神に玉座は無く、鎖が絡まりて座と騙る。
神は鎖で繋がり、誰一人欠けず雁首揃える。
神が支えるは地、世界を生かす弁が其。
御身を大地とし、心を概念とし、全てを終わりまで詐称する。
故、数え方は一柱。
マコトはティーパーティーとの会談で泊まった後、1日だけ休暇をもらっていた。
仕事は終わらせていたので何の問題もなく、ただひたすらに観光に勤しんでいたのは言うまでもなくある社会勉強のためだ。
「ごきげんよう」
「ああ」
白いワンピースに赤い髪、そして白い帽子。
目の色が分からない、そんな少女に話しかけられた。
「ここに来られる方は余りいませんから、つい話しかけてしまいました。道に、迷いましたか?」
「いや、ここでいい」
そこは絵画でも彫刻でもなく、ただ細々としたものが置かれてある神殿を改造したもの。言うなれば、ここそのものが歴史的な価値があると言っていい。神殿を囲って保存し、その中を行き来できるようにしているのだから。
「ここにあるものはすべて、大した価値はありません。神殿そのものは価値があっても、その価値を知るものがいなければ結果的に価値はないのですから」
「そうだな。それが人の少ない理由か?」
「いかにも」
少女らしくはなく、女性らしいその少女の仕草を見ていると何かしらの違和感を感じるが、彼女そのものに敵意を感じないのか放置することを選んだ様子。
「絵画、彫刻。この二つは誰が書いたかで一つ、どのような技術があるかで一つ、当時の環境で一つ……全ては作られた人間のためではなく、まずそれを見た人間の品位を保証する。その応酬の多さが作品の価値を決める。全ては経済の上で成り立った行為であり、誰も作品そのものを好むことも、ましてやその中に描かれた神を最初から信じることはない」
「宗教は?あれは神を本気で信ずることが前提だ」
「あれは"現状を破壊する洗脳"を求めている証拠」
白いワンピースに揺れる彼女の顔は、なぜだか悪どくも美しい。
彼女はマコトと自分が面識ないことを知っていて、なお講釈を垂れることにした。
戯れとして無視しようと考えたマコト自身も、その気になれずにいる。
言葉の節々に"やりやがった奴"の熱と清々しさがあるから。
「先生のいる世界では、イスラム国というものがあったそうです。ある宗教圏の派閥が対立して、人権などを無視した独立国家を作ろうという動き。海外でもそれ絡みで事件が多発した。さて、その海外で事件を起こしたのは誰でしょう?」
「愚問だな。現地の人間だ」
「どうして?」
答えに迷いのない彼女の声が響く。
「人は"違う"という言葉に弱い。人とは違う、この一言はどんな人間でも狂わせられる。それが重圧による自死に向くか、それとも正しさに貫かれた勢いで他人を殺すか。その二択だ。おそらく後者だろう」
「答えは正解、ですが理論は大間違い。あなたは人を信じすぎています」
「……為政者が人を信じないで何をするんだ」
少女の顔は嘲りが含まれている。
「その人たちは特別という言葉に弱いとは限りません。誰もが、自分はみんなと比べて劣っているとか、優れてなければならないという劣等感を持ち得ているわけではないのです。しかし、そういった精神に肯定的な生き方ができてる人間もある期を境に壊れてしまう」
「それは”現状への不満”です」
手を広げ、目の色さえ未だ定かにならない赤色の髪をした少女は、少しばかり声に翳りを入れて口にした。
「これが全ての起爆剤。変わらない世界では、永遠に退屈してしまう。ずっと平和であろうとも、今のように才能によって全てが決まる世界であったとしても、永遠に続くなら人々は必ず不満を抱くし破壊しようとする。平和ならば戦乱を、戦乱であれば平和を。人類はそのウェーブに、一生を捧げ続ける……そうではありませんか」
「それが件の若者たちと?」
「ええ」
この時点で、目の前の少女が誰であるかを察しつけたマコト。
だが、口にしてしまうことはない。
口にしてしまえば確定してしまう、しなければずっと目の前の人間はただの少女だ。
「彼らは政府という大きなものをそもそも認識できていない。そういうものがあって、何か裏で仕事をしているくらいだろうとしか考えていない。ですが、目の前にいる人は?近所の人間、店の人、友人、家族……実感が湧くような人間ではないですか」
「ああ」
「それが不満の種だとして、仮にそれを摘めると確信できたら?」
それで手を出してしまう人間がいない、とも言い切れないが実感も無いため肯定もしないまことに、その女は話を続ける。
「その起爆剤が宗教であり、宗教が法に干渉できる巨大な存在と認識した瞬間にたかが外れる。内心“いけないことだ”と分かっていても、自分の知りうる小さな場所が生きてた世界だから、その世界を壊すために武器を取って殺す。それが宗教の在り方で、これを実現させるマインドコントロールの方便として神が存在するのです」
嬉々として騙る少女に、底知れなさを感じてしまったマコト。
心の底で名状しがたい寒風に晒されながらも、その中で必死に出た嫌味を言い放つ。
「……それが神だとされていた物を見た答えか」
「ええ。あそこにはアリウスやトリニティが求めた神はいなかった、あるのは“意思が中途半端に形成された力の源泉”だった……それで良かった」
「良かった?」
「川が生まれるのは、源泉があるからです。川がなければ人々は生きていくことは叶いません、ですからその自然を引っくるめて保護しようと喚く」
「だからその川を生み出した自分が偉いだと言うのか?」
「いいえ。誰かが開いたことを私の手柄にするつもりはありません。しかし、起源という物を見てみたくなった。それだけは私の手でしたかった」
彼女の声から嘲笑が消え、微笑みが溢れる。全てを終えた後の淑女の笑み。
「源には沢山の水があって、ではその水はどうやって生まれたのか、どうやって枯れずに済んでいるのか、どうしてそこに溜まるのか……神秘も同じような物。人々は神秘のヴェールに合わせて肉体を構築して生きている、その点では水分と変わりません」
「政治にかまけておきながらか、か。大した物だ、その野心さえなければな」
「全ては子供だけが実権を握る歪な政治の賜物です。どうすれば若いうちから世界を作れるか、新しい世界を作る若者に足りないものは何か。その答えが全てあなた達にある、と言うことです」
さて、彼女は話したいことを話し終えたのだろうか。マコトの横を通り過ぎて、上を見る。
美術館や大聖堂のように、上に絵画はない。見上げてもただ伸びる白い柱と屋根以外に見当たる物はない。
横に転がっている木箱や果物のレプリカだけが全てを物語っていた。
「では、私はお暇しましょう。楽しかったですよ」
「貴様一人で喋っていたらな」
「そう言う相手が居ませんでしたから……あのロイヤルブラッドですら」
振り返ってアクションを取ろうとした瞬間、麗しい少女は消えていた。何の影もなければ足音もせず、気がついたら姿がない。
匂いすら残っていない、純粋な奇跡か悪運か。少なくともマコトは生きている。
「……」
帽子を深く被り、マコトはそのまま前に進んで後にする。
嫌な物を見てしまったとも、そして誰にも話せないだろうそれを抱えることになった彼女の顔は苦々しく、だが不思議なことに敵意も感じないが為に誰も揶揄することはなかった。
_____もっとも、いつものメンバーは彼女の変化には気づいていたが。