鏡開き(1/10)までは、マコトは大忙しだった。
新年の挨拶回りはもちろん、仕事始めの書類仕事に追われては立ち食い蕎麦に通い詰め。万魔殿のメンバーが作るご飯を楽しみにする暇もなく、気づけば二週間は経とうとしていた。
今日は珍しくみんなで休みが取れたようで、全員でプライベートルームでゆっくりしようと前日からピザやコーラを楽しんで……そうして、みんな同じ部屋で寝ている。
夜中の出来事だ。
マコトは息苦しさを感じて夢から現実に引き戻された。
暖炉の火は消えておらず、その微かな光が暗くなった部屋を照らす。
「ん、うう……」
眠い目を擦ろうとするが、それよりも自分の首元に何かが巻き付いているのを実感した。
悪魔の尻尾だ、少しぷにぷにしているがやはり嵩張ると苦しい。
「あ、起きた」
囁く声がする。
「イブ、キ?」
「うん」
イブキがいた。
彼女の尻尾がどうやら強く巻き付いているようである。
「ちょっと、苦しいな……」
「いいでしょ〜」
「何、が?」
イブキはマコトに抱きついて、脚さえ絡んでるほどのもの。
「よく、ないぞ」
「マコト先輩を独り占めできるいい機会だもん」
どうも年明けからしっとりし過ぎてて勘弁してほしいなと思う反面、下手に拒絶するとみんなを起こすかもしれないと彼女は抱き寄せる。
「あまり、そういったものを覚えるな。誰に教わった」
「みんなの行動をずっと見てたら、羨ましいなって」
「私は別に羨ましいと思わせるような人間じゃない」
「そうやって言うから、みんなが近寄るんだよ?」
イブキのハグが強くなる。
「イブキ達はみんなマコトの事が好き。確かに変な事やって痛い目を見てるけど、それでもみんな好きなんだよ?」
「分かっている。だから、私は信頼として頼ってる」
「それじゃだめ」
彼女の声が、少し寂しそうだ。
「あの時のマコト先輩が何処か遠くに消えちゃったのは、どうしてなの?イブキの好きなマコト先輩は今何処にいるの?」
「ここに居るだろう、お前の目の前に」
「違うよ……」
ハグしている腕、手の指は服を小さく摘んでる。
「いつの間にか高笑いして進んで落とし穴に嵌ってはまた笑って進むマコト先輩が消えて、イブキ寂しいよ。一緒にお絵描きしてくれる時、どこを見てるのかも分からないし、楽しそうに描いてくれないし……」
「そこまで感情を無くした覚えはないが」
「描いてる絵そのものも綺麗なのに、全員平たくて、何も起伏が無くて……まるでずっと映画を観てるみたいな、そんな冷たさを感じるの」
イブキの体温が伝わるくらい密着しているが、それすら上回るくらい彼女の尻尾が喉に絡みついている。マコトは苦しそう。
「ねえ、ほんとにマコト先輩は、どうしちゃったの?」
「……あの時間は楽しいものだった。だけど、もうそれだけにかまけている訳にはいかなくなっちゃったんだよ。イブキ」
そんなことを呟いた彼女の表情は、少しだけ罪悪感がみえる。
「どうして……?」
「雷帝は様々な物を残したせいで、私はヒナと協力して色々事に当たっている。アビドスの事件も絡んでいる以上、シャーレの協力を持ってしても時間が足りない。それに加えてキヴォトスの一体化が進んでいる今、私はもう、ずっと……政治家としての役割に終始するしか無くなった」
今まで見えていた景色は、何故だか何処に行っても若干くすんで見える。触感は四季を感じ取れても、どうしてもその季節に触れる前に色々な思考が前に出てきて結局“いつも”という価値しか生まれない。
「私は変わってしまったのかもしれないな。それでも前と同じく、イブキ達と接しているつもりなんだが」
イブキはもっと、尻尾で喉を絞める。
「あ、ぐ……」
