兵士たちが一斉に駆け下りてくる。死者の国の乾いた大地に、鉄の足音が響き渡った。
マントが翻る。その下で、鈍く光を吸う黒革の鎧が揺れた。スカーレットは細身の剣を低く構える。
最初の一撃を受け止めた瞬間、鈍い衝撃が腕に伝わる。刃と刃が噛み合い、火花が散った。
「数が多い……!」
低く吐き捨てた途端、横から別の影が飛び込んできた。槍を構えた兵士。ひとりだけ、異様に甲高い笑い声を上げている。
「ウヘ、ウヘヘヘヘ! 王女をォ、取り押さえろぉ!!」
その槍の柄が、横薙ぎに振るわれた。ユリは避ける暇もなく、視界が跳ねる。
「──っ!」
体が宙を舞い、斜面を転げ落ちる。背中に鈍い痛みが何度も打ちつけられ、肺から勝手に空気がこぼれた。
「余所者は下がってろぉ!」
兵士の怒鳴り声が遠くで歪む。
砂だらけの地面に手をつきながら、ユリはどうにか顔を上げた。兵士が槍を構え直し、今度はこちらに向き直る。
(……来る)
足が強張る。立ち上がるより早く、兵士の影が迫った──
「その女は、放っておけ」
別の声が割り込んだ。
禿頭の男が、斜面を滑るように降りてくる。分厚い革の鎧。長剣は帯びていない。槍を構えた兵士の手首を素手で掴み、次の瞬間、わずかな体さばきで槍の軌道を逸らして地面に叩きつけた。
「ぐっ……! こ、コーネリウス殿……」
兵士が呻く。男は短く言い放った。
「その女は王女の傍らにおり、傷の手当てをしていた。戦場で治療役を無闘に殺す愚か者がどこにいる」
コーネリウス。その名を、さっき兵士たちが呼んでいた。
男はユリを一瞥しただけで、すぐに視線をスカーレットへ戻す。ユリは砂を握りしめたまま、息を整えた。
(治療役、ね……)
さっきスカーレットの傷を縛ったこところを、見られていたらしい。
その間にも、戦いは続いていた。
スカーレットは、剣の兵士と槍の兵士を相手に、ほとんど一人で乱戦をさばいている。革鎧の上を刃が滑るたび、鋭い金属音が地下兵営のような反響を伴って広がった。
一人の兵士が、剣を振り上げて突っ込んできた。スカーレットはその刃を受け止め、体重を乗せて押し返す。足払い。体勢を崩した兵士の喉元を、迷いなく一閃した。
「っ……!」
ユリは思わず息を呑む。
しかし予想に反し、兵士の身体は――血を噴き出すことなく、刃が触れたところから崩れ始めた。
「……なに、これ……」
ユリの声は、自分でも驚くほどかすれていた。
乾いた葉が風に巻き上げられるように、形を失っていく。渦を巻く塵の中から、兜と鎧と剣だけが、からん、と地面に転がり出た。
「この世界で死んだ者は、虚無となる」
静かな声が、乱戦の音を割って届く。コーネリウスが、短剣にも触れず、ただ立っていた。
「虚無……?」
「この世界にとどまれるのは、わずかな猶予だ。私がたどり着いた『死後』は、そういう理だ」
「死んでいるのに、さらに先が?」
「ただ消える。記憶も、名も、痕跡も残らん。虚無に落ちた者は、見果てぬ場所には届かない」
言葉の意味よりも、その声色が、スカーレットの耳を打った。
彼女の動きが、刹那だけ止まる。顔を上げる。禿頭の男の横顔が、はっきりと視界に入った。
「……お前は」
喉の奥から、掠れた声が漏れる。
「その声、その顔……!」
次の瞬間、スカーレットは兵士の方へ剣を向けるのをやめた。全身が、別の方向へ向き直る。コーネリウスのほうへ。
ユリが小さく呼ぶ間もなく、彼女は踏み込んだ。
「コーネリウス!! 父上を手にかけた男!」
叫びとともに、一直線に距離を詰める。
コーネリウスは、わずかに目を細めると、腰を落とした。刃は持たない。両の掌を開き、武人の構えを取る。
振り下ろされる剣。彼はその腕を外側から絡め取り、体重を流すようにしていなした。剣先が地を抉る。砂が飛ぶ。
「離せぇ!」
スカーレットは、半ば発狂したように振りほどこうとする。コーネリウスの胸ぐらに空いた革鎧の隙間へ、もう片方の拳を叩き込んだ。鈍い音。男の身体がわずかに揺れた。
「父上……先王アムレットの処刑の日! あの場にいたのはお前だ、忘れるものか!」
