仕事納めはナギサとの会談で終えた。
書類仕事はほかのメンバーが担当してくれたおかげで、なににも煩わされるようなことはなく終えることが出来たのだった。
ゆえに今日はやるべきこともなく、掃除も仕事場は仕事納めのタイミング、自分の部屋の掃除も前日に終わらせてあとはきれいに保つだけ。
「暇なものだな」
そうやって本を読んでいる彼女は、今カフェにいる。
ゆっくりできるタイプのカフェが最近増えてきており、雰囲気で仕事するフリーランスが増えたゆえの事業は大方うまくいっていた。
観葉植物と、コーヒーを作る音。全体的に木製で、かつ濃い目の色合いで出来上がったこのカフェは秘密基地感を強くして居心地の良さが非常に高い。
「あれってもしかしてマコトさん……?」
誰かに呼ばれる声がして、彼女は見渡す。
どこにいるのだろうか。
「誰か呼んだか?」
呼んだ人間が手を振る。
その少女は暴力的なボディを持っているが、それよりも薄紅色の明るい髪が目を引く。
「誰かと思えば、浦和ハナコか」
「ふふ、私の事覚えてくださったんですね」
「何しろあの有名な補習授業部の一人だからな。席に悩んでいるならこちらに来るといい」
「では♡」
浦和ハナコ、という少女は一人でここに来たようだ。
彼女はそのままマコトの対面に座り、自分が買ったケーキとコーヒーがあるトレーを置く。
「トリニティの生徒がここに来るとは珍しいな」
「そんなに、おかしかったですか?」
「この前お前の友人がベンチにどぎつい本を置き忘れて届けたことがあった、二人でモモトークのイベントに来たと言っていたな」
「ああ、あの二人ですね。お世話になったと聞いてます」
二人は微笑みながら、世間話をつづける。
「まさか議長自らが助けてくれるとは思わなかったので、びっくりしちゃいました」
「ようやく冷戦が終わったからな、無用な荒事は避けたいものだ」
「少しばかり、頼もしく見えます」
「よせ」
言葉も態度も少し色っぽいが、特段自分に向けたものではないと理解していたマコトはその部分だけ冷たくあしらう。
サツキの時のような《溶岩の手で触れられるような愛》がないから、一瞬で見分けがついたようだ。
「そういうお前はどうしてここにきた」
「最近往来が簡単になったので、こっちでイケナイ本巡りを……♡」
「人の目につきすぎるところでは開かないようにな」
相手の友人がそうだったのを含めて注意するが、まあ露出狂とも聞いているので通じないだろうと内心あきれてる。
「そういうあなたこそ、どうして?」
「仕事納めだ」
「休暇、ですね」
「ああ」
世間話もだんだん適当になってきている。
いくらゲヘナとトリニティの関係とはいえ、そもそもの関わりが個人間にないと中々話が弾みにくいというか。
そんな中で、ハナコは別の話をする。
「思ってたより拍子抜けですね」
「なにが」
「案外深い話も怖い話もないことです」
若干相手の素性を知りたかったのだろうハナコは彼女に興味本位で近づいたようだ。
トリニティの才媛、という異名がハナコにはある。
頭がいい、いや、よすぎることにシスターフッドに振り回された天才の名だ。
マコトだったら、いや、ゲヘナの天才だったらそこに突っ込んでくるだろうと、ハナコなりの蜜で引っ張り出そうとしてきたのだった。
無論、これは戦争の誘発行為ではなくただの行為だが。
だが、その蜜を前にして冷静だったのもまたマコト。
「……先生に、お前の所感を聞いて満足してから聞いてないからな」
「先生が?」
嘘は行ってないマコトの気になる情報、お遊びのままにハナコは聞く。
「先生はなんて?」
「お前のことをシャア・アズナブルのようだと称していたな」
シャア・アズナブル。
かつて宇宙移民にニュータイプ論を説いたジオン・ズム・ダイクンの子の通称であり、己が持っていた人類は変われるという理想に焼き尽くされ、結局その時の民や誰かの利己的な求心によって革命の旗頭になった男の名。
