「今日の遊園地、思いっきり楽しもうね。お兄ちゃん!」
「ああ、せっかくもらったチケットなんだ。しっかり満喫して感想を伝えないとな」
ブエナビスタとそのトレーナーが幼馴染みというのは公然の秘密である。
トレーナーと担当ウマ娘が仲が良いのはよくあることだが、付き合いの長さではトレセンでもトップクラスだろう。
『仲睦まじいことで評判のお2人に、是非お譲りしたいのです。スペシャルな企画もあるそうで……』
遠征支援委員会のドリームジャーニーから渡されたペアチケットは、温泉地の近くにある小さな遊園地のものだった。
『ただし、こちらもイベント体験の感想を伝えるということでチケットをいただいていますので……一度入ったら、必ず最後まで体験してくださいね?』
含みのある念押しはあったが、旅先にも義理を尽くしてこその遠征支援委員会なのだろうとトレーナーは納得した。
「今日は久しぶりにトレーナーと担当ウマ娘じゃなくて……幼馴染みとして一緒に遊べるね、お兄ちゃん」
「そうだな……URAファイナルズも優勝したし、思いっきり羽根を伸ばそう!」
ブエナはトレーナーの腕に抱きつく。昔は年下の小さな幼馴染みだった彼女も、今ではトゥインクルシリーズをGⅠ6勝で駆け抜けた高嶺の花のスーパーヒロインだ。
ブエナを支えるためだけにトレーナーになった彼は、ブエナと共に絶景を見るためにあらゆる努力を惜しまなかった。
だが3年間に区切りをつけた今は、少しくらいただの幼馴染みに戻っても良いだろうとトレーナーも気を緩めている。
「いらっしゃいませ、遊園地ウマウマランドにようこそ。チケットを拝見いたします」
「はい、よろしくお願いします!」
「おや、このチケット……では、今日は素敵なデートをお楽しみくださいね」
「はい! ふふふ、デートだってお兄ちゃん。私たち、カップルに見えるんだね♪」
ブエナが天真爛漫な笑顔で入口のスタッフにチケットを見せると、スタッフは笑顔で遊園地のゲートを開いてくれた。
その物言いに、トレーナーは違和感を覚える。
(……妙だな、何故俺たちをデートだと断言したんだ? 俺とブエナが端から見てカップルに見えたとしても、スタッフがそんな断言をするものか?)
ブエナは今日トレーナーをお兄ちゃんと呼んでいる。若い男女だからといって、兄妹の可能性もあったはずだ。
「お兄ちゃん? 今日は最高の1日にしようね!」
「……ああ!」
トレーナーはブエナに手を引かれ、思索を中断して遊園地の中に入る。
2人を見送ったスタッフは、専用の無線を取り出し連絡を始めた。
「私です。例の2人が来ました。作戦を開始してください。━━ジャーニーさんの手筈通りに」
しかしチケットを渡したドリームジャーニーには狙いがあった。それをトレーナーは知るよしもなかった。
「見てみてお兄ちゃん、綺麗な噴水!」
「ああ、綺麗に手入れされてるな……せっかくだし写真を撮ろうか?」
トレーナーがスマホのカメラを開こうとすると、2人に青いネコの着ぐるみが近づいてきた。
『そこの素敵なカップルさん。記念撮影はいかがですか?』
「わぁ、かわいいネコちゃん! 是非お願いします!」
その甘く優しい声に、なんだかトレーナーは聞き覚えがあった。具体的にはトレセン学園でブエナとよく話している声だった気がする。
「なぁブエナ、この着ぐるみの人って━━」
「もう、ダメだよお兄ちゃん。着ぐるみの中のウマ娘なんていない。遊園地の常識だよ?」
ブエナはいたずらっぽく微笑んで、トレーナーと腕を組んだ。それは子供の頃よりはるかに力強く、それでいて人間であるトレーナーへの気遣いがされていて。
つまり、トレーナーを絶対に離さない構えだ。
青いネコの着ぐるみは、大きなカメラを構えて2人に向ける。
『では、今日という2人の特別な日を記念した写真を撮らせて頂きます。撮影した写真は当遊園地飾らせていただきますが、お二人にも画像データは進呈いたしますのでご安心ください』
さっきの甘く優しい声とは一転。ウマ娘を指導する教官のような淡々とした声。
その時、トレーナーはふと閃いた。
「なぁ、君はもしかしてシーザリ……」
「お兄ちゃん。シー……青いネコちゃんを困らせちゃダメだよ♪」
「ブエナ。人間の関節はそっち側には曲がらないたたたたっ! 腕が捻れる!」