彼女の声は、ほとんど悲鳴だった。
コーネリウスは、押し寄せる刃を、素手と足さばきだけで受け続ける。短剣に手をかけることはしない。捌き方ひとつで、彼が本気になればこの王女の首を落とすのは難しくないと、素人のユリでも直感できた。
それなのに、彼は執拗に「殺さない」動きを選び続けている。助太刀しようとする兵士たちを制止し、彼は一対一でスカーレットと向き合っている。
「……先王の最期を、私は忘れておらぬ」
攻防の合間、コーネリウスが短く言った。
「こちらとて、忘れられるものか!」
スカーレットの剣が横薙ぎに鋭く走る。コーネリウスは身を沈めてかわし、地面を蹴った。低い姿勢から彼女の重心を払うように足を滑り込ませる。
スカーレットの体がぐらりと揺れ、膝をつく。彼女の剣が砂の上に落ちる。その瞬間、コーネリウスは自らの懐の短剣を手に取った。
ユリは思わず立ち上がりかけた。
「やめ……!」
「先王アムレットの娘、スカーレットよ」
荒い息の中で、彼は静かに名を呼んだ。
「狂気の王女が、クローディアス王に復讐を企んでいると、噂になっている」
「……狂気、か」
スカーレットは、砂を握りしめたまま顔を上げる。震える声で、かすかに笑った。
「父を処刑した男にそのまま仕える者たちのほうが、よほど狂っている!」
ユリは、その言葉と、さっきのやり取りとを頭の中で接続した。
この男は、スカーレットの父であった王の処刑に立ち会い、その剣を振るった一人。いまはクローディアス王の騎士団長として、先王の娘を追っている。
(この二人に、話し合いなんて本当はありえない)
それでも、コーネリウスは手に取った短剣を振り下ろさなかった。スカーレットも、なお立ち上がって剣を取り戻そうとしている。
ユリは、胸の奥の迷いを押し殺して口を開いた。
「……さっき、『虚無』って言いましたね」
コーネリウスの視線が、ちらりとこちらに向く。
「ここで死ぬと、全部消える。あなたも彼女も、同じですか」
「同じだ」
即答だった。
「ここに在る者は、みな。王に忠誠を誓った者も、誓わなかった者も。この世界で二度目の死を迎えれば、虚無に落ちる」
「それでも、あなたは彼に仕えている」
ユリは、自分の言葉が場違いではないかと思いつつ、続けた。
「クローディアス王は、この世界のことをどこまで知っているんですか。死者の国の理も、見果てぬ場所も、虚無も」
「……見果てぬ場所?」
スカーレットがユリの言葉を復唱した。彼女にとっては初めて聞く言葉のようだ。
問いながら、自分の手のひらに残る感触を思い出す。さっきスカーレットの脈を取ったときの、早すぎる鼓動。
コーネリウスの横顔が、わずかに強張った。
「王は、真実に最も近い場所におられる。美しい山々の頂に、見果てぬ場所へ通じる階段があるという……」
「近い場所にいることと、他の人間に真実を渡すことは、別です」
ユリは、救急の現場で家族に説明するときと同じ声で言う。
「見果てぬ場所の先に救いがあると、王はおっしゃった」
「あなた自身は、どう思っているんですか」
コーネリウスはしばし沈黙した。拳が強く握られる。
「……騎士とは、王の言葉を信じて戦うものだ」
「一人の人間としては」
問い直すと、彼の目に一瞬、濁りが走った。
スカーレットは、ゆっくりと立ち上がる。落ちた剣を拾い上げながら、コーネリウスを睨んだままだ。
「本当に『見果てぬ場所』の先に救いがあるなら、どうしてまだ王がその階段をまだ登っていないのか。見つけていないだけなのか、何なのか……」
「私も知りたい。クローディアスはどこにいるのか」
スカーレットは、ユリの言葉に重ねるようにして言葉を吐いた。コーネリウスの視線が空へ向く。色の抜けた空。自嘲にも似た笑みが、その口元に浮かぶ。
「狂気と言うなら、王もまた狂気の人。復讐を企む王女と、どちらがこの地獄にふさわしいか」
「地獄にふさわしい人間なんていません」
ユリは小さく息を吸った。ここまで言ってしまった以上、もう引き返せない。
