オンボロ船での大冒険の後、万魔殿のメンバーは成り行き極まってオデュッセイアのお詫びで豪華客船を楽しんでいた。
謝らないマコト、いつも通りのイロハ、そして頑張ってる他メンバーのおかげでそこそこ波瀾万丈の物語になったのだったが、折角ならこのお詫びも楽しもうと言うことで彼女たちは被害者という立場に物言わせて様々なサービスを堪能している。
「ねえ、マコトちゃん」
「……サツキか」
やって来たサツキが、覆い被さるように彼女と近づく。
「おいおい、ここは他校の船だぞ」
「そんなことをするつもりはないわ、悪魔には冥府という暗い、暗いベールの奥底がお似合いだもの。月の光ですら眩しいわ」
「そうだな」
「……トリニティの子達と、最近仲良くしているそうじゃない」
言い逃れは出来ないのか、素直に頷くマコト。
「私にはまるで綺麗でいて欲しいなんて言い草で離しておいて……随分と味わったようね。美味しかった?」
「……分からん。血杯を仰いだ訳ではないからな、悪魔は味覚に疎い」
はぐらかすような発言のように見えて、意外と彼女は本心を吐露する。
「最近、ちゃんと寝れてるかしら。起きてる間も、ゆっくりしてる?」
「それは全くない」
ちゃんとするようになってもやっぱりミスはするもので、イロハともある程度落とし所をつけたものの彼女との不和はミス。先生がいなければ最悪死んでいたのを考えると、彼には頭が上がらない。
サツキはマコトを抱きしめて、ゆっくり胸に埋めるように抱きしめる。
「ねえ、どう?私は甘い匂いする?」
「……いや、普通に潮風の匂いがする」
「少しばかり、舌を出して……舐めてみて」
言われた通りにマコトは、舌を出し、胸ではなくサツキの首元を舐めた。少しばかり震える嬌声が掠れて聞こえたものだが、それでもマコト自体は特に反応が変わる様子なし。
「特においしくもないな、肌の感触だけする。肌の遠くにあるちょっとした血の味もしない」
「頑張りすぎなのよ」
2人は両手を伸ばし抱きしめてるが、そこから動くことはない。
「最近はいろんな子達と出会って、色々頭として頑張ってるのはよく理解しているの。でも、それがあまりに重なりすぎて客人を食って移動するゾンビと変わらなくなっていった。そんなマコトちゃんを見続けるのは苦しいの」
「……だとしたら、しばらくは見なくて済むと思うぞ。あの船は消えて、この船で帰るのにはまだ時間が掛かるからな。誰にも繋がらないし、誰にも縛られることはない」
「助かったのに、返したくなくなってしまう。でも私は海の悪魔ではないもの」
流石に困ったものだ、とマコトは考える。
何も感じないというのは嘘だが、感覚というものが日が経つことに薄れているのは理解している。全て政治の範疇だ、と思えば思うだけどんな大きなことも日常の中に集約されていく感覚。動かざるを得ないからこそ体は熱を持っているのに、灰色に見える周り。
「大変だな。この場所でクラーケンに出くわしたらあの生徒達も泡吹いて倒れそうだ、バミューダトライアングルの完成だな」
冗談を言いながらも、サツキの心配事がなくなる訳ではない。彼女の愛情が深いことは、親密になっていることをよく理解しているからこそ、サツキに対して何かしなければきっとこのままだ。
「なあ、サツキ」
「なぁに」
「目を、瞑っててくれるか」
愛している1人に、事実の一つを見せないようにして待たせる。
悪魔は血肉と力と自由に拠り成り立っていることは雷帝時代からよく分かっていたマコトにとっては、彼女に対する感情の全てを流し込む術を取るしかない。
「いっ……」
唇を噛み、痛みに耐え、内側を少し噛みちぎる。薄く、そして鮮やかになるほど多い血の流れに穴が空き、どくどくと流れる。
