ゲヘナ、昼の12時。
この時間は全員昼飯を食べている頃になるが、マコトは外回りをしていた。
「ふぅ」
何をやっているか、と言われれば立て込んだ会議。
この日はゲヘナ領にやってきた
正確には大型施設や政治施設の設立だが、土地の起伏ないし既に設立してある建物の所有権などの山分けだ。だが、当初トリニティ側が持ってきた条件では彼女らが土地の所有率ないし治安部隊の巡回ルートに組み込みやすいなど有利な条件が多かった為に却下。結果としてすり合わせに時間が掛かる形になった。
「使いを寄越して自ら現れんとは腑抜けしかいないようだな。闘鶏ほどの気概は見せて欲しいが、まあ無いからアリウスみたいなやつを生み出すしか問題の解決ができんのだろう」
ぼやくのも無理はない。
紅茶が大好きな奴らは揃って宗教的な例えをし、理解できないものを笑う。それでしか保てない品位は別に役に立たない。悪魔は実益、天使は建前、人がやるべきは悪魔のコントロールであって、天使という言い訳を元に野放しすることではない。
野放しにして、食われた人間を安全地帯から葬るやり方でしか政治が出来ん人間が思いつく程度の提案をいじくり回すことに成功したが、疲れてしまう。彼女が呆れるのも無理はなかった。
そんな彼女も、悪いことばかりではないらしい。
「ん?」
近づいてくるのが一人。
「マコトだっ!」
「イブキ……!」
急いで駆け寄るマコト。
やってきたのは万魔殿の計算担当、頭が良くてめちゃくちゃ可愛いイブキだ。
「ここはあんまり来るなって言っただろう!?トリニティの近くだから要人が用もなく近づくんじゃない」
「ようじん?ちゃんとイブキしてるよ!」
「そっちじゃないが……まあ、しているのならこれで注意は留めておくぞ。ほら、一緒に歩こう」
「うん!」
手を繋ぎ、二人は歩き始める。
外の寒気は何にしても強いせいで、互いの手はかなり冷え込んでいた。ゲヘナは重厚な建物が多いが、それはこの寒気のせいかもしれない。
「にしてもイブキ、どうしてここまで?」
「迎えにきたの!」
「私は別に大した存在じゃない。いや、偉大ではあるが傷が瑕。俗っぽい方が良いんだよ」
「どういうこと〜?」
「あれを見てくれ」
マコトが指差す方。
クリスマスツリーがワンポイントの賑わっているカフェに、幸せそうにしている生徒達。
「あいつらは幸せそうか?」
「もちろん!」
「私も万魔殿のみんなとああいう幸せを共有できる生き方をずっとしていたいんだよ。高級品をたらふく食べて、部下を数えきれないほど従えて、ふんぞり帰ってるよりかは性に合ってる」
「今はそうじゃないの……?」
「まさか!毎年季節の行事をきっちりこなして、何度も美味しいものをみんなで食べて、働いて、遊んで……十分幸せな日々を送っているぞ」
「ふぅ〜ん」
なお、腑に落ちない顔をしているのがイブキだ。
手を繋いでいる少女が仕事終わりだろうが、憂いている表情をしていてそんなことを言われても説得力はないらしい。
「じゃあなんでマコトはずっと悲しそうな顔をしているの?」
「悲しそうな顔?」
「うん」
実際マコトはそんな表情をしている。
「何かかくしてない?」
「別に隠してないぞ」
「むぅ」
膨れっ面。
はぐらかしても仕方ない、と彼女は早々に悟る。
純粋無垢、それは少しの汚れや流れを感知できるのと同意なのだ。
下手に隠し続けるだけ信用問題に関わると分かっていたマコトは、素直に話した。
「シャーレの先生が来てくれたことによって、助けてもらってる部分は多い。実際グローバリズムと言う概念を政策レベルの手本を持って行っている手腕も誇るべきだろう」
「みんなが仲良くなることはいいことじゃないの?」
