終わりなきスカーレット(完結)   作:雄魔雌

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第3話 天誅サンダー?

 兵士たちが一斉に駆け下りてくる。死者の国の乾いた大地に、鉄の足音が響き渡った。

 マントが翻る。その下で、鈍く光を吸う黒革の鎧が揺れた。スカーレットは細身の剣を低く構える。

 最初の一撃を受け止めた瞬間、鈍い衝撃が腕に伝わる。刃と刃が噛み合い、火花が散った。

 

「数が多い……!」

 

 低く吐き捨てた途端、横から別の影が飛び込んできた。槍を構えた兵士。ひとりだけ、異様に甲高い笑い声を上げている。

 

「ウヘ、ウヘヘヘヘ! 王女をォ、取り押さえろぉ!!」

 

 その槍の柄が、横薙ぎに振るわれた。ユリは避ける暇もなく、視界が跳ねる。

 

「──っ!」

 

 体が宙を舞い、斜面を転げ落ちる。背中に鈍い痛みが何度も打ちつけられ、肺から勝手に空気がこぼれた。

 

「余所者は下がってろぉ!」

 

 兵士の怒鳴り声が遠くで歪む。

 砂だらけの地面に手をつきながら、ユリはどうにか顔を上げた。兵士が槍を構え直し、今度はこちらに向き直る。

 

(……来る)

 

 足が強張る。立ち上がるより早く、兵士の影が迫った──

 

「その女は、放っておけ」

 

 別の声が割り込んだ。

 禿頭の男が、斜面を滑るように降りてくる。分厚い革の鎧。長剣は帯びていない。槍を構えた兵士の手首を素手で掴み、次の瞬間、わずかな体さばきで槍の軌道を逸らして地面に叩きつけた。

 

「ぐっ……! こ、コーネリウス殿……」

 

 兵士が呻く。男は短く言い放った。

 

「その女は王女の傍らにおり、傷の手当てをしていた。戦場で治療役を無闘に殺す愚か者がどこにいる」

 

 コーネリウス。その名を、さっき兵士たちが呼んでいた。

 男はユリを一瞥しただけで、すぐに視線をスカーレットへ戻す。ユリは砂を握りしめたまま、息を整えた。

 

(治療役、ね……)

 

 さっきスカーレットの傷を縛ったこところを、見られていたらしい。

 その間にも、戦いは続いていた。

 スカーレットは、剣の兵士と槍の兵士を相手に、ほとんど一人で乱戦をさばいている。革鎧の上を刃が滑るたび、鋭い金属音が地下兵営のような反響を伴って広がった。

 

 一人の兵士が、剣を振り上げて突っ込んできた。スカーレットはその刃を受け止め、体重を乗せて押し返す。足払い。体勢を崩した兵士の喉元を、迷いなく一閃した。

 

「っ……!」

 

 ユリは思わず息を呑む。

 しかし予想に反し、兵士の身体は――血を噴き出すことなく、刃が触れたところから崩れ始めた。

 

「……なに、これ……」

 

 ユリの声は、自分でも驚くほどかすれていた。

 乾いた葉が風に巻き上げられるように、形を失っていく。渦を巻く塵の中から、兜と鎧と剣だけが、からん、と地面に転がり出た。

 

「この世界で死んだ者は、虚無となる」

 

 静かな声が、乱戦の音を割って届く。コーネリウスが、短剣にも触れず、ただ立っていた。

 

「虚無……?」

「この世界にとどまれるのは、わずかな猶予だ。私がたどり着いた『死後』は、そういう理だ」

「死んでいるのに、さらに先が?」

「ただ消える。記憶も、名も、痕跡も残らん。虚無に落ちた者は、見果てぬ場所には届かない」

 

 言葉の意味よりも、その声色が、スカーレットの耳を打った。

 彼女の動きが、刹那だけ止まる。顔を上げる。禿頭の男の横顔が、はっきりと視界に入った。

 

「……お前は」

 

 喉の奥から、掠れた声が漏れる。

 

「その声、その顔……!」

 

 次の瞬間、スカーレットは兵士の方へ剣を向けるのをやめた。全身が、別の方向へ向き直る。コーネリウスのほうへ。

 ユリが小さく呼ぶ間もなく、彼女は踏み込んだ。

 

「コーネリウス!! 父上を手にかけた男!」

 

 叫びとともに、一直線に距離を詰める。

 コーネリウスは、わずかに目を細めると、腰を落とした。刃は持たない。両の掌を開き、武人の構えを取る。

 