抱きしめたままだったサツキを、ゆっくり自分が寝ていたビーチベットに転がして押し倒し、その陰に収まるように互いを密着させてキスをした。
互いに声を出さずに、何十秒もそのままにする。
マコトの血はサツキの唇を鮮やかにして、舌に染み込み、喉に流れていく。吸血鬼も悪鬼が一つ、そして悪魔も鬼であるならば血肉を好む。わざわざ一部の肉を噛みちぎり、贄として同族に献上することは遜るどころか『私は貴方のものです』と宣言しているようなものだ。
「私達は贄だ、永遠に民のために肉の一片まで捧げなければならない。だけどサツキ、お前にその”捧げるべき血”を流し込むことは、それだけお前と共にあることがいいことだと分かってる」
「マコトちゃん」
「静かに。今だけはお前を全てから隠す」
キスと共に、血が愛するものへと流れ続ける。
『王子様は一人では生きていけない、なぜなら国民の重圧に耐え続けることは一人ではできないから。祝福も怨念も等しく呪い、一人の器に注ぎ込めば壊れてしまう。女王も同じこと、肉欲が加わって人の形をした願望器のような扱いを受けては壊れてしまう……』
『だから、王子様とお姫様の二人でようやく世界の全てを受け止められる。私がお姫様になって壊されて、あなたが王子様になって壊れて……泣いて……その先に生まれてしまった愛が、全て。私は今日であなたの全てを終わらせて、あなたは今日、私の全てを終わらせる』
天使の皮脂を味わってしまって、それを思い出す度に心の底で首を振る。
自分にとっての悪魔というのが生まれて来てしまって、その悪魔から振り切るように愛を求める。そしてその愛によってまた為政者になった時、誰かのポーズのために何かを捧げさせる。
政治というのは政策などの”問題解決”だけでは動かない。指導者に、大きな物語性がなければ魅力という支持の元が生まれない。
その物語性のためにイブキをお飾りのようにして振る舞っている自分に嫌気が差し続けた。
(一体自分は誰を愛しているのだろう)
という疑問が彼女を巡ってやまない。
唇から吸われ続けた血は止まり、彼女達を繋ぐべき愛の融解は終わりを告げた。
「すまない。時間をかけ過ぎたな」
「いいのよ」
お互いに2人の顔は微笑んでいたが、ただ、目が虚のままのマコトはただ離れて遠くを見ている。
「いつまでも一緒よ、家族みたいに、ずっと」
「ああ……」
そんな愛の言葉も知らず、意味さえ理解しないままに惚けた彼女と、それを心配しているサツキは、今はまだ互いの望み通りになる気配はない。
が、そんな煤れた時間も終わりを告げる。
「おーい!」
と、2人を呼ぶ声がした。
「先生、寝てたんじゃなかったのか」
「あんなことがあった直後は結構疲労感と緊張感でみんな対して腹減ってなかったと思うんだけど、でも時間が経ったらお腹が空いちゃうじゃん?今オデュッセイアの子達に機材を借りて焼肉パーティしようって話になったんだよ!イロハとチアキが準備してるから2人も早く来て!」
「そんなにはしゃぐほどなのか」
「だってでっかいラム肉あるんだよ!食べたないと損じゃん!」
「……ああ」
少しばかり、不適な笑みを浮かべたマコト。
「さっきまで少しばかり反省会をしていたところだ。そろそろ終わるところだったから、丁度いいタイミングだったな」
「じゃイロハにも笑顔を見せないとね。待ってるからー!」
「すぐに向かう」
先生は大はしゃぎで、焼肉パーティーへと戻っていく。
「私達も移動しましょうか。待たせたら可哀想でしょう?」
「そんなに慈愛に満ちる必要はない。私達は万魔殿、胸を張って美味しいものを食べるのだ」
笑って、2人はベッドの群れを後にする。
近づくにつれ、美味しい匂い。
それに釣られない悪魔はいなかった。