「大丈夫、ジェンティルさんに教わったどんなパワーを入れても人が傷つかない技だから……私を信じて?」
傍目からは可愛く腕くみしているようにしか見せつつキッチリ関節をきめるブエナ。
パシャッ、というシャッター音が響き天使のような笑顔のブエナと苦悶の表情を浮かべるトレーナーの天国と地獄のような写真が撮影された。
『素晴らしい写真です。ではこのように当遊園地に飾らせていただきますね』
事前に用意していたのだろう。プリントした写真の回りには【私たち、幸せになります】と書かれ、キューピッドたちが飛び交うイラストも添えられていた。
「遊園地に来てこの写真を見た人の目には俺たちがどう映るんだろうか……」
「すごい、こうして見ると本当にカップルみたいで……成長したんだなぁ、私……」
不安に思うトレーナーをよそに、ブエナは感動で涙を浮かべていた。
確かにブエナはトレセン学園に入って走りも体も大きく成長した。
だがトレセン学園の個性的なウマ娘たちからかなり個性的な影響も受けた気がしてならないトレーナーだった。
少なくとも昔のブエナならトレーナーを引っ張ることはあっても笑顔で関節技をキめるなどしなかったはずだ。
「さて、いきなりの写真撮影でビックリしたけど、アトラクションを見て回ろうか。何にする?」
遊園地の規模はアトラクションが一望できる程度のものだ。綺麗な噴水を中心にお化け屋敷やゲームコーナー、小さなレストランにお決まりの観覧車がある。
ブエナはご機嫌で、選ぶ時間すら楽しむようにその場をくるりと回った。
「そうだね、青いネコちゃんは行っちゃったし、別の着ぐるみさんに話を聞いてみるのはどう?」
『そこの素敵なカップルのお兄さんとお姉さん、アトラクションでお悩みですか?』
「わぁ、かわいいクマの着ぐるみ……!」
白黒のクマの着ぐるみが、のっしのっしとブエナたちに近づいてくる。ゆったりしているが雄大な山々を思わせるまるで本物の熊のような自然な動きだ。
そしてやはりトレーナーには聞き覚えのある声だった。
だが、それを素直に口にすればまたブエナに怒られてしまうだろう。
トレーナーはブエナのために鍛え上げた優秀な頭脳をフル回転させ、カマをかけることにした。
「ところでクマさん。先ほど近辺で本物の熊が出没したウワサを聞いたんですが、害獣対策はしてありますか? 担当ウマ娘に万一のことがあってはいけませんから」
『もちろん大丈夫です、あらかじめ猟銃と罠の用意は万全ですから。トレーナーさんとブエナ先輩は必ず私が守ります……あっ』
トレーナーは、クマの着ぐるみの中身を確信した。ウマ娘強しとはいえ本物の熊相手に猟銃と罠まで用意できるブエナの後輩は1人しかいない。
ブエナやシーザリオの後輩のデアリングタクトだろう。
白黒クマの着ぐるみのタクトは自分がボロを出したことを自覚しながらも、一度深呼吸して仕切り直した。実に冷静だ。
『━━そんなことより私のオススメのアトラクションはお化け屋敷です。とっても怖くてドッキドキのワックワクなんですよ』
「そうか。ありがとう」
『いえいえ。仲睦まじいお二人を、微力ながら応援させていただきます』
白黒クマの着ぐるみは丁寧にお辞儀をした。さすがブエナの後輩、本当に良い子だなと思う。
だが、この誘いに乗らない方がいいことはもはや明白だった。
先ほどの写真撮影しかり、このチケットを渡してきたドリームジャーニーともども何かを企んでいる可能性が極めて高いからだ。
「よしブエナ。お化け屋敷以外に行こう。怖いのあんまり好きじゃないだろ?」
『えっ!? お化け屋敷に向かわないのですか?』
「ああ、ブエナには楽しい思い出を作って欲しいから……お化け屋敷は、また今度1人で入らせてもらうよ。行こうブエナ」
ブエナを手を今度は自分からしっかり掴んで、トレーナーはクマの着ぐるみから離れようとする。ブエナは少し驚いた顔で言った。
「う、うん……お兄ちゃん。タク……クマちゃん相手に強気だね?」
「もちろん。ブエナのためなら例え本物の熊だろうと、それこそジェンティルドンナのようなトリプルティアラが相手だろうと言いなりになるわけにはいかないさ」
「お兄ちゃん……!」
『そんな……せっかくいただいたお役目なのに……でもブエナ先輩はトレーナーさんの雄々しさに感激してるしどうしたら……』