 振り下ろされる剣。彼はその腕を外側から絡め取り、体重を流すようにしていなした。剣先が地を抉る。砂が飛ぶ。

 

「離せぇ!」

 

 スカーレットは、半ば発狂したように振りほどこうとする。コーネリウスの胸ぐらに空いた革鎧の隙間へ、もう片方の拳を叩き込んだ。鈍い音。男の身体がわずかに揺れた。

 

「父上……先王アムレットの処刑の日! あの場にいたのはお前だ、忘れるものか!」

 

 彼女の声は、ほとんど悲鳴だった。

 コーネリウスは、押し寄せる刃を、素手と足さばきだけで受け続ける。短剣に手をかけることはしない。捌き方ひとつで、彼が本気になればこの王女の首を落とすのは難しくないと、素人のユリでも直感できた。

 それなのに、彼は執拗に「殺さない」動きを選び続けている。助太刀しようとする兵士たちを制止し、彼は一対一でスカーレットと向き合っている。

 

「……先王の最期を、私は忘れておらぬ」

 

 攻防の合間、コーネリウスが短く言った。

 

「こちらとて、忘れられるものか!」

 

 スカーレットの剣が横薙ぎに鋭く走る。コーネリウスは身を沈めてかわし、地面を蹴った。低い姿勢から彼女の重心を払うように足を滑り込ませる。

 スカーレットの体がぐらりと揺れ、膝をつく。彼女の剣が砂の上に落ちる。その瞬間、コーネリウスは自らの懐の短剣を手に取った。

 ユリは思わず立ち上がりかけた。

 

「やめ……!」

「先王アムレットの娘、スカーレットよ」

 

 荒い息の中で、彼は静かに名を呼んだ。

 

「狂気の王女が、クローディアス王に復讐を企んでいると、噂になっている」

「……狂気、か」

 

 スカーレットは、砂を握りしめたまま顔を上げる。震える声で、かすかに笑った。

 

「父を処刑した男にそのまま仕える者たちのほうが、よほど狂っている!」

 

 ユリは、その言葉と、さっきのやり取りとを頭の中で接続した。

 この男は、スカーレットの父であった王の処刑に立ち会い、その剣を振るった一人。いまはクローディアス王の騎士団長として、先王の娘を追っている。

 

(この二人に、話し合いなんて本当はありえない)

 

 それでも、コーネリウスは手に取った短剣を振り下ろさなかった。スカーレットも、なお立ち上がって剣を取り戻そうとしている。

 ユリは、胸の奥の迷いを押し殺して口を開いた。

 

「……さっき、『虚無』って言いましたね」

 

 コーネリウスの視線が、ちらりとこちらに向く。

 

「ここで死ぬと、全部消える。あなたも彼女も、同じですか」

「同じだ」

 

 即答だった。

 

「ここに在る者は、みな。王に忠誠を誓った者も、誓わなかった者も。この世界で二度目の死を迎えれば、虚無に落ちる」

「それでも、あなたは彼に仕えている」

 

 ユリは、自分の言葉が場違いではないかと思いつつ、続けた。

 

「クローディアス王は、この世界のことをどこまで知っているんですか。死者の国の理も、見果てぬ場所も、虚無も」

「……見果てぬ場所?」

 

 スカーレットがユリの言葉を復唱した。彼女にとっては初めて聞く言葉のようだ。

 問いながら、自分の手のひらに残る感触を思い出す。さっきスカーレットの脈を取ったときの、早すぎる鼓動。

 コーネリウスの横顔が、わずかに強張った。

 

「王は、真実に最も近い場所におられる。美しい山々の頂に、見果てぬ場所へ通じる階段があるという……」

「近い場所にいることと、他の人間に真実を渡すことは、別です」

 

 ユリは、救急の現場で家族に説明するときと同じ声で言う。

 

「見果てぬ場所の先に救いがあると、王はおっしゃった」

「あなた自身は、どう思っているんですか」

 

 コーネリウスはしばし沈黙した。拳が強く握られる。

 

「……騎士とは、王の言葉を信じて戦うものだ」

「一人の人間としては」

 

 問い直すと、彼の目に一瞬、濁りが走った。

 スカーレットは、ゆっくりと立ち上がる。落ちた剣を拾い上げながら、コーネリウスを睨んだままだ。

 

