終わりなきスカーレット(完結)   作:雄魔雌

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アンケートに驚愕したので、各話の後書きに原作との差異をざっくりと記載しました。原作を観てない人がどうやってこの作品に辿り着くのか、不思議でなりません。


第11話 見果てぬ場所にあるもの

 山は、世界の端に突き立てられた杭のようだった。死者の国を縫うように続いていた砂の道は、最後の一歩で石に変わる。

 足元には、磨り減った白い石段が口を開けていた。空へ――いや、どこかへ向かって、薄く光りながら伸びている。

 見果てぬ場所へ続く階段。

 

 山頂の風は冷たかった。下を見下ろせば、砂漠、干上がった川の跡、崩れた神殿、廃墟の集落。スカーレットがここまで歩いてきたすべての舞台装置が、小さな模型のように見えた。

 頭上では今も、竜がゆっくりと円を描いている。鱗の一枚一枚が、空の色を反射して鈍く光った。

 

「ようこそ、我が頂へ」

 

 背後から、聞き慣れた声がした。クローディアスがそこにいた。

 死者の国に降りてきたときと同じ、王としての装い。かつて戴冠式で見た王衣装とよく似ているのに、今はその金糸がやけに薄汚れて見える。

 

「……ここが、見果てぬ場所の入口か」

 

 スカーレットは、目の前の階段を睨んだ。

 

 石は、淡く光っている。ひとつひとつの段差が、何かを待っているように静まり返っていた。

 

「そうとも」

 

 クローディアスは、満足げに頷いた。

 

「王の言葉を信じて、ここを目指してきた魂がいくつあったことか。だが、結局誰一人として辿り着けはしなかった」

「……辿り着かせるつもりが、なかったからだろう」

 

 スカーレットは吐き捨てるが、クローディアスは楽しそうに笑った。

 

「さすがだ。お前は鈍くはない」

 

 風が二人の衣を揺らす。しばらく互いに黙ったまま、階段を眺めていた。先は見えない。階段の終わりは、霞に飲まれている。

 スカーレットは、ふと視界の端に、別の光景が重なるのを感じた。

 

 豪奢な天井。燭台に灯る無数の火。金と赤で飾られた大広間。

(……エルシノア)

 とたんに、胸の奥がきゅ、と痛んだ。

 

「覚えているか? 最後の夜のことを」

 

 クローディアスは視線を階段に向けたまま、ぽつりと言った。スカーレットは唇を噛む。

 

 あの夜。王侯貴族たちが集まり、音楽と笑い声が満ちる中。クローディアスは、新しい条約の成功を祝うと言って宴を開いた。あんなに豪奢な料理が並んだ晩餐は、生涯であれが最後だったかもしれない。

 銀の皿に、煌めくグラス。あの日のクローディアスは、ひどく上機嫌だった。

 

「わが姪よ、杯を」

 

 彼は、自らのグラスを掲げてそう言った。

 毒を盛るのにこれほど相応しい場もないだろう、と、スカーレットはあのとき本気で思っていた。

 人目のない暗闇ではなく、すべての目が王に向けられている祝宴の只中で。自分の震える手を、誰も気に留めない。誰も、姪が叔父を殺そうとしているなど想像しない――はずだった。

 テーブルの下に、隠して持ち込んだ小さな小瓶。無色透明の液体。

 

(あれを、王の杯に)

 

 そう決めたそのとき、スカーレットは視線を感じた。クローディアスが、こちらを見ていたのだ。

 二人の目が交わり、叔父と姪が杯を挟んで向かい合う。同じ手の震えに、同じ呼吸の乱れ。

 

「……乾杯を」

 

 クローディアスは、いつもの朗らかな声でそう言った。

 

「亡き兄アムレットの冥福と、デンマークの行く末に」

 

 スカーレットは笑い返し、グラスが触れ合う音がした。毒の入った杯が、互いの唇に近づいていく。誰も、その小さな戦争に気づかなかった。

 ――そこまで思い出して、スカーレットは現実に引き戻された。山頂の風が冷たい。彼女は、ゆっくりと叔父を見る。

 

