マコトは苦心していた。
なぜなら三不粘を作っているからだ。
「あ、あの……なぜ三不粘を?」
共に朝を迎えることになったナギサは、服をとりあえず着てキッチンまでやってきて絶句している。
「あ、ああ、これか?これは三不粘だ」
「いやそれは分かってるんですよ。なんで作ってるんですか」
「ショート動画見たら作りたくなって」
三不粘の説明はワイン色のツインテールがいるから説明はいらないと思われる。
卵料理の一種であり、くっつかなくてすべすべしているデザートだ。水と澱粉と砂糖と濾過した黄身を十分に混ぜたものを中華鍋で熱しながら混ぜ続けある程度の段階で叩き出し、くっついたり焼けそうになったら油を適宜差してまた叩くを何千回もやるというとかく面倒だが美味しいデザートを_____
マコトは朝の五時から七時までやっている。
「何をしてるんですか本当に」
「仕方ないだろ私だって作りたくて作っているんだから。私は食べないからお前が食べるといい。いつぞやの羽ペンの礼だ」
「それなら生え変わった角の万年筆が」
「鹿じゃないからな!」
鋭いツッコミをしながらも、中華鍋を振り続けている。
「そういえばお前と私の関係が結構いろんなところに知れ渡っているぞ」
「私が広めましたが」
「何をやっているんだ!」
ナギサは何も悪びれることなく、口にする。
「最近貴族への誹謗中傷が強まっていますが、シャーレの庇護だけでは弱いですからね。私自身はゲヘナで改めて平和のために再起しても面白いと思ってますから、あえて戦争というカードをちらつかせているだけですよ」
「怖いことを言わないでくれ。雷帝になりたくないぞ」
「私にとっての帝になってくれるでしょう?」
「絶対に嫌だ」
『あなたがこの学校にもたらした混沌を、あなたを奪ってもう一回伝播させる……その時が来ないことを、祈ってる』
いつかヒナに言われたことを思い出して、少しばかり怪訝な顔を彼女。
自分は自分のままでいたい、そのまま強力な政権と歴史を作り続けることを生き甲斐にしているマコトにとっては雷帝の再来など誰がやろうとも認められなかった。お嬢様にとっては権力と資本は、自分の心と夢を守ってくれないものを知っていたから拒絶こそはしなかったが_____それでも、彼女にとってはヒナとの約束が今一番大事であることには変わらなかった。
そんな想いを反映する理由のない三不粘は、ついに鍋肌で踊り始めた。
「そろそろいいのではないですか?」
「少しばかり動きが鈍いからな、あとお玉のそこにまだ少し粘り気が強すぎるから一回油を差して様子見をすればいいと思う」
「そうですか」
ナギサの羽が、マコトの腰の辺りを包む。
「最近仕事が落ち着いてきたようですから、もう少ししたら私のところにもお忍びで遊びに来ませんか」
「いいかもしれないな。例のパーティーで来たドレスで来ようか」
「……そこまで気合を入れなくてもいいですよ」
「そうかもな」
あの接触以来距離は近くなっていったようで、少なくともナショナリズムに対応する嫌悪感を二人から感じない。イブキに至ってはナギサを歓迎していたのは、彼女が割と本心から穏健派であるという安心感があったはずだ。
「私は貴女が自然としているのが一番好きなんです。ゲヘナの人間はガサツで、しかもそれが個性であると纏ってて……貴女が一番何も飾ってない、綺麗な人だとも思いますから。先生も、ですけど」
「同じ考えだ。ナギサのことは、同じ目で見ている」
「……一緒に生きていたら、きっとあんなことは起きなかったんでしょうね」
あんなこと。戦争一歩手前まで行った、エデン条約の一件。
「今一緒にいるじゃないか。それじゃ、ダメか?」
「人生の最初から一緒に淹れたら」
「それだけはずっと叶えられないかもな」
