マコトは本を読んでいた。
ベンチに置きっぱで、分厚く表紙がわからない、しかも中身はどぎついレベルの百合ものを。
周囲は何か怪しいものがないかのチェックをしているのだろうと、エロ本を読んでいるのを気にも留めない。人望ゆえか、むっつりだともすけべだとすら思われてないようだ。
「あ!私の!」
「来たか……ん?」
黒い翼の生えた少女が一人。
「トリニティのか。どうした、こんなところに一人で来ては危ないじゃないか」
静かに本を閉じ、立ち上がり、エロ本読んでたやつとは思えないほどの平常さでやってきた少女を迎える。
「そ、その本忘れちゃって……と言うよりそれ読んでてなんともないの!?」
「これも社会の一部だ。拒絶する理由も恥じる理由もない、忘れ物・落とし物であれば公序良俗に意図した叛逆をしたいわけでもあるまいし。
だがゲヘナに来た理由は教えてもらおうか。場合によっては、私が送り届ける羽目になるぞ」
「え、その……」
「落ち着け、私は食わない。ここにいる奴らも、法律を知らん愚か者ではないからな」
薄紅色の髪をしてる上に身長差もあるくらい相手は小さい。
「わ、わたし。友達の買い物に付き合ってここまで来たんです!モモトークのやつがあって」
「ああ、あのイベントか。道に迷ったか?」
「なんとか戻ってくるまでは来たんですけど……」
「なら送ろう。ここら辺の土地勘は私の方があるからな」
本を返し、手を繋ぐ。
逸れないようにするためだ。
「……ありがとうございます」
「恥ずかしがる事はない。私はこれでも忙しい身でな、明日には読んだ内容も忘れてるさ」
いや、日を跨かずして忘れるだろう。
現に今もちょっと抜けているし。
「ところで、お前。名前は?」
「下江コハルって言います」
「そうか」
「あなたは?」
「私は羽沼マコト、万魔殿で議員をやっている」
「ほぼトップだ……!」
「怯えるな、食おうとは思っていない」
半ば冗談を飛ばす。
マコトはコハルのことを知っている上で、警戒をしていない。
先生がえらくほめてた生徒のひとりであるし、トリニティのミカがなんとか自分のバランスを取って自律しようと思えてる一員だと考えていた。彼女の気分を害する事は得策ではないのを見るに、寵愛という贔屓を目の当たりにしているようではあるが。
「しかし、その友人とやらはペロロにご執心なんだな」
「とっても好きなんです。そのために学校のテストをサボるくらいには」
「それは頂けないな」
「みんな悪いふうには捉えてはないんですけど、設立したナギサ様も含めてテストをほっぽり出さないように調整したりとかしてます。それくらい好きなんです」
「ああ……それは可哀想に。振り回されて大変だな」
素直な感想だった。
「あ、あの」
「なんだ」
「わたしたちについて何か思うところって、あったりしますか……?」
「ないな、どうして?」
「すみません、ずっと笑うこともしないままなので。もしかしたら不快にさせちゃってるのかなって」
どうやら怖がっているらしい事は伝わる。
まあ表面上とはいえ、笑っているトリニティの生徒が相手だ。無表情、ないし
「北国の美人は無表情であることが多いように________ゲヘナも冬は冷え込むからな、表情筋が汗と共に凍えて張り付くせいで意識してないと笑顔を忘れがちだ。トリニティはどうだ?」
「みんな笑ってます、裏に何を思ってるか分からないけど」
「お前が落とした本みたいに、か?」
「ひゃっ……!」
赤面するコハル。
「ああ、気を悪くしたならすまない。トリニティの人間はそれを隠さないだけで、この世界の全員がそういうものを持っているんだ。心の中にな。私にも、そう言った感情がある」
「たとえば?」
「今日は大盛りのカツ丼を食べたいなあ、いや、ステーキ食べたいな。とか」
