陰謀によって銃を取らせ、謂わば国取り合戦をさせかけた責任を感じていたマコトは、それが自分の責任ではないことを知らしめる者達によって己の地位も名誉も守られていた。
ただ、そう言う革命の過去は指名と義務と、兎に角成功するべくして成功した者にとっては時たまにその苦痛を思い出し、振り返りたくない傷になる事もある。
「……なんだ、これは」
雷帝の遺産による学園転覆未遂で捕まった五十嵐ショウコの逮捕から始まった後始末の続くところ、過去を思い出してはたまに蹲るほどの何かの躓いたマコト。
そんな彼女を囲むように、寝ていた広いソファには渦のような、逃げられないほどに巻き込無ほどに万魔殿のメンバーが寝転がって群がるように寝ていた。
イロハは布団のように覆い被さっており、イブキは背中はまかせろと言わんばかりに背を引っ付けて寝ていて、サツキは物凄い力で抱きしめている。
皆、NKウルトラ計画によって引き起こされた精神干渉によってマコトの一言にひどく憐憫を覚えたらしい。
「……痛い」
政治家になって久しく、取捨選択の彼方に忘れた記憶の痛みは、あまりに壮絶な時代を隠せるほどに築き上げてきた“マコトの成果”によって感覚すら思い出せないと思い込んでいた。
故に精神から引き起こされた過去と、それに類する幻肢痛に近い症状に、ここ数日間悩まされている。
その一言が聞かれてしまっていたか、と思ったものの既に手遅れなのは少女に手を出した快楽に溺れて久しいこの羽沼マコトにとっては雷帝との痛みがそれだけ根深く残っていたからに違いない。
「マコトちゃん……?」
「起きてるぞ」
「……」
サツキが起きたのはマコトが動いたからに他ならない。
「おはよう、寝起きとは思えないほど整っているな」
「私だもの……いや、そうじゃなくて」
強く抱きしめられて意識するのが快楽だけとは堕ちたものだなと嘲る彼女に、サツキは問いかける。
「痛くない?」
「分からない。起きていたらまた思い出してしまうかもしれないから、きっと治らないかもしれない」
「ああ、可哀想に。私が催眠術で消してあげちゃおうかしら」
「洒落にならないから勘弁してくれ……それにイブキとイロハに押されてて傷があっても押さえられてて痛みを感じない。それよりは暑いぞ」
下手に退かせない性分には辛い拘束で、目の前の少女に身を寄せる以外になく、マコトの顔に彩は消えていく。
「あの事件が起こるまでは、私は結構能天気で、陰で手を出して遊んで、最低だと嘲ってただけの少女だったはずなのにな……ついぞ、悲劇のヒロインにまで降格してしまった」
「そんな事はない」
三人目の声がした。
赤い布団の向こうから、白い毛布がやってくる。
「空崎 ヒナ」
「しばらくはあなたと仕事しなければならないから、ここを自由に使わせてもらうわ」
「好きにしろ……精神疾患で休む代わりに好きに仕事をさせてやる……」
「随分とやつれたようね」
遠く、目の光が消えていくマコトはいつかヒナに言われたことを思い出した。
『ずっと、ずっと面白いゲヘナを作り続けて。あなた自身がつまらない人間になったり、つまらない人間に踊らされ続けるなんてことをしたら、私は承知しない。意地でもあなたを奪いに行く』
告白されたのがいつだったのかを今すぐには思い出せないほどに、彼女は疲れていた。
「そんなになるまで頑張ったんだから、たまには休んだらどう? 夏休みだって遭難してたって言うほどだし、誰も責めないと思う」
「今離れるわけにはいかないだろう……閑散期になったら勝手に取って休みにいく」
「じゃあ私も連れてって。いつもは嫌だけど労ってあげるから」
「む」
サツキの強い抱擁で胸に埋もれるマコト。
「あげないわよ」
「冗談なのに……結構本気なのね」
「お互い様でしょう? だって、貴女には貴女で……」
「そこまでじゃないもの」
取り合いに巻き込まれた少女は寝返りを無理やり打って、ヒナの方へと顔を向けた。
「そろそろ離してくれないか。暑くなってきて涼みたいんだが」
「誰の一言でこうなったと思ってるのよ」
「それは悪いと思っているぞ」
久々にみんなと寝て、その上で誰とも交わらなかった日なんて珍しい。
人としての痛みをよく味わった彼女にとっては、温かみが唯一のセーフティラインであると痛感してしまったようで、どうやらそれをなくす恐怖には抗えないのか親しい間柄の人肌に嫌気がさし始めてる。
「ふう、流石に離れたら涼しいな。何か食べようじゃないか。このマコト様が懇切丁寧に作ったジェラートで一気に朝の活力を」
「ごめんそれ食べちゃった」
「えっ」
ヒナは首を傾げる。
「名前も食べてないからつい全部」
「え、えぇっ!? 全部食べたと言うのか……!」
「美味しいと、つい、ね」
「空崎ヒナァ!」
彼女に駆け寄るマコト。
「な、なんて事をしてくれたんだぁ! このマコト様の大切なジェラートを一晩で平らげてしまうとはぁ!」
「ちょっとは申し訳なく思っているけど、わたしだって頑張ったんだからご褒美くらいくれても良いと思わない?」
「そう思うんだったらちゃんと今回の褒美くらいくれと何故素直に言わんのだ! 洗脳予定の時に戦争に使う金をある程度補填費という名目で好きなものを買ってやったと言うのに!」
「いつもの仕返し」
なんの表情も変えないままに言い切るヒナに、彼女は敗北感を覚えた。
「人のやらかしを勝手に庇う愚か者でも、自分が被害者だったらどうしようもない。パラドックスね」
「平時にもっと苦しめておくべきだったか!」
「まあまあ、2人とも落ち着いて」
起き上がってきた三人目は、二人の間に入って宥める。
「まだ朝が早いし、この時間帯だったらそこまでここは暑くならないからコンビニでアイスを買ってくれば良いじゃない。戦争費用からこっそり色々抜いてきたから、何個でも好きなものを買えるわよ。たまにはコンビニ飯で豪遊も悪くないとは、思わない?」
サツキの提案は魔力を持っていた。
いつも利用する店の、ちょっとした高いものは冒険感や特別感を与える。
日常にある、小さな非日常の扉。
これを開けに行こうとすることは、幸せの新たな一端とする事であり、それを日常の娯楽として摂取している人間との糸口になる事もあるだろう。
「仕方ないな。よし、他のメンバーが寝ているうちにさっさと買いに行くぞ! このマコト様についてこい!」
「ついてらっしゃい。労ってあげるわ」
「あなたたちに従うのは少しだけ嫌だけど、まあ、ありがたくポケットマネーでいつもの分も含めて良い思いをさせてもらうから」
彼女達は軽く着替えて外に出る。
少しばかり内乱があった後なので破壊跡があちこちに見られるが、それでも自力で取り戻した自由の爪痕だと思えば悪い気はしなかった。
今まで積み上げてきたことが傷ついてしまう事は、少しばかりマコトも感傷的になる所はあったし、それは顔に出ているが____
そうなってセンチメンタリズムの奥底に足を伸ばそうとするたびに、サツキが手を置いたりヒナが小突いて戻すから自然と笑顔の方へと傾く。
幸せを取り戻した歴史の一瞬は、残暑がおぼえていた。
(おおかたこの作品で書いていた解釈が合っていて嬉しかったです……レズセ以外は)