「あなたは、先王の処刑にも、今の追討にも関わっている。もし、少しでもおかしいと思っているなら……殺し合う前に、少しでも彼女と話をしてほしい」
スカーレットが横目でユリを見た後、その青い瞳がふたたびコーネリウスを捉える。
「余計なことを言うな、レイワの女。狂気の王女と呼ばれても構わない、私はそれでも復讐を果たす」
長い沈黙が落ちた。
コーネリウスは、ゆっくりと息を吐く。そして一歩、前へ出た。その足さばきは静かだが、地面がわずかに沈んだように感じられた。
「……レイワ、とは、お前のいた国か」
「国と言うか……まぁ、はい」
「そこでは、傷を縫う女が、戦場に口を挟んでくるものなのか」
わずかな皮肉の奥に、羨望のようなものが滲む。
「そういう場面も、あるかもしれません」
ユリが答えると、コーネリウスはほんの少しだけ口元を緩めた。
「騎士には不似合いだ。だが……」
胸元の短剣に手を添えたまま、彼は膝を折りかける。
「先王アムレットの娘……いや、スカーレット王女。この世界、いや、死者の国とは――」
その名を、今度は明確な敬意をこめて呼んだ、その瞬間だった。
空が、鳴った。音ではなく、圧。頭蓋の内側が震えるような、低い唸り。
「……?」
ユリが顔を上げる。さっきまで何もなかった空に、暗い影が広がっている。空気が重く、冷たく変わった。
「下がれ!」
スカーレットの声よりも早く、光が落ちた。
白と青の閃光。雷鳴というより、巨大なものの咆哮。
それは一本の線ではない。うねる輪郭を持った何かが、雲の中から首をもたげていた。龍のような形。鱗の光。二つの光る眼。
それが、真っ直ぐにコーネリウスを見据えている。
「コーネリウス!」
スカーレットの手が伸びる。
だが、その指先が届く前に、光が彼を呑み込んだ。
声は、出なかった。彼の身体は一瞬だけ白く燃え上がり――次の瞬間、周りの兵士たちも、同じように崩れ始めた。
「やめろ!」
スカーレットの叫びは、空に吸い込まれる。
枯れ葉の嵐。コーネリウスと兵士たちの形は、細かい塵となって散り、分厚い革鎧と、マントと、短剣だけが地面に残された。
ユリは、足がすくんで動けない。
(今の……)
雲の切れ目に、一瞬、龍の横顔が見えた気がした。その眼が、今度はスカーレットを見下ろしている。
「こちらを……見ている?」
ユリは、喉がひりつくのを感じながら呟いた。
忠臣が、王の意に背こうとした瞬間。まるでそれを処罰するかのように、狙いすました雷が落ちた。
偶然ではない。
明らかにこの世界の何かが、その意志を執行している。しかも――スカーレットの頭上ではなく、その傍らに膝を折ろうとした男を狙って。
「……何、だ、今のは」
スカーレットは、空を睨みつけた。怒りとも、恐怖ともつかない感情が、その瞳に燃えている。
ユリは、自分の鼓動が早くなるのを感じながら、空にうごめく影から目を逸らせなかった。
(スカーレットを、直接は打たない。その代わり、彼女に手を伸ばそうとした人間を、狙い撃つ)
なぜコーネリウス達だけが虚無に落とされたのか。答えはまだ、どこにもなかった。
ただひとつ確かなのは、この世界で「王の意に逆らう」という行為が、どれほど露骨に処理されるのかという事実だけだった。
現時点での原作との差異
・ターン制バトル全カット(テンションの高い槍兵だけ少し残っている)
・コーネリウスが雑に死ぬ(原作では聖が治療を施して生かす)
映画見ました?
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観た
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観たし、小説版も読んだ
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観てないけど観る予定
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観てないし見る気もない