身を少しだけ寄せて、三不粘を叩きながらマコトは微笑んで口にする。
「私は万魔殿のみんなが好きだ。お前も好きだけど、みんな家族なんだ。一緒に歩いてきたあの道を後悔して、お前のことを羨んで手を繋ぎ続けるほど軽い絆じゃないんだよ。それはミカとセイアも同じように考えてるはずだ」
「……私には、何も能力はなかった。ミカさんも、セイアさんも、私ではずっと見れないところを見て憂いていた」
「私だってはっきりとしたものは持ってない偽物だ。だけど、歩み寄ろうとしたお前は無駄だったのか?そうじゃないだろう、繋がりを保つのは大事な事だ。幼馴染であり続けたいという変化の拒絶から起こったとしても、それは逆を言えば居場所を守ること。それを悪い事だと言いたくはない」
友情の重さは知らない、それよりも重い何かで結ばれている人間しか居ないからナギサになれない。なれないからこそ違いであり、他人でもあり、関われる新たな世界とも言える。
「ナギサはずっと頑張ったんだよ、それでいいじゃないか。悔やむ必要もない」
ミカと共に草むしりしたことを思い出す。
彼女があの罰を甘んじて受けたことによって過剰な対ゲヘナ感情を誘発しなかった原因には、ナギサが皆を繋ぎ止めようと壊れるまで奮闘したからだと思っている。それを罪を犯して理解したミカを実際に見たからこそ、互いに後悔しないようにマコト自身も肯定するべく手伝いをした。
マルクトがやってきたことは偶然だったが、それでも彼女も善意や手伝うことの重要性を示したいから関わったのを彼女は分かっているから、完成した三不粘を皿に載せた後にそっと肩を抱き寄せて励ます。
「ずっと頑張ってどう治せばいいか分からないほど壊れたなら、一緒にかけらを拾って直せばいい。愛で金継ぎ出来たなら、今よりもずっと綺麗になるはずだから。私は惜しまない」
「マコト、さん」
正直、マコトはこの時点で彼女に見えないような角度のままに厭悪していた。
隣の頑張ってきた政治家ではなく、自身に。
体を重ねれば少女のいない世界では唯一の快楽になって歪んだ愛の証明になる。そのまま続ければ、自分達の永遠は同じだと快楽の渇望を他人への想いに書き換えて純然ぶれることも。
その手を使ってまさしく籠絡した自分を嫌うのは、無理からぬことだった。しかも自分が手篭めにしたナギサは、純粋な気持ちで友達を繋ぎ止めようとしていたことを見せつけられたら嫌になるのも無理はない。
(私は何をしているのだろうか。彼女をこのまま沈めれば、自分が口にした友情とやらの崩落だって目の前だと言うのに。私は戦争ごっこも他人を見下す軍神ごっこもしたいわけじゃない。ただ、慰めるだけでこの手を使っては悪魔じゃないか)
そっと肩から手を下ろし、彼女から顔を背くマコト。それも知らないまま寄り添うナギサを見てられないが、彼女を苦しめるのが一番良くないと考えた彼女は、次の声こそ無理せず、少しだけ明るくして促した。
「そろそろご飯も炊き上がる頃だからな。朝飯にしようか、休みとはいえ夕方になる頃には帰るんだろう?あんまりダラダラしてられないからな」
「……ええ、そうですね」
そんなマコトの気持ちさえ知らないナギサの笑顔と共に、二人は食卓につく。
急いで用意した朝飯は思っていたよりも百鬼夜行寄りの朝食で、一汁四菜の本格派だった。互いに昨晩、これがいいなとした所以だ。
「食べようか」
「ええ」
いただきます、と箸を持って食べる二人。
それでもマコトは己への嫌悪感と自分が堕落の根源であると思い食しているからか、食べれど味どころかどれほど熱いかも覚えていなかった。
彼女を知る人間は、まだ起きてはいないし、起きていても近寄れない。
外交という全ての人間に作用する責務を全うする時に、第三者の私情など挟めないから。