クリスマスが終われば、また仕事がやってくる。
ラストスパートと言わんばかりに掃除と整理に追われるものだが、それは万魔殿も同じだ。
マコトには、さらにもう一つ挨拶というものがある。
「……なるほど、私達で彼女達を支えるのにはそれだけの理由があったのですね」
「ああ。ただ、監視する建前でもあり、触れさせることによって社会との距離を一気に縮める目的もある。正直ここまで話が上手くいくとは思わなかった」
なんとマコトは、桐藤ナギサと茶を飲んでいる。
本来だったらあり得ない話だが、両者シャーレに依存せずに政治を頑張るという方向で互いに出来る限りの善意と才能を使って協力してみたようだ。
その結果が、境界での非武装かつアリウス生徒の支援施設である。話がまとまり、着工しつつあるあれだ。
「ありがとう、桐藤ナギサ。お前のおかげで私達はもう少し好き勝手やれそうだ」
「そうですね。先生のおかげでもありますけど、貴女が話を聞いてくれる方で良かった」
互いに、微笑み合う異様な光景。
過激派もシャーレの四文字で黙りこくるため、今までよりは飾った敵意もなしに話をしている。
「マコトさん」
「なんだ?」
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
雑談しようという気になったのだろうナギサは、一つトリニティ仕草の概念話をすることにした。
「天使は、お好きですか」
「……どうだろうか。あまり好きではないかな」
「それはなぜ?」
「失敗が許されないからだ」
問われた方は、持論を伝える。
「天使に失敗は許されない、ただ一生懸命に神に命じられた事をやるだけだ。そしてミスした時、絶対に付随する不安や焦りさえも許されない。結果として天使は地に堕ちる、その重さに耐えきれず地に這うか、神に裁かれるか……ともかく、そう言った縛りの中で生きるしかない」
「つまり“可哀想な存在”である、と?」
「天使は“罪人”だ。可哀想であるどころか、悪だ」
とてつもない、穿ったような、悪意が満ちたような答え。
流石のナギサも身構えたが、構わず続ける。
「彼女らは何も知らずに、他人を裁く。使命に喜びと自己の価値を見出して、暴走する。それが逆に神の怒りを買うことになって裁かれる。このアルゴリズムは宗教家と同じだ」
「……」
彼女の目の前にいる少女は、警戒を解いて少し聞き入っているようだ。
「そしてある時のミスから悪意と不安に苛まれて、ようやく奴らは思い知る。それが“過ちの根源”であると。でも、既に戻れない。一度知ってしまった闇は、ずっと心の中のストッパーとして機能し続ける」
「マコトさん」
「そして神は失敗を許しはしない。許してしまえば、人類が堕落の一途を辿る。意思を持つと仮定された規範として存在するには、そうするしかない。人間の善性を守るストッパーとして、不合理な生き物である事が絶対条件。その使徒である天使は、生きながらにして罪を背負わされた存在だ」
桐節ナギサはどうなのだろうか、と思うものの今その少女は少しだけ戸惑っているようで、天使らしさは羽以外にない。
「許しはしない以上、失敗し、堕ちた天使も拾い上げることはない。そして悪魔については勿論、天の使いにすることもない。一度間違えれば存在価値がなくなる罪人、それが“天使”というものだ」
「_____中々考えているのですね」
聞いた本人は、感心していた。
「面白い考察と思想ですね、冗談抜きにトリニティの貴族達よりも聞き入りました」
「あれらはまず『作者への理解度の顕示』と『自分の品位の確立』が最終目標になっているからな、逆算された話など面白くなくて当然だ。途中から自慢話になるからな」
「私たちのことも、そう見えてたりしますか?」
「それこそ天使どもの巣窟だろう。ミスと暗部の揶揄を繰り返し、裁き合い、自分達の人生の目標がないままに今を冷笑し刺し続ける。貴族どもほどつまらないものはない。お前以外の貴族は全員変わらない」
