「せんせー! イブキねー、大人のになりたいのー!」
「おお、随分意欲が高いねえ」
万魔殿のお部屋では、イブキのためのゾーンを作られていて、そこはデパートやショッピングモールみたいなマットやクッションが置かれた楽しい場所。
「どんな感じのことするの?」
「かっこいいセリフとかー! 大人っぽいセリフとかでー! マコト先輩を堕とすのー!」
「ん?」
廊下に通りかかったは羽沼マコト。
自分を堕とすなんて傲岸不遜だが若干不安をあるような発言が通った廊下から聞こえてきて、少しばかり怯え始めた。
最近心労が祟っているというのに、イブキが覇道を歩むような発言をするとどうしても脚がすくむ。
ただ、自分がいると発言などを萎縮させる可能性もあると考えた彼女は、そっと扉の向こうから覗くことに。
「じゃあ先生が知ってるかっこいいセリフをいくつか教えようじゃないか。こう、キャッチーなの」
「ほんとーっ!?」
無邪気な笑顔に対応する先生も、少しばかり苦慮を強いられているがそれでも笑顔を崩さない。
一瞬だけ気配を察知したのかマコトの方を向くと『任せといて!』と言わんばかりのキラキラな笑顔を彼は放った。
「じゃあ行くよ? 復唱してね」
「うん」
先生は少しばかり呼吸して、セリフを言う。
「帰ろう、帰ればまた来られるから」
「かえろう! 帰ればまた来られるから!」
「感情を処理できん人類はゴミだと教えたはずだがな……」
「感情を処理できん人類はゴミだと教えたはずだが……な!」
急に雲行きが怪しくなってきたが、彼は止まらない。
言ってるイブキも楽しそうなので自粛警察みたいな言い草や態度は控えて、見守ることにした。
「俺の人生にはデザートがなかった」
「おれのじんせいにはデザートがなかった!」
「出し切ろうぜ」
「だしきろうぜ」
「一回だけですよ?」
「ンピャアアアアアアアアアアアーッ!」
なんと、ここで部屋を突き破って虎丸が乱入。
イロハが少しばかり剣幕な表情で先生を脅してる!
「なんで先生はそんな教育に悪い言葉ばかり教えるんですか!」
「なっ
「あんな裸革ジャンのリーゼントをイブキの前で見せられるわけないでしょう!? 出し切ってもいいですよここで、砲弾ですけど!」
「アァンヤメテェ!」
流石に騒がしくなってきたのでここでマコトも入場。
「おいおい、イロハ……なんで乗り込んできたんだ。補修費は、まあいっか……」
「マコト先輩もいるなら止めてくださいよ! いくら先生でも子供に教えちゃいけない言葉くらいわかるでしょう!?」
「いやそれはそうなんだが」
流石に輪に混ざって話すことは少しばかり躊躇われたのは、心の奥にしまっておいて。
「ちょっと面白そうだったからつい」
「もうほんとに何してるんですか」
「すまない」
教育に悪いことを見過ごしたのを若干後悔しているが、どうやらそう思っている間に自分のスカートを引っ張る少女に目が行った。
「マコト先輩!」
「イブキ」
イブキだ。
「イブキね、いっぱい言葉を教わったの。でもやっぱり、カッコつけるの難しいね」
「それは、な。言葉ばかりは付け焼き刃で覚えても出てくるものではないからな。イブキはとても賢いし強いが、それだけはもう少し生きていかないとそうパッと誰かを口説き落とすのには足りないかもしれない」
自分がイロハに言ったこと、ナギサに言ったこと、みんなに言ったことを思い返すと嫌になる。
彼女が自分みたいな言い草ができる人間を目指そうとするなら止めたいのは実はそうで、政治屋とは舌の回り方が全てであると痛感している身としては目の前の少女が育ちたいと言うのを拒否したくはない、が_____
「だがまあ、背伸びすることは悪くない。悪くはないが、そうだな。私はもう誰の手にも堕ちるつもりはない、そうなる時はもう」
心がある、なんて嘯かれる胸の真ん中で拳を握る。
「マコト先輩」
少しばかり顔を背けたくなるような状況の中で、イブキは言葉を口にした。
「どうしてもイブキはね、マコト先輩を惚れさせてみたかったの。あんな強引なやり方じゃなくて、自分の力で苦しめないようにって」
「……」
喉を締め付けて愛を囁いた日、それが傷になっているのかもしれないと賢いイブキは理解している。
そんなことがあった後でさらに、五十嵐ショウコによる雷帝の遺産を使用したテロが起こったのだから雷帝というただ一点で心が離れ気味だったのを、気にしていた。
「でも、やっぱり難しいな。イブキにはどうやってマコト先輩と距離をもっと縮めればいいか、わかんないや」
「そんなことはないんじゃない?」
先生が口を出す。
「先生?」
「なぁんだそんなことだったら言ってくれればよかったのに。それだったらもうやれることは一つだよ、たった一つさ」
イブキの方に近寄って、アドバイスをする。
しゃがんで少し、マコトに聞こえないようにしながらの助言。
「どれだけ思っていても伝わらないことだってあるし、自分の中に湧き出てしまった怖い想像とかが邪魔することだって当然ある。けれども、案外そういうのって”どうなったらそうなるか”を説明できない場合は案外杞憂だったりするんだ」
「先生」
「だからマコトには思いっきり、好きなら好きって言ってみてもいいんじゃないかな」
先生はそういう他ないが、何も諦めや適当の話ではない。
少女しかいない政治の世界では大人っぽく振る舞う必要があるし、それをイブキは理解していないわけはなく、その癖が抜けてないマコトが少し素直さが欠ける時があることは理解していた。
だからこそ、イブキが許されるその幼さもまた武器になる、いや、今だからこそ武器にできる力を誰かに愛してると伝える”言動力”にできるのではないかと、彼らしい背中の押し方。
「じゃ、頑張るね」
「うん」
イブキは勇気をもらって、マコトに抱きついた。
あの時とは違って正面から、思いっきり飛びついて、その上で離れないように抱きしめる。
だけど喉元に迫る尻尾も角も牙もない。
「イブキ、マコト先輩が大好き! マコト先輩は伊吹のこと、好き?」
「……」
ならば答えは一つ。
彼女が雷帝の遺産のようなものと言ったとて、注いでた愛情は変わらない。
お互いに察しが良くて、内面の波に触れれるようなものだから、離れていって。
でも、それは本当に思っているかどうかなんて確証はないし、ならば自分達はもう一度近くで話し合ってみなければ一生交わることもなくなる。
「ああ」
マコトはそれを実感しているからこそ、言えるのだ。
「大好きだぞ」
と。
それはもう今までやって来た愛よりも、すごく重くて手放しにくいもの。
万魔殿の皆と育んできたものと同じだけど、イブキとマコトのつながりをはっきりとさせるのはその”好き”という言葉だった。
「わーい! イブキ大好きー!」
「ああ!」
なんともまあ微笑ましい。
むしろこれくらいハッキリと好きだって言える世界、いや、政治なのか。それを作り上げたマコトだからこそ許されるのだろう。
それで二人の蟠りは無くなった、と言っていいはずだ。
「微笑ましいですね、先生」
「うん、こういうのでいいんじゃない」
イロハと先生はその様子を見守っている。
しばらくはそのままにしておこうと、二人で歩いて部屋を出る。
それも構わずに、イブキをマコトは抱きしめていた。
昼下がりになろうという頃には腹を空かせて出てくるだろうが、しかしそれまでは重要なこと。
愛の形というものは、そうそう見えるタイミングがないのだから。