「ここだけの話にしてくれるか」
「ええ」
「お前の性格は、シャアであると彼は言っていた。誰かに利用されている間は自分の才能”だけ”全開にできるが、それ以外は奥に押し込んで壊れていくタイプだと。過去も大体それに当てはまるし、実際危惧してるともな」
これをちゃんと伝えられるのは今の自分しかいないと、ハナコに伝える。
「私が、シャア」
「流石にガンダムは大まかな概要しか知らないがな。今のハナコは仲間に囲まれて幸せそうに見えるが、それがエゥーゴ時代のクワトロみたいだと言ってたな。彼曰く先生がブレックス准将、コハルがカミーユ、ヒフミがファとかなんとか」
「アズサちゃんは?」
「忘れた、どの枠に当てはめるか悩んだ挙句答えが出なかったからな」
だが、そのクワトロの幸せも結局エゥーゴの壊滅とカミーユの精神崩壊、真っ当で尊敬していたブレックス准将の死によって終わりを迎える。
それが決定的な出来事となって、人類に絶望して強制的な宇宙進出によって革新を促すために小惑星を地球に落とそうとするのがシャアであった。
「ともかく、お前はそういったものであると先生は言っていた。どんな人間か、少なくともケースは知ってるから怖くもないし理解もできる。だけど、自分がプレナパテスのように死んでしまった場合どうなるか分かったものじゃないって。シャーレが爆発した時もあったのも、彼が心配しているポイントだ」
「先生が、私を」
「一応言っておくが”本気で”心配していたぞ。あんな暗い表情見たことないからな」
マコトは付け加えた。
その様な念を押すレベルで重要なこと、しかもマコトが本気で言ってるとなれば間違いない。
「……それだけ、私が不安定に映っているんですね。今も」
「あくまで彼は中立立場だ、過去をどうにかしようといろいろ手を打ちたいだろうがあの立場だと難しいからな。特定の組織に不利益なことは極力避けたいんだろう」
「あなたも、そう思いますか?」
「私か?まあ不安要素はあるが、全然気に病むレベルじゃないな」
彼女が出来ることはほぼないが、それでも言葉を伝えるくらいはできる。
「お前には今仲間がいる、自分が正しいと思ったことをちゃんと精査して、納得出来たらちゃんと背中を預けられて突っ込める仲間が」
「あの子たちの事ですね」
「先生はガンダムのキャラの中でお前のことを見出してしまってるが、現実はもう少し優しいものだ。みんなどこか適当で、それでいて夢を見ている。夢を見てるということは、こうありたいっていう”希望”を持っている」
そしてその希望が、革命の火にもなりえる。もっと明るい未来を作り出せる火種でもある。
「かつて私が雷帝時代の時に頑張っていた時、そして今、お前の友人と同じくらい信頼できるし強い味方と共に頑張っていた。シャア・アズナブルは確かにその仲間とやらを得た時期があったが、その時間は僅かだ。だからすぐ一人になって絶望したんだ」
「私は違う、ということですか?」
「シャアと違って、危機を乗り越えた。しかも人類が大切にしていた道徳に則って、仲間とともに。お前は自分自身で誰かへの不信を振り切って乗り越えたんだ、シャアとは大きく違う点だ、それがすぐ崩れることはない。そしてお前の友人は、すぐに折れないほど強い。実際に会った私が保証するよ」
マコトは笑顔で言い切った。
「……おかしな人」
「笑い方以外でおかしな点はないと思いたいが」
「あれ自覚あったんですか?」
「癖だからな、悪役の時の」
「まあ、可愛い♡」
「からかうなよっ」
恥ずかしさで、マコトは本で顔を隠した。
「まるで初心ですね」
「こ、これでも経験あるんだぞっ!」
「それは経験したことのない人がいうセリフですよ」
「う……」
「じゃあ、もう少しだけ深い話を……ですね♡」
二人の会話はまだまだ続きそうだ。
面白い晦日は、これから始まったといっていいだろう。