「もちろんいいことだ。だけど、それは全て”先生”の名の下から出ていない。もっとみんなが自発的に交流してくれないと、彼を失った時に痛手を被ることになるだろう。連邦生徒会長のようにな」
シャーレ・グローバリズムと名付けるべきだろう、シャーレを中心とした各学園の生徒交流活動。
いわば大体の学園の生徒、しかも重鎮、謹まず言えば《権力》がそこに集中していることを危惧していた。
「もしその時が来ても、どうにかなるようにするのが私の役目だ」
「イブキ達は違うの?」
「イブキ達はどうしても私の手が届かないところや、やるべきことの障壁を破壊してくれる代替などない助っ人だ。いや、イブキからすれば私が未来の障壁を破壊する鎚か。お前は私達よりもまだまだゲヘナで暮らすんだからな」
その憂いを突破して、禍根も残さないようにする。キヴォトスがグローバリズムで本当に学園都市という一つの単位で数えられるようになっていく社会へと変化している中で、癌を生み出すわけには行かないと躍起になっていた。
最近トリニティとの外交に自ら出向くのもそのため。
冷戦ほどではないにしろ誰がやっても保てるレベルの国際関係の緊張の土台を作らせる。せめて自分がトップになった以上は、領土の侵略を許さないほどの強さを持たせながらも理性も育てる環境を完成させなければならない。
年の瀬、冬の冷たさが彼女の心を急かすように、取り巻く環境を良くしようとマコトは詰めていた。昨今の書類の多さも、その行動故だろう。
「私はイブキたちに楽しく過ごしてもらいたいんだ。あの空崎ヒナも、先生がいない時は不安定だからな。あれの手伝いになるのは少し癪だが、まあ救うやつの大多数に嫌いな奴が一人いても大差あるまい」
「マコトは?」
「ゲヘナから去るその時までの混沌を”私の時代”としよう」
すまし顔で言うが、それでもイブキは頬を膨らませ文句を言いたげ。
「マコトも幸せじゃないとイブキ嫌だ」
「最初に言っただろう、私はイブキ達がいて、万魔殿という帰るべき場所があるで手一杯の幸せだ」
「イブキ嘘つきは嫌いっ!」
「はあ」
繋いだ手も引き剥がされ、少し距離を置かれる。
困ったものだ、と思うがマコトはそれで会話を切るタイプではないらしい。
「なら、そうだな。私は不義理を働いた覚えはないが、改めて誓おうか」
イブキに近づく彼女。
「イブキ、右手をゆっくり私に向けてくれないか?」
「噛んだりしない?」
「しないとも。綺麗でいて欲しいから」
疑心暗鬼なイブキではあったが、流石に長い付き合いだからか信頼という面では大きい。
素直に彼女は右手を彼女の方に、差し出す。
「ありがとう」
マコトは彼女の目の前に跪く。
そっと、下から自分の手を差し出してイブキの手を取り、己の首を差し出すように彼女の手にキスをする。
「えっ……」
純情な十二の少女には、少しときめくロマンチックな誓い。
「私はイブキ達との青春がいちばんの幸せであり、万魔殿とゲヘナの未来のために五体無事のままハッピーエンドに辿り着くことを誓う」
「マコト!」
「だから、そう不貞腐れないで、笑顔を見せてくれないか。お前の笑顔を、全部私やみんなのために振りまいてあげてくれ。幸せなイブキが、一番の宝物だから」
心の中を拭えない故の精一杯の言い訳、それでも変わらない意志を口づけに託した。
マコトは立つと、自然と二人は手を繋いでいる。
「これでよかったか?」
「……うんっ!約束だよっ」
「ああ、約束だ」
いつかイブキが純粋さを失う時が来るのか、自分の行動を振り返って少し恥ずかしくもなる。
だが、冬と住処から漏れる熱は、その心情さえも雪と幸福の奥底に埋めようと彼女達を包んだ。
「折角だから、何か食べて帰ろうか」
「グラタン食べたい!」
「いいな、それにしよう」
冬の昼のことである。