ブエナは頬を染めて瞳を潤ませる。トレーナーとしてもこの気持ち自体に全く嘘はない。
かくして、2人がタクトの提案を無視してお化け屋敷以外に向かおうとしたとき━━またしても着ぐるみが近づいてきた。
『そこまでですブエナトレーナーさ……カップルのお兄さん! タクトちゃんの提案を無視するなんてさせませんっ!』
その着ぐるみはピンクと白を貴重にしたウシの姿をしていた。そして明らかにタクトの名前を呼んだ。
さすがのクマの着ぐるみもこれには驚いたようで慌てて声を出した。
『スペ先輩、私の名前を呼ばれては……ブエナ先輩のトレーナーさんに、私たちの正体がバレてしまいます!』
『ああっ、しまったべ~! シーザリオさんに絶対名前を言わないように言われてたのに……いやそんなことより、お二人とも、是非お化け屋敷にいきましょう! ちなみに私はスペシャルウィークとはなんの関係もない赤の他人です!』
頭の痛くなるような会話だった。まだ誤魔化せると思っているらしい。
「タクトちゃんでもスペさんの前だとテンパるんだ……かわいい……」
ブエナも2人のドタバタっぷりに思わず素の呟きが漏れている。
しかしいつの間にか、さっき写真を撮影した青いネコの着ぐるみ━━恐らくシーザリオがそっとブエナに耳打ちした。
「お兄ちゃん、やっぱりお化け屋敷に行こう! 私ももう昔のぶーちゃんじゃない……トレーナーさんとならどんな恐怖だって乗り越えられるよ」
「どうした急に。……でも、ブエナがそうしたいならいいよ」
トレーナーとしては見えている地雷は踏みたくなが、ブエナの意思を尊重する気持ちはそれに勝る。
ブエナと腕を組んでお化け屋敷に向かうと、今度はクロヒョウの着ぐるみが待っていた。
自分達の姿を見ると、何かの書類を取り出す。
『こちらに━━Signを。誓約書……だそうだ』
「お化け屋敷に入るのに誓約書?」
クロヒョウの着ぐるみ姿だと言うのに、ミッションを遂行する軍人のように重々しい声で言った。
この着ぐるみは間違いなく、シーザリオと仲睦まじいシンボリクリスエスだろう。特徴的な英語を隠す気もなさそうだ。
『このHaunted houseは……とても恐ろしい。故に、男性に女性を守ると約束してもらいたい』
「ずいぶん本格的なんだなぁ、楽しみだ」
トレーナーはやたら小さな文字で書かれた誓約書にさっと目を通す。
トレーナーたるもの、不用意な契約をして担当ウマ娘に余計な負荷を与えるなどあってはならない。
なので、誓約書に書かれた文言を見逃すことはなかった。
【誓約書】
私は、隣の女性を妻として生涯愛し、苦楽を共にすることを誓います。
「はいトレーナーさん、お義母さんから預かった実印♪」
『朱肉は━━こちらに』
「俺だけか! こんな遊園地はおかしいと思っているのは俺だけなのか! あと母さんはなにやってるんだ!」
もちろんブエナとの仲は家族公認だ。幼馴染みなのだから当たり前だが、実印まで渡すとは思わなかった。
『落ち着いてほしい。これは━━アメリカンジョーク、というものだ』
「ふふっ、お兄ちゃんのはしゃいでるところ久しぶりに見れちゃった」
「そういうことに、しておこう……。下にカーボン紙の写しまで用意してるのは俺としても見間違いだと思いたい」
入る前から正気度が減りそうなジョークにさすがにぐったりするトレーナーに。
見かねたのか、クロヒョウの着ぐるみを着たクリスエスはそっとトレーナーに耳打ちした。
『覚悟の準備を━━した方がいい。私も以前……シーザリオとここに来て、Happeningの連続だった』
「ありがとうクリ……クロヒョウさん。その忠告をしてくれたことが、俺は嬉しいよ」
『健闘を━━祈る』
ブエナビスタにシーザリオ、デアリングタクト、スペシャルウィークは家族のような仲だが……シンボリクリスエスはそれでいうと婿養子のような立場だ。きっと今の自分のような体験をしたことがあるのだろう。
「うう……すごく暗いね、お兄ちゃん。もうお兄ちゃんの顔しか見えないよ……」
そんなわけでお化け屋敷の中を進む。
照明は本当にわずかで、所々に順路の矢印だけが淡く光っているくらいだ。2人の足音以外なんの音もしない。
