「おはようございまーす!」
「ああ、おはよう」
ゲヘナ、朝9時。
仕事初めであれば普通な時間だが、今日は入ってきた少女とマコト以外はいない。
「どうしたんだ?チアキ」
「議長聞いてくださいよー!色々面白い写真を見つけたんです!」
「ほう?」
元宮チアキ、と言う少女。
万魔殿の書記であり、週刊万魔殿という定期新聞の製作者。
中々スタイルが良いとも聞く上に、明るいので結構気を引かれる奴が多いとか。
そんな少女が持ってきた写真。
「これです!」
「ん?」
出てきたのはイブキの像の建設現場。
「うわあ!なんだこれ!」
「最近イブキの像が沢山作られてるんだよ〜、いやあ嬉しいねえ」
「嬉しいは嬉しいが……一体何が?」
「えー、身に覚えないですかー?議長が始まりって事だったんですけど」
「なにがだ」
「これですよこれ」
チアキの懐からもう一枚の写真。
「ほら」
「アッ」
見せられた方は頭を抱えた。
これはチアキではなく別の生徒が撮ったものだが……イブキの手にキスをしているシーン。実は撮られていたのである。
「あわわわわ、ちょっちょっと……撮られてたのか」
「すごい慌てようですねえ」
「慌てるだろ」
しかし、これを見るだけで像を作るとは一体何事だろうか。
「で、なんでこいつらはイブキの像を作っているんだ?」
「なんでも〜、議長が王子様だったことが判明した〜!なんてみんなはしゃいじゃって。ならば王女様も必要だよね!ってなったらしいとか」
「ヤの字が優しさ見せたのとそう変わりはないはずだが」
「それ自分が悪い人だと言ってるようなものですよ」
「ゲヘナはそう言ったやつに事欠かない地域だからな、統括してる私もその内情に関わらずまとめている時点で変わりはしないだろう。世間というのはそういうものだ」
愚かだと見下すわけではない。
騙せないが、操れないわけではない。それがいつの世も同じ民衆というものだった。
どう立ち回るか、というものに気を揉むが、乗れれば思いのままに操れる。
まあ、今回は想定外の出来事だったが。
「その……なんとかして、像を作るのを中止することはできないか?」
「うーんみんな熱心で、下手に破壊するとちょっとだけ困るかもしれないですねえ」
「デモに繋がるか?」
「それはもちろんそうなのですが、何しろ石工を始めとした職人達が熱を上げ始めましてね。お祭りに達しそうです。私としてはシャッターチャンスが欲しいので、正直止めてほしくはないなあ!」
「お前なあ。だが、まあ。決められた祭りをするならともかくこう突発的な祭りは、最悪無秩序が横行することになるぞ」
先生から聞いた話がある。
彼がいた国、日本では突如渋谷という場所で無許可で突発的なハロウィンパーティーが始まり、トラック転倒をはじめにゴミの散乱など悲惨な目にあった。それらの対応をするために渋谷の公務員は苦心したという。
それにここはゲヘナ、最悪銃弾が飛び交うのでその中に無造作に薬莢が転がるのも考えたら最悪死人が出かねない。
「うーん。でもこれ認めちゃうとその概念を認めることになりますよねえ」
「うっ、それは困る。矢面にイブキを立たせたくない」
「大体これ女の子を騙すためのやつですし」
「そういうこと言うなっ」
デコピンをかますマコト。
「いったぁ〜!」
「しかしまあどうするか。このまま潰してしまうのも困るが」
どうしようか悩む。
イブキが特別な存在なのは確かにそうだが、それを政治的な意味で強めたくはない。12歳の少女には正直荷が重過ぎる。
かといって潰すと、石工などいずれ遺産となるものへの挑戦をしている奴らの食い扶持と矜持を潰しかねない。これは文化保護の観点でよろしくないとも考える上、かといって今失わせるには早すぎた。
