千年続いた栄華を誇る帝国、に属するとある小さな村に一人の少年が居た。
少年の住む村は貧困である。そして少年は自身を育ててくれた村を救いたいと思っていた。
だが少年には力が無かった。力が無ければ村を救うどころか一人で生きる事など出来はしない。
そんなある日、危険種が村を襲った。結果としてその危険種は元武術師範の退役軍人が斃したが、何も出来ず逃げ回るしかなかった少年の心には悔しさや虚しさが募り、自身の非力さを呪った。
故に少年は強くなろうと決意する。
少年は自らの肉体を虐めて虐め抜いた。内容とすれはただのトレーニング。一日に腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、ランニングを10km。これらを毎日休む事なくこなした。
食事は勿論一日三色きちんと食べた。朝は果物など軽い物を食べた事もある。そして極め付けは夏も冬も同じ服(替えは沢山あった)で過ごした。
当然ながら、最初は死ぬほど辛いと感じてしまい、一日くらい休もうかと考えた事もある。
だが少年は強くなり村を救う為、どんなに苦しくても血反吐をぶちまけても毎日続けた。
足が重くなり動かなくなってもスクワットをやり続け、腕がプチプチと変な音を立てても腕立て伏せを断行し、精神的限界を超え肉体的限界が来ようとも一度として休む事は無かった。
そしてトレーニングから四年が過ぎた頃、ある変化が訪れる。
髪が色んな意味で物凄く強くなっていた。
風呂に入りどんなに頭を洗ってもその髪型が崩れる事は決して無かった。それどころかその髪は尋常外の硬度を誇り、あらゆる刃を受け付け無い髪となっていたのだ。
髪を切ろうとしてナイフを使おうとすると、逆にナイフが刃こぼれしてしまう程に。
時に元武術師範の退役軍人に剣で頭を斬って欲しいと頼み、退役軍人はその頼みに対して抵抗したが、最後はどうにでもなれとなり半ばヤケ気味で剣を振るう。結果として少年の頭が斬れる事は無く、逆に剣が刃こぼれするどころか折れてしまった。その光景を見た退役軍人はその場でしばらく呆然としていたそうだ。
戦闘面は更にとんでもなかった。再び危険種が村を襲った時があったのだが、その時は最悪な事に超級危険種が襲来してしまったのだ。
村の人々は超級危険種を見て終わったと誰もが思ってしまう。退役軍人ですら太刀打ち出来ないほどであるそれは村を駆逐してしまうと誰もが思い、諦めていた。
そんな絶望的な状況をたった一人の少年が打ち砕く。
それもワンパンで。
村の人々は目を疑った。だがそれよりも村が壊滅しなかった事を喜んだ。そしてそれ以降少年は村の人々から英雄視されたのだ。
だが同時に彼は知る。自分の力は己の想像以上に荒唐無稽になっていた事を。超級危険種をワンパンで屠った彼は自身の力の全てを悟った。しかし少年はトレーニングを辞めるつもりは毛頭無かった。寧ろこのままもう一年間続けて更に強くなってやろうと思ったのだ。
村の危機を救ってくれた少年をヒーローと呼んでくれた事が嬉しかったから。無力さに打ちひしがれていたあの頃とは違うと村の人々が証明してくれたから。少年は更に強くなろうと思い、トレーニングを続けた。何よりこのトレーニングが好きになっていたのだ。
その日から『趣味』でヒーローを始め、トレーニングをこなし、危険種をワンパンで狩り、子供達と遊ぶ、そんな日々を過ごした。
そんなこんなであと一年間トレーニングを続けた結果───
───少年は強くなり過ぎたのだった。
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帝歴1024年。とある街道にて。
「あー……長い。道のりが長い」
少年は一人歩き続けていた。
その少年の名をタツミと言う。
とある小さな村にてトレーニングを続けて五年、
「どんだけ道のり長ぇんだよ。道中で盗賊に出くわすとかツイてないな俺……」
