マコトは飯を食べていた。
朝立ち食いそばに立ち寄って、トッピングを盛って食べている。
「あらー議長、今日は結構大食いですね」
「最近は色々仕事があったが昨日終わったからな、だが帰った後に寝てしまったから豪遊したりするのは今日からだ」
「それでうちに金を落としてくれるのは嬉しいですよ。ほら」
1000円以上使ったので、お礼のエビフライが彼女の皿に乗る。
朝とはいえど労働者や生徒が履けた後の時間帯、八時はすでに始業している頃だから彼女以外に客はいなかった。
「そういえば、アリウスの生徒達を労働者として送り出すという話はどうなりましたか?」
「今はもう結構順調だ。アリウス自体も学校として再スタートしたからな、十分に連邦生徒会のサポートを受けられるからもう煩う必要もない」
「そうですかあ」
店員の抜けた声だが、心地いい。熱いものを食べてる時に服の隙間に抜ける冷風ほど嬉しいものもないだろう。
「あ、トリニティの方々とはうまくやってるんですか?最近」
「割とな。過激な行動は先生がいるから控えられているし、幹部はともかくトップとは話ができているから問題はない」
「ナギサさんでしたっけ?頂いたという話を」
「ああ……あ?待ってくれ、なんで知っているんだ」
「彼女の匂いがする羽根ペンを持っていたと噂が」
頭をかいて誤魔化すマコト。
そういえば彼女の羽でペンを作ったのをもらったことがあった。
「なんでそうなったんです?」
「色々あってな」
ナギサの精神負担が大きかった時に個人的に接触した様子。
そもそもナギサは今、謹慎中でありながらもシャーレの戦力として外交の切り札となったミカに体調が復帰して政治に復帰したセイア。そこに加えて多角的な視点を持つ政治のため救護騎士団とシスターフッドを交えたかなり盤石な体制で再出発を果たしていた。
しかし、その激動の時代は幹部や下の有権者である貴族達の心象悪化と政治的競争・妨害工作の激化を引き起こしたのは言うまでも無い。
政治があるべき姿を取り戻した時、民衆が信じた政治こそが最強である。しかし政治は数の世界、有権者達がいかに目の前の世界を変えようとも政治のところでは意味がない。陰口を叩くことでの精神的な長期圧迫をはじめとして、賄賂問題などを起こして信用度にヒビを入れたりそもそもが誹謗中傷とデマを横行させたりと安定化させることを嫌う人間が横暴の限りを尽くしている。
「その問題の共有があって、話に乗ることになったんだ。実際それが効果を持って大混乱が起きたら隣国としては波及は免れないだろうし、その流れで戦争になったら大ごとだ。先生への迷惑を掛けるのもあるが、内紛で自滅しては立て直しに1ダースくらいの世紀を捧げる必要が出てくる可能性があるからな」
「で、その話をしている間に致したと」
「……ここだけの秘密だからな?」
比較的ゆっくりと蕎麦を啜りながら、マコトは念を押す。
「わかっていますよ。少しばかり話の方向性を変えましょうか……貴族の一件に関しては何か解決の目処があったりしますか?」
「目処があるからあえて誘発させるようなことをしたんだ。この前、草むしりしたのを覚えているか」
「ああ、あの件」
マコトがミカと接触して、第三者のマルクトと一緒に草むしりをした話が結構広まった。
先生はゲヘナ・トリニティ間の好意的な接触であることを認めた上で、第三者でありながらも懸念事項であったマルクトの安否確認を含めてあの一件を高く見ている。一般市民からしてみても、前者のかなり平和的な出来事が良いように受け止められている。
保守派の人間以外は比較的好意を持っているため問題はなかったが、トリニティの前体制で潤っていた貴族達の顰蹙を買うには十分だったかもしれない。
「その時にこのまま静観しているわけにはいかないと思っていたのだろう貴族達の工作が活発化したんだ。もっとも俗人の左翼のように有刺鉄線にスカーフを巻いてその反動で怪我をさせるなどの行為に出るわけではなかったが、政治合戦がずっと続くものだから疲弊したのだろう」
「ゲヘナの方はどうにかなってるんですか?」
「完全に風土の問題だな。ゲヘナでは政治よりも暴力が勝つから、やはり実力でものを言って筋を通すのが一番なんだ。その道をヒナが示してくれたからな、私よりも彼女のおかげで雷帝時代の悪夢が跳ね除けられている」
「政治家の大義を果たしている人がいてこそ、改革というものが生まれるし興味が湧くのです。その責務を負って笑っていられるトップの元に生活できているのは、嬉しいことですよ」
労働者の意見は、たまに専門家の見識を超える。言葉の重みという雑な括りもそうなのではあるが、必要としているものの本質を一番近くで見ているのだから当然価値のあるものになっていく。
マコトが己自身を認めているのは、その価値があるものを憚りなく言えるようにしている政治体制の維持を、仲間と共にできていると言う政治の中で一番いい状態を保全した自分を労うように誇っている。
「それでも女遊びの悪癖は少しばかり治したほうがいいと思いますがね」
「なんで話を戻したんだ……?」
「ナギサさんは美味しかったですか?」
「とても美味しかった」
「そうですか」
また、海老天がマコトが食べていたそばに放り込まれている。
「ゆっくり食べてるならあって損はないでしょう?」
「つゆも一杯入れてくれないか」
「はい」
注がれて、そばが復活した。
ありがとうといい、一度齧り、啜って、彼女は話を続ける。
「あなたの本命は誰なんですか」
「本命はいないぞ。全員同じ価値で見ている」
「先生の真似事を?」
「違う。私の欲求をぶつけているだけだ」
「最低」
む、と口を窄ませ文句を言いたそうにしているマコトだったが、ここで反抗しても意味はないと考えたのか彼女は少しだけ肩を落とした。
はてさて、そんなことをしているうちに全てを食い終わったマコト。
「支払いはもう済んでますからいつでも大丈夫ですよ。お皿も他の方がいないので、私がお下げしましょうか?」
「ありがとう、頼む」
「ありがとうございましたー。またお越しください」
彼女に任せて出ることにしたマコト。
仕事自体は今日はないが、それでも席でふんぞり帰ることは政治家として大事だと心得ていたのでゆっくり歩いて自分の持ち場に戻っていく。
そういえば、最近色んな人間にうつつを抜かしていたせいでメンバーと一緒に遊んでいないことを思い出していた。
(7月になれば外にもたくさん出れると思っていたから放置していたが、最近はバラバラに行動していることがほとんどだな。市民プールもそうだが、暑いし冷たいものをたくさん食べたいなあ)
ピコン、と音が鳴って彼女はスマホを見る。
《ちょっとマコトー!最近ずっと遊んでくれないじゃない!》
《仕事に色々必要なことがあったんだ。だいたい外交はついていかないって言ったのはそっちじゃないか》
《今日暇なんでしょ?一日遊び倒すから覚悟すること!いいね!》
《仕方ないな。だが、夕方は皆で一緒に何かを食べよう。いいな?》
サツキが最初に爆発したか、とあくびをして歩くマコト。
雨はずっと降っているから濡れて不快な服の貼りつきを考えると嫌な気持ちになるのだが、それは他人も同じこと。
サツキ、イブキ、イロハ、チアキ_______
「はっ!いかん!」
首を振ってマコトは、もう目の前に来ていた扉を開けた。
六月も折り返しだが、あと何週間かは雨が季節の代名詞になりそうだ。