「私だけが違うと?」
「ああ」
マコトは話を続ける。
「お前は政治という人間社会の大舞台をプロデュースし続けた。友人を馬鹿にすることは申し訳なく思うが、超能力を理由に難解な言い草で世間から逃げ続けた百合園セイアも、武力のままに知恵のない支配と排除を繰り返そうとした聖園ミカも、お前と同じ土台に立っていない」
「……」
「気を悪くしたなら謝るが、それでも私の意見は変わらない。あいつらは戦うことを放棄した。人が他の動物と比べて優れていて、そして1番の可能性を秘めた知能での戦いを」
彼女は立ち上がり、自分が敬愛する少女の側面に立つ。
全体像、一切の曇りなく美しい。
「あの時の私は精一杯で、あの二人のように諦観も盲信もなく、ただひたすらに問題が無いようにするので限界でした」
「それで逃げなかったのが、桐藤ナギサだ」
「ですが」
やはり、ナギサにとってはあの二人の方が羨ましく思えるのかも知れない。先生と対峙し続けるような政治と共に生きる彼女からすれば、あの二人は共存し続けるように見えた。
マコトは、それでも言葉にする。
「かつて先生はこう言ったそうだな。『今の君は疑心暗鬼の闇の中だ』と」
「そしてこう言ってくださいました。『君をそこから出して見せる』と」
「だが、お前はその時から既に闇の中を歩き、対峙した。自分が出来ることと、役目を一切捨てなかった。補習授業部のそれは、お前にとっては過ちだったかも知れないが……それを飲み込んで今も立っている」
ナギサの美しい手を取って、少しばかり持ち上げる。互いに少し、温かい。
「先生は闇の中から救い出し、その闇の全容を見えるようにしてくれた。つまりセーフゾーンを、お前の中に作ってくれた。それでも、政治がある限り闇の中に入って、大事なもの、必要なものを見つけて積み立てていく必要があるんだ」
「私は、天使ではないのかも知れません。貴女のような、悪魔にもなれない。過ちを抱えて正しさを吠えるだけの……」
「違う、桐藤ナギサは女神だ」
はっきりと、マコトは答えた。
「過ちを知っていても己の役割を全うして進める、天使はいずれ間違えに耐え切れないが、お前はその不正解を未来に昇華できるだけの力を持った新しい神だ」
「マコト、さん」
悪魔が恐れるのは正しさではない。
それは自分達の甘い蜜であった“間違い”を“生きていく糧”に変えてしまう強さだ。
そのやり方を定義し、人に新しい生き方を与える指標が神ならば、桐藤ナギサは神と言えた。
「だから……」
実益と幸せを追い求める大悪魔から、敬愛を一つ。
身をかがめ、対等であることを示し、その上での最大の敬意。
彼女は、ナギサの手の甲にキスをした。
「あっ……!」
「ゲヘナの悪魔より、尊敬と畏怖の印を残そう」
「_____ふふ」
あまりにもロマンチックなことをしでかした悪魔に、女神は微笑んだ。
「嬉しいです、誰かに認められることは」
互いに瞳を見つめ合い、笑い合う。
「あの時の先生さえ怖がっていた私が、まさか貴女からのキスを許して、あまつさえ嬉しく思うなんて」
「それが、悪魔の蜜を己の原動力と変えれる強者の証だ」
「なら」
今度はナギサが、思い切り立ち上がってマコトの腕を引っ張り、接近して互いに手を取り合う。
「曲もなく、ただ寒空の風を横目に……踊ってみませんか?」
「文化交流みたいなものか、悪くない」
「ゲヘナの悪魔達はあまり好きではないですが……貴女とならステップを刻んでみたい」
この学園の魔王は、優しい表情で応えた。
「では、羽根が一つ舞い落ちるまで……踊ってもらおうか」
「はい」
シャーレがあるが故に生まれた、一幕。
政治屋だった彼女達は、一度だけその体裁という衣を脱ぎ……心のままに踊った。
足音だけが響く、半刻のワルツを。