政治家としては悩ましいが、こういった娯楽への課題も投げかけられるのはとうの昔に承知している彼女は唸り声さえ上げて考える。
「うーん……いいや、待てよ」
「おっ、なんか思いつきました?」
「いっそ全員作って貰えばいいんじゃないか?」
「え?」
チアキは素っ頓狂な声で聞き返す。
「よく考えてみたらわざわざイブキだけって言うのは寂しいと思ってな。なら全員の分作って、それを威光として色々なところに置けばいい。気づくのに時間が掛かった」
「おおっ!いいですねえ!」
「そっちの方が平等だし、面白いだろ?まあ私はいつもあるから別にいいが。せっかくなら作ってもらえ」
「いつもの唯我独尊ぶりが嘘みたいな提案じゃないですか〜、なんかありました?」
「キキッ、部下の労いも必要だと思っただけのことだ」
一度、彼女はここで言葉を切る。
(正直、願っても無いチャンスだな。あの時のキスがこうなるなら怪我の功名と言ったところか)
お祭り事を前にして、ひどく冷静なマコト。
(折角ならここからお祭りや現在の万魔殿の支持率を程よく上げるのも悪くないからな。市民がアレ……雷帝みたいなのを望まないように仕向けるにはいいきっかけになるだろう)
たまにどこかで思い出し、その度に嫌な気持ちになる。
雷帝、かつてキヴォトスに混沌をもたらした女のことだ。
(空崎ヒナでさえ私と協力するような雷帝関係。あれは部下により失脚させることができたが、それでもすぐに消えたことによって遺物がどれだけ残っているかも分からない。今、万魔殿と言う最高の議会制を作り上げれたならそれを未来まで維持する義務が私にはある)
彼女にとっての憎き敵を思い出すと少なくとも顔から笑みは消えるもの。
祭りを肯定するのも、万魔殿と言うものをできる限り俗化させるのも、全ては雷帝時代のゲヘナを生み出さないための頑張りだ。
破壊は空崎ヒナでもできる、だが政策からその目を潰すのは今、
「おーい」
チアキの呼び声も聞こえないほど、考えに耽る。
(もっとも、政治的なものを増やし過ぎるとそれはそれで困るか。まあ、イブキ以外に興味を示さなかったらその時はその時。私が慰めて、ポケットマネーで作らせればいいか。もっともイロハは興味なさそうだが)
考えというのは一度始めたらやめられず、周りが見えなくなりがち。
無論、それを終わらせるような奴もいる。
「えいっ」
「冷たっ」
指先の冷たさに驚いてちょっと震えるマコト。
「おいおい急になんだ」
「それこっちのセリフですよ。急に私置いて勝手に明後日のこと考え出すんですもん」
「そんなにか?」
「嫌がってそうな顔してましたよ」
悪魔は顔に出やすい、というのを思い出して彼女は自分の頬を叩く。
「いや、すまない。つい色々な」
「今はまだ少し忙しいですからね、でもせめて人の話の途中にそうするのはやめません?」
「悪かった。昼飯を奢るで勘弁してくれないか」
「じゃありがたく頂いちゃいましょう!
で、どうします?像関係」
改めて聞かれれば、マコトは元気よく指示を出す。
「ではこうしよう!イブキから万魔殿メンバーの記念像作りのコンテストを開催しよう!一チームに付き一つ!最優秀賞はゲヘナ本校に飾って未来永劫語り継がれるようにする!これでどうだ!」
「おおー!やったー!じゃあそれで早速週間万魔殿に載せちゃいます!」
「後で関係各所にも先んじて通達しておこう」
「はーい!」
これで、チアキとマコトは別れた。
また一人、この事務所に残ったことになる。
「チアキの言う通りだな。何でもかんでも嫌なことに繋げるのはよくない、そのままを触れれるように彼女も写真を撮り続けてるじゃないか」
さて、そろそろ自分も仕事に向かおうか。
9時半、今日の書類はあまり無い。