人間より夜目のきくウマ娘でもほとんど見えないのだ。人間のトレーナーにはもはや隣のブエナの感触しかわからないが、トレーナーとしてお兄ちゃんとして……怯えるわけにはいかない。
「とはいえ暗いだけで特に大きい仕掛けはなさそうだな。足元に気をつけて、慎重に進もう。もし俺が何かに落ちそうになったら、遠慮なく手は離してくれ。ブエナの体が何より大切だからな」
「うん、わかったよお兄ちゃん。もう私だけの体じゃないもんね」
「ああ。ブエナの身に何かあったらファンのみんながどれだけ胸を痛めるか……」
「……今はそうだよね。まだ私は足を止めるわけにはいかないから」
ブエナはちょっとだけ苦笑して。2人で暗闇の中を歩く。
その笑みが消えたのは、もう少し進んだところから声が聞こえた時だった。
【━━ルの体が━━ナよりも━━だな━大き━━】
お化け屋敷らしい、囁き声の演出だろう。少なくとも、トレセンウマ娘ではない男性の声だ。聞き覚えもない。
だがブエナはビックリしたように体を震わせ、トレーナーから体を離して正面に立った。
「どうしたブエナ、暗い中でウマ娘が先頭を歩くのは危険だ。俺の後ろに……」
「お兄ちゃん……どういうこと?」
「何がだ?」
ブエナの声にはほんのわずかに不信と……怒りを感じた。何かを失礼なことを言っただろうか。
トレーナーの疑念は、さっきより大きな囁き声が聞こえたことで解決された。
【「ジェンティルドンナ」「の体が」「ブエナよりも」「好き」「だな」「胸」「大きいし」】
なんて恐ろしい仕掛けを用意してくれるんだ。トレーナーは心の底から恐怖した。
「落ち着こうブエナ。これは俺の声じゃない」
「お兄ちゃん……どうして嘘つくの? 私がお兄ちゃんの声を聞き間違えるはずがない、わかってるよね?」
突然だが、トレーナーがウマ娘といて命の危機を感じるのはどんな時だろうか。
タマモクロスの張り手ツッコミが飛んできたとき?
ドリームジャーニーに部屋の隅に追い詰められたとき?
それともオルフェーヴルの暴君キックが飛んできたとき?
いや違う。トレセン学園のトレーナーとなればウマ娘の力がいくら強くとも向こうも弁えていることを知っている。
真に恐ろしいのは……お互いの位置がわからない暗闇で、掛かったウマ娘と2人きりになることだ。
ウマ娘が暗闇で力加減を間違えて人間を叩けば、容易く吹き飛んでしまう。
トレーナーは、お互いの身を守るために頭をフル回転させる。
(……ブエナがこう言うなら、あれは俺の声なんだろう。だが俺はあんなこと言ってない。例え飲み会でジェンティルドンナのトレーナーさんに絡まれたって、あんなセクハラ紛いの発言はしないはずだ)
「お兄ちゃん、私に嘘ついたことなかったのに……私とジェンティルさんのこと、そんな風に思ってたの……?」
ブエナの声は怒りと悲しみで震えている。もう一刻の猶予もない。
その時、トレーナーはふと閃いた! このアイデアは、ブエナの掛かりを解くのに使えるかもしれない!
トレーナーはまず身を守るため━━その場で指を、出来るだけ大きくフィンガースナップを鳴らした。
「きゃっ……!」
ウマ娘は人間より聴覚が優れている。その気になれば50m離れた人の足音を聞き分けられるほどに。
特にこのお化け屋敷はトレーナーの囁き声がするまでほぼ無音だった。普段より研ぎ澄まされたブエナの聴覚に、ネコ騙しのように指の音が響く。
彼女が怯んだ一瞬の隙をついて、トレーナーは己の命を懸けてブエナに近づいて抱き締めた。
「ブエナ、あれは遊園地に来てからの俺の声を繋ぎ合わせたんだ。ジェンティルさんの言いなりにならない。ブエナの体の方が大事だ、胸を痛める。大きいしかけはない。そう言ったの、ブエナなら覚えてくれてるよな」
「お兄、ちゃん……」
「この際はっきり言うが、多分トランセンドとそのトレーナーの仕業だろう。ブエナの同期でこんなことができるのは、あの2人くらいだ。でも、ちょっと悪ふざけがすぎるな」
トレーナーに抱き締められているブエナは、感極まったようでその場でボロボロと泣き始めてしまった。
「ごめんなさい……お兄ちゃん……」
「ブエナが謝ることじゃないよ。俺のほうこそごめん、大きな音を出してビックリさせちゃったな」
「違うの……私……みんなに、トレーナーさんとの思い出を作るためにお願いをして……」