「マコト先輩はそんなこと言わない……イブキ達を置いていっちゃうようなこと絶対に言わない……」
尻尾の中に指を突っ込んで拘束を無理矢理弱めたマコトは、急いでイブキの手を握る。
「マコト先輩はずっと、ずっとイブキ達の頼れる議長でいてほしいの……でも……ある時からずっと先輩はイブキ達を遠ざけるようなことしかしてない」
「遠ざけるような事は全くしていない。するんだったら、そもそも年末年始も今も一緒に居ようとは思わない。だって信頼してるメンバーに対して不義理を働きたくないから」
「じゃあ、なんでイブキ達が踏み込んだ時に思わせぶりな事しかしないの?キスをしたり抱きしめたり……でも求められないとしない……恋人みたいな過激なことだけして、突き放して……まるでお遊びみたいに」
「イブキ、そういう事はまだ早いし、言わない方がいい。スキンシップが嫌なら謝るから」
「でもマコト先輩がそうするから……」
泣きそうになっているイブキを、マコトは胸の内に隠すように抱きしめた。
「イブキ、知ってるんだよ。そういうことをする人って、下心さえなければ全て本心を回避する行為だって。みんなみんな、マコト先輩に消えて欲しくなくて……ぐす……なんでぇ……」
「私は何処にも消えはしないさ。いや、消える時なんて卒業式ぐらいしか無いだろう。その別れは絶対に来るが……それまでに絶対離れたりはしない。約束する」
泣き始めた彼女を抱くマコトは、少しばかり笑みを見せた。
「私は私の為に全力で事に当たっている。いつもよりも、もう少しだけ本気を出さなければいけない状態が続いているからずっと片意地張ってるだけなんだ。でも、それが余りにも急で続いてるもんだから、ついみんなが驚いて心配してくれてるんだろうなというのは分かる。心配かけて申し訳ないな、とも思っているぞ」
ぽんぽん、とイブキの頭に手を置く。
「だから、私は絶対に卒業の日までみんなと離れる事はない。例え世界がもっと酷くなったとしても、みんなの為のリーダーであり続ける。みんなで楽しく過ごせて、ずっと幸せだったと言えるように」
「マコト、せん、ぱい……」
「だから泣くな。明日になっても、ずっと私は側にいる。起きたらいつも通り私が近くにいる。安心して、寝てくれ」
「……」
泣いて聞こえないのか、イブキからの返事は来ない。それでも彼女は抱きしめて、撫でている。
(それだけ私の変化が恐ろしかったのか、みんなが。私の仕草に雷帝らしさを感じたのか、それとも為政者としての本気が独裁政権を樹立させれるあの独特なカリスマを彷彿とさせたのか……いけないな、そうならないよう注意しているつもりだが)
彼女から笑みが消え、ただ考え事に耽る。
(しかし何となく分かった気がする。サツキやイロハが最近距離が近くなっていたのは、私の事を非常に心配して何処か消えないようにする為に強めのアプローチをかけていたんだな。それが分からずに本気で甘えていたのは、恥じるところか。私はつくづく甘い女だ、トリニティの惨状見て自分はしっかりしようと襟を整えたのに、な)
己の未熟さを恥じている彼女。
泣き疲れていつのまにか眠ってしまったイブキを、もう少し強く抱いてはマコトも目を閉じる。
(しばらくはああ言ったことは避けるべきだろうか。それとも彼女達を心配させないよう密に絡まり、私は餌になるべきだろうか。どちらが良いのだろうな、答えを誰かに聞いてみたいものだ)
真っ暗な視界になったが、考えに耽る前にと礼儀を思い出す。
一度目を開け、自分の胸元に眠る少女に向け____
「おやすみ」
そう言って、また目を閉じて眠ったのである。
冬も中盤、寒さが厳しくなり、まだ春も遠いこの時分。
暖かさに縋るような眠りは、イブキの吐露を聞いたのにも関わらず心地よい眠りへ誘った。