紅魔館の日記・ある一日の記録   作:幻想郷まったり書庫

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パチュリー・ノーレッジの一コマの日常シーン
彼女が起きて寝るまでに何を考えているのか

そんな作品


パチュリーの日記・ある一日の記録

 

【挿絵表示】

 

昼をだいぶ過ぎてから目が覚めた。

起床と呼ぶには曖昧で、正確には「眠りから浮上した」といったほうが近い。遮光結界の内側では、時間は数字として存在しない。

光も音も遮断され、残るのは身体の不調と、頭の中を巡る思考だけだ。

 

 

昨夜は湿度制御の補助式を見直していた。

紅魔館の空気は安定しているようで、微細な揺らぎが多い。人にとっては誤差だが、私の肺には露骨に現れる。

咳が止まらず、薬を飲み、書き直し、また咳き込む。その繰り返しで、結局眠りについたのは明け方近くだったはずだ。

だから昼を過ぎた起床は怠慢ではなく、必然ということにしておく。

 

目を開けても、すぐには動けなかった。

体調が悪い日ほど、頭だけが先に起きる。

 

七曜の配列が脳裏に浮かび、未完成だった陣式の欠損が、勝手に補完されていく。夢と現実の境目で得られる解答は、往々にして正しい。問題は、それを確かめに行く体力があるかどうかだ。

 

しばらく寝台の上で呼吸を整え、薬棚までの距離を測る。立てる。歩ける。ならば行くべきだ。研究は、体調が整ってからやるものではない。体調が悪い日にしか辿り着けない地点が、確かに存在する。

 

寝室を出ると、廊下はひどく静かだった。

紅魔館は夜に生きる館だが、昼過ぎのこの時間帯は、最も音が少ない。

足音が絨毯に沈み、時計の気配すら遠い。

大図書館へ向かう途中で引き返す選択肢も頭をよぎったが、考えが既に前へ進んでいる以上、身体だけが遅れる理由はない。

 

扉を開けた瞬間、慣れ親しんだ匂いが肺に入る。紙、魔力、インク、埃。それらが混ざった空気は、外のどんな環境よりも呼吸しやすい。ここは私の生活圏であり、避難場所であり、仕事場だ。

 

小悪魔は既に動いていた。

私が来る前提で用意されたかのように、机の位置が少しだけ変わり、返却本が属性別に積まれている。分類途中なのが一目で分かるあたり、彼女らしい。私の起床が遅いことを気にする様子はない。

ここでは、時間よりも秩序が優先される。

 

今日は高所書架の点検から始めた。

湿度は問題なし。

火属性の棚も安定している。

水の書の一冊だけ、綴じが甘くなっていた。気づいたのが今日でよかったと思う。あれは湿気を吸うと、一気に劣化が進む。小悪魔が付箋を挟んでいたので、対応は後回しにせずに済む。

 

途中で何度か咳が出たが、止まった。

無理に抑える必要はない。身体は正直だ。無理をすれば、後で必ず帳尻を合わせに来る。だから今日は紅茶を後回しにした。温度管理のためではなく、作業の集中を切らさないために。

 

魔法陣の再確認では、昨夜の補助式が正しかったことを確認できた。

誤差は許容範囲内。むしろ、想定より安定している。

体調が悪い日に組んだ式ほど、無駄が削ぎ落とされる。皮肉だが、経験上これは事実だ。

 

作業の合間に、小悪魔の動きを視界の端で追う。

本を運び、記録を残し、また棚に戻る。

その一連の流れが滞りなく続いている。

助手がいるというのは、作業が楽になるという意味ではない。判断の速度が上がる。確認の手間が減る。それだけで、研究の密度は大きく変わる。

 

深夜が近づくと、大図書館の空気が少し落ち着いた。館の気配が変わるのが分かる。私は今日の進捗を簡単に整理し、最低限の記録を残した。長文は書かない。記憶が新しいうちは、要点だけで足りる。

 

今日は遅れて始まり、静かに終わった。

それでいい。研究は劇的である必要はない。環境が整い、式が安定し、身体が保った。それだけで十分だ。

 

こんな内容でいいのかしら。

日記というより記録になった。

 

でも、これでいいのよ。

大図書館は逃げない。

そして私も、ここから離れる理由はないから。

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