羽沼マコトはホテルで朝を迎えていた。
裸体なのはまあいいだろう、たまにあることだ。
ただし、隣にいるのが浦和ハナコだと言う事を除けば、だが。
「うーん……」
ベッドから出ようとしても、彼女が抱きしめて離さない。柔らかい胸、いい匂い、湿ったベッド、彼女についている噛み跡、道具で虐めたと思わしき散乱具合。尻尾用のおもちゃもつけさせたままとあっては合わせる顔もない。
しかしそれらから逃げられないように、抱きしめられている。
なぜ、こうなったか。
『少し、大人っぽいことしませんか』
『ああ、いいぞ』
そんな会話から始まったものだ。
出会ったのは偶然であったのだが、ハナコ側からの提案で大人のデートをやってみることにした。
本来はここまでするものではない、例えでやった分であるなら、色々な私服を買い込んだり、それでものを食べに行ったり、遊園地で遊んだり……つまり”青春”の範囲内で遊ぶ事を前提としたもの。
の、はずだった。
彼女達にはヘイローがあるが、そのヘイローが見えるのは先生のみ。しかも私服で、大人っぽくとあれば彼女達のことを見ても一瞬で誰かと結びつかないのは造作もなかった。
行動が狂人なハナコがその鳴りを潜めて振る舞えばシスターそのもののような気品を持っていて、マコトに至っては例の笑い方をしなければそもそも目立つ制服も着てなければ帽子を深くかぶっているせいで誰もちゃんと彼女の顔を覚えていない(イブキが目立ちすぎるのもあるが)。
で、そのせいでエスカレートした結果、振る舞いだけでバーを梯子するという愚行に走った二人は、勢いのままに飲み漁り。
『朝まで遊びましょう?』
というハナコの誘いに乗って、マコトは必要な道具を買ってからゲヘナでも要人が使うホテルに連れてってから_______
こうなったわけである。
「昨日は随分と飲んでしまったな。その後でこれか……」
我ながら嫌になるな、とぼやく彼女。仕事は幸いなかったのもあってゆっくりチェックアウトの用意をしようと腕を振り払う。
「ダメ、ですよ」
「起きてたのか」
もっと強い力に抱き寄せられて、互いの顔が近くなる。
絹一枚なく、脚も絡み、布団の群れによって起こる暑さが彼女達の肌を汗で濡らすこの瞬間。朝日はまだベッドには差すほどの高さではないが、少なくともクーラーが効いた部屋での密着はその涼しさを凌駕していたとしても不思議ではなかった。
「大人っぽいことをしましょうって、言ったではないですか」
「そうだな。だが、その、なんだ……恥ずかしいぞ。こんなことにまで巻き込んで」
「へぇ、恥ずかしいんですね……私に尻尾を生やして、ぐちゃぐちゃにして……起きてもまだ、感じてしまうんですよ?責任を取ってくださいね」
「さあ、どうしようかな。誘ってきたのはお前だから、泣き寝入りしてもらった方が好みだが」
いけない人、と強く抱きしめられ尚のこと離れられなくなっていく。
「これでも、私は嬉しかったんですよ?自分の意思で大人になって、大人のように過ちを犯して、後悔しない朝を迎えて……みんなには過ちを犯してほしくなかったけど、先生は間違えることができない人だから、ずっと一人で欲求不満になっていたものを抱えてたのを、ようやく解消できました」
「一人で慰められなかったのか」
「私をお姫様にしてくれる人は誰一人としていませんでした。ですから、あの時の行動がなければ充足感はなかった……過ちとはなんて甘美なのでしょう。あなたがお姫様にして、奴隷にしてくれなければ、私はいつか壊れていたかもしれません」
「奴隷にはもうなっていただろう?」
「あなたのように全てを捧げてくれるご主人様がいなければ、私は存在することができませんでした。王子様とお姫様は永遠に血統で繋がった奴隷、あなたと二人なら……」