トレーナーは正直、そんなことだろうと思っていた。ブエナなら着ぐるみの声を聞けば一発で誰かわかっただろうし、そもそもタクトやスペがブエナに正体がバレることを気にしていなかった。
ドリームジャーニーがチケットを渡してきた時点で、みんなでブエナのデートを応援する算段だったのだろう。
「なのに私……お兄ちゃんの気持ちを疑うなんて、自分が恥ずかしいよ……」
「ブエナ……」
ブエナの感受性は非常に豊かであり、それは彼女の素晴らしい美徳だ。
だがどんな美徳も、状況次第では悪いほうに向かってしまうこともある。
トレーナーは大人としてそれをわかっているが……ブエナはまだそこまで達観できていないのだろう。
「大きくなって……もう子供じゃない、貴方の隣を歩くのにふさわしい女に近づけたって思ってたのに……私……最て━━」
その言葉を、トレーナーは最後まで言わせなかった。唇を塞ぎ、ブエナの口をつぐませる。
どのように塞いだかは、この暗闇だ。たとえ監視カメラが設置されていても2人にしかわからない。
1分くらい、完全な静寂が場を支配して。
トレーナーは、ブエナの口を解放した。
「ぷはっ……ブエナ。君は悪くない。むしろ君があんなに取り乱すくらい真剣に想ってくれたんだってわかった。君の幼馴染みとして……トレーナーとして……いや、男冥利に尽きるってやつさ」
「お兄ちゃん……そんなの、ズルいよ……」
「ブエナがどんなに素敵なウマ娘になっても、俺の方が一生年上であることは変わらないんだ。力や優しさでは君に勝てないんだから……せめて、君にできないズル賢さの1つもなくちゃ、釣り合わないだろ?」
ブエナビスタというウマ娘は、出会った頃からずっと天真爛漫で毒気がない。トレーナーは、そんな彼女を支え続けると決めた。トレーナーとしての立場さえも、全てブエナビスタのために使うと誓うほどに。
「さぁ、お化け屋敷を出よう。この後もきっと……そうだな、ナカヤマフェスタあたりがなにか仕掛けてくるのかな?」
ブエナビスタの友人たちで、こういうドッキリが好きそうなウマ娘を挙げてみる。
「うん……みんな、私とトレーナーさんの仲を祝福してくれて……色々、用意してくれたよ」
「それは楽しみだな。今日は素晴らしい1日になりそうだ。じゃあ……しっかり掴まって、ブエナ」
2人はお化け屋敷の出口へと歩き出す。
ゆっくりゆっくり、まるで結婚式のレッドカーペットを進むように手を取りながら。
お化け屋敷を出たブエナの顔は、誰から見ても熟れたりんごのように真っ赤に染まっていた。
トレーナーも、出口でスタンバっていたクリスエスもそれは分かったが。敢えて指摘はしなかった。
「やれやれ。賭けは私の負け、か……」
ただ、その様子をゲームコーナーから双眼鏡で覗いていたナカヤマフェスタは……当人たちに聞こえないのをいいことにこう呟いた。
「私のギャンブルで2人に実質婚約の誓いをさせるつもりだったが……もうこれ以上は野暮ってもんだな。王様と貴婦人にも伝えてあとは適当にやるか」
ナカヤマがゲームコーナーを見ると、珍しいことに暴君オルフェーヴルと貴婦人ジェンティルドンナが同じゲーム筐体で遊んでいた。
「おいジェンティル。だからあれはミラフォだっつってんだ余」
「……伏せカードが変わっていないか確認しただけですわ。文句を言うなら、ご自分でクリアしてくださる?」
お互いゲームには集中していない。内心、ブエナの恋の行方が気になって仕方ないのだろう。そういうところは全員若いウマ娘だな、とナカヤマは自嘲ぎみに考えた。
そんなこんなでブエナビスタとトレーナーは愉快なトレセンの仲間たちと遊園地で1日を過ごし……トレセンへの2人の帰り道で、トレーナーのヒロインとしての誓いを呟いた。
「やっぱり貴方の隣は離さない、ゆずれない、逃がさない、渡さない。例えこの足がレースで使えなくなる日が来ても……一生、となりにいるからね。━━お兄ちゃん」
ブエナビスタシナリオのトレーナーとの公式甘々が凄すぎてもし二次創作を書くならコメディに寄せたいかな~と考えていたら遊園地デートの話が出来ました。
この手の単発トレウマ話はpixivだけに投稿するかハーメルンにも載せるか毎回悩みます。
余談ですが、バカとテストと召喚獣は私にとってコメディのバイブルみたいな話です。