魔殿のみんなも入っている」
「そうですか」
イロハは彼女を抱きしめる。
「どうしてそんなになるまで、頑張ってしまったのですか」
「創作物じゃ無いからな、これがデフォルトの人間だっている」
「……」
「不服か?」
「はい」
困ったものだな、とマコトは目を逸す。
「人間には、どこかで必ずサボり癖があると思っています。それが大きいのは私ですけど、それでも議長はいつも笑って恥をかいて、でもその中に休息とか、暗い感情とか、無いように思えるんです。私はそれがとても恐ろしい」
「今日買い出しに言ったとき、店員にも言われたな。みんな私を少しでも休ませたいのだと」
「私、これでもあなたのこと少しは尊敬しています。だって、雷帝時代から立て直した……それに限って言えば“ヒーロー”なんですから」
素直に心情を打ち明ける彼女と、そうするまでに至った信頼に心からの敬意が出てくるマコト。
流石に応えねば失礼か、と思って自分も話せる分だけは話すことにした。
「キキ……イロハ」
「なんですか」
少しだけイロハの、不貞腐れた表情にそっと指を添えて、彼女は吐露する。
「だからこそ、なんだぞ。私はこの学園を愛している、青春は二度と戻ってこないと言うのであれば、その青春で学園をより良くすることに捧げた思い出はずっといい思い出として残るんだ。頑張ることは確かに苦しいかもしれない、時には上手くいかないし、政治という大きな盤面を動かす以上失敗したらそれなりのしっぺ返しだってくる」
アリウスの裏切りでアフロになった上ちゃんとした和服を用意したせいでバカ殿様になった苦い思い出が蘇ってはきたが、笑って誤魔化して言い聞かせた。
「でも、それでいいんだ。いつか私達のことを本気で尊敬して、受け継いで、もっと良くしてくれる。それはとても素晴らしいことで、歴史に名を残せばそれだけこの世にも愛着が湧くし、頑張った甲斐があったと思って逝ける。そういう生き方をするためにも、全力を尽くせるんだ」
「綺麗事、じゃないですよね」
「その通り」
イロハを抱きしめて、マコトは言葉を続けた。
「綺麗事や義務感、それは大事なことかもしれない。何かを続けるための大義になり得るし、支える理由にもなるんだ。だけどな、裏を返せばその義務感や綺麗事そのものが“世界”に否定された時、一斉に崩れ去る」
世界は移り行き、技術の進歩を中心とした生活様式の発展・変化によって正しいこととそうでないことも変遷する。
つまり思い立ち、殉じようとした己の使命と言うのは何処かのタイミングで正しく無くなる。それを強行しようとすればするほど、もっと苦しくなっていく。
そうして道を外すか、壊れるか。それが分かっていたマコトも何度か自分に問いかけた。
だが、彼女はこの学園とそこで頑張る自分、そして仲間が大好きだ。
「私はお前達と、それに関わる全部も大好きだ。もしそのために全力を尽くせるのであれば……ああ、一番嬉しい」
「議長」
すでにイロハも色々言う気が無くなった。
二人で抱きしめ合って、あったかくて、そもそもが家族のように一緒にいたからミステリアスもエロティシズムもない熱が、互いに安心感と眠気をもたらす。
だから最後に、彼女は口を開いた。
「議長、嘘をついたら許しませんからね」
「ああ、約束するよ。私はお前達を裏切らない」
「私、も」
言いかけたところで、力が抜けたようにイロハは眠る。
「おやすみ、イロハ」
マコトも移動する気が無くなって、そのまま目を閉じる。
クリスマスには色々あるし、明日も楽しんで、それが終わったら正月まで駆け抜けるのだろう、
年末、と言うものはどうも落ち着く暇がない。