万能ロボットは、本当に万能であると思い知らされている日々。
書類のハンコやサイン、説明会などはやはり礼儀として本人が出席し説明しなければならないのだが、そこに至るまでの準備は手足があるAIに任せるのが吉である。プレゼン資料まで作ってくれるというので、買う判断はとても良かったと言えるだろう。
「マコト様」
「おお、万能ロボット一号!」
そのうちの一体が、元気に戻ってきた。
「こちら、重要ではない代金申請書類です。すでに封筒に入れてあり、金額も誤差が無かった為そのまま投函できるところまで作業を終えました。念のため、電子モニターで作業のダイジェストをご覧になりますか?」
「ああ」
ロボットの上からモニターが出てきて、作業をやっている一人称視点を見る。画像がくっきりとしている状態で高速計算したあとに判子を押して処理していて、しかもその計算は自分でやっても一致する。人が手書きで書いているレシートなどは、その文字の形によっては機械が誤認する場合もあるが……今回のは全て問題はなかった。
結局人の手を借りてやっているのでは意味がないのでは?と思う人間もいるだろう。しかし、人間が最初からやる場合は計算は勿論それを数度繰り返し、その度に合っていれば余計な作業となる。いっそ通しで機械にやらせ、ダメだったら人間がやってる時と同じように修正ペンないしテープで書き直して提出すればいい。
そもそもそれでダメな正式な契約書やゲヘナの政治的な文書は出来る限り人が関わって出来上がるから機械の入る余地はないし、そういった書類はまずマコトと関係者以外の前には出ないのだ。結局テクノロジーをうまく扱える人間とは、そもそも人事が得意であり、
その点では、マコト率いる万魔殿は間違いや欠点が格好の争点になってしまうトリニティの上層部より普通であったし、ミ先行かつ洗礼されたテクノロジーを理解・活用できるミレニアムの上層部のことをある程度理解し、活用できる範囲を適切に判断して導入できた。
「ありがとう、こっちは問題ない。お前たちは外に出すと壊される可能性があるからな、誰か人間に行かせよう。他に書類はあるか?」
「現在は七台が書類仕事が終わって待機中、八台は別室にてイブキ様たちを含む他の万魔殿メンバーの補佐をしています。とはいえ、大半はマコト様と同様書類の処理のようで……お手伝いに向かわせますか?」
「いや、下手に増やさなくてもいい。指示を出すのにリソースを食われては適わないだろう。使う人間そのものも、案外大事なんだからな」
機械が予期せぬエラーをするときは大抵ヒューマンエラーが原因であるとすることをミレニアムを見て学んでいたマコトは、大量に便利なものを送られることの不便さもまた学んでいたようだ。
万能ロボットには感情はないが、何かを察知したらしい。彼女に話しかける。
「お疲れですか?」
「ん?まあな」
彼女は少しばかりリラックスして、背伸びをした。
「4月はどうしても仕事が増える時期だからなあ。それも、新入生のガイダンスはまだ続いているし、もっと言うのであれば先輩達のカバーも視野に入れないといけない。今年でようやく教える側に回るだろう人間も少なくないのだから、当然してあげないと壊れるかもしれない」
「気持ちはとてもわかります。教える側の新人、と言うのは結構見落とされがちですよねえ」
ロボットは彼女の後ろに回って、肩を揉んでいる。正確には肩よりも内側、首あたりと言った方が正しいか。
「おお、そこそこ」
「デスクワークが増えすぎると前のめりかつ肩を狭めながらやるので、ここあたりに筋肉が集中してしまいます。そうなるとどうなるか、と言えば筋肉が変形かつ集中したところに固着するので神経もそれに伴って変形や加圧が加わって体調が悪化するんですねえ」
「詳しいな」
「万能ロボットです」
本当に万能であることを痛感しているマコト。
真に万能であるものは、そもそも何かに執着できない。人が特にそうだが、何か芸に秀でている方がプライドがあって向上心も生まれる、万能であるやつはそう言う傾向にはあまりなく、何物も同じように見え、故に人の悪意や打算という意思から発露した現象を見誤って死ぬ。
連邦生徒会長がそうであったようにも見えた彼女には、万能ロボットが本当に万能であるかを知るに前例を知っていたようだ。
「今は精神ストレスを感じてなさそうなので、体の方をしっかりリラックスできれば元気に高笑いできそうですよ。良かった」
「それはいいな」
「しかしまあ、最近はいろんな女性と絡みがあるようで。いや、その言い方は少しイヤらしいですね。接触が多いというべきでしょう」
「におうか?」
肯定の意を返すロボットは、動きを鈍らせることなくマッサージを続ける。
「ええ、まあ。この前こちらにやってきたヒナさんと同じ匂いがしたので」
「猛烈に抱きしめられたからな、おかげでしばらく匂いが取れてない。まあいい匂いだし洗ったばっかだ、そこまで悪いものでもないだろう」
「そうですねえ」
少しばかり、機械音声が楽しそうな声をあげている。
「なんだ、妄想でもしたのか」
「万能ロボットなので。いやでも、いいことではないですか。ボディタッチは恥ずかしいですが、実はかなりのリラックス効果を得ることができるんですよ」
「それ本当か?」
「ええ」
万能ロボットは、説明した。
ハグには自分は一人ではないと思わせる孤独を紛らわせる効果に加え、互いに安心して抱き合うと安全圏にいるという感覚になるのでかなりリラックスできるというのだ。仲が良ければそれだけ効果は上がるし、何もえっちな話ではないとも付け加えている。
「つまりですよ、裏を返せば私視点ではマコト様とヒナさんはそこそこ仲良しだということです。ハニトラや立場なしでその安心感を得れる、というのはとても喜ばしいことでしょう」
「そう思うか?私も同じように思ってる。他のメンバーに関しても、な」
「サツキさんとの逢瀬ばかりは少し控えた方がよろしいかと」
「え、なぜバレた?」
やはり嗅覚のセンサーです、と答えるのがロボット。
「万魔殿のメンバーにはギリギリバレてなさそうですし、他の人たちはそこまで近づかないのであんまり気づかないようですが……彼女の甘い匂いが胸ポケットや袖のあたりからします。精神衛生上の観点から中止する方が悪影響なのですが、他の方との円滑なコミュニケーションのためには、ね」
「仕方ない、少し注意するとしよう」
ロボットは他人には必要以上には踏み込まないように設定されているか学んだのだろう、それを言い終わって無言で5分経ち、マッサージが終わった後にロボットは言う。
「これである程度のマッサージは完了しました。万能とは言っても技術力を一つで見た際には、大抵劣っているものです。特にマッサージ……東洋医学に入る分野では、効果はあるがその理論が立証されていない場合も多く、万能ロボットとは言えど効果はあまり期待できないものになります。少しは疲れが取れたはずですが、それでも疲労感を強く感じる場合は、素早く整骨院などに行くことをお勧めします」
「ありがとう、万能ロボット一号。今日はマッサージを無駄にしないためにもうそろそろで帰るとしよう」
「お気をつけて。掃除をした後に、いつもの場所で充電待機をしています。必要になった場合は通信して起こしてください」
「ああ」
そうして、マコトは立ち上がって周辺に仕事が残ってないか確認し、オフィスの鍵を閉める。
「よし、他のメンバーにも今の分が終わったら切り上げるように言っておくか」
スマホを取り出し、通路から新緑が主張する校庭を見ながらメッセージを送信。
そろそろゴールデンウィークというものが始まる。
今年はどこに何をしに行こうか、そんな妄想が彼女を支配する昼であった。