酷いものだ、と彼女の胸の中にうずくまるマコト。
ハナコの経歴を考えれば無理もない話だった。
シスターフッドには利用されすぎて擦れてしまい、奇行とそれを受け止めてくれる友人達で立て直した後でも反動を御しきれずにいた。奇行はエスカレートして止まることなく、皆が成長してる中で心がそのままであることに焦りを感じずにはいられなかったのは_______
サツキと幾度となく屠っては大人であることを保ち続け、あまつさえナギサに手を出して堕とすことでしか優位性を示せない政治家としての不甲斐なさを隠し続けたマコトと似ている。
「王子様は一人では生きていけない、なぜなら国民の重圧に耐え続けることは一人ではできないから。祝福も怨念も等しく呪い、一人の器に注ぎ込めば壊れてしまう。女王も同じこと、肉欲が加わって人の形をした願望期のような扱いを受けては壊れてしまう……」
二人の唇が自然と交わる。
出来うる限りの皮膚がくっつき、汗で密着し、匂いが充満し、敏感なところでただ濡れて、交わらず、ただ甘い蜜を肌の皿で混ぜてを繰り返し、啜り、ただお互いの愛を手綱に、目の前の奴隷を独り占め。
「だから、王子様とお姫様の二人でようやく世界の全てを受け止められる。私がお姫様になって壊されて、あなたが王子様になって壊れて……泣いて……その先に生まれてしまった愛が、全て。私は今日であなたの全てを終わらせて、あなたは今日、私の全てを終わらせる」
ハナコは押し潰すように転がって、マコトの裸体に密着し、腕を掴んでただキスを続ける。
「ああ、なんて嬉しいことなのでしょう。ただ人の全てを壊して、もう壊れてしまった自分の破片に合わせて密で金継ぎする。汚れているのになにも残さない、甘いだけの何か……」
押し倒している彼女が声を出す度、もう理解者はいないと汗に塗れて涙もこぼれていくハナコに気付けないマコトでもない。
「私の破片は、鋭いだけで優しくない。刃物と角が奇跡的に摩擦で繋がっているだけの、愛で繋がれないだけのもの」
自分を独占しようとする相手の手を振り解いて頬から涙を拭き取って、抱き寄せる彼女の顔は憂いのまま。
「だから私の破片を、お前の中に組み込まないでくれ。浦和ハナコ、お前を殺してしまうのに十分すぎる。それに、私は王子様じゃない_____」
政治家だ。
政治に足掻くだけの一般人に、ドラマ性は必要ない。必要ないのに、女性に対する甘い堕落だけで全てを繋ぎ止めるしかない鎖のドレスを着たままに歩き続けるのが羽沼マコトだった。
「お前が傷ついていく姿は見たくない。この夜の過ちは、お互いが求めて癒すだけでなにも間違いではなかった。だけれども、このまま続ければお前だけ傷つける。それは嫌だ……だから、また、時間を置いてからにしよう」
「私と共に、堕ちてはくれないのですか」
「私が全てに見捨てられた時に、お前は堕ちてくれるか?」
「……喜んで」
互いに手を握り、また唇を重ねる。
甘い香りだけは何を差し置いても前に出るほどで、言葉を多く交わしても陽の光がベッドに差し込まない。カーテンの隙間は、夢の終わりを拒むようにただ影を濃くしている。
ただ少女達の裸体と堕落は、悪魔と交わった少女を絵画のように染みた汗をベッドに滲ませるだけ。
「ごめんなさい、マコトさん。あなたに、あなただけに……」
「言うな。私は、私の手に居るだけのお前だけを……」
太陽という恒星は人を正せない、正す役割を人が押し付けている時点で善悪の判断を放棄した人間の戯言を星が聞き届ける訳はない。
故に、少女達は交わった。
ただ影の中で、誰彼にも背けたい傷を目の前の肉に預け耽る_______