「ふふっ……なんですかそれ」
「大事なことだ。それがないと生きてる理由も無くなるからな」
歩いていると、なかなか人集り。
「それが悪意にならないように、心の悪魔と一生懸命話し合うんだ。それができない奴はゲヘナにも多いから堂々と言えないが……でも、それができているやつは尊敬しているぞ。下江コハル」
「え……」
「他人の悪魔にさえ立ち向かったやつは、もっと好きだ」
ミカへの虐めをたった一人でも糾弾した女。
ゲヘナにとっても交渉相手が安定するための味方であるが、本人の心情的にも好印象だったのだろう。
そう言った人間には政治の形式ではなく、政治によって何を成すかを考える力と決意がある。たとえ本人がその道を望まなくとも、確実にいい影響を及ぼせる。
「だからその分のお礼でもあるんだよ、この親切は」
「……わたしのこと、知ってたんですね」
「補習授業部の話は一時期議会でよく出てたからな、まあ政治的脅威はないって判断したから危害は加えないぞ」
浦和ハナコ以外は、だが。
余計な事は言わず、話をしていれば着いたのは。着いたところで見つけないと意味はない。
「ところで、見つかるか?どこに居そうだとか、あったら助かるんだが」
「時間的には抽選販売は終わってるだろうし、多分普通に物販エリアにいるんじゃないかな……もう少しだけついて来てもらえますか?」
「勿論。ここまで来ていて一人にはしない」
手を繋いだまま歩く。
寒いと思われていたが、祭りの熱気がそれを緩和する。
「マコトさんってこういうお祭りは好きですか?」
「ああ、大好きだ。あいにくモモトークは使ってるだけでここまで熱狂的にハマる事はないが」
「そうなんですね……あ!」
繋いだ手は離れ、着いていく。
「ヒフミ!」
「コハルちゃん!」
ペロログッズを持ち歩いている少女。
阿慈谷ヒフミだ。
「探したんだよー!探し物でいなくなっちゃったら困ります〜!」
「ごめん!でも優しい人が送ってくれたの!万魔殿の議員なんだって!」
「あーじゃあ」
待っていた少女が見た先。
「あ」
ヒフミはちゃんと覚えていた。
それが万魔殿の議長であることを。詰まるところ、最高権力者であることを。
だが、先手打ってヒフミに彼女は伝える。
己の口に人差し指を当てて。
「ありがとうございます、送っていただいて」
「キヴォトスの祭りだからな。どんな人間でも迷っていたら手を取って助け合うのが仕事だからな」
「お忙しいのに、お時間は」
「気にするな。仕事帰りだ」
互いにウィンクで意思疎通をしたようだ。
「だが、私はまだ用事がある。あっちでな。少し時間を食ったので、失礼しようと思う」
「待ってください。せっかくならこれを」
ヒフミは、たくさん買っていたペロロのペンを出す。
「これペロロ様のシャープペンです。もしよければ一本、どうですか?」
「自分のために買ったのだろう」
「きっとペロロ様は自分のグッズがお礼になるのも嬉しく思うので……何よりも見知らぬ土地で迷っていた友達を案内してくれた人にお礼しないままは苦しいです」
「そこまで言うなら素直にもらおう。ありがとう」
「はい……!」
ペロログッズのボールペン、ペンの頭にみにペロロ様。御威光ありて、感謝の礼。
「では、失礼する。どうか楽しんでくれ」
「はい!」
「ありがとうございましたっ!」
二人に手を振って、マコトは歩き始めた。
いいことをしたな、とは思っていない。補習授業部とやらのメンバーをよく見れただけでも今日の分の収穫はあった、とドライな考え方で片付けている。
「……私こういう扱いづらいの滅多に使わないんだよな。あの二人には申し訳ないが、もっと使ってくれそうなイブキにプレゼントしよう」
ペロロもあの顔だが、心なしか喜んでいるように見える。
そんな冬の昼のことだった。