「本当に『見果てぬ場所』の先に救いがあるなら、どうしてまだ王がその階段をまだ登っていないのか。見つけていないだけなのか、何なのか……」

「私も知りたい。クローディアスはどこにいるのか」

 

 スカーレットは、ユリの言葉に重ねるようにして言葉を吐いた。コーネリウスの視線が空へ向く。色の抜けた空。自嘲にも似た笑みが、その口元に浮かぶ。

 

「狂気と言うなら、王もまた狂気の人。復讐を企む王女と、どちらがこの地獄にふさわしいか」

「地獄にふさわしい人間なんていません」

 

 ユリは小さく息を吸った。ここまで言ってしまった以上、もう引き返せない。

 

「あなたは、先王の処刑にも、今の追討にも関わっている。もし、少しでもおかしいと思っているなら……殺し合う前に、少しでも彼女と話をしてほしい」

 

 スカーレットが横目でユリを見た後、その青い瞳がふたたびコーネリウスを捉える。

 

「余計なことを言うな、レイワの女。狂気の王女と呼ばれても構わない、私はそれでも復讐を果たす」

 

 長い沈黙が落ちた。

 コーネリウスは、ゆっくりと息を吐く。そして一歩、前へ出た。その足さばきは静かだが、地面がわずかに沈んだように感じられた。

 

「……レイワ、とは、お前のいた国か」

「国と言うか……まぁ、はい」

「そこでは、傷を縫う女が、戦場に口を挟んでくるものなのか」

 

 わずかな皮肉の奥に、羨望のようなものが滲む。

 

「そういう場面も、あるかもしれません」

 

 ユリが答えると、コーネリウスはほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「騎士には不似合いだ。だが……」

 

 胸元の短剣に手を添えたまま、彼は膝を折りかける。

 

「先王アムレットの娘……いや、スカーレット王女。この世界、いや、死者の国とは――」

 

 その名を、今度は明確な敬意をこめて呼んだ、その瞬間だった。

 空が、鳴った。音ではなく、圧。頭蓋の内側が震えるような、低い唸り。

 

「……?」

 

 ユリが顔を上げる。さっきまで何もなかった空に、暗い影が広がっている。空気が重く、冷たく変わった。

 

「下がれ!」

 

 スカーレットの声よりも早く、光が落ちた。

 白と青の閃光。雷鳴というより、巨大なものの咆哮。

 それは一本の線ではない。うねる輪郭を持った何かが、雲の中から首をもたげていた。龍のような形。鱗の光。二つの光る眼。

 それが、真っ直ぐにコーネリウスを見据えている。

 

「コーネリウス!」

 

 スカーレットの手が伸びる。

 だが、その指先が届く前に、光が彼を呑み込んだ。

 声は、出なかった。彼の身体は一瞬だけ白く燃え上がり――次の瞬間、周りの兵士たちも、同じように崩れ始めた。

 

「やめろ!」

 

 スカーレットの叫びは、空に吸い込まれる。

 

 枯れ葉の嵐。コーネリウスと兵士たちの形は、細かい塵となって散り、分厚い革鎧と、マントと、短剣だけが地面に残された。

 ユリは、足がすくんで動けない。

 

(今の……)

 

 雲の切れ目に、一瞬、龍の横顔が見えた気がした。その眼が、今度はスカーレットを見下ろしている。

 

「こちらを……見ている?」

 

 ユリは、喉がひりつくのを感じながら呟いた。

 忠臣が、王の意に背こうとした瞬間。まるでそれを処罰するかのように、狙いすました雷が落ちた。

 偶然ではない。

 明らかにこの世界の何かが、その意志を執行している。しかも――スカーレットの頭上ではなく、その傍らに膝を折ろうとした男を狙って。

 

「……何、だ、今のは」

 

 スカーレットは、空を睨みつけた。怒りとも、恐怖ともつかない感情が、その瞳に燃えている。

 ユリは、自分の鼓動が早くなるのを感じながら、空にうごめく影から目を逸らせなかった。

 

(スカーレットを、直接は打たない。その代わり、彼女に手を伸ばそうとした人間を、狙い撃つ)

 

 なぜコーネリウス達だけが虚無に落とされたのか。答えはまだ、どこにもなかった。

 ただひとつ確かなのは、この世界で「王の意に逆らう」という行為が、どれほど露骨に処理されるのかという事実だけだった。




現時点での原作との差異
・ターン制バトル全カット(テンションの高い槍兵だけ少し残っている)
・コーネリウスが雑に死ぬ(原作では聖が治療を施して生かす)

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