嘆息しながら言うタツミの言葉通り、二時間前に彼は盗賊と遭遇していた。結果は今の彼を見れば分かるだろう。
「とゆーか俺が出稼ぎに行く直前でサヨとイエヤスも一緒に行くとか無理があるだろ。まだ俺より七歳も年下なのに」
故郷には妹分と弟分がいる。二人はよくタツミに懐き、タツミもよく遊んだものだ。二人と遊ぶ前にトレーニングは終えていた為、遊ぶ時間は幾らでもあった。
特に妹分であるサヨはタツミをお兄ちゃんと呼び、いつも引っ付いていた事を思い出す。勿論イエヤスもだが、二人とも素直なのでこのまますくすくと育っていってくれれば嬉しいと思ったタツミである。
「可愛い奴らなんだけど、どうしても俺に依存しすぎだと思うんだよなぁ。出稼ぎに行く日とかめっちゃ泣きまくってたし」
そしてタツミが帝国に出稼ぎに行く日は二人して泣き叫んだものだ。タツミは二人をあやすのに三時間も掛かってしまった。強くなり過ぎたタツミだが、彼が最も倒せないと思うのはこの二人だけかも知れない。思わずタツミは苦笑していた。
「まあ結果的に泣き止んだから良しとするか。ここまで手を焼いたのは初めてだけど」
最終的に二人ともタツミについて行くという爆弾発言までしてしまったのだからタツミも困り果てた。まあ最後は退役軍人の人が巧妙に言いくるめて収拾を着けてくれたのだが。あの退役軍人にはトレーニングの時代から世話になっており、タツミが一生頭が上がらない人物である。今でも感謝してもしきれない程だ。
「……ん?」
そんな事を考えながら歩いていると、タツミは先の街道で起こっている異変を感じ取る。というか視力も尋常外なので普通に見えているのだが。
「なんだあれ、危険種か?」
先にいる光景では街道に土竜が表れ、一つの馬車を襲っていた。
「ど、土竜だぁああぁああぁぁ!!!」
「こんな街道に出るなんて聞いてないぞ!?」
「逃げろぉおぉお!!」
『ヴオ"ォオォォオ"オォオ"!!!』
「ギャアアアアアア!」
「……行くか」
タツミは一歩足を踏み出す。その瞬間姿が消え、土竜の前へと立ち塞がる。
「ッ! 君は!?」
「人助けと名前売り、か。……まあ好きじゃないけどやっておいて損は無いな」
背中のバッグから手袋を取り出し、それを手に嵌める。そしてそのまま悠々と土竜に向かって歩き出した。
「少年! 何をしている! 君が敵う相手じゃない!」
兵士の一人がタツミにそう叫ぶ。普通の人間では到底太刀打ち出来ないのが危険種だからだ。見た目一般人のタツミを見てそう思ったのだろう。
『オ"オォォオ"オォォオ"ォオッ!!!』
土竜が鋭い爪をタツミに向けて振りかぶる。このまま土竜の爪は彼を抉り、血みどろの光景を作り出すに違いない。そう確信してしまった兵士は目を瞑る。
目を瞑った彼は見えなかったのだが、もう一人の兵士がその一部始終を見ており、彼もタツミが殺される未来を思い浮かべていた。
「せい」
『グボオ"オォォオ"ォオォォオ"!?』
「は……!?」
一瞬にして肉塊と化す土竜。その光景を目の当たりにした兵士は目を疑った。
信じられない。
今、何が起こったのだろうか。
彼は先程の光景を思い返す。土竜に襲い掛かられたタツミが何をしたのかと。
───ワンパン。
そう、タツミはただ土竜を殴っただけだ。だがその拳の速さが余りにも速過ぎた為、殴った右腕が全く見えなかった。
理解が追いつかない兵士は呆然とし、もう一人も目を開けたら土竜が肉塊となって死んでいる光景を目の当たりにして同じく呆然としてしまう。
そんな兵士達を他所にタツミは手袋を外した後、手拭いを取り出して血が付着した手袋を拭いている。
「き、君は一体何者なんだ……!?」
「ん、俺? 俺は───」
土竜をワンパンで倒した後にも関わらず平然としている彼は、その顔に少し笑みを含めてこう言った───
「───趣味でヒーローをやっている者だ」
───彼はこの先もワンパンで様々な危機を乗り越えて行く事になる。
もしかしたら続くかも知れないし続かないかも知れない。