「互いに毒を盛り、殺し合った。同じ手を選ぶところだけは、血の繋がりと言うべきか」

 

 クローディアスが、肩をすくめた。スカーレットは、じっと彼を見据える。

 

「この死者の国で、腹が減らず喉も渇かず、疲れもしないのが当たり前なのだと、旅で出会った皆が言った」

 

 スカーレットは、自分の拳を握った。

 

「しかし私だけは違った。傷を負えば血が出るし、疲労すれば息が乱れた。眠らなければ動けなくなった」

 

 コーネリウス、兵士たち、ヴォルディマンド。彼らの体から流れたのは、血ではなく、虚無だった。

 

「斬られた兵士は、枯葉のように散るだけだった。あなたの忠臣たちは、皆そうだった」

 

 視線を、クローディアスの胸元へ落とす。

 

「……あなたもそうなのでは?」

 

 クローディアスの口元に、薄い笑みが浮かんだ。

 

「続けろ」

「つまり……」

 

 スカーレットは、吐き出すように言った。

 

「ここにいる私は、本当の意味では『死んでいない』。叔父上は死んでいて、私はまだ……生きている」

 

 山頂の空気が、ぴんと張り詰めた。竜が上空で翼をたたき、ゆっくりと旋回する。クローディアスは目を閉じ、一度息を吐いた。

 

「……そうだ」

 

 そして、あっさりと認めた。彼はスカーレットに背を向け、山の縁へと歩いていく。死者の国全体が見渡せる場所まで来ると、片手を広げた。

 

「現世でお前は私と同じく、毒に倒れた。杯は口にしたが、量が足りなかったのか、あるいは……愚かな医師が良い仕事をしたのか」

 

 皮肉な口調で言う。

 

「いずれにせよ、お前の身体はまだ、あの城のどこかで眠っている。息を潜めたまま、仮死のような状態でな」

「では、叔父上は」

「私は、あの夜きちんと死んだよ」

 

 クローディアスは、振り返りもしない。

 

「兄の娘が、よく働く毒を選んでくれたおかげでね。おかげで愚かな王は見事に喉を焼かれ、そのまま虚無へ真っ逆さまだ」

 

 スカーレットは拳を握りしめた。

 

「虚無の底で、私は知った。何もないということが、どれほど恐ろしいか。兄も父も、王には誰も教えてくれなかった」

 

 クローディアスは、拳を空へ突き上げるようにして言う。

 

「虚無は静かすぎる。音も色もない。誇りも罪も、全部一緒くたに溶けていく」

 

 その声には、わずかな怯えが混じっていた。

 

「……私は、それに耐えられなかった」

 

 クローディアスは、ゆっくりと手を下ろす。

 

「だから、この世界を創った」

 

 スカーレットは、目を見開いた。クローディアスが、指を一本立てる。

 

「……創った?」

「虚無の中で、私はしがみついた。記憶に、罪に、願いに」

 

 彼はもう一本指を立てる。

 

「兄の首に、ガートルードの笑みに、エルシノアの海風に、兵の足音に、民のざわめきに」

 

 三本目の指が立つ。

 

「それらをひとつ残らず掻き集めて、虚無に叩きつけた。そうして形になったのが――」

 

 クローディアスは腕を広げ、眼下の世界を示した。

 

「この死者の国だ」

 

 砂漠。干上がった川。崩れた城。見果てぬ場所へ続く山。

 

「虚無には本来、何もない。だから、私の知っているものしか創れなかった」

 

 クローディアスは肩をすくめる。

 

「兵も、民も、王宮も……すべては、私の記憶から掘り起こされた影にすぎん」

 

 スカーレットは、喉の奥に何かがひっかかる感覚を覚えた。

 

「では、集落の人々は……ユリは」

「混ざり込んだのだろう」

 

 クローディアスがあっさりと言う。

 

「虚無の底は、死と生の狭間みたいなものでもある。別の目的地へ向かう途中の魂が、たまに『迷い込んで』くるようだ」

「迷い込む、だと……?」

「皆、どこかへ向かう途中だったのだろう」

 

 クローディアスは興味なさげに言う。

 

「天国か、地獄か、輪廻か、あるいは別の世界か。私は、そんなものに興味はない」

 

 スカーレットは、ユリの顔を思い出した。集落の、見知らぬ国の歌を歌っていた人々の姿も。

 

「彼らは、本来行くべき場所を持っていた。だが虚無に巣くった私の舞台が、その道を少しばかり歪めてしまったようだな。舞台に無銭で紛れ込んだ、余計な観客たちだ」

「余計な……?」

 

 クローディアスが、口の端で笑い、スカーレットの怒りが、胸の中でひゅっと燃え上がる。

 

「だが、彼らは私にとって取るに足りぬ存在だ」

 

 クローディアスは、スカーレットを振り返った。

 

「この舞台の主役は、あくまで私とお前だ、スカーレット」

 

 山頂の風が、二人の間を吹き抜ける。

 

「私は虚無を拒み、代わりに竜と契約した」

 

 竜。空で旋回する巨大な影。スカーレットは無意識にその姿を仰いだ。

 

「竜はこの虚無の番人だ。すべてを均して、飲み込み、無に帰す存在」

 

 クローディアスの声は、どこか陶酔していた。

 

「私はその耳元で囁いた。『私を殺した者の魂を捧げよう』と」

 

 スカーレットの背筋が、冷たくなった。

 

「そして『代わりに、私を現世に戻せ』と」

 

 クローディアスは、スカーレットに向かって一歩近づく。

 

「それが、この舞台の始まりだ。死者の国は、私がお前の命を対価に蘇るための、私のための復讐の舞台」

 

 その目が、紅い。

 スカーレットは言葉を失った。死者の国で、見果てぬ場所を目指して歩き続けた魂たち。何も分からぬまま王に従い、虚無へ落ちていった騎士たち。竜の雷に焼かれた忠臣たち。無残に焼かれたユリの身体。

 そのすべてが、この男が「自分ひとりのために」創った舞台装置だというのか。

 

「見果てぬ場所に天国があると、皆に言ったのだろう。階段の先に、救いがあると」

「そう言ったとも」

 

 スカーレットがかろうじて声を絞り出し、クローディアスは満足げに頷く。

 

「王が約束する救いほど、人を従わせるものはない」

「嘘だったわけだ」

「嘘? いいや、完全な嘘ではないぞ」

 

 クローディアスは、階段に手を伸ばした。

 

 石段に触れた指先が、うっすらと光る。

 

「この先にはたしかに、見果てぬ場所がある。私にとってのな」

 

 スカーレットは、その横顔を睨みつけた。

 

「そこは天国ではない。そこは……」

 

 クローディアスは、ゆっくりと振り返る。

 

「お前の魂を捧げる祭壇だ。竜との契約の場でもある」

 

 空気がひび割れたようだった。クローディアスは、足元の石を軽く蹴る。

 

「ここまでお前を歩かせたのは、すべて、その一歩を踏ませるためだ」

 

 スカーレットは、階段を見た。ただの光の粒にしか見えない。けれど、その一段一段が、無数の魂の期待と恐怖とを吸い込んで、異様に重たく見えた。

 

「私を殺した者の魂を差し出せば、王を現世に戻す。竜との契約内容だ。つまり……」

 

 その声が、風に溶ける。竜の唸り声が、遠くで低く響いた気がした。クローディアスは一歩、スカーレットに近づいた。

 スカーレットの青い瞳と、クローディアスの紅い瞳がぶつかる。

 

「お前は最初から、私のために死ぬためにここにいるのだ、スカーレット」

 

 その言葉は、山頂の冷たい空気よりも鋭く、スカーレットの胸を貫いた。

 

「この復讐劇の主役は、お前ではない。この私だ!」




原作との差異
・クローディアスと対峙する場所が違う
・死者の国人口密度が激低い
・死者の国に存在する市場やマーケットの存在抹消
・毒を飲ませるくだりが原作と違う
・クローディアスが死者の国を創ったという設定(そんなものは原作にない)
・魂を捧げて生き返る云々(そんなものはない)
・クローディアスの復讐劇だという設定(そんなものはない)

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